37―いざ、激戦地へ
「ぐふぅ・・・。もう無理ぃ・・・。」
自室へ帰ったあたしは、満腹感で苦しいため息を吐きながら仰向けでベッドに倒れ込んだ。
今日は、ステラフォルトの戦いの戦勝パーティーがイヴラヒムさんの屋敷の庭で行われた。
街の人達が、豪華絢爛な料理をたくさん作ってくれてあまりに美味しかったから、調子に乗ってすごく食べちゃったけど、まさか始まって30分くらいしか経ってないとこでギブアップになるなんて・・・。
あたしって、美味しい食べ物見ると見境なくなるからなぁ・・・。
はぁ・・・。明日は出発の日だから、体調に気を付けなきゃなのに・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
明日、いよいよベリグルズ平野にみんなで行く。
この世界で、吸血鬼が最も追い詰められている激戦地。
救血の乙女・ミラの復活を知り、士気が高まっている中で一気に逆転勝利をもたらすのが目的だ。
厳しい戦いになるから、もうしばらく南方に帰れなくなるのが寂しい。
アーさんやネー君、ソウリンさん達には「ちょっと留守にしたらすぐ帰る。」ってここに来たからなぁ・・・。
連絡魔能で話した時は、「私達のことはお気になさらず!ご武運を!!」って言ってくれたけど、どうにも心苦しいなぁ・・・。
お父さんの単身赴任が伸びた時に「お前達本当にすまんッッッ!!!」って電話してきた気持ちが、今になって痛いほど分かる。
『コンコン・・・』
「はい~。」
「失礼します。ミラ様、具合の方はいかがでしょうか?」
「あっ、グレースちゃん。うん、大丈夫。もうちょっと休んだらそっちに戻るから。」
「いえいえ!あまりご無理をなさらないで下さい。」
「いやもうホントに大丈夫だからっ。明日出発なんだから今日の内に美味しいものたっくさん食べておかないとっ!」
「もう・・・。ミラ様ったらぁ・・・。」
「えへへ・・・。食い意地張っててごめんなさぁ~い。」
「では、食休みに紅茶でもお入れしますね。」
「ホント?お願い。」
グレースちゃんのあたしに対する態度も随分と軟化してきたな。
もうちょっと時間が経てば、様付けもやめてくれるようになるかも。
「どうぞ。」
「ありがと。」
「・・・・・・・。いよいよ明日、出発ですね。」
「そう、だね。グレースちゃんはお父さんには連絡した?」
「ええ。“ミラ様をよろしく頼むぞ!!”って言ってました。私なんかいなくてもミラ様は大丈夫なのに・・・。」
「まぁたそんなこと言ってぇ~。グレースちゃんはあたしの力にすごくなってるよ!今回それがよぉ~く分かったでしょ!?」
「う~ん、そうでしょうかぁ・・・。」
「そうだよぉ~。・・・・・・・。グレースちゃん、体を張って、あたしを助けてくれたんじゃない。本当にありがとう・・・。あと、ごめんなさい・・・。」
「そっ、そんな改まって言わないで下さいよぉ~。私が困ります・・・。」
あたしが感謝と謝罪を述べると、グレースちゃんはあたふたしながら縮こまった。
グレースちゃんが困ることなんてないのに・・・。
「あたしって、ダメだよなぁ・・・。みんなを助けなきゃいけないのに、自分見失って、危険な目に遭わせて・・・。」
「ミラ様、そんなにご自身を追い詰めないで下さいませ。」
「えっ?」
「確かにミラ様は私たち吸血鬼にとっての救い主です。ですが、私たちを救いたいがあまり、我が身を疎かにするのはいけないことかと。苦難に立たされた時は、私たちを思いきり頼ってもいいのですよ。」
そういえば、異世界に転生する時、本物のミラはあたしに言った。
「自分のことを大切にしてほしい。」と。
もしかしたら、それって「誰かを助ける前に自分を大切にしろ。」って意味だったのかも・・・。
困った時は誰かを頼れ。
それが、一族を解放するために戦って、その結果、命を落としたあの子が言おうとしたことだったのかな・・・?
