49―ベリグルズ平野の戦い②
「グレース殿、各員攻撃準備完了しました。」
「ありがとうございます、パルマさん。」
指先で矢じりを磨くグレース。
その表情には焦りや緊張の色は一切見られず、動作も淡々としていた。
「グレース殿。」
「はい?」
「こういうことを聞くのは差し出がましいのですが、その・・・。」
「何ですか?」
「・・・・・・・。恐ろしくは、ないのですか?」
見るとパルマの表情は、グレースとは違って険しいものであり、額からも「ツウ・・・。」と一筋の汗が流れていた。
「恐ろしい、ですか?」
「街道の兵たちが善戦してくれた甲斐があり、敵の戦力も大幅に削れたと思います。ですがそれでも、こちら側とは未だ戦力の溝が開いたまま。逆転される可能性も十分にあるかと・・・。それは私だけでなく、この森に控えている兵士全てが不安に感じていることと考えます。このような状況下で、グレース殿は、どうしてそこまで冷静であられるのですか?」
グレースは口元に手を添えて考える素振りを見せ、暫し黙りこくった。
「そう、ですね・・・。信じているからだと思います。ミラ様を。」
「ミラ様を、ですか?」
「ええ。たとえどのような窮地に陥ったとしてもミラ様がお傍についていてくれる限り、私達が命を落とすことは決してありません。だから私は、如何なる敵を前にしても恐れることはなく、あの方のために戦うのみです。希望を失うことなく。」
「・・・・・・・。流石グレース殿ですね。ミラ様のことをそこまで揺らぎなく信じられるなんて・・・。あの方に“親友”と呼ばれたことだけあります。」
「わっ、私なんてまだまだです!ミラ様の親友に、相応しいかどうか未だ分からなくて・・・。」
グレースは顔を真っ赤にしながらあたふたすると、微笑むパルマから背を向けた。
「グレース様!パルマ様!」
「どうした?」
「敵がこの森の中に侵入してきました!」
「分かりました。こちら側まで踏み込んできたら迎撃しましょう。」
「了解しました!」
「いよいよですね、パルマさん。」
「グレース殿。私もあなたと同じようにミラ様を信じて、恐れず戦います!」
「パルマ、さん・・・。ありがとうございます。」
パルマの顔にはまだ少し緊張の色が見られたが、その目の先にはグレースと同じ希望を見据えていた。
◇◇◇
「はぁ・・・!はぁ・・・!はぁ・・・!」
吸血鬼たちの全く想定していなかった迎撃から、命からがら逃げてきたファイセアら人間軍は息も絶え絶えになりその場にへたり込んでしまった。
「はぁ・・・!はぁ・・・!ガーナイト!こちらの、損耗、率は・・・!?」
「はぁ・・・!はぁ・・・!おおよそ、6割以上かと・・・!!」
「ッッッ!!そう、か・・・。」
先ほどの街道での襲撃で、一気に3000人もの兵士を失ったファイセアは、驚愕せずにはいられなかった。
そしてひどく落胆すると、ガクッと項垂れた。
「まだこれからです!!敵の戦力は500余り。反撃のチャンスは十分にありますッッッ!!!」
ガーナイトが必死に励ますが、ファイセアは答えようとしなかった。
彼は理解していた。
あのような人知を超えた兵器で対抗されては数の差など当てにならない。
ここに踏み込んだ時点で、自分達の敗北は決していたということを。
「総騎士長様!あなた様が居る限り、我々の勝利は揺るがないものでありますッッッ!!!」
「オレ達は最後まであなた様とともに戦いますッッッ!!!」
「どうか!!私達に力を・・・!!!」
兵士達の意思を聞いたファイセアは、ゆっくりと頭をもたげた。
「お前達・・・。」
彼等もまた信じていたのだ。
自分達の目の前に希望が確かに存在するということを。
