43―近衛達の秘密
「でっ、では、各々のお顔合わせもできたことですし、皆様それぞれのテントでお休みになられて下さい。」
あたし達がわちゃわちゃ盛り上がってる横から、プルナトさんが声を小さめにしながら言ってきた。
「プルナト総督、お心遣いは大変嬉しいのですが、激戦地の只中でおいそれと休むワケにはいかないので、私達も警戒の任に就かせてもらいます。」
「ヒューゴ君の言う通りですよ!何かあった時に備えてあたし達も手伝います!」
「それは誠に心強いのですが、何せ皆様は大事な客分。長旅でお疲れになった身で任務に使わせるのは礼を失してしまいます。それに、こちら側の戦力の要であるからこそ、万全の状態で戦いに臨んでもらいたいのです。」
プルナトさんの、礼儀正しくも反論の余地がない意見に、あたし達はとやかく言うのはやめて、ひとまず一旦言うことを聞くようにした。
「ではパルマ、初めてきたミラ様達をテントの方へ案内して差し上げなさい。」
「かしこまりました、総督。」
パルマさんに案内され、あたし達は見張り台の下のテントが密集しているところから少し離れた場所に着いた。
そこには、間隔を開けて、人数分のテントが並んでいた。
「皆様は、ご用があるまでこちらでお休みしてもらいます。」
「1人ひとつのテントで止まるんですか?」
「はい。そうですが・・・。」
「え〜!私ミラお姉様と一緒が良かったのにぃ〜!!ねぇアンタ、私のテントいらないからさ、ミラお姉様のテントの中に荷物移しといてなさいよ。」
「そっ、それは・・・。」
「リリーナ、パルマ殿を困らせてはいけませんよ。大体あなた、ミラ様とご一緒して、何をなさろうというのですか?」
「そっ!それは・・・。言わなくったって、分かるでしょ?♡」
リリーは恥ずかしそうに、両手で赤くなった頬を押さえてクネクネと身体を揺らした。
「パルマ殿、テントはご一緒してもらわなくて結構です。むしろこの者とミラ様のテントは、うんと遠く離しておいて下さい。」
「なんでじゃいッッッ!!?」
結局テントは一緒にされず、リリーは悔しさでまたしても血の涙を流す羽目になった。
◇◇◇
「はぁ〜!!疲れたぁ・・・。」
テントに入ったあたしは、旅の疲れでバッキバキになった身体でベッドにダイブした。
中は藁葺きの床が敷いてあって、その上に照明とベッドと装備を入れるボックスだけと簡素な物だけど、リラックスするには申し分なかった。
さてと、これからどうしよっかな〜?
目的地には着いたけど、これからが本番だよな。
これからここにいるみんなで、厳しい戦いを切り抜けなければならないし、そのためにはまず、何をしなければ?
う〜ん、悩ましい!
・・・・・・・。
・・・・・・・。
そういえば、あたし・・・。
リリー達とプライベートな会話あんまりしたことないかも。
ここに来るまでの間に何かと話してはみたけど、リリーは話すたんびにあたしにメロメロになるし、ヒューゴ君は畏まってあんまり話したがらなかったからなぁ〜。
よし!!
ここはいい機会だからみんなともっと打ち解けてみせるかっ!
みんなで共同作業するのに、アイスブレイクは必要不可欠だって学校でも言われてたしね!
せっかくだから、今日知り合ったばっかのローランドさんとアウレルさんとこにも顔出すか!
そうと決まれば、あたしは疲れた身体をベッドから勢いつけて起き上がらせるとそそくさとテントから出て行った。
「えっ〜と、まずはリリーからだね。でもなぁ、あたしあの子の部屋あんま行きにくいんだよなぁ・・・。」
こないだ南方司令部の屋敷のあの子の部屋に行ったら、明らかに隠し撮りとしか思えないあたしの写真が所狭しと並んでいたから、それ以来あの子がいる場所にはどうにも行きづらい・・・。
でも、アイスブレイクすると決めたからには、心を決めなくてはッッッ!!!
