460―オルテストの戦い㉓・一分間の涙
ルクイヴとの勝負に決着をつけたスドラとエリガラードは、とりあえず一息ついた。
「ひとまずこれで、あとは外にいるトヴィリンかリセ、どちらかが本の新しい所有者となって私達を出すだけですね。」
「ああ。だが二人が事を把握しているかどうかまだ分からぬ。それに・・・我らがここに入る前に相対したヘルヴェのことも気がかりだ。奴は・・・本当に復活したのか?」
スドラに問われたエリガラードが神妙な顔つきで首を捻った。
その時だった。
(外の嬢ちゃん達のことならもう大丈夫だ。)
二人の脳内に、聞き覚えのある声が響く。
「ヴァリエル!!」
(この中が急に静かになったのを見れば・・・やっぱお前らならやってくれるって信じてたぜ。)
「トヴィリンとリセは無事か!?」
(あの二人も中々骨があるじゃねぇか!勝ってたぜ?ヘルヴェ・・・まぁ厳密にゃ、奴の死体を操ってたルクイヴの仲間にな。)
「外面だけで、中身はルクイヴと同じく黎明の開手の者だったということか・・・。卑劣なマネをしおって。」
(だがそのおかげで、リセは冥府のお姫さんとして復活を果たしたぞ。次の戦いからは、期待以上の戦力になってくれるはずだぜ?)
「そうか。閉じ込められた他の者達は?」
(エリガラードがインクを凍らせてくれたおかげで、お前らが離れてた間に犠牲者は出てない。あとは嬢ちゃん達のどちらかが、新しい持ち主になってお前らを外に出してくれるだけだ。まっ、それは魔歴書院に切れ目を作って教えてあげた俺の手柄だな!)
「フン!!ちゃっかりしおるわ。」
そう言いながら、スドラは横目でエリガラードの方を見た。
ずっと昔に亡くした夫の声を聞き、彼女がどんなリアクションをするか心配だったからだ。
(エリガラード。俺・・・。)
「何も言う必要はありません。あなたのことを、私の夫とは認めていませんから。」
「ッッッ!!!」
「ヴァリエルは・・・私の夫は3000年前に死にました。あなたはこの空間内で造られた、あの人の記録に過ぎません。ヴァリエルの死は、とっくの昔に受け入れました。あるのはアド・・・アクメルへの復讐心だけです。未練がましい女とは思わないで下さい。」
あくまで記録に過ぎないとはいえ、ヴァリエルに冷徹に言い放つエリガラードに、スドラは心を痛める。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
(お前・・・やっぱ俺が惚れただけの女だけはあるわ♪)
「え・・・?」
(感情があるとはいえ、俺じゃない俺になびかれると、ちょっと凹むな・・・。❝あっ、声や姿が一緒だったら誰でもいいのか。❞ってな。でも違った。お前はいつまで経っても、夫一途な最っ高の女房のままだったよ!!エリー。)
「あっ・・・あな・・・。」
エリガラードが何か言いかけた瞬間、全ての階層が猛スピードで上昇し始めた。
(おっ!新しい持ち主が決まったみたいだな?あと一分もすれば、外に出られるだろうよ。)
「色々と・・・助けてくれてありがとうございました。」
(なぁ~に気にすんな!!じゃあな!愛してるぜエリー♡もっとも、偽物の俺が言えたセリフじゃないけどよ!)
あっけらかんとしたその言葉を最後に、ヴァリエルの声は聞こえなくなった。
「スドラ。」
「何だ?」
「外に出るまでの間・・・後ろを向いていてはくれませんか?」
「良かろう。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「ふぇ・・・ぐすっ・・・ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・。」
まるで小さな幼子、しかし聞かれまいと懸命に押し殺したむせび泣きを、スドラは背中越しに聞いた。
地上に帰還するまでの一分間・・・。
その一分間で、エリガラードは今まで溜め込んでいた感情を、蛇口をゆっくりひねるかのように吐き出した。
旧き友人に気をかけ、スドラがそれを目にすることは、決してなかった。




