21―難民救出作戦⑥
この世は、身の程知らずで溢れている。
己が授かった能力の小ささを自覚せず、「努力を積み重ねれば大成する。」と何の疑いなく信じている底なしの馬鹿が。
そうやって実るはずがない修練を、地べたを這いずりながらこなしていく様は、誰しもが「誇らしい」だの「輝いている」だのと賞賛するが、某の目からすれば、地面に落ちている餌を必死こいて貪っている地虫と全く同じに見えて、ひどく滑稽に思い、そして、ひどく腹正しく思う。
某の父母も、下級貴族の分際であるにもかかわらず、同じく凡骨の領民どもを必死こいて束ねようとし、自分たちの領地を豊かにすることで国のお偉方のお役に少しでも立ち、成り上がろうとしていた。
そんなもの、叶うはずがない夢物語で終わるというのに。
このような愚かしい者の家に生を受けた某であったが、決して惨めな気持ちにはならなかった。
我が血筋の中で、他の誰も持っていない才覚に恵まれた者がいたからだ。
我が姉である。
姉上は幼い頃から剣技と魔能、二つの使い手として比類なき才を有しており、それは大成するには魔能の腕が殊更に重視される我が国において、まさに「引く手数多」とも言うべき物だった。
そして姉上は某とは違い、才覚に恵まれなかった愚か者にも分け隔てなく接するような慈愛の心の持ち主であった。
某は、姉上が持つ才覚と慈愛に僅かでも近づこうと日々精進した。
しかし、それは叶わず、自らも「身の程知らずの地虫」の一匹であることを思い知らされただけだった。
でも姉上は、某に優しいお言葉をかけ、励まして下さった。
「メウロにはメウロの、誰も持っていない素晴らしい才能がある。それはいつか絶対に、誰かの助けになれると、わたくしは信じているわ」と。
某は、姉上が言ってくれた「某しか持っていない才」を極め、姉上と肩を並べることを強く願った。
やがて姉上は、その剣と魔能の才を見込まれ、『人類最高峰の英雄』と謡われている『黎明の開手』の一員に選ばれた。
その時、姉上はまさに神に選ばれた者、“選者”だったのだと、某はまるで自分のことのように嬉しく思い、恥ずかしながら絶頂してしまった。
だが、幸せに満ちる某を、未だかつてない絶望に叩き落とす出来事が起こった。
姉上の、戦死が、伝えられた。
「誠に残念ですが、これしか発見できませんでした・・・」
そう言われて、姉上の、同じく『黎明の開手』のメンバーで、ともに果てた男との婚約指輪を渡されたあの日の、まるで自分が立っている場所が奈落へと滑り落ちる感覚は、今でも忘れることができない。
「何があった」と詰問する父に、遺品を届けた者は語り出した。
『黎明の開手』が集結している場所に、“吸血鬼の救世主”と祀り上げられている女が単身攻め込み、果敢に戦ったものの、姉上と婚約者を含む半分以上のメンバーが討ち死にし、その戦火の凄まじさから亡骸すら残ることができなかったと・・・
吸血鬼。
我が人類の手で家畜として搾取されているのに、『一族解放』という大願を掲げ抗う、この世に溢れる地虫どもの中で、最も愚かで、最も憎々しい、醜い生き物。
そんな下等生物如きが、神が選び給うた選者たる姉上を殺した・・・
これほど腹立たしいことがあろうか。
怒りのあまり、この場にいる者どもを皆殺しにしてしまいそうな某だったが、どうにか平静を保つことができた。
姉上を殺した害虫の親玉も生き残った『黎明の開手』の者たちによって討たれたと聞かされたからだ。
おかげで姉上は、『人類の仇敵を滅ぼした英雄』の一人に数えられ、多くの者の崇拝を集めた。
某は誓った。
自身も同じく『黎明の開手』の一員に選ばれ、吸血鬼どもを根絶やしにし、害虫の一匹のくせに某から姉上を奪った愚者に復讐してやろうと。
ただ願うならば、この手でその害虫を殺したかった・・・
今の今までそれを、決して叶うことがない儚い夢とばかりに思っていたが、某の空虚な願いを慈悲深い神は汲んでくれたようだ。
必ず殺す。
姉上でさえも殺すことができなかったコイツを殺して、これを以って某からの、姉上への手向けとしてやる・・・
◇◇◇
「ミ゛ラ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッッッッ!!!!」
「いっ!!?」
ガキィィィィィィィィン!!!!
「フウー・・・!!フウー・・・!!」
こっ、この子・・・すごい力!!
とても10歳そこそこの子の力じゃないんだけどッッッ!!
でっ、でも・・・負けるワケには・・・!!
「ガアアアアアアアアアアア!!!!」
「グガアアアアアアアアアア!!!!」
「白丸・・・!茶々助・・・!」
「ちっ・・・!」
バシュ!!
とっ、跳んだ!?
「邪魔をするな、クソ犬ども・・・不浄の空撃!」
ザシュッ!グシュッ!