それに一回行ったから、免疫付いてさすがにこれ以上ビックリしないでしょ!
では、いざッッッ!!!
「リリー、ちょっと、い、い・・・?」
テントの扉をめくった瞬間、中で繰り広げられてる光景に、思わず絶句した。
そこには、ベッドの上でリリーが、もう1人のリリーと一緒になって互いに抱き合いながら荒い息を吐いていた。
「ハァ・・・!ううん・・・!いっ、いけないわリリー!!そっ、そんな大胆な・・・。ああっ・・・!!」
「ちょっ、ちょっとリリー・・・。なっ、何してんの!?」
「えっ!?みっ、ミラお姉様!どうしてここに・・・?まっ、まさか!!よっ、夜這い・・・。」
「いや違うからねッッッ!!!それより、なっ、何なのそれ!!?なんでリリーが、もう1人・・・!?」
「はうう・・・。ミラお姉様だけには見られるワケにはいかなかったのに〜。これは魔能で作った私の模倣体です。」
「こっ、コピー?」
「自分の血肉を使って分身体を作る魔能があるのですが、それを使って私は私自身のコピーを作ったんです。」
「なっ、何のために・・・?」
「それは・・・。私が私の理想のミラお姉様になるためです・・・♡」
「は?」
「こうして私が自分のコピーに責められることで、私自身がミラお姉様に成りきっていずれ訪れるであろう本番に備えていたんです。って、ちょっとやめてよリリー♡あたし今ミラお姉様とお話ししてるんだからぁ♡♡♡」
どうにもピンとこない答えに、あたしは自分の脳ミソがチリチリとするような感覚に陥った。
理想のミラお姉様?
本番?
責められる?
何を言ってるんだこの子は?
「でもミラお姉様!いきなり部屋に来るなんてビックリです!!一体どうしたんですか!?」
「へっ!?いっ、いやぁちょっと・・・。どうしてるかなぁって・・・」
「えっ・・・!?はぁ・・・。練習の成果が活かせる時が来たんじゃないんですか・・・。」
リリーはひどくガッカリした表情になり、それを彼女のコピーが励まそうとしたのか頭をポンポンと軽く叩いた。
「なっ、なんかお邪魔みたいだから、これで失礼するね!!ほっほな、さいならッッッ!!!」
あたしはそう取ってつけたように言うと、速攻でリリーのテントを後にした。
はぁ〜!ビックリしたぁ〜。
まさかリリーが夜な夜なあんなコトしてたなんて・・・。
一度部屋に行ったから慣れたと思ってたけど、いやはや・・・。あの子には毎度毎度驚かされる・・・。
っていうかアレが本番を迎える時には、あたしのハジメてあの子に持ってかれるんじゃ・・・。
・・・・・・・。
ええい!!
深く考えたってしゃあない!!
取り敢えずさっき見たことは忘れよう!!
そうだ!
あたしは、何も見なかったッッッ!!!
もうそれでいいっしょ!
よ〜し!
次はヒューゴ君のテントだね。
彼は賢くてキリッとしてるから、もしかしたら中で本とか読んでんのかも。
絵になるなぁ〜!
オレンジ色の照明で薄明るいテントの中で1人読書するヒューゴ君。
よかったら、オススメの作品とか紹介してもらお〜♪
よし、じゃあ入ってみるかっ。
「ヒューゴくぅ〜ん!今ちょっといい〜?」
「えっ!!?」
テントに置かれた姿見の前に立っていたのは、青いミニハットに白いシャツ、フリル付きの黒いスカートを履いた、セミロングの茶髪の女の子だった。
「ごっ、ごめんなさい!!間違えました!」
あたしはうっかりテントを間違えてしまったと思い、急いで中に入れていた頭を引っ込めた。
ん?
あれ?
ちょっと待って。
さっきパルマさん、「あたし達1人ひとつずつテント用意した。」って言ってたから、あたしら意外が使ってることなんかないはず・・・。
それに、開いてたボックスの中に入ってた荷物。
あれ、明らかにヒューゴ君の物だったよね・・・?
