168―マースミレン精冥戦争⑨
遠くの方から無数の魔族どもの走る音が聞こえる・・・。
いよいよ私の番が回ってきた。
ファイセア達、果たして大丈夫かしら・・・?
連絡があったから取り敢えずは生きているのだろうけど、それでも何か深手を負ってなければいいのだけれど・・・。
いや。
彼にはノイエフ君やティスムドルさん達が付いていてくれている。
それに彼は、私を遺して死ぬような、軟な精神なんかしていない。
夫の無事を妻として、そしてともに同じ戦場で戦う仲間として、信じなくてどうする。
きっと彼等には何事もなく、敵に手痛い損害を与えてくれてるに違いない。
ならば私がすべきことは、彼等が繋いでくれたこの機会に応えて、私自身の手と、呼び出した天使の軍勢を以って、市街地敵を一気に壊滅させること。
私の後ろには守るべきこの王が・・・そして、夫達をここまで導き、私に真の英雄としての道を照らしてくれた女性がいるのだから。
だから私は負けるワケにはいかない!
いや、負けるはずがない!!
私が想いを巡らせていると、地を埋め尽くさんとするほどの魔族達が、市街地に到達し、煌城樹を背後にして立つ私の前で立ち止まった。
私は敵の数と、彼等の先頭にいる、黒い魔獣に跨って斬り飛ばされた右腕を押さえている体格が一際大きい全身に火傷を負った痩鬼種に目をやった。
事前の調べでは、敵の総数はおよそ2万と聞いていたけど、見たところ私が呼び出した3200体の天使の3倍ほどに見える。
それにあの敵方の将軍らしき痩鬼種のあの手負いっぷり・・・。
火傷はかなり年月が経っているように見えるけど、失った右腕の方は血が流れているからまだ新しい。
それにあの出血量、おそらく長くは持たないだろう・・・。
良かった・・・。
ファイセア達、頑張って敵将に深手を負わせることが出来たのね。
敵に大規模な損害を与えて、それでも彼等が無事であることを確信し、私は心から安心したとともに、自分の務めを全うすべく、より一層意気込んだ。
すると、敵将の痩鬼種が私の方へ寄ってきた。
{まさか、人間のメス一匹に、真の市街地を、任せるとはな・・・!}
冥府の言葉だから私には分からなかったけど、彼のこの態度・・・。
もうほとんど虫の息になりかけだけど、私のこと相当油断しているわね。
おそらく後ろの天使のことも、何かしらの幻影魔能だとでも勘違いしているのかしら?
「こちらの本丸の直前であるここまで来て本当にご苦労様。だけど、残念ながらあなた達はここで全員おしまい。だって私と、私が呼び出したこの天使達に皆殺しにされるのだから。」
私が告げると、痩鬼種達は腹を抱えて大笑いした。
{コイツ!人間の、それも女のクセに俺達を皆殺しにするってよ!!}
{幻影魔能で脅してるつもりかもしんねぇけど、これはさすがに笑いが止まらねぇぜ!!}
はぁ・・・。
知恵が回らない者ほど、自分達の置かれた状況が理解できないのでしょうけど、これはもう・・・怒りを通り越して哀れに感じるわね。
{ヒヒッ!ゲブル様、どうましょうか?ここはもう、一気に突破しちまいましょうかぁ~!?}
{そう、だな・・・。あの女に、我らに見せた幻など、何ら恐れるに、足らずだったことを、心底、見せつけ、絶望させてやれ・・・!!}
将軍が命じた途端、配下の魔族達は迷わず全員で襲い掛かってきた。
「実に悲しいですね・・・。自身の状況を分かっていれば、もう少し生き永らえたかもしれないというのに・・・。天使達、私に・・・この国を我が物顔で跋扈した悪しき者どもを、蹂躙なさい!」
私が命じると、天使達は翼を広げ、魔族達に隊列を組んで向かっていった。
{だ~か~ら~!!そんな幻通用・・・ッッッ!?}
そこからは私が召喚した天使達による一方的な殺戮となった。
翼を使い、超高速で攻撃を仕掛ける天使達に、魔族達は対応することができず、痩鬼種や禍犬種達は、首を刎ねられ、巨鬼種達は全身を剣や槍で串刺しにされて虐殺されていった。
{なっ、何だ・・・これは・・・!?}
次々と殺されていく仲間を見て、痩鬼種の将軍は額から脂汗をかいていた。
それが動揺によるものなのか、それとも斬り飛ばされた右腕が痛むせいなのか私には分からなかった。
というよりも、どうでも良かった。
だって彼は・・・私にもうすぐ殺されるのだから。
「言ったでしょ?“もう終わりだ”って。あなたの始末も、私がこの手で今すぐ付けるから。」
痩鬼種の将軍は怖気づきながらも、牙を剥き出しにして、なけなしの狂暴性を私に見せつけてきた。
{にっ、人間ごときが・・・俺様を、舐めるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!}
彼は騎獣に跨り、残った左腕を振り上げ私に特攻してきた。
「神の御使いの衣。」
私は即座に天使の装備を自身に纏い、向かってきた痩鬼種の将軍を、彼の騎獣とともにその場から一歩も動かず、すれ違いざまに斬り捨てた。
振り返ると、騎獣の方は息絶えていたけど、彼は胴が泣き別れになっていながらも、まだ生きているようだった。
「私を見くびったのが運の尽きね。この国に足を踏み入れたことを、心から後悔して死になさい。」
「生憎だが、それは無理な相談だのう。」
「ッッッ!!!」
直後に全身の毛が逆立つ感覚がして、上を見ると、一人の艶めかしい女性が浮いて私達を見下ろしていた。
その人物は、私が倒した痩鬼種の将軍の許に、翼を広げながらゆっくりと降り立った。
{ひっ、姫よ・・・。}
{我が忠実なる下僕ゲブルよ。最後に敵の力を見誤るなど、随分耄碌したのう。}
{もっ、申し訳・・・ありません・・・。}
{じゃが・・・お前は妾のためにここまでよくぞ働いてくれた。後は妾が、あの吸血鬼に復讐する様を、父上とともに草場の影からゆっくりと眺めるがよい。}
{しょ、承知・・・いたし・・・ました・・・。}
痩鬼種の将軍にしゃがみ込んで何かを語りかけ、彼の死に様を見届けると、その者はゆっくりと立ち上がって、私に邪悪な笑みを浮かべた。
「妾の下僕が大変世話になったな。お主、人間のクセに中々の手練れそうじゃから、妾と少し遊んではくれんかのう?」
額の角に背中から生えた翼脚と二又の尾、そして何より右耳に付けたあの耳飾り・・・。
彼女が敵の総大将・・・冥府の姫・リセッッッ!!!




