166―マースミレン精冥戦争⑦
ホログエンの山脈の児鬼種の王国からのまさかの加勢を得て、マースミレンの森精人軍は大きな逆転に差し掛かりつつあった。
本来ならば自分達に味方するであろうはずの児鬼種に攻撃されて激しく混乱する内に、痩鬼種達は児鬼種お得意の地中からの奇襲攻撃に次々と餌食になってゆく。
そこに森精人の歩兵部隊及び弓兵部隊の追い打ち・・・。
兵力差が圧倒的に違い過ぎていた両軍は、最早互角かそれ以上の戦いを繰り広げていた。
「ふぅ~!!大分向こうの戦力を削れたような気がすっけど、さすがに骨が折れるぜ~!」
児鬼種の隊長が、先程殺した痩鬼種の返り血を腕で拭いながら疲れた笑顔を見せた。
「まさかお前達が救援に駆け付けてくれるとは思わんだな・・・。誠に感謝する!!」
「いいってことよ!俺達も、国と家族を助けてくれた野郎どもに恩返したくてな。でも、まさかそれで森精人どもの国を救う戦争に、あろうことか森精人軍側に付くことになるなんて、生きてりゃ何が起きるか分かったもんじゃねぇな!!ハハッ!!」
“人間と魔族”
本来ならばいがみ合う間柄の両者が、“旅で結んだ縁”という目に見えない物の力によって、こうして戦場でともに背中を預けて戦っていることに、ファイセアは深く感動した。
「ところでよ、蝠獣種の巣を焼き払ったアンタらのリーダーとそいつの弟子はどうしたよ?」
「アサヒ殿とヒバナ殿か?二人は一番腕が立つ故に、この国の王の護りに付いておる。」
「そっかぁ~。まぁ大方、アイツ等んトコには俺らの王様が行ってると思うし、これが片付いたら後でゆっくり話しでもするとし・・・ッッッ!!!」
その時、周囲の空気が一気に緊張感に包まれ、味方どころか敵ですらそれに圧倒されて身体が硬直してしまった。
{何やら楽しく話しておるではないか。虫どうし仲がいいことだな。}
周りの痩鬼種達が道を譲る中、現れたのは漆黒の禍狼種に跨り、大きく立派な戦斧を手にした、全身が焼け爛れた痩鬼種の指導者・・・。
破悦の将・ゲブルである。
「げっ、ゲブル!?」
ティスムドルが驚愕してその名を呼ぶと、児鬼種の隊長にも戦慄が走った。
「ゲブルってあの、大昔の大戦で大暴れしためちゃくちゃ残忍な痩鬼種の将軍・・・!!そんなヤツが何であんなひっでぇ姿に・・・つうかどうしてこんなところにいんだよ!?」
二人がひどく動揺する中、ファイセアとノイエフは全てを悟り、額に汗を滲ませて「フッ・・・。」と笑った。
「どうやら、冥姫の奴め。最も信頼できる下僕を此度の戦の将に選んだようだな・・・。」
「そうみたいですね、兄上。」
ファイセアとノイエフはそれぞれ剣と弓を抜き、ブラドゥに跨るゲブルに向けた。
「児鬼種の隊長よ。其方は自軍の兵を率いて森精人歩兵部隊及び弓兵部隊とともに、周囲の痩鬼種どもの討伐を継続しろ。この醜い敵将の相手は、我らが引き受ける!」
「くっ・・・!分かった!くたばんじゃねぇぞテメェら!!」
ファイセアの指示を受け、児鬼種の隊長は兵を率いて、痩鬼種兵の討伐を、森精人軍とともに再開した。
「ティスムドル、無理にとは言わん。太古の戦いで奴と相まみえてその恐ろしさを身に染みて分かっておるのであれば、臆するのも無理はない。ここは私とノイエフに任せて、仲間の森精人達と合流せよ。」
立ち尽くすティスムドルに戦いを一切強要せず、己の判断に任せると告げたファイセアだったが、ティスムドルは何も言わず、ファイセアの横に歩み寄った。
「ティスムドル。お前・・・。」
「お前達だけじゃ、アイツに勝てる見込みは極めて低い。だったらここは、どれだけ昔のことだろうと、アイツと戦ったことのある奴が一緒にいた方が少しは頼もしいだろ?だから、俺も付き合うぜ。」
底知れぬ恐怖を感じながらも、それを懸命にこらえて自分達とともに戦う覚悟を見せたティスムドルの意を、ファイセアは汲み取ることにした。
「分かった。ならば、ここは我ら三人力を合わせ、この残虐極まりない痩鬼種の将軍を、ともに討ち滅ぼしてくれようぞ!!」
威勢よく自分に立ち向かう覚悟を見せた三人を、ゲブルは牙を剥き出しにした不気味な笑みで嘲笑った。
{たかが森精人一匹と人間二匹でこの俺様に挑もうとするとは・・・!実に笑わせてくれるではないか。}
「何言ってるか分かんねぇけど、舐められてるってのは十分伝わったぜ!テメェに殺された仲間達の仇・・・3000年振りにここで取ってやるか覚悟しろッッッ!!!」
ティスムドルが啖呵を切ると、ゲブルは「やれやれ」と言った顔でブラドゥから降りた。
{いいか?俺様がコイツ等の相手をしている間、お前は森精人と、愚かにも我らが姫に楯突いた児鬼種どもを噛み殺してこい。それをしつつ、その鼻で本当の市街地の場所を探り当てて来るのだ。}
ゲブルに撫でながら命じられたブラドゥは、「グルルルル・・・!」と唸り声を上げながら、交戦中の森精人と児鬼種の連合軍の許へと駆けて行った。
{さて。ではそろそろ始めるとするか。先手は貴様らに譲ってやる。どうした?遠慮することはないぞ?}
ゲブルは手の平を上に向けて手招きをし、明らかにファイセア達を挑発していた。
「アイツ・・・完全に余裕ブッこいてやがるぜ。」
「ああ。だが奴がそうするに相応しい力を持つのもまた事実。なにせあのアサヒ殿と一時互角にやり合ったのだからな。」
「どうしますか?兄上。」
「私とティスムドルで同時に仕掛ける。お前は遠距離から私達を援護してくれ。」
「承知しました。」
三人で示し合わせた後、ファイセアの横にいたティスムドルも剣を抜き、全員が臨戦態勢に入った。
「ファイセア、行けるか?」
「お前に言われなくとも、すでに腹は括ってある。」
「ああそうかい。じゃあ・・・行くぞッッッ!!!」
ファイセアとティスムドルは地面を思いきり蹴り出し、ゲブルに立ち向かっていった。
「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」




