46―それぞれの大切
「なっ!?こっ、これは・・・。」
グレースちゃん達に呼ばれたプルナトさん達は、突如として草原に出現した周りの景色とは明らかに不揃いなSFチックな街を見上げてあんぐりしていた。
「まっ、まさか本当に、ミラ様が、お一人でここを・・・。」
「そっ!ど~かな?ここだったら敵を囲い込むのにうってつけ?」
「えっ、ええ!!これほどまでに包囲戦に特化した街は私も初めて見ます。ここなら、誰一人として逃げることは叶わないでしょう!」
「えへへ♪なら良かった。じゃあみなさん、いつでも戦えるように早速準備に取り掛かって下さい。どの建物がどんな作りになってるかはあたしが説明していきますんで。」
「分かりました。では各員、ミラ様のお言葉に従って配置に着いてくれ。」
こうして、あたしがひとまず覚えている街の内観と機能をもとに、どの施設にどの役割を持った兵士を置くかを決めていった。
そして、街の武器庫にあった武器の使い方をこれも覚えている範囲だけど兵士のみんなに教えて使えるようにした。
剣や弓しか扱ったことのないみんなにはエネルギー弾が撃てる銃や爆弾の扱いは中々に大変だったらしく、とりわけロボットアームで歩き、広範囲を吹き飛ばせる威力を持った移動式砲台の使用は全員がヒーヒー言っていた・・・。
でもこれで、この軍隊が持つ武器の技術は飛躍という言葉では納めきれないほどに向上させることができたと思う。
“もしかしたらコレ、敵も戦う前にビビって逃げるんじゃないか?”
なんてことも考えたが、ちょっとの油断が命取りになると思ったので、準備には万全を期すように心がけた。
「この銃は反動がエグイですから必ず両手で撃つようにしてください。あと、この爆弾は起爆スイッチを押してから5秒以内でしたらこっちのボタンでキャンセルできるので間違って押した場合は急いでこっちを押すようにしてください。」
「「「承知いたしました!!!」」」
「ふぅ~。めっちゃ便利だけど扱いミスったら大変なことになるから丁寧に教えなきゃなぁ~。」
「ミラ様、ご苦労さまです。」
「あっ、プルナトさん。」
「いやぁ、しかし凄いですね。ミラ様が作り出した街に、まさかこれほどの威力を持つ武器が数多く収められているなんて・・・。正直、我々には扱うだけで精一杯でこの武器群がどのような原理で発動するのか皆目見当がつきません。」
「まっ、まぁ~あたしもコレらがどうやって動いてんのか全く分かんないだっけどね~!」
「またまた、ご謙遜を。」
いや、謙遜とかじゃなくてどうやって動いてんのか本当にわっかんないんだわ・・・。
SFモノに詳しい人だったらある程度は説明することができんだろうけど、生憎あたしは専門外のド素人だからなぁ~。
「ミラ様。」
「はい?」
「ミラ様のおかげで、私、“この戦場から生きて帰ることができるかもしれない”って希望を持つことができました。ミラ様には、感謝してもしきれません。」
「それは違いますよ、プルナトさん。」
「えっ?」
「生きて帰ることができるかもしれないじゃなくて生きて帰ることができるんです。」
「ミラ、様・・・。」
「まだちょっと気が早いですけど、この戦いが終わったらみんなで打ち上げしましょうよ。あたし、そういうのめっちゃ好きだからさ!」
「・・・・・・・。ええ、是非。」
今まで沈みがちだったプルナトさんの表情に笑顔が戻ってきたことに、あたしも何だか嬉しくなって「えへへ!」と笑ってみせた。
その時だった。
「総督!!ミラ様!!」
「何だ!どうした?」
「申し上げます!人間軍の方より、至急ミラ様にお目通り願いたいと通達が!!」
「それは本当か!?」
「はい!!いかがいたしましょうか?」
お目通りってことは会って話したいことがあるってことだよね?
