359―世界の観察者
「あっ、あれは・・・!?」
エルモロク様から託された地図を頼りに、ソル・ヴェナ様に乗って私達は時より吹雪が舞う寒冷地を北に進んでいた。
この地図、一体どのような魔能が施されているか分からないが、❝エリガラード様に会いたい。❞と強く思っただけで表面が花のように開いて、眩い白い光がある、一定の方向に向かって一直線に伸びた。
その光が差す方角を目指して、私達はここまでやってきた。
すると突然、目の前に時計周りに渦巻く巨大な凍った嵐が現れた。
光は嵐の中を指している。
まさかこれは、リヴンポーラーを覆う結界!?
そう直感した私は、ソル・ヴェナ様に嵐の前で着陸するように頼んだ。
「正気か!?近づけば巻き込まれてしまうぞッッッ!!!」
「その点については心配ないかと。この時点でかなり接近しているにも関わらず。風一つ感じませんから。」
ソル・ヴェナ様は不安を今一つ払拭できないみたいだったけど、渋々といった態度で嵐の前まで飛んで着陸した。
「これは・・・一体どうなってるのでしょうか・・・?」
嵐に触れそうなくらい近づいてみたけど、風なんてまるで感じない。
明らかにこれは、極めて高度な技術で構築された結界魔能だ。
この嵐は天まで伸びている。
これほどまで大規模な結界を張れるだなんて、一体エリガラード様ってどれほどの実力を持った方なんだろう・・・。
「グレース?」
「え!?あっ、はい!」
ヒューゴ様の声ではっとした私は、地図が目指す通りに、結界の中に入ろうとした。
(止めろ。)
「ッッッ!!!」
突然頭の中に、女の声が響いた。
透き通った、まるで氷柱のように尖った雰囲気を感じさせる、不気味な囁き声・・・。
(その守りに触れれば、お前の身体は瞬く間に凍り付き、粉々に砕け散るぞ。)
ゾッとした私は、思わず結界に触れようとした手を引っ込める。
「こっ、この中にいる人に会いに来ました!どうすれば入れますか!?」
(エルモロクから地図を託された者達だな?)
「どっ、どうしてそれを!?」
(待っていたよ。それは地図であると同時に鍵でもある。お前の足元に鍵穴がある。そこにそれをはめ込め。)
しゃがんで雪を払うと、そこに地図をはめ込む場所と思われる凹みがあった。
私がそこに地図をはめ込むと、巨大な雪の柱が、まるで扉のように少し開いた。
「グレース・・・。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「行きましょう!」
恐る恐る結界の内部に入ると、私達は目の前に広がる光景に目を奪われた。
結界の先は、どこまでも続いているかのような、凍てついた森。
遠くから鳥のさえずりが聞こえることから、生命も存在しているのだろう。
私達を一番驚かせたのは・・・結界の向こう側が快晴だったからだ。
私達が今まで進んでいたのは、夜だった。
陽光に照らされた凍った空気が、まるで小さなダイヤモンドみたいに森中で輝いている。
なんて穏やかな場所なんだろう・・・。
ここがリヴンポーラー・・・。
この世界の・・・北の果てか・・・。
「おいお前ら!アレ・・・。」
ソル・ヴェナ様の視線の先に目を凝らしてみると、開いた場所に他の樹々より少し大きめの樹木が立っているのが見えた。
私達は、そこに行ってみることにした。
近くまで行ってみると、それは、確かに森精人の住まいだった。
立派な豪邸なんかじゃなく、一人か二人住む分には丁度いい位の、庶民的な樹の家。
外にあるテラスを見た瞬間、私はハッとした。
誰かいる。
テラスに座って紅茶を飲みながら、もう片方の手で読書している。
純白のドレスを着て、水晶のように透き通った髪色をした、端正な顔立ちの貴婦人。
この人が・・・。
「えっ、エリガラード、様・・・?」
私が呼びかけると、その人は本をパタンと閉じて置いて立ち上がった。
「よく来てくれました。ようこそ、リヴンポーラーへ。」
この声ッッッ!!!
間違いない!!
結界の前で私の頭に話しかけてきた女の人と同じだ!!
だけどあの時のような不気味な雰囲気は感じられない。
慈愛に満ちていて、心に溜まっていた緊張がゆっくり溶かされていく・・・。
「吸血鬼随一の軍師、銀の鱗を持つ竜の生き残り、若人を導く選択をしたかつての最強、道を見出した若き天才、吸血鬼王家最後の後継者・・・。お待ちしておりましたよ。」
エリガラード様は、優しく微笑んで私達を歓迎してくれた。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
え?
今・・・なんて言った・・・?
「えっ、エリガラード様?」
「何ですか?」
「王家最後の後継者って・・・誰のことですか?」
「あなたのことですよ。グレース。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「わた、し・・・?」
「あなたの持つ指輪がその証です。あなたは400年前、吸血鬼と人間の戦いの始まりとともに滅んだ、吸血鬼唯一にして最大の国家、❝ラトヴァール❞の正統王位継承者なのですよ。」




