174―旅で得た物
「みんな~♪こぉんばぁんはぁ~!!」
「こっ、こんばんはでございます。ミラ様・・・。」
「えっとその・・・今日も元気がいいな~オイ~!!」
会議室のドアを勢いよく開けたあたしに対する反応は妙によそよそしかった。
「なぁに~みんなぁ~?いかんよぉ~!そんな元気のない返しじゃ。」
なんてぼやきながら席に着いたあたしだったけど、みんなが何でこんなリアクションなのかは大体想像がついていた。
ここ2ヵ月くらい、あたしが心ここにあらずなカンジになってしまってるのをみんな察して心配しているんだと思う・・・。
あたしはまだ、王国のみんなに対してしてきたことへのモヤモヤがまだ心の中に残っている。
あたしは、あたしを信頼してついてきてくれた仲間を騙してきた・・・。
できることなら、みんなにきちんと謝りたい。
だけどそれは、おそらく一生できないこと。
だってあたしとみんなは、結局のところ敵同士なんだから・・・。
だからもう、いつまでもウジウジなんかしてないで、空元気でもいいから今ここにいるあたしの本当の仲間を引っ張っていかなくちゃ。
だってあたしは吸血鬼の救世主、救血の乙女・ミラなんだから・・・。
「まぁいいや!とりまここは気を取り直して早く会議始めよっか?そんでヒューゴ君、今日の議題は?」
「はっ、はい。今日の議題は各地方の同胞達への安全な物資の提供方法についてですが・・・。」
「申し上げます!!」
突然会議室に外の見張りを任せていた兵士の人が飛び込んできた。
「何だよいきなり!何かあったのか!?」
「こちらの方へ、ヴェル・ハルド王国の者達が向かっています!!」
「何だと!?して、数は!?」
「それが・・・馬車一台とファイセア総騎士長が率いる国王直属と思しき兵士およそ20です!」
えっ?
それっぽっちでここに来るってこと?
それに、国王直属でファイセアさんがいるってことは・・・。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「ミラ様、いかがしましょうか?」
「ヒューゴ君、取り敢えずここはあたしが様子を見に行ってくる。」
「おいミラ!!それはいくらなんでも考えなしじゃねぇか!?もしウラがあるんならお前一人出ていくのはヤバいと思うぜ?」
「うん。だから一応念のため、永友のみんなにグレースちゃん、それからラリーちゃんはもしものためにあたしの後ろで控えてて。そんでヤバいと思ったら出てくれない?」
「おう!任せとけ!!」
「承知いたしました!!」
「よし!それじゃみんな行ってくるから、各自配置に着いといて!」
「「「了解ッッッ!!!」」」
あたしが部屋を出ていこうとしていた時だった。
突然リリーが、何か物言いたげにあたしを呼び止めた。
「大丈夫。変な考えなんかしてないから安心して。」
「ミラお姉様・・・。」
心配するリリーをなだめて、あたしは会議室を後にした。
◇◇◇
街の入口まで来てみると、もうすでに馬車と馬に乗った兵士達がすぐそばまで来ていて、あたしのことを見つけたらしく、ゆっくりと前に止まった。
「ミラ・・・。」
「ファイセアさん・・・。」
2ヵ月ぶりに会うファイセアさんに何て言えばいいか分からず、あたしはそっと目を逸らした。
ファイセアさんが馬から降りると、馬車の扉が開いて、アルーチェさんとそれから王様の介助役に選ばれたと思われるソレットが降りてきて、そして最後に王様がソレットの手を借りてゆっくりと馬車から降りてきた。
「アルーチェさん・・・。ソレット・・・。」
あたしが呼びかけると、2人揃ってめちゃくちゃ気まずそうにしながらそっぽを向いた。
ウジウジしてるのは、向こうも同じってことか・・・。
「ソレット。これをファイセアに。」
「かしこまりました。」
ソレットを呼んだ王様は、懐から一つの書状を取り出し、ソレットはそれを受け取るとファイセアさんに「どうぞ。」と言って渡してきた。
書状をバッと広げたファイセアさんは、額に汗を滲ませながらも何故か顔から笑みが零れていた。
「きゅっ、救血の乙女・ミラ!其方が王国に身分を隠し潜入し、あまつさえ王宮にまで入り込んでいたその事実!これは我が王国を大きく混乱させたことに他ならない!!」
まぁ、そうなるわな・・・。
多分王様は、あたしがこれまでしてきたことに対するケジメの付け方でもわざわざ自分で言いに来たんだろう。
どんな責任も、甘んじて受け入れるつもりだ。
もうどうとでもなれ・・・。
「だがしかし!!」
えっ?
「人間としてその姿を偽りながらも、我が王国と、その友好国であるマースミレンの危機を救い、かの伝説の冥姫を討伐をしてくれたことに、余は多大なる恩義を感じておる!!その功績を称え、ヴェル・ハルド王国第4代目国王、ヘドウィッチ=リアエース4世の名の下に、ヴェル・ハルド王国と吸血鬼軍との終戦を、ここに宣言するッッッ!!!」
え・・・?
