200―老賢との語らい
作戦会議からおよそ数時間後。
あたし達は、ご飯を済ませ、“いつでも戦えるための英気を養う”というノヴァク君から名目で、執将館のそれぞれの個室で睡眠を摂っていた。
あっ、そうだ。
結論として、あたしの提案した敵側から一人も死者を出さない戦略は採用された。
提案した当初は、ノヴァク君をはじめとする西方吸血鬼軍本部の人達はちょっと難色を示したけど、ルイギさんの「敵が引いてくれる分には事足りる。試してみよ。」との鶴の一声があって、みんな文句なしにあたしの案に乗ってくれた。
さすが吸血鬼軍最古参メンバーの老師。
オーラがダンチである・・・。
にしても・・・眠れないなぁ・・・。
ノヴァク君は「敵に大きな動きが見えたらすぐ起こしに行きますっス!!」って言ってたけど、果たしてそれがいつになることやら・・・。
「ええい!落ち着かんっ!ちょっと、散歩!」
どうにも気分がソワソワしたあたしは、気持ちをリラックスさせるために、執将館の中を散歩することにした。
廊下の窓からは居住区が見えていたけれど、あそこに住む人達も寝てるのか、ポツポツと僅かな灯りしか点いてなかった。
「にしてもここ・・・中々にキレイな石造りの建物だよなぁ。まさに“ドワーフの館”ってカンジで・・・。」
廊下の壁をすべすべと撫でていると、向こうのテラスの窓が開いていることに気付いた。
誰か・・・いるのか?
おそるおそる見てみると、テラスに置かれた丸テーブルに肘を付きながら、座ってパイプタバコを吸う人がいた。
あの後ろ姿は・・・ルイギさんだ!
街を眺めながら、寂しそうだけど立派な後ろ姿を見せてパイプを吸うルイギさんは、ものすごくハードボイルド感満載で、なんだかいつでも見てられる自身があった。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「そんなところでコソコソと覗き見とは関心せんな、ミラ。」
ヤベッ!
バレた!!
あの人こっち向いてないよ!!
まさか気配だけで・・・!?
さすがは・・・吸血鬼軍最強の鬼教官!!
観念したあたしは、よそよそしくルイギさんのところまで行くことにした。
「いっ、いや~!覗き見するつもりはなかったんですけど、何て言うか、そのぉ・・・つい絵になってたもんで・・・。」
「ほほう。こんな老体が一人寂しく煙を吹かすのに見惚れるとは・・・お前、記憶を失くした反動で嗜好まで変わってしまったかのう?」
「ふっ、深い意味はないですよ!?ただちょ~っとカッコいいなって思っただけで・・・!!」
「そうかぁ~。なら、そういうことにしておこう。」
なんでニヤニヤしてのこの人!?
ああもう!
なんかマジで“おじいちゃんにからかわれる孫”みたいな構図になってんじゃん・・・。
「なんじゃ?眠れんのか?」
え?
いきなり優しい声色で言ってきたルイギさんに、あたしは少し面食らった。
「えっ、ええまぁ・・・。なんか緊張しちゃって・・・。」
「儂も同じじゃ。いつ戦が始まるか分からんからの。こうして、下町を見下ろしながらふけっておるのだ。ここは良い。逸る気を静め、己が守るべき者達の存在を改めて認識することができる・・・。」
「そう、ですか・・・。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「あの、よろしかったら一緒にいいですか?」
「むぅ?お前、パイプを嗜むのか?」
「いや!嗜むってほどじゃないですけど~たまたまこの間貰った残りがちょうど懐に入ってるんで・・・。」
「そうか。儂も以前より、一度お前とパイプを吹かし合ってみたいと思っておったのでな。さぁ、遠慮するな。」
「じゃっ、じゃあ~!失礼しまぁ~す・・・。」
ルイギさんの向かい側に座ったあたしは、マースミレンでプリクトスさんから貰ったパイプを取り出し、草を詰めると火をつけてスパスパ吸い始めた。
ちなみに、今度はむせずにちゃんと吸えた。
「ふぅ~!いやぁ~確かに、落ち着きますね~。」
「そうだろう。誠に、穏やかな気分じゃ。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「さっきは、ありがとうございます。」
「何がじゃ?」
