176―領主ミラ
会議室に入る前に、あたしは廊下の窓ガラスを鏡代わりにして、改めて自分の身なりがきちんと整ってるか再チェックした。
寝ぐせ・・・なし!
襟のはみだし・・・なし!
ネクタイの歪み・・・なし!
身だしなみの再チェックに使ってる窓には、雲が少しかかった金色に輝く月が昇りかかっていて、吸血鬼にとって、いい天気になりそうだと少しウキウキした。
「うしっ!そんじゃ・・・いきますか!」
身なりも完璧で、気分も上々になりながら、あたしはみんなが待っている会議室のドアをガチャっと開けた。
「領主様がおいでになりました!一同、起立!!」
プルナトさんが号令をかけると、みんな一斉に立ち上がり、あたしに向かって一礼した。
それを見てあたしは、手をスッと出し「座ってよい。」のジェスチャーをすると、みんなはまた、息ピッタリでイスに座った。
「全員揃ったようですね。それでは、会議を始めます。」
あたしが縦に置かれた長テーブルの真ん中に座り、指を組むと、部屋は沈黙に包まれた。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「ねぇあのさ、これってなんか息詰まんない?」
あたしが喋り出すと、それまで部屋中に充満していた緊張感が一気に消え失せた。
「何言ってんですか!?ミラ様は昨日付けで、この地の領主となったワケなんですから、もっと威厳たっぷりな態度を取ってもらわないと困るんです!」
「そうは言ってもねソレット。あたしがこぉんなに重っ苦しい空気作ると逆にみんなも話しづらいだろうし、いつもみたくフレンドリーになってくれた方が話も進みやすいってモンでしょ!?ねぇグレースちゃん!?」
「たっ、確かにそうかも、しれませんねぇ・・・。」
「ぐっ、グレース様ぁ~!!」
横に座っていたグレースちゃんが、あたしの意見に賛成すると、ソレットはグレースちゃんの肩をこれでもかってくらいゆさゆさした。
「はい!親友が言うんなら、あたしもそうしなきゃいけないワケなんで!口うるさい留学生の意見は余所に置いといて!いつものペースで会議始めま~す。」
話がまとまると、ソレットはあたしに向かって「いっ~!!」と歯を剥き出しにしてイスにガタン!と座った。
「え~みんなもご存じの通り、昨日まで3日間続いた王様との会談で、ヴェル・ハルド王国と吸血鬼軍との間で“協和三条約”が合意され、同時にこの領土も成立しました!なのでこれから、それに従って、各地方に散らばっている吸血鬼の人達を順次こっちに運んでいきたいと思います!それで、最初に移動してもらう地方なんだけど、ここはやっぱり一番近いラリーちゃんのトコから始めていきたいんだけど、それで大丈夫かな?」
「おうよ!そう来ると思って、本部に待機させた俺の補佐には一般民の移動開始と、各拠点を周って合流してもらうように伝えてあるぜ!!」
「さっすがラリーちゃん!仕事が早いね~♪じゃあ次に、こっちに移した人達の住む場所と食べ物についてなんだけど・・・。」
「はい。北方の同胞達の住居については、この街の中の空き家でどうにか事足りると思います、他の地方の避難民に関しては、これから街の内部の森および街区の外に難民専用のキャンプの設営を始める予定です。」
「その労働力とかはどうしようと思ってんの?」
「北方の者達に任せようと思っているのですが、不足した場合は王国の方と交渉して、人材の方を確保しようかと考えております。」
「そっかぁ~・・・。分かったヒューゴ君!その方向で進めて。あたしも来週王都に行くから、そん時に王様にちょっとお願いしてみるよ!」
「ありがとうございます。その来週に王都で開かれる、協和三条約の調印式の際のスピーチなのですが、原稿の方はまとまっていますでしょうか?」
「えっ!?あっ!そうそうスピーチの原稿ね!頭ン中でなら何話そうか何となく決まってるから、今からそれを紙に書こうと思ってる。期限までに完ッペキな文章まとめるから期待しといてね!!」
「分かりました。」
「え~とまぁ・・・取り敢えずそんな内容で今後は進めていくから、みんな張り切って頑張ろうッッッ!!!」
あたしがガッツポーズを見せて、そう言うと、みんな落ち着きながらも気合い十分な返事を見せてくれた。
「それじゃ~かいさ~ん!」
みんなが会議室から出ていくと、一人残ったあたしは背もたれにもたれて、頭を上にして「はぁ~!!」と大きなため息を吐いた。
すると、肩をポンポンと叩かれたから振り返ると、ラリーちゃんが少し強張った笑顔を見せていた。
「お疲れさん!“特別親善大使”兼“ミラ・ベリグルズ自治領領主”様!!」
あたしの肩に置かれたラリーちゃんの手の上に、あたしはそっと自分の手を乗せて「フッ・・・。」と笑った。
「ホント疲れるね・・・。この仕事・・・。」




