173―国王の決断
ミラ達が魂喰い華の耳飾りをマースミレンに届ける旅に出発してからおよそ4ヵ月後、ヴェル・ハルド王国王宮内では緊急の議会が開かれ、そこにはマースミレンから帰還したばかりのファイセアとノイエフが証人として招致されていた。
「我々人類の仇敵たる救血の乙女は身分を偽り王宮内に潜入していたのですぞ!!これは許されざる行為であるとともに、王国にとって、言わば腹を探られたのと同然・・・!一刻の早く、ベリグルズ平野の吸血鬼どもを、ミラもろとも殲滅するのが妥当だと考えます!!」
「しかしですぞ!ミラは王都における朽鬼病蔓延の際に、単身で王都を危機から救ってくれたのもまた事実。それに此度のマースミレンにおける戦では、元来吸血鬼を目の敵にしている森精人の大国を、かの伝説の冥府の姫を討伐し、我らの友好国のみならず、この世界に再び訪れる未曾有の災禍を未然に防いだ。なのでミラの討伐は、いささか尚早な判断なのではないでしょうか?」
「そんな悠長なことを言っておられるかッッッ!!!」
議会が始まって早々に、集まった貴族達の意見は真っ二つに割れた。
身分を偽って王宮内に潜入していたミラを早々に討伐すべきか。
それとも、王都と友好国であるマースミレンを救い、冥姫リセを討伐した要因を考慮して、一度静観の構えをすべきかどうか・・・。
白熱する議論に頭を悩ませたヴェル・ハルド王国の国王、リアエース4世は一度貴族達に静粛にするように威厳に満ちた声で言い放つと、激しく意見をぶつけ合っていた貴族達の怒鳴り声がピタッと止まった。
「皆の申したいことはよく分かった。証人の二人、諸侯達の意見に関して何か申し開きはあるか?」
国王に意見を求められ、真っ先に口を開いたのは、ノイエフだった。
「私は・・・早急にミラを討伐すべきだと考えます。ミラはこれまで、我が国の兵を多く犠牲にした、王国の怨敵。私が預かっていた仲間も奴の犠牲になりました・・・。このまま奴を野放しにしておけば、更なる蛮行が行われるかもしれません。それは何としても阻止しなければなりませんッッッ!!!」
ノイエフの熱弁を聞いて、ミラ討伐賛成派の貴族達が「ウンウン」と自慢げに頷いた。
「ノイエフ。其方の心中は十分理解した。では次に。ファイセア。其方はどう感じた?あのミラと、ともに旅をしてきた身としては。」
「わっ、私は・・・。」
自分以外の、今この場にいる者達からの激しい重圧を感じながらも、ファイセアは自分の気持ちを正直に述べることにした。
「陛下や諸侯の皆々様方、そして、今ここにいる弟もご存じの通り、私はベリグルズ平野の戦いにおいて、妻共々ミラに命を助けられました。私はその時から、ミラが、真に打ち倒さなければならない敵かどうか疑問を感じておりました。ですが、此度の任務で彼女とともに過ごしてみて私の心の中の霧は晴れました。ミラは・・・彼女はとても清らかな心を持った者であると。自らが傍に置いている者が、道に迷ったり、危機に陥っていたりしていれば、種族や、今までの経緯など一切考慮せず、迷わず助けに参る、単純ではありますが、とても優しい魂を持った女性であると。今この議会でどのような採決が下されるか分かりませんが、罪に問われるのを承知で申し上げます。私は・・・二度と彼女と、剣を交えたくはありません・・・。それは、今この場にいない我が妻も、ともに望んでいることです。」
ファイセアが自分の心情を包み隠さず言うと、やはりミラ討伐賛成派の貴族からは激しく糾弾され、ノイエフはそんな兄を庇うのではなく、とても軽蔑に満ちた眼差しを向けていた。
「諸侯らよ!!静粛にせんかッッッ!!!」
国王の一声により、またもや議会は静寂に包まれた。
「今この場にいる者の意見、そして救血の乙女・ミラが我が王国にもたらしたものを考慮した結果、余もようやく考えがまとまった。今からそれを、ここで述べさせてもらう。」
国王が決めた意思を聞くとあり、彼以外の全員が固唾を飲んで緊張した。
そして国王は、淡々と自らが決めたことを全員に向けて話した。
次の瞬間、議会に一気に動揺が走った。
「へっ、陛下!!それは誠でございますか!?」
「いっ、いくら何でもそのような考えは・・・!!今一度ご決断を待った方が・・・。」
「もう良い!これは、国王たる余が決めたことである。申し訳ないが、異論は一切認めん。」
ピシャリと貴族達を黙らせると、王はイスからゆっくりと立ち上がった。
「今より余の決断をミラに伝えにゆく。ファイセアよ。ついて来てはもらえぬか。」
「しょ、承知いたしました。しかし、よろしければ私の妻も同行させてはもらえないでしょうか?彼女にも、陛下のご決断を、是非聞いてもらいたいのです。」
「ふむ、よかろう。では、外で待たせている其方の妻と、余の近衛らを招集せよ。」
「はっ、ははっ!仰せのままに。」
国王が部屋を後にすると、ファイセアは今までにない程の胸の高鳴りを感じた。
何故なら、国王が下した決断は、彼の想像を遥かに超えるものだったからだ。