もしかしたら会わない方がいいかもしれないけど、大事な内容だったら聞かないワケにはいかないし・・・。
「分かりました。ただしこっちのやってることがバレたらいけないんであたしの方から行きますって伝えて下さい。あと何人かお供を付けるのでそっちも何人かセッティングするようにとも。」
「承知いたしました!」
「ミラ様・・・。」
「そんなに心配しないで下さい。別に一人で行くんじゃないですから。もしヤバそうだったら急いで引き上げるんで。プルナトさんは、あたしが留守にしてる間の準備の指揮をお願いします。」
「分かりました。どうかくれぐれも、お気をつけて。」
◇◇◇
白丸に乗って北に1時間進んだところ、人間軍の拠点らしきテントが見えてきた。
同行者には、グレースちゃん、リリー、そしてヒューゴ君を選別した。
ローランドさんとアウレルさんはあたしがいない間に万が一敵が攻め込んだ時に備えて茶々助と一緒に街に残ってもらうことにした。
目を凝らして見ると、テントが所狭しと密集するところに離れて、幕で囲われた場所がポツンとあった。
おそらくそこが会談場所と察したあたし達が向かうと、やはりそうだったらしくあたし達を出迎えるように敵の軍のお偉いさんと思える人が数人立っていた。
「急なご要望にも関わらず、わざわざそちらから出向いていただいて感謝する。私は今回の指揮を任されているヴェル・ハルド王国軍総騎士長のファイセア・オーネスだ。」
指揮官と名乗る男は、肩まで伸びた髪に無精ひげという出で立ちだったが、声色とその態度から誠実そうな印象だった。
「ここで立ち話もあれなので、取り敢えず馬から降りてこの中に入ってくれ。」
あたしは一瞬何かの罠かと思ったが、ファイセアの方から先に入ったのでその疑いを一旦取っ払って会談場所の幕をめくって中に並んでいるテーブルに彼等と向かい合う形で座った。
「改めて、今回の申し出を受け入れてくれて大変感謝する。我々が話したいことというのは・・・。」
「話し合うことなんて何もございません。」
ファイセアの言葉を遮り、ヒューゴ君が厳しい声色で口火を切った。
「あなた方が援軍を差し向けたのは既に把握しています。ですがそれは、無駄な抵抗です。ミラ様のご尽力のもと、我々にはそちらの攻勢に十分に対処できる準備を進めています。」
「そうだそうだ!!ミラお姉様にこっぴどくやられるのがイヤだったらとっととここから逃げるんだなッッッ!!!」
「わっ、私からも忠告します。どうか今回のところは攻撃を控えて下さい。」
「・・・・・・・。粋がるなよ家畜風情が。」
吐き捨てるように言った人間軍側の男の方を、グレースちゃん達は一斉に視線を向けた。
「は?あんた、今何つった?」
「そのような脅しに我々が怖気づくとでも思ったか?全く・・・。殺される前にギャーギャー鳴き喚くとは、まるで屠られる前の鶏みたいではないか。」
「だな。今改めて分かったよ。貴様らにはそうするしか能がないということがな。」
黙って彼等の侮蔑を聞いていたみんなだったが、グレースちゃんが突然剣の柄を握って鞘から抜こうとした。
「・・・・・・・。今ここで、殺してやってもいいのよ。」
「あら、初めてグレースと意見が合ったわね。私もさぁ、コイツ等が抜かしてるコト、我慢できなかったんだよね・・・。」
「何だやる気か?家畜の親玉の腰巾着の分際で。貴様らの主など、人間に有効活用される、ただの栄養剤の原料のくせに。」
「みっ、ミラ様を侮辱するなんて・・・。こっ、殺してや・・・!!!!」
一触即発のムードが漂う中、あたしは自分に宿る尋常ならざるオーラをそれらを吹っ飛ばすように放った。
会談場所にいる全員がその場に固定されたように動くことができず、呼吸も苦しそうだった。
「ねぇみんな、今あたしらはここに話し合いに来たんだよね?だったらさ、あんまり揉めないでくれる?そうじゃないと話すことも進まないからさ。分かった?」
微動だにできない中でお互いがコクッと頷くと、あたしは放っていた怒気を沈めた。すると、テーブルから立ち上がったみんなはガタン!とその場にへたり込んだ。
「もっ、申し訳ございませんミラ様・・・。つい感情的になってしまって・・・。」
「あたしのことで怒ってくれるのは嬉しいけどここは堪えてくれないかな?あたしは何言われてもあんま気にしてないから。」
「すっ、すみません・・・。」
あたしが叱ると、グレースちゃんはシュンとして顔を下に向けてしまった。