「キャイン!」
「グガァ!」
「はっ、白丸!!茶々助ッッッ!!」
クルクルクル・・・スタッ!
「だっ、大丈夫!!?」
「グウウ・・・」
「ハッ、ハッ・・・」
「やはり元より不浄の存在たる禍狼種となれば、呪毒の効果までは発現せんか・・・」
「あっ、アンタ!!あたしの大事な子たちに何してくれてんの!?」
「何を抜かす。そのような汚い毛玉ども、生きていてもこの世に何の益ももたらさぬではないか。」
「ちょっと、アンタ・・・いい加減に、してくれない・・・?それ以上ふざけたこと言うと、あたし・・・ガチでキレるよ・・・」
「よく言うな・・・貴様は某にどれほどの仕打ちをしたと思う?その畜生どもの命二つでは到底贖うことはできぬぞ。」
「あたしがアンタに何したかなんて知らないし。悪いけど、今のあたし記憶がないから。」
「おっ・・・お前・・・知恵の無い虫だと思っていたが、どうやら本当に、一片の脳味噌も詰まっていないようだな・・・ならばお前が死んだ後で、向こうで詫びるがいい・・・お前が身の程知らずにも殺した、某の姉上なああああああああああああああッッッッッ!!!!」
まっ、また来るッッッ!!
「天級第五位・冥府の業火!!」
ボウッッッ!!!
かっ、身体が燃え・・・熱っ!!
「みっ、ミラ様あああああああああああッッッ!!!!」
「コウモリの肉が焼ける臭い、思っていたより香ばしいな。」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!
「もうこれくらいでいいだろう・・・」
バシュンッ!!
「ハハッ・・・見たか。」
パチ・・・パチ・・・
「なっ!!?」
「はぁ・・・はぁ・・・ちょっと、火傷したんだけど・・・」
(ばっ、バカな・・・竜種の強固な鱗すら滅却する炎だぞ・・・)
ビチ・・・ビチ・・・
(だが治癒にはしにくい様子・・・報告どおり、やはり天級第五位以上の魔能であればある程度ダメージを与えられるみたいだな。正直切り札であったが、使い甲斐があって助かった。)
この火傷、なんか治りにくい・・・クソォ、地味にめちゃくちゃ痛いよぉ・・・
「手傷を負った今が勝機、これで決めさせてもらうぞ。」
チャキンッ!
かっ、構えた!まっ、マズい!今火傷で動けないのに・・・
「姉上、ご覧ください。あなた様が勝てなかった、あなた様を殺した“救血の乙女”を、某があなたに成り代わって駆除して差し上げます。ああ、姉上・・・メウロはここまで強くなりましたぞ。」
はっ、早く、回避しないとッッッ!!
「地級第一位・即死の呪撃!」
ダッッッ!!!
「ッッッ!?」
ザクッッッ!!!
「かはっ・・・!?」
「「「ミラ様(殿)ッッッッー!!!!!」」」
「・・・・・・・。」
「ハッ・・・ハハッ・・・ついに・・・ついに・・・!!見ましたかぁ姉上ぇぇぇぇぇぇぇ!!!メウロが・・・救血の乙女を・・・ミラを、殺しま・・・」
ガシッ!
「ッッッ!!」
「耳元で大声出さないでくれる?アンタが開けたお腹の穴に響くから。」
「そっ、そんな・・・!!魔能の効果が付与された呪毒の効果で即死するはず・・・」
パラ、サァァァァァァァァァァァァァ・・・
(とっ、刀身が、朽ち、た・・・?)
バキッ!
「グフッ・・・」
ドサ・・・
「子どもを殺すのはあたしのシュミじゃないから、今回はゲンコツ一発で勘弁しといてやる。」
タッ、タッ、タッ、タッ・・・
「ミラ様ぁッッッ!!!」
「ミラ殿!!」
「グレースちゃん、みんな・・・」
「ご無事ですか!?」
「あっ、うん・・・ちょっと火傷して、お腹刺されたけど、ほら、もうほとんど治ってるからさ」
「しっ、しかし、あれ強力な呪いがかけられた冥府の火ですよ!!後々どんな後遺症が出るか・・・」
えっ!?あれそんなエグイ攻撃だったの!!?
ちょっと身体に根性焼きされたってくらいにしか思ってなかったよ・・・?
「まっ、多分ダイジョウブだしょ?見ての通りなんともないしさっ。」
「なっ、なら安心なのですが・・・」
「して、ミラ殿、こ奴の処遇は如何いたしましょうか!?ミラ殿に、あのような度重なる狼藉を働きおってッッッ!!」
「ちょ、ちょっと待って!確かにコイツは悪モンだけどいくらなんでも子どもを殺すのは気分が悪いし、今回はこれで許してあげようよッッッ!!!」
「くっ、くぅ・・・かっ、かしこまりました。」
ふぅ、良かったぁ・・・
「じっ、じゃあそろそろ出発しよっ!コイツの仲間が追っかけてくるかもしれないし。」
「了解しました!」
◇◇◇
くそ・・・
某の手でも、ミラを殺すことは叶わないというのか・・・
おのれ・・・おのれぇ・・・!!!
