274―望まぬ帰還
翌朝、私とルーチェはアドニサカ魔政国の首都に向けて出立しようとしていた。
「必要な物な全て積み終えた。いつでも出れるぞ。」
「ごめんなさいファイセア。全て任せっきりにして・・・。」
「気にするな。くどいようだがお前は身重の身・・・。細かい雑事くらいは肩代わりしないとな。」
「フフッ。」
「何かおかしいか?」
「いや別に。ただ、“頼り甲斐のあるお父さんになるな。”って思っただけよ。」
「なっ・・・!?」
少しばかりからかうように評価するルーチェに、私は一気に紅潮した。
「なっ、何を言ってるんだ!私・・・そんな頼れる父親になれそうか・・・?」
「ええ。それはもうすごく。」
微笑みながら答えるルーチェのせいで、私の胸のむず痒しさは激しさを増す。
「正直なところ・・・私にはまだ、良く解らんのだ。父親とは何たる物なのか・・・。だから自分がしっかりできているか、実感が湧かない。どうだろう?私・・・良くできているだろうか?」
「胸を張って。あなたは十分過ぎるほど、しっかり尽くしてくれてますよ。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「そう、か・・・。それなら、これからも、君に認めてもらえ続けるように、精進するよ・・・。」
「あら?違うでしょ。今あなたの前に立っているのは、一人じゃないでしょ。」
「うっ・・・!そう、だったな・・・。これからも、君達に認めてもらえる良き家長として、精一杯頑張るよ!!」
「期待していますね。お父さん。」
全く・・・。
結婚してから常に思っているが、ルーチェには本当に敵わない。
案外私、手玉にとられて、よくからかわれる父になるかもな・・・。
いや、それも微笑ましく、悪くないか・・・。
「さっ、さぁもう行くぞ!!時間は限られている!少しでも有効に使いたいからな!!」
「そうね。いい加減出発しましょ・・・ッッッ!!!」
私の傍に駆け寄ろうとした瞬間、ルーチェを光の柱が包んだ。
それとほぼ同時に、私の身体も、同様のものに包み込まれた。
「なっ、何だこれは!?」
「これって・・・そんな・・・!!」
「何だルーチェ!!一体どうなってるんだ!?」
「ごめんなさいファイセア!!私達・・・とうとう見つかっ・・・!!」
そうルーチェが言いかけた刹那、私達の姿はその場から消失し、意識も途絶えたのだった。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「・・・セア!ファイセア!!」
ルーチェの必死の呼びかけによって目を覚ますと、全く見覚えのない場所にいることに気付いた。
「なんだ・・・ここは・・・?闘技場か?」
辺りを見回すと、そこは巨大な円形闘技場で、朝日によって眩しく照らし出されていた。
「こっ、ここは・・・。」
ルーチェはこの場所に身に覚えがあったみたいだが、顔を強張らせ、歯をガチガチに鳴らし、明らかに恐怖していた。
「ルーチェ!教えてくれ!一体ここは何処なんだ!?」
「ここは・・・“空中城塞・ヒメールシタデル”。黎明の開手の、総本部よ・・・。」
「え・・・?」
「また会ったな。この裏切り者が。」
「ッッッ!!!」
バッと上を見上げると、闘技場の観客席に5人の人間がいつの間にか着席していた。
「ジョルド・・・。」
「やっほ~♪久しぶりだね~アルーチェちゃん♪」
「キイル・・・。あなた、良くもあんな年端もいかない子どもを仲間に引き入れてくれましたね・・・。」
「トヴィリンちゃんのことぉ?いや~あの子には期待したんだけどな~♪私もまだまだ見る目なかったわ~!!www」
アルーチェが口にした者達の名前・・・やはりコイツ等・・・黎明の開手・・・!!
「久しいな、番の人間。」
声がした方を見ると、居たのは私も覚えがある人物・・・。
「冥姫・リセ・・・!」
「何じゃ?あまり驚いていないようじゃのう・・・。」
「西方吸血鬼軍で戦ったミラ様の仲間から既に聞いている!お前が黎明の開手に助けられ、仲間に迎えられたと!!」
「トヴィリンめ・・・。余計なことをペラペラと。いっそ殺してくれれば良かったのにのぅ。」
西方吸血鬼軍を襲撃した、トヴィリンという新しく入った仲間から現在の黎明の開手の内情は聞き出している。
観客席にいる、全身に鎧を着こんだ男も、リセやトヴィリンと同じく、新しく加入した者・・・。
「この女がミラにほだされ、我らを裏切ったという者か・・・。強者の気配が薄いな。」
「アルーチェはミラ討伐戦を生き残った者の中で最弱だったからな。お前がそう思うのも無理ないだろう、エスプ。」
「ソール・・・!!」
「嬉しいだろうアルーチェ?かつての仲間とこうして再会したのだからな。」
「全然嬉しくなんかないですよ。二度と会いたくなんかなかったのですから・・・!」
「それはひどいなアルーチェ。僕としては、また君と会いたかったのに。」
「ッッッ!!!」
正面の主催者の席に、他の6人とは違う、圧倒的な気配を醸し出している者が座っていた。
黒の装衣、プラチナブロンドの髪色・・・。
この男が、黎明の開手を率いる導主、“全能雄・アクメル=フォーレン=フレイザー”!!
気迫が尋常じゃない・・・!!
今にも跪いてしまいそうだ・・・!!
「しっかりしてファイセア!」
ルーチェの一喝のおかげで、私はアクメルから放たれる気迫から解放された。
「しばらくだねアルーチェ。本当に残念だよ。君がミラの側についてしまうなんて・・・。」
「ミラ様は私が思っていたより、親しみやすく共感を持ちやすい人だったものですから。それで、何の用ですか?夫ともども、私をここで粛清するつもりですか?」
「いいや。君達夫婦を殺すつもりはないよ。」
「え・・・?」
予想外の返答に、さすがのアルーチェも当惑した様子だった。
「君達には、少し付き合ってもらいたいだけだよ。一人の若者の門出にね。」
「それは、一体どういう・・・。」
「入っておいで。」
後ろの扉が開いたので急いで振り返ると、一人の人物がゆっくりと闘技場に足を踏み入れた。
その者の顔を見た瞬間、私とルーチェは呆気に取られた。
「ノイ、エフ・・・?」
「ノイエフ君・・・あなたなの・・・?」
「今からノイエフが君達夫婦を殺そうとするから。彼を倒したら、君達はここを出て行っていいよ。」




