352―無間館の戦い④
「ヒューゴ、君・・・?」
「あっ・・・!」
いつもの訓練をミラ様に見られてしまったのは、ミラ様と僕、そしてリリーナの三人で南方に遠征に出ていた際に取っていた野営の時だった。
「そのナイフ、血操師で作ったの?」
「あっ、いえ、その・・・。」
手に持ったナイフを慌てて隠そうとしたら、溶け始めてあっという間に元の血に戻って地面に零れた。
その様子を見ていたミラ様は、なんだか申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「またダメだったかぁ・・・?」
「また?どゆこと?」
少し深刻そうな顔で聞いてくるミラ様に、僕は長年抱えているコンプレックスを正直話すことにした。
実は僕は・・・血操師の才能が全くと言っていいほどない。
吸血鬼だったら生まれつき持っていて、誰でも普通に使える魔能が苦手だなんて、全く呆れる話だ。
劣等感に苛まれる毎日を過ごす中で、たまたま僕には精神干渉の魔能の才能があることに気付いた。
元々頭の回転が早かったこともあって、僕はこの、二つの面を積極的に伸ばす決意をした。
そしていつしか僕は、“精神魔能が得意な吸血鬼屈指の知恵者”という肩書きが板に付いた。
要するに僕は、誰でもできることができない代わりに、誰でもができないことができるという、歪な成長をしてしまったのだった。
だけど、僕は血操師の上達を諦めきれなかった。
何故なら・・・。
「私は精神魔能なら右に出る者はいないとはっきりと自負できます。ですが、いずれは精神魔能への対処法を持つ敵と戦う機会が訪れるかもしれません。だからこそ、自分の身は自分で守らなければと思い、人知れず鍛練を積んできたのですが、どうにも・・・。」
「なるほどね・・・。」
つらつらと話される僕の事情を、ミラ様は淡々と耳を傾けていた。
「具体的にどんなところがダメなの?」
「持続力と耐久性・・・ですね。大きくなればなるほど溶解する時間が短くなりますし、短刀のように小さな物を作っても、敵に当たった瞬間形を保てなくなります。」
「そっかぁ。それは難しいトコだよね。何かいい方法は・・・。おっ!そうだ!!」
何かを思いついたミラ様は、自分の手に傷を付け、流れる血で何かを作り始めた。
手の平にできたそれは、小さくて短い筒の下に、引き金が付いた見たことのない物だった。
ただ何となく、それが武器ということは分かる。
「はい。」
血液で作ったそれを、ミラ様はそっと手渡してきた。
「これは?」
「遠い国の武器・・・とでも言っておこうかな。引き金を引いて、中にある鉛を敵に撃つの。ただ一つ条件があってね?必ず至近距離じゃないとダメなの。そうでないと、威力が大幅に落ちて全然役に立たないから。」
「至近距離から鉛の玉を撃ち込むのですか!?そんなことしたら死んでしまいますよ!!」
「もちろんそうだよ。だからこそ、あたしはヒューゴ君にコレを教えるの。」
「私、だからこそ・・・?」
「ヒューゴ君の今の技量だったら、弾は敵の身体に当たった瞬間に勢いよく弾けると思うんだ。そうなったら敵は死なないでしょ?むちゃくちゃ痛いとは、思うけどね・・・。」
バツの悪い表情を浮かべながら、ミラ様はそう仰った。
「まぁ理由は、それだけじゃないんだけどね・・・。」
「というと?」
少し間を置いて、ミラ様は誇らしげにこう言った。
「デキる戦略家ってのはね、土壇場で隠し玉を披露するモンなんだよ♪」
僕はなんだかその一言が、自分への誉め言葉のように感じて、嬉しかった。
「役立つ知識をお与え下さり、ありがとうございます。ミラ様からお教え頂いたこの品の再現できるように、これから精進して参ります。」
「お礼なんていいよ~!!そんな大したモンじゃないし!」
「滅相もございません。して、コレの名前は何でしょうか?」
「なっ、名前?」
「再現する際に名称を述べるとより具体的にできますので、是非お教え願えないでしょうか?」
「ああそっか。作る時に名前言わなきゃならないんだっけ?えっとね、コレの名前は・・・。」
◇◇◇
ヒューゴの十八番である精神魔能を完封したエルモロクは、ヒューゴに刃を振るい続けた。
ヒューゴは吸血鬼特有の身のこなしでどうにかそれを躱していくが、顔や肩、腕といった上半身を中心に切り傷を負わされていく。
そしてとうとう、足を斬りつけられたヒューゴは、エルモロクの前でうずくまってしまった。
「どうやら詰み・・・のようだな。」
勝利を確信したエルモロクが、剣を片手にヒューゴにゆっくりと歩み寄る。
(ここまで・・・か・・・。)
手も足も出なくなってしまい、死を覚悟するヒューゴ。
だが死への恐怖か?
