329―月光の下で
北風が吹いている切り立った崖の上に、あたしは今立っている。
季節は2月。
もう少しで春だというのに、やっぱりまだこの時期の夜の寒さは堪える。
風がある分尚更だ。
そんなあたしが見下ろす崖下の荒野には、武装した痩鬼種や巨鬼種がごまんといる。
第二次ミラ討伐戦の後、南方のアルスワルドの拠点はほとんど壊滅したが、すぐにリセ配下の魔族達によって、奴らは南方を再び支配下に置くことが叶った。
今夜あたし達は、奴らの数を少しでも減らすために、この南方僻地の高原地帯にやってきた。
ふと空を見上げると、雲がかかっていて、月はそれに隠れてしまっている。
こんなおぞましい光景、せめて月明かりくらいあってほしいものだ。
(ミラお姉様。)
「どうしたリリー?」
(全員配置につきました。ご命令とあらば、いつでも開始できます。)
「ありがとう。それじゃあ最初に言ったように、あたしが突っ込んでいったらそれを合図に残りの三方向からも同時に攻めるように、ローランドさんとソル・ヴェナにも伝えておいて。」
「分かりました。」
「リリー・・・。」
(はい?)
「よろしく頼むよ?」
(かしこまりました!!)
リリーは声を弾ませて、あたしとの通信を切った。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
あの戦いを経て、あたしはこの世界に転生してから今までにないほどの後悔と苦痛を味わった。
そしてそれは、決して捨てることのできない十字架として、死ぬまであたしに付き纏う。
だけど・・・あたしはそれから目を背けない。
何故ならあたしには、一緒に苦しんでくれる仲間がいるから。
一人で抱え込むっていうのは、本当の意味でみんなに心を開いていないことの証明だ。
どうしようもなく苦しい時は、思いっきりブチまければいい。
みんなにすがりつけばいい。
きっとみんな、それを受け入れてくれるはずだから・・・。
あたしも同じように、みんなの内の誰かが苦しんでいたら、一緒に苦しんであげよう。
そうやって、一人が抱え込むにはあまりに過酷な重責をともに背負うことで、あたしはみんなと目指していく。
この物語を知った人が、ハッピーエンドだと誰もが納得してくれる、明るい未来に向かって。
感慨に耽っていると、空にかかる雲が晴れて、満月が姿を現し、地上は月明かりに照らされた。
まさに、吸血鬼にとって相応しい夜だ。
「よし!行くか。」
親指の爪で人差し指を切り、そこから流れる血であたしは剣を作った。
そして、崖の上から飛び降り、下の魔族達に向かって剣を振り下ろす。
「地級第三位・紅蓮の剣筋!!」
青白い炎の斬撃に焼かれ、斬られた魔族達は一瞬で灰となった。
それを見て、魔族の大軍はかなりビビっているようだった。
「そっちが来ないんだったら、あたしから行かせてもらうよ!!」
あたしは魔族の軍勢に剣を構えて向かっていった。
これからも、こんな日々が続いていくことだろう。
だけどあたしはもう絶対に逃げたりなんかしない。
あたしは“救血の乙女・ミラ”。
吸血鬼を救うために生まれた吸血鬼の救世主・・・その代行役だ。