その意思を聞き入れ、ファイセアは再び奮い立とうとしていた。
もう何があっても、絶対に諦めたりなんかしない。
この命続く限り、最後まで戦い抜いてやろうと。
「ありがとう、お前達・・・。分かった。お前達が信じてくれるなら、私も希望を決して捨てたりなんかしない。この手でミラに一矢報いるまで。」
ファイセアが希望を取り戻したことに、兵士達は心の底から安堵した様子だった。
ところが、それは幻だったのかもしれない。
「はっ・・・!待って下さい!!何か、来ますッッッ!!!」
一人の兵士が指し示した方向を、その場にいた誰もが見据えた。
見たところ何もいない。
だが肌で感じる。
何かが自分達の方に向かって来ていることを・・・。
そして微かに聞こえて徐々に大きくなる、足音・・・。
その刹那、森に響き渡る、巨狼の咆哮。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!」
「あっ、あれは・・・!!!」
驚愕する人間軍の許に、茶色い毛並みをした魔獣・禍狼種に乗った吸血鬼の少女が凄まじいスピードで向かって来た。
よく見ると、その少女は弓を構えている。
狼に跨りながら巧みに矢を引き絞ると、それを勢いよく放った。
「なんだアイツは!?まさか禍狼種か!?」
「いやそれよりも、一発だけ放つとはどういうことだ?」
人間の兵士たちは突然の事態よりも、一発だけ矢を放ったことを訝しみ「たかが一発。」と高を括ったりもしていた。
放たれた矢はやがて空中で失速し、人間軍の一団に届く前に地面に横向きに刺さった。
「見ろよアイツ!!あんなとこから撃つから全く届いてないぜ!」
弓の心得もない素人が撃った矢だと人間は小馬鹿にしたが、その瞬間、矢を基点に薄青色のエネルギーのドームが拡がり始め、やがてそれは周囲の人間達を取り込んだ。
「こっ、これは何だ!?」
「なっ、なんかマズくないか?急いで脱出を・・・。」
そう言いかけた時、エネルギーのドームは一気に集束し、取り込んだ人間もろとも消滅した。
その場所には、ただポッカリと大きなクレーターのみが残され、誰の姿も確認できなかった。
「どっ、どういうことだ!?あっ、あの矢は一体・・・!?」
「総騎士長様!!またもや特殊な武器で武装した吸血鬼のようです!!陣形を整え急いで反撃を・・・。」
その直後、樹々の影に同じ弓で武装した吸血鬼たちが飛び出してきた。
「皆さん!!攻撃開始ですッッッ!!!」
吸血鬼の少女の号令で、彼等は人間軍に対して一斉に矢を放って来た。
再び襲ってきた想定外の事態に人間軍の皆は散り散りになり始めていた。
「ッッッ!!!あっ、あの者は・・・!!!」
ファイセアはリーダーと思しき吸血鬼の少女の顔を見て、それが誰なのか思い出した。
あの時、ミラとの会談にともに訪れてきた吸血鬼の少女だ。
まさか彼女が、この部隊の指揮を執っていたなんて・・・。
「総騎士長殿!!この森は危険です!!急いで撤退を・・・。」
「ガーナイト!!危ないッッッ!!!」
狼に跨った吸血鬼の少女が放った矢が、無慈悲にもガーナイトの胸を貫いた。
「ぐほぁ・・・!!」
「ガーナイトぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
急いでガーナイトの許へ駆け寄ろうとするファイセアを、ガーナイトは制止した。
「こっ、来ないで下さいッッッ!!!」
「ッッッ!!!」
「今来れば、巻き添えになってしまいますッッッ!!!」
「だっ、だが・・・!!」
「行って下さい。どうやら私は、ここまでのようです。」
ガーナイトの胸を貫いた矢は今か今かと、まるで消滅の時を待ちかねるように矢じりの先が「ピッ・・・。ピッ・・・。」と不気味な電子音を出しながら点滅していた。
