241―ヴェル・ハルド王国滅亡⑤
おっ、王様が・・・。
王様までが・・・朽鬼に・・・。
あたしは・・・目の前の光景が信じられなかった。
あの王様が・・・。
あの、あたしと一緒に、“人間と吸血鬼がともに平和に暮らす世の中を作っていこう”って約束した王様が、痩せ細った煤けた顔で、瞳孔まで真っ赤になった目をギラギラ光らせながら、牙を剥き出しにして唸ってる・・・。
そんな変わり果てた姿の王様を見ていると、身体の震えが止まらなくなってきた。
「どうですミラ様!?吸血鬼を長きに渡って苦しめてきたこの国の愚王は、見事立派な救済の御使いへと生まれ変わりましたよ!!」
「おっ、王様・・・。」
「んんっ?」
プルプル震えながら王様に近づくあたしに、フィアナちゃんは首を傾げた。
「王様・・・。あたしだよ・・・?ミラだよ・・・?」
「グゥゥ・・・!フゥ~・・・!フゥ~・・・!」
あたしの呼びかけに対して王様は、鼻息を荒くしながら辺りを見回すだけだった。
まるで、エサを探す獣みたいに・・・。
「やっ、イヤだ!!戻ってきて王様!!お願いだからッッッ!!!」
「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
あたしが強く抱きしめた途端、王様はバタバタと暴れ出した。
「まだまだ会わせたい友達だってたくさんいるし、それに・・・イーニッドさんだってあたしの領地で一生懸命勉強してるんだよ!?だからお願い・・・。あたし達を遺して、逝かないで・・・。」
暴れる王様をなおも抱きしめながら、泣いて頼み続けたが、王様は理性が全く感じられない叫び声を上げ続けるだけだった。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
“もう救えない。”
その変え難い現実を、あたしは受け入れざるを得なかった。
「ミラ様?」
「フィアナちゃん。王様は・・・最期はどんな感じだった?」
「窓から飛び降りようとしてました。救済の御使いとして生まれ変わるより、死を選ぼうとしたのですよ。全く・・・。どこまでも愚かな男でしたよ。」
「そう。分かった・・・。」
あたしは、王様が最期に何を望んだのかが分かった。
だったら、あたしにできることは・・・それを代わりにやってあげることぐらいだけ。
「ミラ様、何を?」
王様を抱きしめるのを止め、彼から一歩引いたあたしを、フィアナちゃんは訝しんだ。
「王様。一緒に居てやることができなくて、ホントごめん・・・。でも、安心して。約束・・・必ず守るから。」
王様にそう言い残すとあたしは、彼の首を剣で刎ねた。
首が無くなった王様の身体は、床にドサリと倒れた。
「おっ、王様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
王様の亡骸に、フィアナちゃんは叫びながらすがりついてきた。
「みっ、ミラ様!!何てことをしてくれたのですか!?王様は折角、醜い人間から、吸血鬼救済の使徒に生まれ変わる幸福を手に入れたというのに・・・!!えっ?」
抗議してくるフィアナちゃんに、あたしは容赦なく剣を突き付けた。
「ミラ、様?」
「ねぇ。教えてよフィアナちゃん。何でこんなことしたの?」
「なっ、何を言っているのですか?」
「何でこんなことしたかって聞いてんだよ。早く答えろよ。」
フィアナちゃんの首筋に刃をあてながら、あたしはドスのきいた声ですごんだ。
「ではまさか・・・本気で?」
フィアナちゃんが聞こうとしていることに、あたしは沈黙を以って答えた。
するとフィアナちゃんは、スッと真顔になりゆっくりと立ち上がった。
「それはですねミラ様。あなた達吸血鬼が・・・弱いからですよ。」
「弱い?」
「吸血鬼はこのアルスワルドで、長きに渡って人間達から家畜として搾取され、虐げられてきました。それに耐えかねて、吸血鬼は反乱軍を結成して人間達に立ち向かいました。ですが、戦況は人間側があ圧倒的に有利。このままでは根絶やしにされるのがオチです。そこにあなた!救血の乙女・・・吸血鬼達の救世主であるミラ様が立ち上がったのです!!ですが、そんなあなたも、一度は人間達の手によって命を落としました。そこであたしは誓ったのです。“吸血鬼は皆弱い。だから誰かが守らなければならない!!”と。愚かな人間達に罰を下し、吸血鬼のための安住の地を用意し、そこで私と、同じ志を持った同士達の手で、未来永劫、何者の脅威も及ばないように保護する・・・。これこそが、私が誓った吸血鬼救済の手段です!!あの者達は・・・他の者が“朽鬼”と呼んでいる存在は、それを実行するために、神が私に授けてくれた贈り物なんです!!人間達だって、吸血鬼救済のための御使いになった方が幸せなんです!!これは私がやるべき・・・いや、私にしかできない重大な責務なのです・・・。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「誰が“助けてくれ”なんて頼んだよ?」
「は?」
「確かにあたし達は弱いよ?正直、人間との戦争だって本当に勝てるかどうか分かんない。だけどね、それでもあたしは・・・吸血鬼は、自分達が平和に暮らせる未来を目指して頑張って戦ってんだよ。でも、ただ勝つだけじゃダメ。どうせなら人間と吸血鬼がお互い分かり合って、ともに平和に暮らせる世界を作っていきたいとあたしは思ってる。アンタがしたことは、その平和な世界を本気で目指す人達の努力を踏みにじるようなもの・・・。はっきり言って、人の気持ちが分からず、自分の都合を押し付ける、余計なお世話以外の何物でもないんだよ。いいか耳の穴かっぽじってよ~く聞け。・・・・・・・。あたし達は、アンタの助けなんていらない。吸血鬼は、アンタの保護動物じゃねぇんだよ。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「言っても分からないみたいですね。どっちが正しいか。」
そう言うと、フィアナちゃんはあたしに向けて手をかざした。
「ならば私と同じ思想を持ってもらうことにしましょう!その方が、あなたのためです!!祖級第零位・思想移植!!」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「何?別に何ともないんだけど。」
「そっ、そんなはずは・・・!!カリアードの時はしっかり効いたのに・・・!!」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「今何つった?」
「朽鬼を生み出した時にカリアードに反対されたのですよ。だから私の魔能で同じ思想を植え付けて、後押しをしてあげたんです。何で効かないんだろう?もう一度・・・」
フィアナちゃんが再び手をかざした瞬間、あたしはその手を剣で斬り飛ばした。
「えっ・・・?あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「つまりアンタがカリアード君にあんなことさせたってワケね?ごめんフィアナ。あたし、アンタ相手に、もう手加減できる自信ないわwww」




