159―戦前の一服
「陛下!歩兵部隊、準備完了いたしました!!」
「ご苦労様です。」
「弓兵部隊も、まもなく全員配置に着けます!!」
「了解しました。」
リセが率いる魔族軍が刻一刻と迫ってくる中で、各部隊の指揮を務める将軍達がぞくぞくと王室へと報せにきた。
「よし!では私達もそろそろ向かうことするか!」
「そうだな。せいぜい足を引っ張るんじゃないぞ!ファイセア!!」
「ティスムドルよ!私とて一国の軍の総騎士長。お前になど遅れは取らんよ!」
「皆、悔いのない戦いっぷりを見せましょうね。」
「ああノイエフよ!魔族の奴らに目に物見せてくれようぞ!!それではこれで失礼する!アサヒ殿!それに、ヒバナ殿!王のこと、くれぐれも任せたぞ!!」
「もっちろん!あたし達がここにいる限り、プリクトスさんには指一本触れさせないから!!」
「アンタ達も、せいぜいくたばらないようにね。」
互いに言葉を交わした後、ファイセアさん達は気合十分でそれぞれの持ち場へと向かっていった。
「陛下、地下講堂への非戦闘員の避難、完了しました。」
「分かった。それでは・・・。」
王様は、襟をギュッとして、口をつぐんで俯いてるソレットを横目で見た。
彼女がこの場を離れたがっていないことは、誰の目から見ても分かることだった。
あたしはリリーと顔を見合わせると、行きたがらないソレットに歩み寄った。
「ダイジョ~ブだって~♪あたしとヒバナは、絶対戻ってくるって!」
「私達がちょっとやそっとじゃ死なないってことぐらい、アンタが一番よく知ってるはずでしょちんちくりん。この旅の前に約束したでしょ?“何が何でも生き残れ”って。だったらアンタがやるべきことは、私達を信じて、自分の命を守ること。それ以外にないでしょう?」
「分かり・・・ました・・・。じゃあ、最後に・・・。」
恥ずかしそうに言った後、ソレットは両手をいっぱいに広げて、あたしとリリーを力いっぱい抱きしめた。
「わたくしからも約束ですよ。絶対・・・勝って下さいね・・・。冥府のお姫様なんかに負けたら、わたくし・・・お二人のこと、大っ嫌いになりますから・・・。」
あたしとリリーは、ソレットの背中をポンポンと叩くと、2人一緒に立ち上がった。
「そうと決まれば、是が非でも勝たなくっちゃね~ヒバナ?」
「当然です。正直、私アンタにすこ~し愛着が出始めたから、一方的に嫌われると、どうにもいい気がしないし!」
ソレットはバッと前を向いて、あたし達に向かって大きく頷くと、自分を迎えにきた女性の森精人に付き添われて、地下の避難所の方へと向かった。
「随分懐かれているのですね、お二人とも。」
「ええまぁ~。ちょっと手は焼きますが、可愛い子ですね。」
「でもちょっとはこっちの迷惑も考えろっつう~の!アイツヘーキな顔して、私達に毒を吐くんだから!」
しょうがないなといわんばかりな顔をするリリーに、プリクトスさんはクスっと笑った。
そしてその後、とても神妙な顔をして、玉座の両側のひざ掛けを、ギリっと握った。
「いよいよ・・・ですか・・・。」
「プリクトスさん。そう緊張しなくても大丈夫ですよ!ここは、皆さんの腕を信じて、ドン!と構えて下さい!」
「そう・・・ですか・・・。分かりました!皆の無事を、王として・・・そして、この戦いの総大将として、全力で信じます!!」
良かった。
プリクトスさん、ナーバスぎみだけど、腹はしっかり括ったみたい。
もう見て分かると思うけど、今回の戦で、あたし達はそれぞれのポジションに分かれている。
まず、ファイセアさんとティスムドルさんが歩兵部隊の指揮を。
それからノイエフさんは、弓兵部隊の支援に。
そして、あたしとリリーは、もし敵が王様であるプリクトスさんのところまで来た時の、護衛役である。
この配置を考えたのはあたしだけど、我ながらいいポジショニングができたと思う。
もしかしてあたし、異世界に来てから戦略家として目覚めつつあんのかもしんない~?
