222―また会う日まで
トヴィリンに相手の魔能を強制キャンセルさせる魔能をブチ込んで、見事勝利をもぎ取ったあたし。
防壁区画の地面は、リリーが遠隔操作した大砲でめちゃくちゃボコボコに凹んでいて、見るも無惨な有様になっていた。
強敵に勝つためとは言え、砲弾を大量に使った挙句、土地もこんなにしちゃったんだから・・・。
ノヴァク君、怒るだろうなぁ~・・・。
あとでしっかり謝っとこう。
おっと!
とりあえず今は、ケガをしたみんなの治療をしなければ!!
あたしは、ズタボロになったみんなを治そうと、それぞれの場所まで急いで向かった。
一番ひどかったのは、リリーだった。
両腕を切断させた上に、一階の廊下まで思いっきり蹴り飛ばされたから、切断面から血がボタボタと流れ落ち、身体中傷だらけだった。
こんな状態で大回復で右腕だけ再生させて大砲を遠隔操作したのだから、本当に無茶が過ぎる。
「リリー!大丈夫?」
「ミラお姉様・・・。へへっ。さすがに、やり過ぎてしまい、ましたね。」
「全く、もう・・・ほら!じっとして。」
あたしは手をこすり合わせて気合いを入れると、重症のリリーを全回復で治した。
「ああ・・・!ミラお姉様の治癒の力が、私の全身に流れ込んで、くる・・・♡♡♡」
「止めろ!いやらしい顔をするな!!はいおしまい!」
リリーを全快させて、あたしは次にアウレルさんとローランドさんの傷を治しに行った。
「あとちょっとだけ♡」って言いながら手を引いて止めてきたけど、知らん。
「おお!ミラ様!!よくぞ勝利を掴みましたね!!」
「喜ぶんは後にして、早く手当てしないと!!」
「なぁにご心配には及びません!!我輩!頑丈さには定評があります・・・から・・・。」
お腹をバシっと叩いた瞬間、傷口から「ブシュ!」と血が噴き出て、よろけたローランドさんをあたしは慌てて支えた。
「ああちょっと!!」
「お腹に穴が開いてるのに、バカなことするからだよ。」
「それは貴様とて、同じで、あろう!アウレル!」
「僕はほら、傷口をしっかり押さえて、座って安静にしてるじゃないか?」
「はっ!!軟弱者めが・・・!」
「ローランドさん、アウレルさんの行動がケガ人が取るべき行動だよ。」
「ッッッ・・・!!!」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするローランドさんと、ケガ人の模範的行動を取っているアウレルさんの傷を治していると、ヒューゴ君に肩を貸したルイギさんがやってきた。
「よくぞやりおってくれたな、ミラ。」
「ルイギさん!動いちゃダメですよ!!大ケガしてるのに・・・。」
「心配無用じゃ。ほれ!」
「あっ!!」
ルイギさんが胸を見せてくると、血でできた包帯みたいなのでガッチリ固められていた。
「これって、血操師で、ですか?」
「中々に使い勝手が良いのじゃぞ。吸血鬼の固生魔能は。」
アウレルさんとローランドさんはルイギさんの裏ワザに「おおっ!」と感心し、あたしもこれには
目から鱗だった。
吸血鬼に生まれ直したからもうかなり経つけど、こんな使い方があるだなんて思わなかったなぁ~。
「ミラ様・・・。」
「ああそうだった!ヒューゴ君の手当てをしなくちゃね。」
「私のこれは魔力切れのせいなので、治癒は効きませんし、する必要もございません。急務なのは・・・。」
「あっ・・・。うん、そうだったね。」
あたし達は、地面にぶっ倒れて未だ起きようとしないトヴィリンの方へと視線を移した。
みんなで行ってみると、倒れてはいたものの意識はあって、何やら寂しそうな顔をしながら、横たえて地面を見つめていた。
「聞こえる?トヴィリン。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「負けたの、ですね。私達・・・。」
トヴィリンの問いかけに、あたしは何も言わずコクっと頷いた。
「殺されるの、ですか?」
「いや、アンタは殺さない。」
「え・・・?」
「あたしは“人殺しはしない”って心に決めてるから。だからアンタのことも殺すつもりはない。」
「そう、ですか・・・。」
「だけど、やらかしたことへの責任は取ってもらう。」
「責任・・・?」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「持ってる魔能を消した上で、アドニサカ魔政国に返す。」
「そっ、そんな・・・!!」
「アンタは黎明の開手の現役メンバー。そんな危なっかしい奴をタダで返すワケにはいかないでしょ?返すんだったら力を全部奪った上で返さないと。」
「おっ、お願いします!!魔能だけは・・・魔能だけは消さないで下さいッッッ!!!」
「アンタねぇ!自分が何したか分かってんの!?それとも何?返された先で手も足も出ないままアンタ達の親玉に殺されんがイヤってこと!?」
「そんなんじゃありませんッッッ!!!」
声を張り上げたトヴィリンに、詰め寄ってきたリリーがビクっと震えた。
「私からトヴィリンを・・・妹を、奪わないで、下さい・・・。」
「え?」
「私は・・・生まれつき持った先読みの力のせいで、家族からとても酷い扱いを、受けました。だけどトヴィリンが!妹がいてくれたおかげで、辛い日々でも、頑張って乗り越えることが、できたんです。この子は私にとって、かけがえのない、大切な、大切な家族なんです。だからお願いです。私から力を・・・妹を奪わないで・・・。」
あたしに必死に頼み込むトヴィリンの目からは、大粒の涙が流れ落ちていた。
「トヴィリン・・・。」
泣きながら頼み込むトヴィリンの許へしゃがみ込んだ時、彼女の影がゆらゆらと動いてることに気付いた。
(ミラ。)
「ッッッ!!!」
影に触れた瞬間、頭の中にトヴィリンの声が聞こえた。
あたしはそれが、トヴィリン自身のものじゃなく、彼女の影のものであることが瞬時に分かった。
(俺からも頼みがあんだけどよ、いいか?)