あたしは心臓をバックンバックンさせながら、もう一度テントの中に頭を入れた。
そこにいたのは・・・。
「みっ、ミラ様・・・。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
ヒューゴ君だった。
先ほどの女の子の衣装と同じだったけど、顔と声は明らかにヒューゴ君のものだった。
「ヒューゴ君、それ・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
ヒューゴ君は答えようとせず、いつしかテントの中を重苦しい空気が充満していた。
「えっと・・・。その・・・。」
やがて沈黙に耐えきれなくなったのか、ヒューゴ君はポツポツと話し始めた。
「実は私、子どもの頃は女として育てられ、まして・・・。それで、その名残で、こういう格好を、すっ、すると、リラックスすることが、でき、まして・・・。」
「そっ、そうなんだ・・・。」
理由を話すヒューゴ君の目は終始泳いでおり、一点に定まっていなかった。
「ミラ、様・・・。へっ、変、でしょうか・・・?」
「ふぇっ?いっ、いや、別に・・・。可愛くて、アリだと、思うよ・・・。」
「さっ、左様、ですか・・・。」
「・・・・・・・。なっ、なんか悪いから、あたしこれで失礼するねっ。」
あたしが出て行った後で、テントの中からヒューゴ君の叫び声が聞こえた気がするが怖くて振り向かなかった。
まさかヒューゴ君にあんなシュミがあったなんて・・・。
でも完成度高かったなぁ・・・。
マジでパット見女の子にしか見えんかったもん・・・。
人のリラックスする方法なんかそれぞれだし、ましてやヒューゴ君は育った環境もあるからとやかく言うのはよそう・・・。
つっ、次はローランドさんだね!
意外と落ち着いた風に過ごしているのかも?
えっ〜と、別れ際に行ったローランドさんのテントは・・・。
あっ、ここだ!
「ローランドさん!ミラだけど。今ちょっと時間・・・。キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」
そこには、何も着ずに全裸になって巨大な鎚を素振りするローランドさんがいた。
「フン!!フン!!おおっ!これはこれはミラ様!何かご用ですかな?」
「ちょっとぉ!!何でそんなカッコになってんのさぁ!!?」
「いやぁ!!この世に生を受けた姿で鍛錬に打ち込むと身の引き締まる思いがしましてなぁ!身に蓄えられた闘気が全身から溢れ出すような感覚が堪りません!!ミラ様もそのように我輩に背を向けてないでご一緒に如何ですかな!?」
「間に合ってるんで結構ですッッッ!!!」
あたしはローランドさんのテントから出て行くと、つかつかとした足取りで遠ざかっていった。
もう〜〜〜!!
何であたしの部下にはヘンな人しかいないのぉ〜!!?
っていうからどうやって本物のミラはあんな変人ばっかを纏められてたのさ!?
こんなんじゃアイスブレイクなんかロクに出来ないよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
心の中でひとしきり叫んだ後で、あたしは気付いた。
そう。まだ1人、アウレルさんが残ってるッッッ!!!
あのハイパーイケメン顔の彼だったら、きっとヘンな秘密なんかあるはずがない!!
ここはアウレルさんに全てを託す他道はないッッッ!!!
あたしは最後の希望をアウレルさんに懸けて、意を決して彼のテントの入口をめくった!
そこにいたのは・・・!!