だとしたら、ちょっと照れる~♪
おっと。
今はのほほんちしてる場合じゃなかった。
一番の切り札として、プリクトスさんを守ることに全神経を使わないと!!
「しかし・・・どうにも、落ち着きませんね。」
そう言ってプリクトスさんは、懐からパイプを取り出して、それをスパスパ吸い始めた。
「お二人もどうですか?戦いの前に、少しでも緊張をほぐしておいた方が。」
そう言われて、あたしとリリーは、プリクトスさんから予備のパイプを2本もらい、一緒にもらったパイプ草を詰めて、火をつけて吸い始めた。
未成年の喫煙はホントはダメだけど、あたし異世界じゃもう成人済みだから、ノープロブレムっしょ!
そう思って、煙を吸った瞬間、あたしは思いっきりむせてしまった。
「グハッ!?ゴホッ!ゴホッ!」
「だっ、大丈夫ですか?」
「すっ、すいません。なんせタバコ初めてなもんで・・・。」
「そうでしたか~。それは失礼しました。」
「いいえ別に!なんかちょっと甘いですね、コレ。」
あたしは煙と一緒に口の中にほんのり感じる甘い風味に気が付いた。
これって・・・ライチ?
「リーチーグレイ。我が国では一級品のパイプ草です。お口に合いましたでしょうか?」
「えっ!?いいんですか!?そんな高価なものここで頂いちゃって・・・。」
「お二人にはこれから何かとお世話になるのですから、せめてもの感謝の気持ちです。」
「あっ、アリガトゴザマス・・・。」
「どうです?気分が落ち着いてきたでしょう?」
そう言われてみれば、胸のドキドキが、段々収まってきたような・・・。
「あなた、いつもこれ吸って心を落ち着かせてきたの?」
「いえ。実は父上から、喫煙は“はしたない”と止められていたのですが、我が国の命運がかかった大戦の前では、父上も咎めないと思いまして・・・。」
確かに・・・そうだよね。
自分達の国の運命がかかった戦いが目前に迫ってるんだから、プリクトスさんのお父さんも、今日くらいは目を瞑ってくれなきゃね~!
「ふぅ~。おかげで気分がすっきりして、緊張もほぐれました!アサヒ殿!ヒバナ殿!ここは是非、私を・・・最後までお守りください!!」
「プリクトスさん・・・任せて下さい!あたしもヒバナも、バカ強さには自信ありますんで!あっそうだ!このパイプ、もらっていいですか?また吸いたいんで。」
「ええ!是非!」
「アサヒお姉様!過度の喫煙は身体に毒ですから、どうかほどほどにして下さいね!」
「わっ、分かってるってば!どんなことがあってもあたし、ヘビースモーカーには絶対なんないから!!」
「約束ですよ!もしお破りになったその時・・・私がアサヒお姉様の貞操を貰い受けます!!」
「等価交換になってないんですが!?!?」
いつものリリーのあたしへの百合っぷりに、場が和んだその時だった。
突然王の間の扉が勢いよく開けられ、弓兵部隊の指揮官が慌ただしく入ってきた。
「申し上げます!先程魔族軍が、我が国の領土に侵入したと一報が入りました!!」
「ッッッ!!!ついに、ですか・・・。直ちに迎撃態勢に移るように全弓兵達に命じて下さい!!」
「承知いたしました!」
「アサヒ殿!ヒバナ殿!心の準備はいかがですか!?」
「こっちはとっくにOKです!」
「私も!パイプ吸って、十分リラックスできたわ!」
さぁ~て冥府のお姫様?
この国にズカズカと押し入ったことを、心底後悔させてやる!!




