41―永友、集結
「ここが、ベリグルズ平野・・・。」
あたし達の目に映ったのは、遥か彼方に雪を被った悠々とした山脈が並ぶ、夜空の下でどこまでも広がる薄茶色の草原。
その思わずうっとりとしてしまう風景に、とてもここが吸血鬼と人間が激しい戦いを繰り広げている戦場とは思えなかった。
「ミラ様、どうなさいましたか?」
「うん?ああちょっとね。キレイな場所だなぁと思ってさ・・・。」
「ベリグルズ平野、ですか・・・?」
「ごめんねヒューゴ君。そんな呑気なこと言ってる場合じゃない、よね・・・。」
「いえ、そのようなことは。私もここは、風光明媚な地だと思います。」
「私も思いますよ、ミラお姉様!!ああでも、できたらミラお姉様と二人っきりが良かったなぁ~」
「その余計な一言が無ければあなたのことを見直したのですが。」
「何言ってんの!これ私じゃなくても言ってることだから。ねっ、グレースだってそう思うでしょ?」
「へっ?そっ、そうですね・・・。」
「お・も・う・よ・ね!?」
「・・・・・・・。はっ、はい・・・。」
「ほぅ~ら!!」
「・・・・・・・。ミラ様、風景に見惚れるのもこのくらいにして、参りましょうか。」
「あっ、話逸らした!!ヒューゴずっるぅ~!!」
急に話題をブチ切られて、リリーは頬をプクっと膨らました。
その顔を見て、つい「可愛すぎかよ。」って思ったのは、ここでは言わないようにした。
◇◇◇
ベリグルズ平野を進んでいく中で、所々で散らばっている砲台の残骸や、ビリビリに破られたそれぞれの陣営の旗、そして騎馬と思われる骨が見つかった。
それらを見て、壮観な景色だけれど、ここが戦場のど真ん中であることを今一度突き付けられた。
「ミラ様、見えました。あそこです。」
ヒューゴ君が指差す方を見てみると、石造りの2階建ての見張り台を中心に所狭しとテントが立っていた。
「あれが吸血鬼軍のベリグルズ平野の前線基地です。」
あたし達はやっと、目指していた目的の場所に着いたようだ。
前線基地に差し掛かるところまで歩くと、何人かの兵士を率いた吸血鬼の男性が出迎えてきた。
「ようこそおいで下さいました。ミラ様、吸血鬼が救い主よ。」
片膝をついて出迎える吸血鬼の兵士たちに恐縮して、あたしは白丸から急いで降りた。
「あんまかしこまった挨拶はいいよぉ~!もっと早く来れなくってごめんなさいッ!」
「とんでもない。ミラ様がこの地に来てくれるだけで、わたくし達にとってはこの上ない希望でございます。」
ん~そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、やっぱあんまり慣れないんだよなぁ・・・。
「申し遅れました。わたくしはベリグルズ平野第4大隊長のパルマです。どうぞ、総督がお待ちです。」
パルマさん達に案内されて、あたしとグレースちゃん、リリーとヒューゴ君は見張り台の頂上に立った一際立派なテントの中に通された。
「よくぞ来てくれました、ミラ様。それとお付きの方と乙女の永友のお二方。私はベリグルズ平野吸血鬼軍総督のプルナトと言います。どうぞ、お見知りおきを。」
「プルナト総督。それで、首尾は?」
「それが・・・。お恥ずかしい限りで、芳しくなくて、ですね・・・。」
「というと?」
「3日前までは、もう少し北に前線基地を構えてきたのですが、今は御覧の通り、この放棄された見張り台まで後退してしまって・・・。正直申し上げると、一月経つまでに、この地で持ちこたえられるかどうか・・・。」
「そうなのですか・・・。」
ここに来るまでの間、兵士の人達がみんな憔悴しきった顔をしてると思ったけど、まさかそこまで追い詰めてられるなんて・・・。
この場所ではみんな、ギリギリのところで何とか精一杯、頑張って戦ってるんだ・・・。
「しかしもう恐れることはございません。こうして、皆様が来てくれたのですからッ。」
取り繕うように笑ってみせるプルナトさんに、あたしは居ても立っても居られなかった。
「プルナトさん!あたし達が絶対にみなさんを助けてみせますから、どうか元気を出して下さい!!」
あたしが勢いでプルナトさんの手を、自分の両手で握ったものだから、彼は顔を真っ赤にしてあたふたし始めた。
「みっ、ミラ様・・・!!」