「あたしの出した案の後押しをしてくれて・・・。」
「ああ、あれか。別に構わんよ。むしろ少し喜んだくらいじゃわい。お前の、自分以外の者の命を尊ぶ意思が、更に強くなったことを知っての。」
自分以外の命を、尊ぶ意思・・・。
「あの、ルイギさん。あたしに、いや・・・|本物のミラ《記憶を失くす前のあたし》に一体何があったのですか?」
パイプを吸おうとしたルイギさんの手がピタリと止まった。
「それは、どういう意味じゃ?」
「聞きました。あたしが、冥王の血を吸って力を手に入れてまで、人間を根絶やしにしようとしてたって。どうしてそんなあたしが、“救血の乙女”なんていう人間根絶よりも他の吸血鬼を救おうとする救世主になったのですか?ルイギさん、何か聞いてませんか?」
「ふぅ~。」と深いため息を吐いて、ルイギさんはコトっとパイプをテーブルの上に置いた。
「深くは聞いておらん。だが、“餮欲の女鬼”・・・。ありとあらゆる存在の血を貪ってきたかつてのお前は、まさしく悪鬼・・・“力こそがこの世の全て”と言わんばかりの眼光をしておった。吸血鬼軍創設の祖、三将である儂ともう一人の者は、「このような危険な者を軍に加えるワケにはいかん。」と強く反対した。だが一人の将が、その意見を跳ねのけ、お前を軍に加えることを強引に決めたのだ。」
「誰なんですか?その人って。」
「三将のまとめ役であり、今は亡き儂の友人だ。奴の一人娘は今、北方吸血鬼軍の執将をしておるな。」
ちょっと待って!
それって・・・ラリーちゃんのお父さんが、本物のミラを吸血鬼軍にスカウトしたってコト!?
「しかもあろうことか、奴は自分の娘とお前を同じ部隊に入れた。ズカズカと言い寄ってくる奴の娘に、かつてのお前はそれはもう辟易していた。」
ラリーちゃん、昔から変わってなかったんだ・・・。
「そのような日々を過ごす中・・・。」
ん?
「東方に栄えていた人間の大国との決戦の際に、奴の娘は顔に大きな傷を負い、生死の境を彷徨った。その時、奴は怒りに身を任せ、冥王から奪った力を以ってその国たったの数時間で灰塵と化した。奴のそこ知れぬ怒りと力に我々は戦慄した。だがその後見た光景に、儂は驚愕した。」
「何を、見たんです・・・?」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「泣いておった。」
「え?」
「どうにか一命を取り留めた娘と抱き合いながら、お前は幼子のようにわんわんと泣いておった。その時悟ったのじゃ。奴は・・・命と同じくらい大切な者を一度失った後であったと。その筆舌し難い過去故に、力を渇望し、守るべき者を作らぬように永い孤独に敢えて身を置いておったのだと・・・。だがお前の中で、奴の娘は何者にも代えられない大切な存在となりつつあった。一度は失った大切な者を、今度は救うことができて、お前の心に溜められていた悲しみの情念が一気に溢れ出したのだろう・・・。そこからお前は、仲間に己の背中を預けながら戦うことになった。そして・・・儂が、片腕を失った戦で、お前は多くの仲間を救い、力を渇望し際限なく生き血を吸う化け物“餮欲の女鬼から吸血鬼を救うべく力を振るう唯一に絶対の救世主“救血の乙女”へと変わったのだ。」
「そうだったの、ですか・・・。」
一通り話を終えたルイギさんは、パイプを再び手にして吸い始めた。
「さぁ。昔話はここまでだ。そろそろ部屋に戻り、戦に備えて休め。」
「はっ、はい!でっ、では・・・失礼します!」
部屋に戻る途中、あたしはあることを考えていた。
もしかしたら、ラリーちゃんのお父さん、本物のミラが立ち直ることを想定してラリーちゃんと同じ部隊に入れたんじゃないか?
自分の娘だったら、深い悲しみと怒りに囚われたかつてのミラの心を溶かすんじゃないかって信じて・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
いや、今となっては確かめようがないことをあれこれ考えたって仕方ないか。
でも、ラリーちゃんっていう、新しくできた親友を守ることができて・・・。
「よっぽど、嬉しかったんだろうなぁ・・・。」
その時のミラの気持ちが分かって、あたしは胸がキュッとなってしまった。