すると。なんだか段々申し訳ないようなことをしてしまった気分に陥った。
「ほっ、ほらアレだよ?グレースちゃんの怒ってる顔なんてあんま見たくないからさ!ちょっとやり過ぎちゃって、ゴメン・・・。」
「そっ、そんなこと!!私の方こそ、もっと冷静さを保っていれば・・・。」
「リリーとヒューゴ君も、ゴメン。大人しくさせるために手荒なことしちゃって・・・。」
「ミラ様が謝る必要なんてございません。交渉のテーブルに着いた以上は彼等の言い分に耳を傾けるべきです。」
「久々にミラお姉様のクールに怒ってるのが見れたのですから私にとってはむしろご褒美ですよ!さぁ!もっと私にあの波動を浴びせて下さい!!」
リリーのいつもとブレないセリフにその場の雰囲気が少しだけ和んだ気がした。
「じゃ、じゃあ皆さん!せっかくですから何か飲みます?あたしドリンク出すんで。」
「そっ、そのような気遣いは・・・。」
「気にしないで下さい!すぐですからっ。」
「えっ?」
あたしが指を鳴らすと、銀細工のグラスに注がれた飲み物が全員のところに出現した。
「では、いただきます。んっ、ミラ様!このお飲み物、甘くてシュワシュワします!!」
「ビックリした?ライチソーダっていって、あたしが最近考えた新作♪気に入ったかな?」
「はい!!私、これすごく気に入りました!」
ホントは元の世界であたしがハマってたコンビニのドリンクをそのまま真似しただけなんだけど・・・。
期間限定で、お店から無くなった時はちょっぴり凹んだっけ。
ファイセアさんも、「これは中々・・・。」ちびちびだけど味わってくれた。
他の人らは、飲んでくれなかったけど・・・。
「それでファイセアさん、話したいことって何です?」
あたしが聞くと、ファイセアさんはいきなりテーブルにダン!!っと両手を付いて、あたしに向かって頭を下げた。
「頼むッッッ!!!攻撃するのは我々だけにしてくれ!!」
「はっ、はいい?どっ、どういうことですか?」
あたしだけじゃなく、その場にいた全員、ファイセアさんと一緒に出席する人間軍のお偉方までビックリした様子だった。
「既に知っての通り我々はミラ、即ち其方を打倒するためにこのベリグルズ平野に参上した。だが正直なところ、我らだけの力では其方に敵うことなど到底できないと考えている。しかし、我ら国王陛下から仰せつかった命に背く訳にもいかぬ・・・。だからせめて、この駐屯地にいる非戦闘員だけは見逃してはくれないだろうかッッッ!!!」
「なっ、何を言っているのですか総騎士長殿!?」
「我らの兵の数さえあれば、救血の乙女を打倒できるのですよ!!」
他の指揮官が横槍を入れてきたが、ファイセアさんはそれに一切聞く耳を持たず頭を下げ続けた。
「ちょっと静かにしてもらえませんか。」
あたしが釘を差すと、声を上げていた人間側の指揮官がピタッと口をつぐんだ。
「ファイセアさん、どうして非戦闘員だけ見逃してほしいと言うんですか?」
「彼等には何の咎もない。故に此度の戦で命を落とす道理など、ない。」
ファイセアさんの言い分にウソは見られなかったが、でもあたしは、彼が他にも何か隠しているように感じられた。
「それだけじゃないですよね。」
「なっ・・・。」
「あたしには分かりますよ。あなたには、どうしても守りたい誰かが、その中に入ってるんじゃないんですか?」
あたしが問いただすと、ファイセアさんは諦めたような顔をして口をゆっくり開いた。
「戦えない負傷兵の中に、私の弟がいる。先の戦いで其方に部下を全滅させられた斥候部隊の隊長だ。私の戦いに、アイツを、巻き込みたくない・・・。」
あの時一人だけ取り逃がした兵士・・・。
そうか、この人の弟さんだったんだ。
「そんな虫のいい話があるワケないでしょう!?」
「そうですよ。我々だって、人間軍に一体どれほどの仲間を殺されたか・・・。」
「リリー、ヒューゴ君。」
「「はっ!もっ、申し訳ございません。」」
「ファイセアさん。2人の言う通り、吸血鬼だって大事な仲間をたくさんあなた達のせいで失ったんですよ。なのに“自分達の大切な人は助けてほしい”って、どう考えても都合が良すぎると思いませんか?」
「くっ・・・。分かっている。自分でも、あまりに身勝手なことを言っていると・・・。だが、どうかお願いだ!彼等だけは・・・。アイツだけは・・・!!」
頭を下げ続けるファイセアさんの声は次第に嗚咽混じりになり、声色からして涙ながらに懇願していることが感じ取られた。