「ふざけるなッッッ!!!お前を置いて行くなど・・・!!」
「いいから行ってくださいッッッ!!!!あなたにはまだ、ミラと戦うという重要な役目が残っているのですからッッッ!!!!」
「ガー、ナイト・・・。すまない・・・!!」
ガーナイトに促されたファイセアは、自分の許に集まっている僅かな兵を率いて、森の出口まで一直線に走り出した。
「悪いけど、ここを通すワケにはいかない。ミラの腹心さん。」
「安心して。私達だって、深追いするつもりはないから。」
「そうか。だったら、せめて少しくらいは役に立たないとなぁ・・・!!!」
ガーナイトは傍に落ちている槍を掴むと、それを吸血鬼の少女目がけて投擲した。
その直後、ガーナイトの身体を薄青のドームが囲いだした。
「総騎士長殿、ミラの手の者を一人ですが排除したので、ご安心を・・・。」
最期の最期でファイセアの力になれたことを喜びながら、ガーナイトは安らかな表情で光の玉に呑まれて消滅した。
「グレース殿ッッッ!!!」
咄嗟にグレースの前に躍り出たパルマの肩に、投げられた槍が深々と刺さった。
「ぱっ、パルマさんッッッッッッ!!!!」
グレースは、自分を庇って敵の槍に倒れたパルマの許に茶々助から降りて急いで向かった。
「はぁ・・・。はぁ・・・。ご無事で何よりです、グレース殿。」
「パルマさん、どうしてこんな無茶を!?」
「だって、グレース殿はミラ様の親友ですからね。ケガでもされたら、ミラ様に、怒られてしまいます・・・。」
「パルマさん・・・。私なんかを、庇って・・・。」
パルマの肩からドクドクと流れる赤黒い血を見て、グレースは先程とは打って変わった取り乱しようでミラと交信を始めた。
「ミラ様!!ミラ様!!」
(ん?どうしたのグレースちゃん?)
「パルマさんが!!敵の槍から私を庇って・・・!!」
(パルマさんが!?それで、どんな様子なの!?)
「肩に槍が刺さって・・・。血が、止まらなくて・・・。私、どうしたら・・・。」
(落ち着いてグレースちゃん!そのケガなら治癒魔能で何とかなると思うから。治せそう?)
「えっ、ええ!何とか・・・。」
(分かった。ほんじゃ、グレースちゃんはパルマさんの治癒に専念してその場で待機しといて。)
「わっ、分かりました!!」
(それじゃあちょっとパルマさんと代わるから一旦切るね。)
「はっ、はい!!」
・・・・・・・。
(パルマさん、聞こえる?)
「みっ、ミラ様!」
(聞いたよ。グレースちゃんを庇ってケガしたんだって?)
「はっ、はい。」
(・・・・・・・。ありがとうね。グレースちゃんのこと、守ってくれて。)
「もっ、勿体なきお言葉、大変ありがとうございます!!」
(ただし!こういう無茶はこれからはあまり控えてもらえます?何かあったらと思うと、気が気じゃないんで。)
「もっ、申し訳ございません・・・。」
(もういいから。とにかく今はそこで安静にしといて。何かあったらまた連絡するから。)
「はい!!しっ、失礼しますっ。」
ミラからお叱りを受けたパルマは「ふぅ~!!」と深いため息を吐いた。
「ミラ様に、怒られてしまいました・・・。」
「本当にすみません。私が至らないばかりに・・・。」
「グレース殿のせいではありません。私がもっと慎重に立ち居振舞っていたら・・・。」
「・・・・・・・。お互いに、まだまだ、ですね・・・。」
「そう、ですね・・・。」
グレースとパルマは顔を向き合わせると、くすくすと笑い合った。
◇◇◇
「ガーナイト・・・。くそぉ・・・!!」
森から脱出したファイセアは、瞳に涙を浮かべて地面を強く殴った。