それともミラへの忠誠心がそうさせるのか、彼の脳は死を回避すべくフル回転を始める。
そのおかげで、ヒューゴの頭の中にある符号が生まれた。
(この男・・・あれほど近い間合いを取っていたのに、何故僕を仕留められなかった?僕の瞬発力は一般的な吸血鬼よりも少し低め・・・。森精人の目を持ってすれば簡単に見切れるはず・・・。それに奴の所作・・・。動きに無駄が目立ち過ぎる気が・・・。ッッッ!!!)
ヒューゴの中の符号が、一発逆転の可能性へと昇華された。
しかしその可能性は、下手すれば百に一つも満たない物。
あまりにもリスクが高すぎる。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
ヒューゴは覚悟を決めた。
今ここでみすみす首を落とされるより、僅かな可能性に賭けることを・・・。
まだ斬りつけられていないヒューゴの足が自然と動く。
その直後、エルモロクの剣がヒューゴの首に向かって軌道を描く。
勝負あり・・・と思われた。
しかしヒューゴは、大きく振られたその剣を避け、自分の足から流れる血で、いつの日かミラに教えてもらった物を作り、エルモロクの脇腹に押し当てた。
(神様・・・!!!)
ヒューゴは祈った。
自分の一撃が効くことを。
そしてその一撃がエルモロクの命を奪わないことを。
「なっ・・・!?」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「血操師・極小筒作成。」
その刹那、エルモロクの脇腹に血でできた一発の弾丸が発射された。
弾丸はエルモロクの脇腹を抉る前にバラバラに散ったが、今まで味わったことのない衝撃でエルモロクの下半身はグニャっと曲がり、耐え難い激痛にエルモロクは悶絶しながら倒れ込む。
「ばっ、バカな・・・!?」
意識が飛びそうになるエルモロクに、ヒューゴは淡々と語りだした。
「さきほどの間合いならば、あなたは私を両断することができたはずです。だがそうはならなかった。そこで私はある仮説を立てました。あなた・・・剣の腕前が他の森精人ほどありませんね?」
核心を突かれたエルモロクは目を大きく見開いた。
「最初は私のことを嬲っているのかと思いましたが、それにしては動きに無駄が目立ちすぎる。そこで考えました。“仕留める時に必ず隙が生じる。”と。ですが私の考察は不確定要素を多く残しているのもまた事実でした。なので先程の私の一手は、正直賭けでした。柄にもなく神に祈ってしまいましたよ。知恵者が運に身を委ねるなんてどうかしてます。ですがこの通り・・・私は生きています。そしてあなたに勝ちました。」
「くっ、クソがぁ・・・!!!」
最後の最後で手痛い逆転敗北を味わい、エルモロクは悔しさで顔を歪ませる。
そんなエルモロクの肩に、ヒューゴはそっと手を置いた。
「今理解しました。あなたと私は同類だと。」
憐れみに満ちた声色で言うヒューゴに、エルモロクは驚愕した。
「森精人なら人並みに持っている洗練された剣の才覚に恵まれなかったあなたはさぞかし苦悩したでしょう。それが遠縁であるとはいえ、あのエリガラードの血筋の者とあらば・・・。今まで耐え難い重圧を感じていたと存じます。だからあなたは、才能のある空間魔能の研鑽に勤しんだ。私もそうです。あなたと同じで、非凡であれど凡骨にはなれなかった・・・。ですがあなたと私には、決定的な違いがあります。それは・・・劣っている才に別の道を示してくれなかった者が傍に居たかどうかです!!」
語気を強めて言い放ったヒューゴは、さきほどの一撃で“見えざる物への盾”が解除されてしまったエルモロクに、“全意喪失”をかけ、完全に戦闘不能にした。
それを完了したヒューゴは一息ついた後に、ゆっくりと立ち上がった。
「発動者を無力化しても、やはり館の空間の変容は止まりません・・・か。」
落胆こそしたものの、ヒューゴは精神の波動を感知する魔能を最大限に発動して、元居た部屋を目指し始めた。
「グレース・・・どうか無事でいて下さい。」
◇◇◇
「やっぱりこの館です。さっき感じた魔力の出処・・・。」
一人の気弱そうな少女が街統府の壁に手を付いた。
「やるではないか。あれほどの距離で魔能の痕跡を見つけ出すとは。やはり貴様は有望じゃのう。」
彼女の師匠嬉しそうに少女を褒めると、彼女は頬を赤らめた。
「あっ、あなたが私を、鍛えてくれたおかげですよ・・・。」
「またそうやって謙遜しおって!!“少しは自信を持て。”と言ったであろうが!」
「はっ、はい!!すいません・・・。」
「まぁ良い。で、どうする気じゃ?」
「踏み込む・・・。ですよね・・・?」
「そうじゃ。今こそ修行の成果を見せる時ぞ!!」
「分かりました!!私・・・頑張ります!!ルイギ様!!」