「・・・・・・・。分かったよ。」
「ッッッ!!!」
「みっ、ミラ様何を!?」
「戦いに参加していない人達の命はできるだけ保障するようにする。そっちが下手なことしない限りは、こっちも攻撃しないから。」
「すっ、すまない・・・。」
「ただし・・・。」
「?」
「保障するのはあくまでも戦いに参加していない人達だけだからね。そちらが兵を率いて攻め込んだ時は、予定通り全力で叩き潰させてもらうから。いいよね?それで。」
ファイセアさんは、力無く微笑みながら「分かった。」と返事すると、それから一切言葉を発しようとしなかった。
こうして会談を終えたあたし達は、人間軍の拠点を後にしてみんなが準備を進めている街へと戻ることにした。
「ミラ様、どうしてあの人間の申し出を引き受けたのですか?」
「納得、いかないよね?」
「いえ、決してそのようなことは・・・。ただ何故なのか気になって・・・。」
「・・・・・・・。なんかさぁ、あんまりむやみやたらに人間を殺すのってどうかと思って。」
「それはどういう・・・?」
「いや、あたしって実は人間のことを吸血鬼のことを家畜呼ばわりする極悪非道のどうしよもない連中だと思ってたんだよね。だけどさ、いざ話してみると、結局は・・・っていうかやっぱり
あたし達と同じように、大切な家族がいて、それを守るためだったら命だって捨てれる人達だったんだなぁって。そんな人達から大切な家族を奪ったら、あたし達がやってることって向こうと変わらなかったってことになっちゃうから、それがどうしてもイヤでさ・・・。」
大切な誰かのために敵を倒すけど、その敵にだって大切な誰かがいて、向こうもその誰かのために戦っている。
だからあたしは戦争というものが嫌いだ。
だって、根本的に双方に悪が存在しないから。
敵を殺せば、味方にとっては正義になるけど向こうにとっての悪になる。
それは立場が逆でも同じこと。
正義と悪がコロコロ変わるようじゃ、そう易々と終わらすことなんてできない。
それこそ、どっちかが完膚なきまでにブチのめされて、何も残らなくなるまで・・・。
でもそんなの、あたしは納得がいかない。
「国を守るため。」、「国民を守るため。」、「資源を守るため。」・・・。
どんな綺麗ごとを言ったところで、敵を再起不能にしたらやってることはただの人殺しと一緒だから。
『国家規模での殺人行為。』それが戦争なのだと、あたしは思う。
元の世界では、余所の国での戦争のニュースとか見るたびにイヤな気分になったけど、まさか自分がそれを率いる立場に据わるなんて・・・。
その時あたしは、自分をこの世界に生まれ直させた本物のミラを恨めしく思ってしまった。
「ミラお姉様って、やっぱり変わらないのですね。」
「えっ?」
「記憶を失くされる前のミラお姉様も仰ってました。“必要以上に人間を殺してしまったら、それは向こうが私達にした仕打ちと同じになってしまう。そうなってしまっては、この戦いの勝利は何の意味も持たなくなってしまう”って。」
その時、あたしの心にあった本物のミラへの恨めしさは一瞬の内に消え去った。
もしかしたらあの子は、本心では戦いを拒んでいたけれど、仲間を守るために心を鬼にしてギリギリの精神状態で救世主として戦っていたんじゃないか?
それがどんなに辛かったことか、今のあたしには、モヤっとしたものだがイメージすることができる。
ならば、今のあたしがすべきことは・・・。
「私、安心しました。記憶を失くしてしまったけれど、ミラお姉様の本質だけは変わらないでくれたんだなって。」
「ありがとね、リリー。おかげでスッキリできたよ。」
「勿体なきお言葉です!!もしよろしければ、別の意味でもスッキリさせてあげますよ♡♡♡」
「それは遠慮しとく。」
「ふぇ~~~。」
「リリーナは本当に諦めが悪いですね。それで、ミラ様。今後は如何いたしましょうか?」
「何も変わらないよヒューゴ君。向こうが正々堂々戦いたいっていうんだから、こっちもそれに応じないとね。あたしがこしらえた街で盛大におもてなししてやろうじゃんか!」
あたしがすべきこと。
それは、本物のミラの意思を受け継いで、自分たちが少しでも「戦って良かったな。」と思えるような勝利をもたらすこと。
だからあたしも心を鬼にして、戦いを挑んできた相手を、全身全霊、後悔も未練も残らないように殺してあげなければならない。
だってあたしは、そういう異世界に転生したんだから。




