369―天女の強み、武人の弱み
「ごめんなさい。急に押しかけたりして・・・。」
食事と酒が並べられたテーブルに着いて、キイルは向かい合う男に頭を下げる。
「きっ、気にするな!俺の方こそすまんな。ロクなもてなしもできずに・・・。」
「そんなことないわ。ご飯を出してくれるだけでも十分嬉しいよ、ジョルド。」
キイルはアドニサカ魔政国の辺境に住まいを構える同胞の、❝地撼雄・ジョルド=ネイヴ=リスティ❞を訪れていた。
彼はアドニサカ魔政国の田舎村のお抱え魔能士の息子で、今は父親が遺した2階建ての庭がある小さな屋敷に住んでいる。
「それにしても、珍しいな。お前がそっちから訪ねて来るなんて・・・。何か話でも、あるのか・・・?」
明かりは部屋の所々にかけられたキャンドルのみで、それらが言い様の無いムーディな演出をしており、ジョルドの胸の鼓動が次第に増す。
「ジョルドって、知ってたよね?私の昔のことについて・・・。」
「吸血鬼の王族だったって話だろ?俺はそんなの一度も気にしたことないぞ。キイルは黎明の開手の大切な仲間だ。それは導主様も認めて下さっている。」
「ありがと・・・。実はね・・・生きてたの。」
「誰が?」
「ラトヴァールの、王位継承者・・・。」
「なっ・・・!?」
その途端、ジョルドはテーブルを勢いよく立った。
「誰だ!?」
「グレースって、知ってる?ミラにベッタリだった・・・。」
「あの小娘が・・・。」
ジョルドは険しい顔をしながら席に着いた。
「そいつ、この間リヴンポーラーのエリガラードのところに行って来たみたいなの。」
「何だと!?じゃあ自分の出自について・・・!!」
ジョルドの問いに、キイルは『コクン。』と頷いた。
そして、肩を震わせた。
「ジョルド・・・。私、怖いよ・・・。グレースが、私の国を奪いに来るのが・・・。昔の知り合いと一緒に殺そうとしたけど、失敗しちゃって・・・私・・・もうあなたしか頼れる人がいないの・・・。」
ジョルドの手を握り、キイルは泣きすがってきた。
そんなキイルの手を、ジョルドは優しく握り返した。
「安心しろ!俺がお前を守ってやる!!お前のためだったら、俺・・・何でもやってやるッッッ!!!」
「嬉しい・・・。やっぱりジョルドは、いつだって頼りになるね♪」
あどけない笑みを見せた後、キイルはジョルドに、キスをした。
目を見開くジョルド。
淡いオレンジの光に照らされた空間で、暫し時が制止する。
「私からのごほうび♪気に入ってくれた?」
「あっ・・・ああ・・・。」
天真爛漫にはにかむキイルに、ジョルドは呆けた返事しかできなかった。
「それで、ここからが本題なんだけど・・・。ジョルド。ちょっとの間、私の国に来てくれない?奴等の背後にはミラがついている・・・。攻めてきた時に備えて、一人でも多くの仲間がほしいの。」
「だけど、いいのか?導主様には話してないのだろう?」
「困っている味方のために戦うんだもん。導主様もきっと、褒めてくれるわ。」
上目遣いでキイルはジョルドに囁いた。
「よし!!分かった!!俺もお前に頼りにされるのは気持ちがいいからな!!キイルから居場所を奪う愚か者ども・・・。必ず皆殺しにしてくれるッッッ!!!」
「おっ!早速心強い♪じゃ、勝利の前祝いに♪」
キイルとジョルドは乾杯し、中のワインを飲んだ。
グラスに口を付けている隙に、キイルはほくそ笑んだ。
吸血鬼時代のキイルは優れた戦士であったが、何も腕っぷしだけが実力ではなかった。
彼女のもう一つの武器。
それは・・・自身の容姿だ。
双子の妹で、同じく美貌の持ち主であったアリスとは違い、キイルは自分の容貌を最大限活用した。
彼女の色香と甘言によって、今まで何人もの男が零落されてきたことか・・・。
一方のジョルドは、導主であるアクメルへの忠誠心が高く、それは彼自身の実直な性格故だった。
おまけにこの男は、女というものを知らない。
キイルが最も得意としている手合いだった。
(いつもながら、コイツちょろ♪私に惚れているから、何でもしてくれる!とりあえず、これでラトヴァールの守りは完璧ね。)
ジョルドの使命感とは裏腹に、キイルは❝エルモロクより役に立つ武器が手に入った。❞としか思ってなかった。
女の残酷な一面を知らない。
察知することもできない。
愚直な男というのは、何と憐れなことか。




