268―ミラの居ぬ間に
「血操師・弓矢作成!!」
私が発射した複数の血の矢を、ドーラ様はいとも簡単に避けてしまった。
だけどそれは織り込み済み。
私の本来の目的は、ドーラ様の注意を矢の方に逸らすこと。
「不殺剣錬成!!はぁ!!!」
わずかな隙を狙って私はドーラ様に斬りかかった。
だけどドーラ様は、すぐに態勢を立て直し、私の斬撃を防いでみせた。
「地級第二位・火玉炸裂。」
ドーラ様は片手で炎の玉を作ると、私の目の前で爆発させようとした。
「ッッッ!!!」
私は爆発寸前のところでドーラ様から受け身をしながら距離を取った。
「地級第一位・冥炎の剣!!」
私は冥府の炎で剣を作って再度ドーラ様に向かっていった。
そこからドーラ様と私は鍔迫り合いに持ち込まれた。
ドーラ様の血の剣と、私の冥府の炎の剣が激しく打ち合う。
そして大きく打ち合った瞬間、私達の距離は大きく離れた。
「ここらで、止めにする。」
「はっ、はい!!今日も鍛練、ありがとうございます!!」
ドーラ様から終了を伝えられ、私達は街に戻ることにした。
「グレース、動き、だいぶ、上達した。」
「そっ、そんなことはございません!!まだまだドーラ様の動きについていくのが精一杯で・・・。」
「謙遜、いい。できてるの、事実。」
「はっ、はぁ・・・。」
ドーラ様から、“出来ている”とキッパリと言われて、私は少しむず痒さを覚えた。
正直、まだそんなに自分の動きが良くなっているという実感があまり湧かないんだけど・・・。
いや、ここは素直に受け取っておくべきなのかな・・・?
「ドーラ様。」
「何?」
「こんなことを仰るのは失礼かもしれませんが、どうしてドーラ様は、私のことを気にかけてくれるのですか?」
「グレース、本体の、親友。放って、おけない。それに・・・。」
「それに?」
「ドーラも、グレース、好き。仲良く、したい。」
その言葉を聞いて、私は胸が暖かくなった。
ドーラ様は、ミラ様が作った自分の分身。
多少の違いはあるけれど、姿形はミラ様とほとんど相違ない。
そんな方から“好き”と言われて、嬉しくないワケがなかった。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「ありがとうございます、ドーラ様。」
「どうして、感謝?ドーラ、思ったこと、言っただけ。」
首を傾げるドーラ様が、何だかいじらしく感じて、自然と笑みがこぼれる。
そうこうしている間に、私達は街に帰ってきた。
「あれ?ファイセア様にアルーチェ様?」
「おお!これはグレースにドーラ殿!」
「鍛練お疲れ様ね。」
「ええ、おかげ様で。あの・・・どちらにお出かけになるのですか?」
街の入口で2人は馬の鞍に、何やら荷物を繋げていた。
「ああ。他の者には伝えてあるのだが・・・。」
ファイセア様は神妙な顔をしながら、私達にこう言った。
「ノイエフの所在が判明した。」
「え!?何処ですか!?」
「アドニサカ魔政国だ。」
「まさか・・・2人で潜入するつもりですか!?」
私の質問に、2人はコクッと頷いた。
「いくら何でもそれは危険過ぎます!!私達にとって、最大の敵国ですよ!!」
「危険は承知の上だ。だが奴が、何やら企んでいるのだとしたら早急に捕縛しなくてはならない。」
「だけど、分かっているのですか!?アルーチェ様は・・・!」
アルーチェ様は、戸惑う私の前で、自分の腹部をそっと触った。
実はミラ様達がローマン公国に向かってすぐに判明したのだ。
アルーチェ様の、妊娠が・・・。
勿論、ファイセア様とアルーチェ様は大変喜んだ。
だってそう遠くない内に、自分達が人の親になることが分かったからだ。
私は、もうすぐ父親になるファイセア様と身重のアルーチェ様が、反逆の罪で追われている弟を探すために、吸血鬼にとって唯一にして最大の敵国に潜り込むことが心配で堪らなかった。
「グレース・・・。」
私の心配を察して、アルーチェ様が私の手をギュッと握ってきた。
「私が決めたことなの。“動ける内に、ノイエフ君を私達の許まで連れ戻したい。”って。心配しないで大丈夫よ。向こうには黎明の開手だった頃に何度も足を運んでいるしね。絶対帰ってくるわよ!!だってミラ様にも是非見てもらいたいもの。私達の子を。」
「アルーチェ様・・・。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「分かりました!!だけど身の危険を感じたら、何があっても帰ってきて下さいね!!」
「分かったわ。心配してくれてありがとう。」
ファイセア様とアルーチェ様は馬に乗って出発しようとした。
「ファイセア!!アルーチェ!!」
出発しようとしていた2人を、ドーラ様が呼び止めた。
「絶対・・・死ぬな。」
その言葉を受け取って、ファイセア様は大きく手を振った。
そして馬を遥か西に向かって走らせた。
私は遠ざかっていく2人の背中をただ黙って見送ることしかできなかった。
「グレース、帰ろ。」
「はい・・・。」
後ろ髪を引かれるような思いで、私とドーラ様は街へと戻っていった。
ファイセア様、アルーチェ様・・・。
必ず・・・。
必ず帰って来て下さいねッッッ!!!
◇◇◇
「はぁ・・・!!はぁ・・・!!はぁ・・・!!」
夜のアドニサカ魔政国の首都の裏通りで、ノイエフは息を切らしながら立っていた。
足元には、自分が射殺した魔能士の死体が5体。
中々の難敵だったが、どうにか仕留めることができた。
「まだだ・・・。この程度の奴らに苦戦するようじゃ、アイツを殺すことなんか、できない・・・!!」
己の技量不足を感じて、ノイエフは弓を強く握った。
「これはまた・・・随分と派手にやりおったな。」
突然背後に気配を感じて、ノイエフは矢を射ろうとした。
その瞬間、まるで日輪の輝きの如き神々しい光によって、壁に叩きつけられた。
「がはっ・・・!?」
「えらく血気盛んだな。よほど殺意が有り余っているとお見受けする。」
ズルズルと壁を崩れ落ちるノイエフに、男はゆっくり近づいてきた。
「くっ・・・!!」
「“こんなところで死にたくない”といった顔をしているな。案ずるな。私はお前を殺しに来たのではない。むしろ褒めてやりたいところだ。」
「何・・・!?」
「お前が殺した5人。この国で魔能の名家の血筋に数えられている中々の強者だぞ。おまけにここ最近、お前が射った者達も、魔能の腕で幅を利かせた連中ばかりだ。実に素晴らしいよ。お前の強さを求める執念には。いや、かの者への復讐心といった方が良いか。」
「いっ、一体・・・誰だ・・・?」
「私は・・・黎明の開手が一角、“泰陽雄・ソール=ヴェルヴァ=レクト”。」
「そっ、そんな・・・バカな・・・。」
まさかこんなところで黎明の開手No.2に出くわすとは、ノイエフは思いもしなかった。
激しく驚愕するノイエフに、ソールは笑顔で手を差し伸べてきた。
「お前に興味がある。まずは茶でも飲まんか?ノイエフ=オーネス。ミラに対し、大いなる殺意を持つ者よ。」




