178―潜む災厄
「ミラ様。わたくし達をお救い下さり、本当にありがとうございます!」
「あたしこそ、皆さんこうして自由の身になれてすごく嬉しいです!」
「俺達があの地獄のようなこんなにも収容所から出れたのはミラ様のおかげです!恩に着ます!」
「いえいえそんな!あたしだけじゃなくって、王様が早く踏み切ってくれたおかげでもあるんですから。」
「ミラさま!わたしね、ここにくるまでに、ミラさまにおてがみかいたの!」
「へぇ~!ありがと~!あとでゆっくり読むからね♪」
グレースちゃんと一緒に、門の近くまで行ったあたしは、王国の収容所から解放された吸血鬼の人達から感謝の気持ちをたくさん伝えられ、もみくちゃになっていた。
「え~皆様!ここまで大変な思いをされたことでしょう!あちらで食料の配給を行なっていますから、どうぞゆっくりなさって下さい!!」
グレースちゃんの指示に従って、解放された人達は食料が配られている場所に、少し名残惜しそうにしながら歩いていった。
みんなよっぽどあたしに感謝の気持ちを言いたいんだろうな~。
「すまん!調理係が足りないから、誰か手伝ってくれ~!!」
おっ!そんじゃ、ちょいと行ってきますか!
「ってミラ様!?」
「人手が欲しいでしょ?あたしが手伝うから、ちょっとそこ空けて。」
「そんな!ミラ様にわざわざ・・・。」
「いいってことよ~♪あたし、料理結構上手いからさ!」
調理係の兵士さんは、少し困惑しながらもあたしの言う通りにして、自分の持ち場に戻っていった。
「えっ~と・・・!献立はビーフシチューか。家庭科5評価の実力を思う存分発揮しちゃる!」
「ミラ様!」
「どったのヒューゴ君!?」
「王国との終戦に、吸血鬼擁護派の貴族の人間が是非お目通りしたいと・・・。」
「えっ!?そうなの?」
急な来客に、あたしは下ごしらえ中だったビーフシチューの傍を離れた。
「お初にお目にかかります。わたくし、王国西方のゴレウン領の領主を務めております、アルウッド=ゴレウンと申します。この度は終戦、誠におめでとうございます。救血の乙女殿。」
「これはどうもわざわざ遠くからすいませ~ん!すいませんが今ちょっと立て込んでるんで、お城の応接室でお待ちになっていただけませんか?」
「それは失礼しました。では、お待ちしております。」
あたしはアルウッドさんを、ヒューゴ君に任せて調理場に戻ろうとした。
「ミラ様ミラ様!!」
そんなあたしを遠くから走ってきたソレットが矢継ぎ早に呼び止めた。
「何ソレット?」
「わたくしと吸血鬼の子ども達で一緒にやる交流会のスケジュールはどうなってるんです!?」
「えっ?そんなのも決めなくちゃいけないの?」
「そんなのとは聞き捨てなりませんね!あなたはこの領地の領主であると同時に、王国と吸血鬼との関係を取り持つ特別親善大使なんですから!!わたくしも吸血鬼の文化について学びたいですし、同年代の吸血鬼の子達と、いっぱい仲良くなりたいんですから!」
「すっ、すいません・・・。」
「すごいなあの人間の子ども。ミラ様にあそこまで意見を申されるなんて・・・。」
「確かに。とても僕達には真似できない芸当だよ。」
「ローランドもアウレルも感心しすぎ。あんなのただ口やかましいだけのちんちくりんだよ。」
「あっコラ!そこのお三方も何手ぇ止めてくっちゃべってるんですか!?」
三人がコソコソするのが聞こえたらしく、ソレットは避難用キャンプを設営するみんなのところにダッシュしていった。
すごいよなあの子。
あたしを除いて、吸血鬼の中じゃバケモンクラスに強いみんなにあんなにも強気でいられるなんて・・・。
もしかしてリリーと過ごして免疫できたのかも?
