405―因果の救い
❝ヘルヴェ❞。
リセの父親で、第一次アルスワルド大戦で魔族達を率いて世界征服に乗り出して、アクメルが生まれる原因を作った存在。
そして・・・本物のミラの手によって殺された、冥王・・・。
彼がイスラルフさんの弟だったなんて・・・。
「誠の名は❝マイナール❞。全てに失望した奴は、手始めに己を止めようとした他の兄弟を殺した。幸いにも、私だけが生き残れたが・・・。そして自分の力を以って、痩鬼種や児鬼種、巨鬼種といった数多くの魔の者どもを生み出し、強大な軍勢を率いた。奴とその眷族との激しい闘争により、魔能を扱えぬ人間は滅亡寸前まで追いやられた。それが今回の敵の大将がこの世に生まれ落ちることになったのだからな。とんだ置き土産を残していきおったわ。」
自分の目的達成のために実の兄弟まで殺したなんて・・・。
「最っ低だな・・・!」
あたしがボソッと言ったことが聞こえてみたいで、イスラルフさんの眉間がピクっとなった。
「そうだな。だが・・・これから我らが倒そうとする奴よりかはマシだったかもしれん。」
「どういうことですか?」
「マイナール・・・いや、ヘルヴェは、自軍が危機に陥った際は、必ず直々に赴いて加勢した。それこそ、自分自身が無傷で済まないような激戦であっても。アイツは自らが生み出した眷族を単なる駒としてではなく、しっかりと仲間・・・家族と呼べるほど大切に扱っていた。それがヘルヴェと、アクメルの違いだ。聞いたぞ?奴は400年もの間気にかけていた配下を、平然と殺したらしいな?」
「そう、ですけど・・・。」
「奴にとって配下は道具。己が目的を実現するための手足くらいしか思っておらんのだ。そのような者は、忠誠を捧げるに相応しくない。」
怒った顔でイスラルフさんはハッキリ言った。
道を踏み外したとはいえ、結構買ってたんだな。弟のこと・・・。
「どうした?顔色が優れんぞ?」
「あっ、いや・・・。なんだか、心苦しくて・・・。」
「何がだ?」
「ヘルヴェ・・・あなたの弟さんを、殺しておいて、それを覚えてないなんて・・・。」
「お前が気に病む必要はない。むしろ感謝しているくらいなんだ。」
「え・・・?」
「お前は奴を殺した。だがそのおかげで、奴は歪んだ慈愛から解放されたのだ。より多くの者の平穏を望んで悪の道に堕落した者が、同族の平穏を取り戻さんとする者の手にかかって滅んだ。アイツは・・・因果に救われたのだな・・・。」
遠くを見ながら、イスラルフさんはしみじみと言った。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「ミラよ。」
「はい。」
「椀をこちらに寄越せ。やはり私も食べよう。」
「えっ、でも食事は必要ないんじゃ・・・。」
「嗜む程度にはもらうのだぞ?一応味覚はあるからな。」
「はっ、はい!どうぞ!」
イスラルフさんにご飯の入った木のお椀を渡すと、彼は少し横によってスペースを開けた。
「こっちに来てお前も付き合え。昔を思い出したせいかな?久々に誰かと食をともにしたくなった。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「はい!」
岩に上って、あたしはイスラルフさんを横にご飯を食べた。
なんだかんだで、ちょっとアイスブレイクできたみたいだな。
ちょっと、ホッとする・・・。
◇◇◇
「リセ。」
空中城塞の廊下の窓から外を眺めるリセに、ソールが話しかけた。
「ソール・・・!」
「思い悩んでいるようだがどうした?」
「この前聞かせてもらった導主様の計画についてだが・・・あれは、魔族達も含まれるのか?」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「例外はない。導主様の悲願が達成されれば、この世に生ける者は人間以外全て滅びる。」
「そう、か・・・。」
「何だ?元は魔族だからと気を揉んだのか?心配せずとも、その身体に入れられた時点でお前は人間として見なされるから消えることはない。お前の配下はそうではないがな。」
その刹那、リセは大きく目を見開いた。
「無駄な心配をしている余裕があるなら兵を整えよ。お前にはアドニサカ本国で敵を迎え撃つ任があるだろうが。」
ソールは冷徹に言い放つと、リセの許を去った。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「クソ・・・。」
義憤を抑えきれなかったリセの口から言葉が漏れ出た。