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「カワイイ♡カワイイよぉ♡ミーちゃん、アリサちゃん♡♡♡」
そこにいたのは、テントの中一面に、モフモフの癒し系のぬいぐるみを、満面の笑みで並べている、アウレルさんの姿だった。
「あっ、ミラ様。何かご用ですか?」
「そっ、それは?」
「カワイイでしょ〜?みんな僕の自慢のコレクション達です♡そうだ!良かったらこの子達にもミラ様のことをご紹介してもよろしいですかぁ?」
「ウン・・・。お願いして、いいかな・・・。」
「ありがとうございます!!では、こちらに。」
あたしは、メンタルが無になった状態で、アウレルさんのテントの中に、ゆっくり入っていった・・・。
◇◇◇
「あれ?ミラ様どうしたのですか突然っ。」
「うっ、ウン・・・。チョットね・・・。」
「お顔がだいぶ真っ青ですが・・・。」
ついさっきまでアウレルさんの自慢のコレクション延べ349体を残らず紹介され、あたしの頭のキャパは限界をとうに超えていた・・・。
っていうか集めすぎやんあの人・・・。
「とっ、取り敢えず中でお休みになっていって下さいっ!」
「ありがと。グレースちゃん・・・。」
グレースちゃんのテントに入ったあたしは、そのままベッドの上にポフっと座った。
「ねぇグレースちゃん。」
「はい。」
「もしもさ、グレースちゃんの友達に変わった趣味とかあったらどうする?」
「はい?」
「いや深い意味はないんだけどさ。ただ何となく・・・。」
「う~ん、そうですねぇ・・・。別にどうもしない、ですね。」
「どういうこと?」
「だって、そのような趣味があったとしても、自分にとってはその人は大切な友達ですから、変わった趣味があったとしても嫌いになったり距離を取ったりしないで、これまでと変わらない態度で接しても大丈夫だと、私は思いますよ。」
そうだ・・・。
リリーが自分の分身とあんなコトしていても。
ヒューゴ君が女の子のカッコをしていても。
ローランドさんが裸でトレーニングしていても。
アウレルさんがカワイイぬいぐるみを大量に集めていても・・・。
みんなあたしにとってかけがえのない仲間、友達なワケだから、モヤモヤしたりせずに「この人達はこれを楽しんでいるんだ。」ってまっさらな気持ちで受け入れるようにしなくっちゃ。
みんな確かに変わった人達だけど、それでもとってもいい人達なんだから、それだけでイメージを曲げちゃったりしたらいけないよね・・・。
「グレースちゃんのおかげでモヤモヤがスッキリしたかな?サンキュー。」
「ありがとうございます!それで、あたしからもご相談があるのですが・・・。」
「ん?どしたの?」
「いえ実は、この戦地で皆様と死線をともにするにあたり、もっと皆様と交流を重ねておきたいと思いまして・・・。特に永友の皆様はミラ様の傍らで戦ってきたのですから、同じくミラ様をお傍で守る身として、僭越ですがもっとご親密になりたいと思っております。それで、もしよろしければ今からそれぞれのテントまでご一緒に行っていただけないでしょうか?」
「えっ!?そっ、それはぁ~・・・。えっ~と・・・、ウン。実はさ、さっきあたしも、みんなのテント行って来たばっかなんだよ、ね・・・。」
「そうだったのですか?」
「だけどみんなそれぞれやりたいコト、やらなくちゃいけないコトがあって、あんま話できなくってさ・・・。だからそれぞれのトコに行くよりも、みんな集まった時にあれこれ話した方がいいかもしれないよ?ぶっちゃっけそっちの方が楽しそうだしさ!!」
「言われてみれば・・・。分かりました。今はひとまずお控えして、次回皆様がご一緒になられたところでたくさんお話してみますね!」
「そうだね!あたしも楽しみにしてるから!」
グレースちゃんが納得した後で、あたしはそそくさと彼女のテントから出て自分の方に戻った。
「ふぅ・・・。危ないあぶない!あと少しでグレースちゃんの中のみんなに対するイメージがごちゃごちゃになるとこだった!みんなの威厳を守るのも、主人としてのやるべき仕事、だよね・・・?」
そう独り言を言ってあたしは、ここに来るまでだけじゃなく、着いてからも色々なことがあって身体だけでなく頭までもヘトヘトになってしまい、うつ伏せのままベッドに飛び込んでそのまま眠り落ちてしまった。
この時の夢の中で、二人のリリーに抱きつかれ、女装したヒューゴ君にモジモジされ、裸でハンマー持ったローランドさんに熱く話しかけられ、その体制のままアウレルさんとたくさんのぬいぐるみを並べるという、おそらく異世界に来てから一番可笑しな夢を見てしまったのだが・・・。




