336―起死回生の博打
「失礼いたします。北方より、刀剣類の支給が到着しま・・・」
西方の森精人の国、マースミレンの王が住まう大樹・煌城樹の玉座の間では、耳飾りの旅の一件以来、新しく王の座に就いたプリクトスとかの地に駐留している乙女の永友の一角ヒューゴとの、秘密裏の会談が行われていた。
重苦しい緊張感を察し、入室しようとした森精人の役人の動きが止まる。
「ああ、いつもの場所に保管しておいてくれ。」
プリクトスの言葉にハッとした森精人は、早々に会釈をして扉を閉めた。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「確か・・・ですか?」
応対を済ませたプリクトスは、再び目線をヒューゴに移した。
声を重くし聞くプリクトスを前に、ヒューゴは恐ろしいほどに淡々と説明を繰り返す。
「はい。ここから南に位置する“不浄の地・ロスドゥルガ”において、魔族達が集結しつつあります。数は現時点で1万。そしてそれを率いているのが・・・リセです。」
再度報告を受けたプリクトスは、組んだ手を額に押し当て、切羽詰まった表情を浮かべた。
この半年間、マースミレンはミラが用意してくれた防衛設備と森精人、吸血鬼のたゆまぬ不屈の精神で何とか持ちこたえてきた。
しかし長く続く戦いで兵は疲弊してゆき、犠牲者も少なからず出てきてしまっている。
最早マースミレンは、この現状を維持するのが精一杯という状況まで追い込まれていた。
そこへきて、冥府の姫であり、今はアドニサカ魔政国の急先鋒である黎明の開手に収まったリセ直々の指揮下での魔族達の活発化。
明らかに敵が、カタを着けようとしているのは明白だった。
「マースミレンの命運は最早尽きた・・・ということか・・・。」
悲哀に満ちた声で、プリクトスはそう呟いた。
先のリセとの戦いで、自分達はミラの尽力もあって、どうにか滅亡の危機を乗り越えることができた。
しかし今は自国だけでなく、彼女の味方に付くと表明した国全てが存亡の危機に立たされている。
彼が半ば諦めるのも無理はなかった。
「プリクトス様。まだ、手はあります。」
ヒューゴの言葉に、プリクトスの組んだ手の人差し指がピクっと動いた。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「先手を打ちましょう。」
「それは、つまり・・・。」
「敵の数は膨大です。ですがまだ完全ではありません。出陣の準備が完了する前に、ロスドゥルガに急襲をかけるのです。これが・・・私達が生き残る最後のチャンスです。」
「それは・・・“みすみす殺されに行こう。”と言ってるようなものじゃないか・・・。」
数が少なく、しかも長らく続いた戦いで疲弊しきっている兵を奇襲に向かわせるということは、自殺行為以外の何物でもなかった。
しかもロスドゥルガは、足を踏み入れたら命を削られるほどに大地が穢れている。
それはヒューゴも勿論知っている。
プリクトスは、ここにきてヒューゴの気が触れたのかとまで思った。
「今あなたは、私がどうかしてしまったのではないかとお思いでしょう。ですが私は、負け戦を仕掛けるほど愚かではありません。」
「どういうことですか?」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「彼に賭けるのです。この国の命運を。」
次の瞬間、プリクトスの表情が変わった。
彼の力は、自分だって勿論知っている。
だって、この目で見てきたのだから。
軍神の如き戦いをする、彼の姿を・・・。
「今までにないほどの大博打に打って出ましたね?ヒューゴ殿。私も一口、乗るとしましょう。」
「ありがとうございます。」
国王であるプリクトスからの合意を得て、ヒューゴは深々と頭を下げ、礼を言った。
◇◇◇
「んんっ・・・何だ?」
脳内に通信を受信し、彼はゆっくりと目を開けた。
(お休みでしたか?急で申し訳ありませんが、あなたに頼みたいことがあります。)
「申せ。」
(この国を・・・救ってもらいます。)
・・・・・・・。
・・・・・・・。
その言葉を聞き、彼は「グルルルルル・・・。」と唸りながら、ズラリと並んだ牙を覗かせ笑った。
「腕が鳴るではないか。詳しく話せ。」
(そう言うと思ってましたよ。ソル・ヴェナ。)
ヒューゴから作戦内容を聞かされるソル・ヴェナの周りは、彼が屠った魔族の亡骸で溢れていた。




