436―オルテストの戦い③・変わり果てた冥王
目を見開いて硬直するリセを見つめる、かつてミラに殺された彼女の父・・・冥王ヘルヴェがそこにいた。
「そん、な・・・。だって、父、上は・・・。」
「死んだ。そう言いたいのだろう?だが朕はここにおるぞ。まさか、父の顔を忘れたとでもいうのか?」
「そっ、そんなこと・・・!!」
片時も忘れたことはない。
自分を愛でる笑顔。
配下を鼓舞する勇姿。
ミラの手にかかり事切れるその瞬間・・・。
思い出も、トラウマも、全てまとめて、我が父の姿を忘却の彼方へと追いやったことなんて、ただの一度もない。
しかしリセは、たった一つの不変の理によって、今目の前で起きていることが理解できないでいる。
死者が甦ることなど、断じて起こり得ないのだ。
じゃあ目の前にいるのは?
今自分を穏やかな顔で見つめる父は、一体誰だというのか?
「ふむ・・・。ひどく混乱しているようだね。朕が甦ったいきさつについては後で話そう。リセ、今からでも遅くはない。己が務めを果たすが良い。」
「妾の・・・務め・・・?」
「ミラの同胞を殺せ。そしてあの人間への忠義を示すのだ。」
「なっ・・・!!」
まさかの言葉にリセは愕然とした。
「何故・・・そのようなことを・・・!?」
「朕がこの世に復活したのは、あの男の力によるものなのだ。ならば朕は、その恩に報いなければならない。さぁリセ。アドニサカの人間と手を取り、ミラの同胞を殺せ。そして朕とともに、あの愚かな吸血鬼に罰を下そうではないか。」
「父上!!解っておられるのですか!?ミラを殺し、あの人間の企み事が叶ってしまえば、魔族である父上は消えてしまうのですよ!?」
「あの男は約束してくれた。協力すれば、お前のように人間の身体を与えてくれると。」
「ですがこの者達は!?父上が御創りになった配下はどうなるのですか!?」
「所詮は戦のためだけに作り出した木偶。どうなろうと構わぬ。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「お前・・・誰だ?」
「何?」
「妾の知っている父上は・・・冥王ヘルヴェはそのようなことなど言わぬ!無数に存在し、いくらでも代えがきく配下も、臣民と同じように大切にし、妾にそれを説いてきた!!父上の顔で・・・父上の声で・・・かような戯言を抜かすなぁ!!!」
目に薄っすら涙を浮かべ、慟哭を上げるリセを、ヘルヴェは澄ました顔でただ見つめるのみ・・・。
「愚娘が。もう良い。朕がやる。」
ヘルヴェがパチンと指を鳴らすと、武器を持って固まる魔族達に、朽鬼達が一斉に襲い掛かった。
朽鬼のルーツは魔族達にも由来する。
よって彼らはウィルスには感染しない。
それでも、喉笛に食らい付き、噛み殺すことぐらいはできる。
「やっ、止めろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
朽鬼に対し、必死に命じるリセ。
しかし奴等は攻撃の手を止めない。
「無駄だ。朽鬼の主導権は朕にある。お前の命令など聞きはしない。」
「そん、な・・・。」
絶望するリセに、ヘルヴェは同じく冥炎の剣を持って近づいてきた。
「父の仇も取れぬとは・・・。お前はもう娘でも何でもない。」
リセに向かって剣を振り上げるヘルヴェ。
父は・・・変わってしまったのか?
たった一匹の吸血鬼の手で討ち死にしたことで、創造した配下の命すらも省みないほど、魂が歪んでしまったとでもいうのか?
全て・・・自分のせい・・・なのか?
「死ぬがいい。」
剣が振り下ろされる刹那、リセの心は、絶望の淵へと沈んでいった・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「ほう・・・。」
リセに振り下ろされる剣は、ある者の手によって防がれ、それにより彼女は命拾いした。
「たかが人間の小娘が朕に歯向かうなど・・・面白い。」
「トヴィ、リン・・・。」
「これ以上リセさんの、大好きなお父さんを・・・侮辱するなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」