まっ、まだだ・・・まだ刃はもう一振りある。
せっ、せめてアイツの・・・
アイツの心にでも癒えぬ傷を与えてやりたい・・・
そっ、そうだ。
ヤツの従者。
そいつだけならこの手で殺すことができるだろう・・・
ミラ。お前に、某と同じ絶望を、味わわせててやるッッッッ!!!!
◇◇◇
「みんな準備できた!?グレースちゃん、早く乗って!」
「はっ、はい!ただいま!」
ピクッ・・・
「え?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッッッッッ!!!!!」
ザクッッッッ!!!!
「がっ・・・!」
「ぐっ、グレースちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」
「くくっ・・・みっ、ミラぁ・・・おっ、お前も、某と同じく、愛する者を、失うが、いい・・・!!」
ガッ!!
「ごほぉ!?」
「はぁ・・・はぁ・・・ざっ、残念だけど、私はミラ様の許から無くなったりしないわ。だって、約束したのだから。親友として、絶対に傍を離れないって・・・」
「グレースちゃん・・・」
「ゴホッ!ゴホォ・・・きっ、貴様なぜ!?どっ、毒を受けたのに、動けるはずが・・・」
「あなたの自慢の毒なんて、あの方がくれた予防薬があれば、大したことないんだから・・・!!」
「なっ、なにぃ・・・?」
◇◇◇
「作戦の内容はおおよそ把握しました。してミラ様、この小瓶の中身は?」
「あたしの血だよ。もし万が一敵から毒食らってもこれ飲んどけば大丈夫かなって思ってさ。」
「なるほど~確かにミラ様の血であれば、ロスドゥルガの呪毒の効果を打ち消すことができるやも知れませんな。」
「でしょう~?ほんじゃ一気に飲んじゃってよ!味は・・・まぁ多分美味しいでしょwww?」
「それでは、有難くいただきます。」
「・・・・・・・。」
「グレースちゃんどしたの?飲まないの?」
「わっ、私如きがミラ様の尊き血を頂いてもよろしいのでしょうか?」
「もう~グレースちゃん!そういうのはナシって言ったじゃん!!なに?あたしの血が飲めないっていうの?それは親友としてなんか萎えるんですけどぉ~」
「そっ、そんなことは決してないですッッッ!!」
「じゃあさっさと飲みんしゃい!ほら!ググっと!」
「んく・・・んく・・・ぷはぁ!」
「どう?旨いっしょ?」
「いや、あんまり、他と、変わんないような・・・」
「えっ、マジ!?いやいやそんなはずないでしょ!?」
「ん~いや・・・ホントに・・・」
「ええ~!?ホントにぃ?いやでもさっ、味はそこそこだとしても、効果は絶対テキメンなはずだからさっ!そこは保障するよ、ウン!!」
「はっ、はぁ・・・」
「今グレースちゃん話半分に聞いてたでしょ?」
「そっ、そんなことありませんよぅ~!!」
◇◇◇
(ミラ様、確かにこれは効果絶大でした。自分でも何でこんなに動けるか不思議なくらいですよ・・・)
「ゴボッ!グホッ!はっ、離せ!!この、汚らしい、ヤブカ風情がぁ・・・!!」
「あなた、何も分かってないのね。あなたがそうやって蔑んで、殺した人にだって、あなたが持っていないような素晴らしい才能にいっぱい恵まれて、あなたと違ってそれを誰かのために使おうと頑張ってきたのよ。この世に、才能のない人なんて誰もいない。それをいい加減、気づいたらどうなの!?」
「よっ、世迷言を抜かすな、家畜が・・・!この世に才がある者など、この世にただ一人しか、おらぬわ・・・それ以外は、息を吸い、そして吐き、地を這いずり、才ある者に殺されるのがお似合いな虫に等しいわッッッ!!!!」
「・・・・・・・。そう、分かった。」
「なら、さっさと、この薄汚い手を、某の首から、どけろ!この凡骨の、醜いヤブカがッッッ!!!」
「ミラ様・・・よろしいですね?」
「グレースちゃん・・・うん・・・」
「なっ、何する気だ!?」
「言っても分からないんだったら、私はもう、あなたを許さない。あなたの才能、誰かの命を奪うより、ミラ様をお守りするのに役立たせてもらうわ。」
「なっ・・・何を、言って・・・」
ガブッ!
「ッッッ!?あっ、ああっ・・・!!」
ジュル・・・ジュル・・・ジュル・・・
「くはあっ・・・やっ、やめ、ろ・・・そっ、某の・・・血を・・・吸うなぁ・・・」
ジュル・・・ジュル・・・ジュル・・・
(血・・・血が・・・無くなって、いく・・・わっ、我が才が、奪われて、いく・・・あっ、姉上ぇ・・・)
「メウロしか持っていない才はいつかきっと誰かの助けになると信じているわ。」
(ッッッ・・・!おっ、おのれぇ・・・)
・・・・・・・。
・・・・・・・。
ドサッ・・・