「あっ!ごっ、ごめんなさい!!つっ、つい・・・。」
「いえ!そんな・・・。あっ、ありがとう、ございます・・・。」
頬を紅潮させながらあたしが握った手をさするプルナトさんだったが、「オホン。」と軽く咳払いをして何とか気を取り直した。
「そっ、そうだ!実はミラ様に是非ともお会いさせたい方々がいるのですが。」
「あたしに?」
その時、見張り台の外から石が砕けるような大きな音が聞こえてきて、あたし達は急いでテントから出た。
直後、夜空に浮かぶ満月を背にして、謎の大男が宙を飛び、「ドォン!!」と激しい音を立てて見張り台の石の床に降り立った。
「のあああああああああああああああああああああああああ!!?なっ、何ぃ!?」
土煙がパラパラと舞うのが晴れてくると、屈強な体格した身長が2mくらいありそうな吸血鬼の男が目を蘭々とさせて立っていた。
「よっ、よもや・・・。まことで、あったか・・・。」
「えっ・・・。あっ、あなたは・・・?」
「おおおおおおおおおおおおお!!!!ミラ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
男はあたしに走り寄ったかと思うと、身体を抱き上げてぐるぐる回りだした。
「うわあああああああああああああああああ!!?」
「ああミラ様だッッッ!!!この重さ!この温もり!間違いない!!我らが希望が、黄泉の国からご帰還なさってくれたぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
吸血鬼の大男は、狂喜乱舞しながらあたしの身体を抱きしめて、回転を止めようとしなかった。
っていうか、ガチで止めて。
なんか、気持ち悪くなってきた・・・。
「ちょっ、ちょっとローランド!ミラお姉様を離しなさいよッッッ!!!」
リリーが駆け寄って、男の服をグイグイ引っ張るとようやく彼は回転を止めてくれてあたしを地面に降ろした。
「ああ、いたのか。リリーナ。」
「いたのかじゃないでしょ!!塔の壁を走って登るってどんだけ馬鹿力なワケ!?」
「ミラ様がお戻りになって下さったのだぞ!すぐにでも駆けつけなければ無礼であろうが。」
「おまけにミラお姉様に抱きつくってどういう了見してんのさ!?私を差し置いて!!アンタそういうキャラじゃないでしょ!?」
「相変わらず貴様はミラ様にお熱のようだな。愛い奴だのぉ。」
「アンタ私の話ちゃんと聞いてんのッッッ!!?」
「ううっ・・・。また頭痛のタネになるヤツがぁ・・・。」
リリーとヒューゴ君はいきなり現れた彼のことをどうやら知ってるらしかった。
「はぁ・・・。はぁ・・・。やっと追いついたよ。」
見張り台の階段を上って現れたのは、灰色の髪色をした端正な顔立ちをした若い吸血鬼の青年だった。
「遅いぞアウレル。何をしておったのだ?」
「遅いもなにも君が慌てて走り出すからでしょ~?壁を走ってショートカットしたら追いつけるはずがないよ。」
「フン!己の至らなさを我輩に擦り付けるヒマがあるならとっととミラ様にご挨拶申し上げぬか!」
「はぁ、もう・・・。ミラ様、ご復活なされたようで何よりです。再びあなた様のお傍で矛をともにでき、大変嬉しゅうございます。」
あたしの方に踵を返したアウレルという青年は、跪いて穏やかな口調で語り掛けてきた。
「あっ、あなた達は一体・・・?」
「わっ、我々のことをお忘れになってしまったのですか?」
「アウレル、ミラ様は甦りになった反動で記憶を全て失くされたんだよ。」
「そうでしたか・・・。それは大層痛み入ります。」
「あっ、ありがと・・・。そっ、それで、あなた達は?」
「ミラ様ミラ様ッッッ!!!」
「グレースちゃん?」
あたしの前にいる彼等に、グレースちゃんは妙に興奮した様子だった。
「このお二人はリリーナ様やヒューゴ様と同じ、“乙女の永友”の方々、“剛猛の岩・ローランド様”と“凛然たる牙・アウレル様”になりますッッッ!!!」
「うっ、ウソ!?こっ、この二人が・・・?」
「まさに夢のようです。まさかミラ様が誇る近衛兵の方々が一堂に会する光景を、見ることができるなんて・・・。」
ぐるぐる回されたせいで、まだどうにも視界が定まらない目で、あたしは、ミラの許に集まってくれた吸血鬼最強の兵士の4人をジッと見据えた。