・・・・・・・。
「ミラ様、申し訳ございません。大変不躾なことを言ってしまって・・・。」
「ありがと!おかげで胸のつっかえが取れたよ。そうだね。じゃあもしこれからあたしがなんか困ったら、グレースちゃん達のこと、いっぱい頼っちゃおっかな?」
「えっ、ええ!是非ぜひ!!思う存分頼っちゃって下さいッッッ!!!」
「そんなに力まなくてたって・・・。くっ、ははははははははははは・・・!!」
「うふふふふふふふふふふふ・・・!」
グレースちゃんとあたりは、顔を寄せて笑い合った。
やっぱりいいな、このカンジ・・・。
「よぉ~し!じゃぁそろそろ下に戻ろっか?お腹も段々空いてきたし。」
「あんまり食べ過ぎないで下さいね。」
「ちょっ!何そっ・・・。グレースちゃん。チミ、中々言うようになったじゃないかぁ~?」
「そうですか・・・?」
「白々しい。あざといなぁ、コイツぅ~!!このこのぉ!!」
「わぁちょっと!!やっ、止めて下さいよぉ~!!」
グレースちゃんの頭を拳でゴシゴシしながら、あたし二人は部屋を後にした。
今からは、あんま調子に乗り過ぎないようにしよっ。
◇◇◇
「おはようございます。ミラ様。」
「ヒューゴ君おはよぉ~。」
「おはようございます!!ミラお姉様!!今日もお美しいッッッ!!!」
「リリーもおはよっ。」
相変わらず平常運転だなぁ、リリーは・・・。
「ミラ様、お待ちしておりました。」
「グレースちゃん、お待たせ。みんな、準備万端みたいだね。」
「ええ。いつでも出発できます。」
「そういえばイヴラヒムさん達はどうしたの?挨拶しようとしたら部屋にいなかったんだけど。」
「我々も伺ったのですが、どこにも見られなくて・・・。」
「そうなんだ・・・。」
お世話になったからには一言言ってから行きたかったんだけど、参ったなぁ・・・。
「何か外せない用事でもできたのかもしれません。お時間もあれですし、そろそろ行きましょうか。」
「う~ん、仕方ないかぁ・・・。」
時間が押していたので、あたし達はイヴラヒムさんを待たずに大門に向かうことにした。
屋敷の鉄門が開いた途端、あたし達は驚いた。
「ミラ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ミラ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
通りに多くの人が並んで、あたし達に向かって歓声を上げていた。
「なっ、なにコレ!?」
「どっ、どうしましょうか、ヒューゴ様・・・?」
「そう、ですね。一先ず大門に向かいましょうか?」
人々の喝采を盛大に浴びながら、あたし達は大門に辿り着いた。
「ミラ殿、待っておったぞ。」
「いっ、イヴラヒムさん・・・。セドヴィグさんも・・・。こっ、これは?」
「いやぁ、ミラ殿の出発を街の者たちが嗅ぎ付けたらしくてな、お見送りすると聞かなくてなぁ・・・。思案した結果、それに乗るしかなくて、こうして門で見送ることに決めたのだ。」
「申し訳ございませんミラ様。賛同しないと住民たちが暴動でも起こしかねんかったので・・・。」
街の責任者も何かと大変だなぁ・・・。
「いっ、いいですよッッッ!!!盛大に見送ってもらった方があたしも嬉しいですし!」
ホントはめっちゃ恥ずかしいけど・・・。
「ありがとうございます。では、いってらっしゃいませ。ミラ様たちのご活躍、心より願っております。」
「此度は我らを救ってくれて誠にありがとうな。我が儘を言うようで恐縮だが、私の兵を頼んだぞ。」
「はいッッ!!任せて下さい!」
絶対にみんな無事に連れて帰らないと、後味悪いからな。精一杯頑張らないとっ。
「感謝する。では、ご武運を祈っておるぞ。」
「はいッ!お世話になりましたッッッ!!!」
思ってた形より上を行ったけど、言いたかったことが言えて良かった。
「ミラ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!頑張ってきてくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「じゃあねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!行ってきまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁす!!!!!」
あたしが手を振る中で、南方の司令本部の街の巨大な門が轟音を立てて閉じた。
◇◇◇
「いっやぁ~!!ビックリしましたねぇ、ミラお姉様!」
「うん。でも嬉しかったな。みんなに見送ってもらって。」
「ミラお姉様のご人望がなせる業ですよッッッ!!さっすが私達の・・・、私のミラお姉様♡」
「うっ、うん・・・。」
「ところで・・・。」
「何?」
「どうしてグレースがミラお姉様の騎獣の一体に乗っているのですか?」
「なっ、なんか変?」
「ミラお姉様の真なる忠臣は私ですッッッ!!!ですからその獣は私のものですッッッ!!!」
「リリーナ。その禍狼種、茶々助はミラ様の次にグレースに懐いているのですよ。なので横取りするのはいかがなものかと思いますがね。」
「大丈夫よ!すぐにでも私に鞍替えさせてみせるから!!」
くっ、鞍替えって・・・。
「リリーナ様、申し訳ございません。ですが無理に従わせると茶々助も嫌がりますので、ここはどうか自重を・・・。」
「こっ、コイツぅ・・・。ヒューゴ!!どれくらいで向こうに着くの!?」
「概算ですが、一月ほどかと・・・。」
「いいわ!まだまだ先は長いのだから、どっちがミラお姉様に相応しいかここらで白黒はっきりさせようじゃないの!?グレースッッッ!!!」
「ええ!?私、リリーナ様と勝負するだなんて、とても出来ませんよぉ・・・。」
「カマトトぶっちゃって。アンタのその本性分かってるんだから、必ずそれを暴いてやるから覚悟しなさいよッッッ!!!」
「ちょっ、ちょっと!!どうかよしてくださいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「待ちなさいよ!!こんのアバズレぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「二人とも、ケンカはダメだってばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・!!」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
はぁ、リリーがそんな調子じゃあ茶々助いつまで経っても慣れないってば・・・。
でも、あたし、こうしてみんなとドタバタやってるの好きだな・・・。
あたし、やっぱりみんなのこと、何があっても守ってみせたい。
助けて、時に助けられて・・・。
それでいつか、吸血鬼のみんなが平和に暮らせるような世界を作って、みんなと一緒に見てみたい。
それがあたし、救血の乙女・ミラに与えられた、役目なんだから。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
グレースちゃんとリリーの喧騒が反響する中、外の月明かりが洞窟の出口に差し込むのが見えた。