しゅっ、終戦ってことは・・・。
「もう、戦争しなくていいってことですか・・・!?」
テンパりまくったあたしは、ファイセアさんにではなく王様に直に聞いてしまった。
「ああ。」
「おっ、王国に、捕まってる吸血鬼は・・・!?」
「約束しよう。必ず皆、解放すると。」
あたしの二つの質問に、王様は真っ直ぐな、嘘偽りない眼差しで答えた。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
全くの予想外の展開に、あたしは両手を天に伸ばして喜びの叫びをこれでもかというくらい上げた。
「ふぅ~!陛下も戯れが過ぎますぞ。まさか議会でのご決断を、まさか私の口からお伝えするなんて・・・。」
「気を張らせてすまなかったな。だが、これまで我が王家が吸血鬼にしてきた蛮行を考えると、とても余自身が伝えることに躊躇いがあったのだ。ミラが余の言葉をすぐに受け入れてくれるか、とても心配だったのでな。それに・・・ともに旅をしてきた其方の口から伝えた方が、ミラも喜んでくれると思ってな・・・。」
「陛下・・・。」
ファイセアさんが呆れたような、悲しそうな顔をしていると、アルーチェさんとソレットが一斉に詰め寄ってきた。
「ファイセア!!これは一体どういうこと!?王国がミラともう戦争しないなんて・・・!!」
「そうですよ!!サプライズにも程がありますよ!!わたくしとアルーチェ様、てっきり玉砕覚悟でケンカ売るのを言いにいくんじゃないかって心配で心配で仕方なかったんですからッッッ!!!」
「わっ、私にそんなこと言われても・・・。」
詰められて困り顔になっているファイセアさんのところに、あたしは急いで駆け寄った。
「ファイセアさん!!それに、アルーチェさんとソレットも・・・。今まで騙してて、本当にごめんなさいッッッ!!!」
あたしが頭を下げると、アルーチェさんは逆に頭を下げてきた。
「こちらこそ、本来なら敵である私の命を救ってくれて、私に・・・本当の英雄の道を照らし出してくれて、本当にありがとう。」
「アルーチェさん・・・。」
頭を下げ合うあたし達のところにソレットが歩み寄ってきて、あたしの頭を生意気そうにくしゃくしゃ撫で回してきた。
「これは大きな借りですからね!必ずどっかで返して下さいね!!」
「ソレット・・・うん!任せて!!きっちりチャラにして見せるから!!」
自信満々に答えるあたしに、ソレットはニカっと大きく笑った。
するとそこへ、王様が歩み寄ってきた。
最高位魔能士が持つ聖杖を持ちながら。
「王様!それって・・・。」
「身分を偽っていたとはいえ、其方はまだ我が国の最高位魔能士のままだ。どうか、受け取ってはくれないか?」
あたしは王様から杖を貰うと、ゆっくりと首を横に振った。
「すみませんが、あたしはここを離れることはできませんので、折角ですが辞退させていただきます。」
「そうか・・・。だが我が国の決まりで、前任の者が新たな最高位魔能士を決めることになっていてな。どうかそれまでは持ってはくれないか?」
「そうなんですか・・・。なら、大丈夫です!もう引き継ぎは決まってますから。」
そう言うとあたしは、アルーチェさんに杖をそっと手渡した。
「えっ?」
「アルーチェ=オーネスさん!あなたをあたしに代わる、新しい最高位魔能士に任命します!!どうかあたしの分までしっかりと国を守って下さい!!」
「ミラ・・・。分かりました!!喜んでお受けいたします!」
「王様!ということなんで、今後は彼女に、王国の守護を任せたいと思っていますがどうですか?」
「分かった。其方の選んだ者ならば異論はない。ただ、是非とも引き受けてほしい役割があるのだが・・・。」
「と言いますと?」
「我らは戦争を終結させるが、それで我が王国と吸血鬼の長年にわたる因縁が消えることは難しかろう。だからミラ、其方に我が王国と吸血鬼達の関係を取り持つ“特別親善大使”になってはくれないだろうか?」
特別親善大使・・・。
なんかそれ、超イイ役回りかもしてない!!
「はい!!それに関しては、是非お受けいたします!」
「そうか!それは良かったあとそれと、其方の傍で吸血鬼の文化や風習を学ぶ者を付けたいのだが、誰か適任はいるだろうか?」
つまりは留学生ってことだね!
だったら・・・。
「そちらの侍女の、ソレット=ハレムをお願いします!!」
「えっ、ちょ・・・わたくし!?」
「それは名案だな!何せソレットは王宮にいた頃に其方の世話係を務めておったし、マースミレンの旅にも同行した身・・・。其方と関係が深いからな!」
「へっ、陛下!?そっ、そんなぁ~!!」
「どうやら私達との腐れ縁は、まだまだ続きそうね。ちんちくりん。」
いつの間にか、後ろで待機していたリリーが出てきて、嫌がるソレットを茶化しだした。
「きゅっ、吸血鬼さん!?」
「リリーナ。それが本当の私の名前。乙女の永友が一角にして、ミラお姉様愛しの妹分♡♡♡よく覚えておきなさいね!?」
「分かりました!!変態勘違い吸血鬼さん!」
「人の話聞いてたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
「ぷっ、ぷはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」
相変わらずのリリーとソレットのやり取りを見て、あたしは腹を抱えて大笑いした。
「みっ、ミラお姉様・・・?」
「ああごめんごめん!ってかここでいつまでも立ち話も何だし、細かい和解の内容についてはあたしの城で話しましょうよ!!お~いヒューゴ君!会議のセッティングおねが~い!!」
「わっ、分かりました!」
あたしはヒューゴ君に会議のセッティングをお願いすると、王様をあたしが作った街の中に招き入れた。
人間の国の王都と、そこから始まった呪いの髪飾りを巡る長い旅の中で、あたしはとてもかけがえのない物を手に入れた。
それは、人間と吸血鬼がお互い平和に暮らせる世界に向けての大きな一歩だ。
あたしは今、最高に嬉しい。
だって自分がしてきたことは、無駄でも、恥じることでもなかったことを、実感することができたからだ。
見てるミラ?
アンタがあたしに託した未来は、確かに明るい方に向かっているからね。




