184―ティリグ・ミナーレの変④
「仲間の仇だ。死ね!」
憎悪に満ちた言葉を言い放ち、路地で仰向けに倒れる私に向け、建物の上から矢を放ったノイエフ。
私は「もうダメだ。」と思いながら、眼前に迫った死に対して、目を背けることができなかった。
ノイエフの放った矢が、私の頭部を貫く瞬間を、スローモーションに感じていたその時・・・。
誰かが私の前に立ち、すぐそこまで迫ってきた矢を杖で弾き飛ばした。
「きっ、貴様はぁ・・・!!」
「ミラお姉様の親友に何する愚か者!」
「りっ、リリーナ・・・様・・・。」
リリーナ様が、私をノイエフの矢から守ってくれたのだ。
「ほっ、本隊は何をして・・・ッッッ!?」
驚愕しているノイエフの見ている方に視線を移すと、反乱軍の本隊はアルーチェが召喚した天使達によって、もうそのほとんどが制圧下に置かれてしまっていた。
「ミラお姉様はあの女のサポート役にって私を寄越したけど、彼女、中々にやるから正直暇でしょうがなかったわ。強いし、召喚した天使の使い方もわきまえてるから死者ゼロでみぃ~んな生け捕りにしてみせたし・・・。だからこうしてグレース、あんたのところに駆けつけることができた。あんたはミラお姉様の親友・・・。こんなところで、あんな奴の手で殺されたらすごく困るもの。」
ぶっきらぼうに淡々と言うリリーナ様だったけど、その言葉一つ一つからは優しさと安心の念が込められているように感じられた。
「で、どうする?まともに動けるのはもうあんたくらいしか残ってないけど。それとも、この子とやり合った続きを、今度は私と一緒にやってみる?」
「ぐっ・・・!」
乙女の永友相手ではさすがに分が悪すぎると悟ったノイエフは、心底悔しそうな顔をした。
「あと少しで・・・あと少しで仲間の仇を討てるところだったのに・・・!!」
するとそこへ、一頭の馬が私達の側を通り過ぎ、その馬を見つけたノイエフはすかさず建物から飛び降りて乗り込むと、私達に鬼のような形相で一瞥をすると、王都の門に向かって全速力で走り抜けていった。
「アイツ!土壇場で逃げれるなんて悪運だけはいっちょ前ね。」
「りっ、リリーナ・・・様・・・!」
「ああもう!そう無理して動こうとしないで!大回復。」
リリーナ様がかけてくれた治癒魔能で、ノイエフから受けた傷と魔能を行使し過ぎて枯渇してしまった体力が癒えた私は、ゆっくりと立ち上がった。
「歩ける?」
「はい。何とか・・・。」
「そうとなれば戻るわよ。さっきも言ったように、もう粗方片付いたことだし。」
「あっ、あの・・・!」
先に行こうとするリリーナ様を、私は大声を出して呼び止めた。
「何?」
呼び止めはしたものの、私には思いつく言葉が見当たらなかった。
ノイエフを捕らえることができなかった。
“ミラ様のお役に立ちたい”
その一心のあまり事を焦った結果、私はあの方から受けた命をこなすことができなかった。
それが・・・とても悔しくかった・・・。
だけどそれを、リリーナ様に伝えたところでどうしようもないことだった。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「早く帰るわよ。ミラお姉様が気を揉んで待っていらっしゃる。」
私の気持ちを知ってか知らずか、リリーナ様は「ふぅ~。」と息を吐いてそう言うと、再び黙って歩き出した。
私は、リリーナ様にそれ以上のことは言わず、まだ少し痛む傷を我慢しながら後を付いて行った。
◇◇◇
(ミラ、こちらアルーチェ。)
「あっ!アルーチェさん!どうしたの!?」
(王都内を侵攻中だった反乱軍の鎮圧が完了したわ。ご要望通り死者は出してないわ。)
「分かった!それでリリーとグレースちゃんは!?」
(さっき、二人とも無事だと連絡があった。今から合流する。)
「そうなの!?はぁ~!良かったぁ・・・。」
ひとまず外に出たみんなの安全が確認できて、あたしは大きなため息をついて座り込んだ。
(ただ、悪い知らせが二つあるわ。)
「えっ!?なっ、何!?」
(落ち着いて。まず一つ。ノイエフには、残念ながら逃げられてしまったみたい・・・。)
そっか・・・。
ノイエフさん、捕まえられなかったんだ・・・。
「グレースちゃんは?」
(え?)
「いや、なんかその・・・へこんでたりなんかしてないかなって。」
(はぁ~。)
「なっ、なんよ!?」
(いや、あなたってやっぱりそっちを心配するのねって。私にもそれは分からないわ。もし落ち込んでいたら、あなたが自分で励ましなさい。)
「はっ、はい。分かりましたっ。」
アルーチェさんに少々呆れ気味で言われたあたしは、苦笑い気味で返事をした。
「あっ、それで。もう一つの悪い知らせってのは?」
(反乱軍の指揮官を確保したわ。)
「そうなの?で、誰だったの?今回の騒ぎの主犯。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「アルーチェさん?」
(さすがにこればかりは、私も動揺しているわ。最もこれを知れば、私よりも、ファイセアと陛下が深く傷つくことでしょうね・・・。)
「どういうこと?」
通信の向こうのアルーチェさんは、再び黙りこくったが、覚悟を決めたように、今回のクーデターの指揮官の名を口にした。
(反乱軍の指揮官は・・・デルダー=ハグイード侯爵。ヴェル・ハルド王国軍先代総騎士長で、ファイセアの・・・剣の師匠よ。)