「総騎士長様、これから我々はどうすれば・・・?」
残された兵も今となっては少数。
残存兵たちは一人だけの指揮官となってしまったファイセアに采配を委ねるしかなかった。
彼は暫く黙りこくると、険しい顔でゆっくり口を開いた。
「・・・・・・・。お前達はこの街からの脱出口を探せ。私は・・・、ミラのところに向かう。」
ファイセアは生き残った兵士達を逃がして、ミラに一騎打ちを臨むつもりだった。
そのような無謀な提案、聞き入れられるはずがなく、兵士達から反対意見が一気に溢れ出した。
「いくら何でも無謀すぎます!!」
「我々もお供させて下さいッッッ!!!」
「お前達はついて来るなッッッッッッッッ!!!!」
兵士達は今までに聞いたことのないファイセアの怒声に、一斉に静まり返った。
「これは私とミラとの互いの矜持をかけた戦い。そのような身勝手な催しに、関係ないお前達を巻き込むことはできぬ。お前達はこの街から脱して、自分達の大切な者の許に帰ることだけを考えろ。」
「総騎士長、様・・・。」
ファイセアはゆっくりと立ち上がると、ミラがいる天守閣の方へと歩き出した。
「総騎士長様!!待っ・・・。」
兵士が呼び止めようとすると、ファイセアは立ち止まって彼等の方を振り返った。
その表情は、何処か安心しているかのような穏やかなものだった。
「僅かな時間だが、お前達と戦えたことを誇りに思う。どうかこれからも、健やかに過ごしてくれ。」
まるで諭すようなファイセアの物言いに、兵士達は最早何も言葉を返すことができなく、過ぎゆく背中を、ただ見ているしかなかった。
◇◇◇
「ミラ様、よろしいでしょうか?」
「何?ヒューゴ君。」
「先ほど報告があり、人間軍の総指揮官が部隊から離れてこちらに向かっているとのことです。」
「どういうこと?」
「おそらくミラ様と、一騎打ちをするつもりかと。」
「ふぅん・・・。」
そっか。
あの人、覚悟決めたんだ。
だったら、あたしも・・・。
「受けて立つよ。」
「よろしいのですか?」
「一対一で勝負したいってんだから、こっちも飲まないとダメでしょ?大丈夫だよ。あたしが多分勝つから。」
「承知いたしました。ならば私も、手出しは一切いたしません。」
「うん、そうしてくれる?」
ここいらで勝負つけないと。
最初は「大丈夫だろう。」と決めつけていたが、パルマさんケガしちゃった以上はまた同じことが起こるかもしれない。
ならこれは、願ってもみなかったチャンスだ。
あたしはこの戦いで誰も傷ついてほしくないし、誰も失いたくない。
あたしが前に出て戦って、総騎士長を絶対に・・・。
「倒す。」
◇◇◇
「ふぅん。つまりあなた達は生きて帰ってこれるかどうか分からない場所にわたくしの夫を送り出したってことですか・・・。」
会議室で呆れたように淡々と話すファイセアの妻だったが、国王を始め諸貴族らは彼女の凄まじい気迫に戦々恐々としていた。
「めっ、滅相もございません!わたくしどもは、決してあなた様のご主人をみすみす死なせるようなことなどしておりませぬ!」
「ウソも休め休めに言いなさいよ?小汚いキツネどもが。」
彼女が放った尋常ならざるオーラに、その場にいた誰もが金縛りのように指一本動かせないでいた。
「義理の弟から連絡がなかったらと思うとゾッとしますよ。だが今なら間に合います。わたくしもベリグルズ平野に向かいます。」
「其方一人、でか・・・?」
ファイセアの妻は、驚くヴェル・ハルド王国国王リアエース4世に怒気を覗かせながらも爽やかな表情を向けてきた。
「安心して。このわたくし、“黎明の開手”・使召雄のアルーチェ・オーネスの前じゃあ、どんな軍隊でも負けることなんかないのだから。」




