327―世界の敵
アルスワルドに生きる全ての自由なる民へ。
すでに聞き及んでいると思うが、先の新世暦3024年10月18日、我ら人間の仇敵たる吸血鬼の救世主“救血の乙女・ミラ”が、我が国の護りを担う兵とその家族である民を大勢虐殺した。
これは極めて残虐であり、許し難い行いである。
我らは思い知らされた。
最早ミラは、人間の仇というだけには留まらず、アルスワルド全種族の自由、生命、尊厳を脅かす存在。
言わば、世界の敵であるということを。
アルスワルドの自由なる民よ。
我らで力を合わせ、この世界の敵たる吸血鬼ミラをともに討ち滅ぼそうではないか。
我らと同盟を結びたい国家、もしくは種族は、一週間後に申し出てほしい。
もし仮に、期日を過ぎても申し出がないか、我々の意に背くような答えを導き出した者達は、自由と正義の名の下に、厳正なる対処をさせてもらうので心得よ。
諸君らの賢明な返答を待っている。
◇◇◇
アルスワルドから届いた声明を聞かされた時、私は怒りで頭の血管が破けそうになった。
「何なのですかこれは!?遠回しに戦争したくなかったらこっちの味方に付けって脅しているだけじゃないですかッッッ!!!」
「そうだな。全く反吐が出るよ。テメェらから先に仕掛けといて・・・!」
「こんなふざけた発表に、他の種族達は首を縦に振るとは到底思えないのですが・・・。」
「いや、そうとも限んないぜ・・・。」
プルナト様の疑問に、ラリーザ様はバツの悪そうな顔で答えた。
「どうしてですか?」
「受肉したリセの配下の魔族、アドニサカが制御下に置いた朽鬼・・・向こうはいざとなればありったけの兵隊を用意できる。怖気づいて奴らに付くってのも出てくんじゃねぇか?」
「そんな・・・。」
吸血鬼、もといミラ様の味方をしてくれる種族が名乗りを上げることを完全には保証できないという事実に、私達は途方に暮れた。
「吸血鬼軍は、一体この先、どうなるのでしょうか・・・?」
「どうなんだろな・・・。」
私の言葉に、ラリーザ様は半ば諦めた口調で返事をした。
「とりあえず俺達は、他の種族の出方を見るしかできねぇよ。一週間じゃ説得して回んのには遅すぎる。少しでも、味方になってくれるトコがあればいいんだがな・・・。」
◇◇◇
「という声明がアドニサカ側から出されたのですが・・・。」
アドニサカが出したという声明の内容を、あたしはドア越しにグレースちゃんから聞かされた。
「何か意見があれば、何でも言って下さい。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「グレースちゃん・・・。」
「はい?」
「みんなに伝えてくんない?“あたしのこと放っといて逃げろ。”って・・・。」
「え?」
ドア越しにでも分かったが、グレースちゃんはすごく驚いてるみたいだった。
「ちょっ、ちょっと・・・。なっ、何を言って・・・。」
「あたしなんかのために味方になってくれる国や種族なんか出てきてくれるワケないよ。だってあんなことしたんだから・・・。こんな人殺し守って自分らの国滅ぼされるのなんかまっぴらゴメンに決まってんだから・・・。それに、話聞く限りじゃ連中・・・あたしだけが狙いなワケだから、他のみんなはどっか他のところに匿ってもらって・・・。そうすれば、生き残る可能性も少しは高くなるだろうしさ・・・。」
「私達に、ミラ様を見捨てろっていうんですか!?」
声を荒げるグレースちゃんに、あたしは何も答えなかった。
「そんなの・・・そんなの絶対できませんッッッ!!!私達は、最後までミラ様と戦います!!あなたは私達吸血鬼の救世主・・・唯一の希望なんです!!だからどうか、私達に傍に居させて下さいッッッ!!!」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「もう、疲れた。戦うの、やだ・・・。お願いだから、あたしのことなんか、放っといて・・・。」
涙声でそう言うと、グレースちゃんは言葉を搾り出そうとしたが、それが出来ず、ツカツカとあたしの部屋から遠ざかっていった。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
もう誰も殺したくないし、誰も失いたくない・・・。
こんなに苦しい思いをするくらいだったら、一人の方がいい・・・。
何もできないくらいだったら、何もしない方がいい・・・。
夕暮れを過ぎて、ほとんど暗くなった部屋のベッドに横たわり、あたしは夜の闇の中に沈んでいくような感覚がした。
それから一週間後。
全ての種族がアルスワルド魔政国の声明への返答を出す日が訪れた。