しっかしまぁ、特別親善大使兼領主ってやることいっぱいあって大変だな~。
もしかするとあたし・・・このまま行くと脳ミソ風船みたくパンクしたりして!?
って、いやいやいや!そんなマンガみたいなことあるわけないか~www
いやでも!それに似たような状況になることは不可避かもしれない!!
ああ~!!
どうしよ~!!!
「あっ、あのミラ様・・・?」
あたしがしゃがみ込んで頭をぐしゃぐしゃしていると、突然パルマさんが何やら申し訳なさそ~に話しかけてきた。
あたしは急いで平静を装い、スクっと立ち上がった。
「何パルマさん!?」
「えっと、ですね・・・。吸血鬼救済会のフィアナ=トルガレドと申す者がご挨拶にいらしてますがどうされますか?」
「フィアナちゃん、が?」
「お久しぶりです。ミラ様。」
パルマさんの後ろからひょこっと姿を現したフィアナちゃんは、とても綺麗な立ち居振る舞いであたしにお辞儀をしてきた。
「フィアナちゃ~ん!久しぶり~♪元気してた~?」
思わぬ再会に嬉しくなって、あたしはフィアナちゃんに抱きついた。
「ええ。ミラ様こそ、お元気そうで何よりです。」
「なんか、ごめんね。あれから全然顔出しに行かなくて。正直、それどころじゃなかったからさ・・・。」
「とんでもございません。ミラ様がその間に成されたことが実を結んだことで、王国と吸血鬼の皆様との間に平和が確立されたのですから。改めて、終戦おめでとうございます。きっと、カリアードも・・・お喜びになっていることでしょう。」
「うん。そうだね・・・。」
本当だったら、今回の成果をカリアード君にも見せてやりたかった。
だけど、彼があたしの中で確かに存在してる・・・。
だったらせめて、ここにいない彼にしっかりこの事実が伝わるように、今起こっていること、そしてこれから起こることを目に焼き付けていこう。
彼も一緒に見ていることを信じて・・・。
「ではこれで、あたしは失礼いたします。」
「え~!もうちょっとゆっくりしていけばいいのに~。」
「王国が吸血鬼軍と終戦宣言を交わしたことによって、吸血鬼救済会もこれから忙しくなると思いますので。それに、今は何よりミラ様が一番ご多忙を極めていると思いますので。」
手を口に当ててくすりと笑いながら言うフィアナちゃんに、あたしはグサッときた。
確かに・・・それは否定できぬ・・・。
「うっ、う~んまぁ・・・ね。じゃ、じゃあ今日のところは一旦これで!来週また王都に用事があるからさ、その時に顔見せに来るよ!」
「はい。是非お待ちしております。」
フィアナちゃんはそう言うと、また一礼して門の外に停めてある馬車へと歩いていった。
「ミラ様、先程の人間は?」
「ん?友達だよ。あたしと同じ想いの、ね。」
パルマさんにそう言った直後、ヒューゴ君から通信が入り、「できればそろそろ来てくれませんか?」と何か若干キレ気味に言われた・・・ような気がする。
「分かった分かった!今そっち行くからもうちょっと繋いどいて!!」
たは~!!
ホント、やることたっくさんあって逆になんか笑えてくるわッッッ!!!
◇◇◇
帰りの馬車の中、私は副代表のアーヴェンから通信を受け取った。
(代表、どうでしたか?ミラ様のご様子は?)
「元気そうで良かったよ。でもちょっと忙しそうだったかな?」
(そうですか。それで、例の件ですが。)
「どう?順調そう?」
(はい。王国の東西南北全てに朽鬼を放ち、すでに各地方で2つほど村の壊滅が確認されています。)
「ありがとう。それだけやればもう勝手に拡がっていくから、王都に戻ってきていいよ。」
(了解しました。)
通信が切れると、私は仕事がひと段落したことにホッとして、馬車の背もたれに深くもたれた。
「ミラ様、もう少しお待ち下さいね。真の救済が、あなた方に訪れるその時を・・・。」




