44―見せかけの希望
~ベリグルズ平野中央区域・ヴェル・ハルド王国軍司令部~
「おい聞いたか?南の森にいた斥候部隊が全滅したらしいぞ。」
「ウソだろ!?吸血鬼の奴らそんなに手強かったのか?」
「いや、ウワサのよると連中、ここに援軍に来ていた救血の乙女の野郎とかち合ったみたいでよ。」
「ってことは・・・!!」
「アイツ、ベリグルズ平野来ちまったみてえだ・・・。」
「マジ、かよ・・・。」
気怠そうに屯していた兵士だったが、その表情は一瞬にして重苦しいものに変わった。
吸血鬼の救世主にして、人間にとっては不俱戴天の仇たる救血の乙女・ミラがとうとう自分達の戦場に来てしまったからだ。
このままだと、今まで白星続きだった自軍の形勢が一瞬にしてひっくり返されてしまうのは目に見えている。
かと言って、それを防ぎ得るほどの気骨を持つ人間が自分達の上にいるはずなどなかった。
勝利を重ねるあまり、腑抜けになってしまったのは彼等の指揮官も同じだった。
先の戦闘では、退屈のあまり欠伸をしながら奥に控えるその姿を横目で見たばかりだ。
それほどまでに、かの地における人間達の戦いは形骸化してしまっていたのだ。
戦場に出れば、まず負けることのない現状が続いていたのだから無理もない。
だがその余裕も最早風前の灯火だ。
だけどいち兵士である彼等にはそれを打破する力などない。
それを自覚し、彼等はますます頭を抱えることとなった。
「おい!!こっちに来てみろよ!!」
「なんだよ騒がしいなぁ。」
「ファイセア総騎士長だッッッ!!!」
「ッッッ!!!本当か!?」
ヴェル・ハルド王国軍のトップが直々に来訪したと聞き、兵士達は持っていた武具をその場で投げ捨て、急いで人だかりのもとへ走った。
彼等の視線の先には、葦毛の屈強な足を持った騎馬に跨ったファイセア総騎士長がおり、彼が率いる頑丈な鎧と幅広い盾を持った騎士たちが長い列を成していた。
「これはこれは総騎士長殿!!よくぞおいで下さいましたぁ~!わたくしはここの指揮を任されております総督のガーナイト・スミッチと申します。以後お見知りおきを~。」
自分達のトップに少しでも覚えてもらうためにガーナイトは上目使いでへりくだって挨拶した。
「ガーナイト、突然の訪問で迷惑をかけてすまないな。」
「いえいえ。とんでもございません~!むしろ総騎士長殿が我々の助太刀に来て下さって、大変心強いです!!」
お偉いさんに覚えてもらおうと必死な指揮官に、その場にいる兵士の誰もが白けた顔を見せる。
「それで、聞きたいことがあるのだが・・・。」
「何でしょうか?」
「私の弟は、無事であるか?」
◇◇◇
「あちらでございます。」
負傷兵が運ばれる医務用のテントの隅に、ベッドの上で毛布を被りながらガタガタ震えている青年のもとに、ファイセアは急いで駆け寄った。
「ノイエフ!大丈夫か?」
「あっ、兄上・・・。」
声を掛けられ、振り返った弟の顔は、今まで見たことがないくらいに青白くなっていた。
「どうして、ここに・・・?」
「私のことはいい。話は聞いたぞ。その・・・残念、だったな・・・。」
ファイセアは、ノイエフが率いる斥候部隊がミラの手によって彼以外全滅してしまったことを既に聞いていた。
「兄上・・・。俺、悔しいです。自分が力不足なせいで、みんな、アイツに・・・!!」
ベッドの上で体育座りで毛布にくるまったノイエフは、膝に爪を立てて噛み砕こうとする勢いで歯を噛み締めた。
そんな弟に、兄は何も言わず肩をそっとさすった。
「さぞかし、辛かったであろうな・・・。あとは私に任せて、ゆっくり休むがいい。」
「お願いです!!俺も兄上と一緒に連れて行って下さい!!俺にアイツを殺す機会を何卒・・・!!」
「いや、それはダメだ。」
「何故ですか!?俺じゃ役立たずだってことですか!?」
「そうではない!!お前はヤツの魔の手から唯一助かったのだ。ならば、その拾った命、みすみす捨てるようなマネは兄として絶対に認めん!!分かったな!?」
ノイエフ自身、兄とともに戦って仲間の無念を晴らすことが叶わないのは悔しい。
だが兄は、心の底から自分の身を案じている。
ならばここは、彼の想いを汲んで彼のことを信じるしかない。
「分かりました。兄上、どうか俺の代わりに仲間の仇を・・・!!」
「ああ。我が軍に身を置いていた以上、お前の仲間は私の仲間でもあったのだ。彼等の無念を晴らすのは、総騎士長として当然の責務だ。」
兄として、そして国軍の長たる総騎士長として、弟の雪辱と仲間の無念を晴らす決意を、ファイセアは静かながら力強い口調で言い放った。
ノイエフは、幼い頃より憧れている家族と仲間想いで、威厳溢れる輝かしい兄の姿に、何も言わず全てを託すことにした。
「私はこれで失礼する。さぁ、お前はここで安静にするといい。」
「兄上。」
「何だ?」
「帰ってきたら、昔みたいにまた一杯引っ掛けましょうね。」
得意げに言うノイエフに、ファイセアは「フッ。」と笑うと、テントから出て行った。
「・・・・・・・。すまない、ノイエフ。」
テントの前で立ち尽くすファイセアは、ボソッと弟への謝罪の言葉を口にした。
何故なら、彼が率いる軍の数はおよそ2000。
それにこの地の兵士の数を足せば、総勢5000の軍勢となる。
数だけで見れば心強いが、その誰もが簡単な属性魔能や治癒魔能しか身に付けていない雑兵ばかり。
これではとてもじゃないが、神にすら近いしい存在とされる無敵の吸血鬼に太刀打ちすることなどできない。
では何故彼はここにやってきたのか?
彼をここに送り込んだ本国の諸侯たちは、まずは適当な兵を数多く集めて、復活したばかりの救血の乙女・ミラと、彼女が率いることによって吸血鬼軍の士気がどれほど高まるのか、威力偵察を図る思惑があったのだ。
彼自身、その思惑に勘付いていた。
そして、仲間と弟の無念を晴らすことも王にミラの血を献上することも叶わないままこの戦場で果てるを無情にも思い知らされていたのだった。
どうせ討ち取られるくらいだったら、せめて憎きミラに一矢を与えて華々しく散る覚悟を、ここに来る前からすでに覚悟を決めていた。
「ノイエフ・・・。約束を果たせず、帰ることのできない兄を、どうか、許してほしい・・・。」
テントから遠ざかるにつれて、まるで弟の傍を離れて二度と戻れない黄泉へと歩いて行くような気がして、ファイセアは拳を握りしめ、瞳に薄っすらと涙を浮かべるのだった。