「何?」
(俺の代わりに、姉貴を守ってくんねぇか?)
「ッッッ!!!」
あたしの聞いた声は、トヴィリンにも聞こえたらしく、大きく驚きながら目を見開いた。
「どういう、こと・・・!?」
(俺は姉貴に死んでほしくねぇ。だけど俺は、姉貴のクソみてぇな生活の中で生まれた怒りと殺意の塊・・・。姉貴は俺なんかと一緒にいちゃいけねぇんだ。だから頼む。俺のことは消してくれてもいいからよ、姉貴のこと、どうか守ってやってくれ!)
「イヤだ・・・そんなのイヤだ!!トヴィリンがいなくなっちゃったら、私、本当に独りになっちゃうよ!!お願いだから・・・これからも、私と一緒にいてよッッッ!!!」
(何言ってんだよ。姉貴ならもう大丈夫だって!)
「え・・・?」
(姉貴さっき、俺と一緒に戦うつって飛び出して行ったじゃねぇか?嬉しかったねぇ~俺ぁ。なんせ姉貴が初めてテメェ以外の為に自分から動いたからよ。だからよ、そんな姉貴だったら俺以外に大事な奴ら、きっと見つけられるはずだって。もう俺のことはキレイさっぱり忘れて、新しい人生を楽しんでくれや。)
「トヴィリン・・・。うっ・・・ううっ・・・。」
一方的に別れを告げられて、トヴィリンは自分の影にすがりつきながら嗚咽した。
二人のやり取りを聞いて、あたしの胸を押さえるほど心苦しくなった。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「だぁ~!!もう分かったよ!!だったら間取るわ!」
(あ?)
「トヴィリンは魔能を封印した上で吸血鬼軍の捕虜になる!それでいい!?」
(つまり、俺は消さねぇってことか?)
「そうだよ!責任押し付けて自分だけおめおめと無くなろうとしてんじゃねぇよ!!アンタはトヴィリンを守るために生まれてきたんだろ!?だったら最後まで自分の役目果たせよッッッ!!!」
(どういう意味だよ?)
「アンタが暴走すんのは、トヴィリンがまだ影を制御できてないってことなんだから!!いつかこの子が立派になった時、アンタが支えてやんな!分かった!?」
(・・・・・・・。分かったよ。)
「トヴィリンは?それでいい?」
あたしが聞くと、トヴィリンは悲しそうな顔をしながらもコクリと頷いた。
「じゃあ、今からアンタの魔能を封じるから。終わるまでじっとしてて。」
(まっ、待ってくれ!)
「どうした?」
(最後に、姉貴の顔、見てもいいか?)
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「うん。いいよ。」
トヴィリンの影から、別人格の妹が出て来てみんな身構えたけど、あたしが落ち着くように諭すとひとまず警戒を解いてくれた。
「それじゃ、行くよ。地級第一位・全ての魔よ沈まれ。」
トヴィリンの背中に手を当てて唱えると、影の妹はどんどん薄くなっていった。
無言のまま見つめ合うトヴィリンと彼女の影の妹。
ところが、影の妹は突然動き出し、トヴィリンの胸元に飛び込んできた。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
天を仰いで咆哮するトヴィリンの影。
あたしにはそれが、姉とのしばしの別れを惜しんでるように感じられた。
「“何もしてやれなかった”?ううん。トヴィリンはずっと、私の傍に、居てくれたよ?そしてこれからも・・・。待ってて。私、トヴィリンが起きる時には立派になってみせるから。それまでゆっくり、休んでてね。」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
「そうだね。聞こえなくても、見えなくても、これからも、ずぅ~と一緒だよ、トヴィリン。」
妹の胸の中で、影の妹は安らかな眠りに着いた。
こうして、西方吸血鬼軍本部の命運がかかった戦いは、再会を誓い合った光と影の姉妹の別離によって、エンディングを迎えたのだった。




