141―強き想い
「ああクソ!!結局全員にバレちまったじゃんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
最後に残ったガキも、結局殺せなかったせいで、私は怒りで激しく地団駄を踏みまくった。
それもこれも・・・あの吸血鬼のせいだ!!
アイツが横槍を入れなかったら、あのガキはこの結界で生まれた偽物の姉に殺されたのに・・・!!
「何で・・・何で吸血鬼が人間なんか助けんだよ?おかしいんじゃないの!?あの女・・・!!」
「へぇ~。アンタが私達を、こんなクソみたいな状況に追い込んでたってワケね。」
声がしたから振り返ると、霧の中から誰かがこっちに向かって歩いてきた。
「おっ、お前はぁ・・・!!」
そいつの顔を見た瞬間、私は折れそうなほどに歯を噛み締めた。
目の前に・・・最後の最後で私の楽しみを邪魔した、あの女吸血鬼が立っていた。
◇◇◇
コイツがこの森をおかしくさせた元凶・・・。
つまり、死会の楽獄の管理者ってワケね。
年端もいかない人間の女じゃない?
こんな一見弱そうな奴が、私達をこんな目に遭わせてたってこと?
そう思うと・・・ますます腹立たしいわね。
「アンタなの?私達を・・・私達が喪った大切な人の偽物で殺させようとしたのは?」
「そうだよ!すごいでしょ!?私の魔能は!?この霧の結界の中に入ったら、森がそいつの記憶を読み取ってね、その人が一番会いたい人が、森の土で作られるんだ!!それはつまり・・・そいつが喪った大切な人・・・」
「魔能の自慢なんて聞きたくないッッッ!!!」
私が怒鳴ると、相手は一瞬ビクッとして驚いた。
「何で?何でこんな・・・人の心の傷口をナイフで抉るようなクソなことをするの?」
「何で?何でって・・・。」
そいつは気色の悪い笑みを浮かべ、上目遣いで私にこう言った。
「一番効果的で・・・それに、面白いからだよ♪」
「面、白い?」
「生きていれば誰だって大切な人の一人や二人は死んでる。その死んでる人が目の前に出てきたら、誰だって嬉しいし油断する。だから簡単に殺せる。それに・・・ずっと会いたいと思っていた人に殺される時に見せる、あの絶望に満ちた顔・・・想像しただけでゾクゾクしちゃうよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ♡♡♡!!!!」
身体をクネクネさせて、そいつは満面の笑顔を赤くしながら言ってみせた。
コイツは・・・コイツはそんなドブみたいなことを考えながら、私達を・・・あの子にあんな思いを・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「アンタ・・・ゴミね。」
「はぁ?」
「アンタがしたことは・・・大切な人の想いと、その人を遺して死んだ人の想いを、クソのついた土足で踏みつける行為よ。最期のその時まで、自分にとって大切な誰かを想って死んだ人は、何を思って、何を願うか知ってる?“助かって本当に良かった。どうか元気で、幸せになってほしい。”って心の底から思って、願うのよ。その想いは、死んでいった人と、遺された人を繋ぐ大切な絆になるの。アンタはその想いを、クソやドブのような愉しみのためだけに汚した。死んだ人と・・・遺された人の絆を踏みにじるなッッッ!!!」
私が思っていることを、自分でも驚く位の力強い声で主張して、私は、死会の楽獄の主に杖を向けた。
「殺しはしない。だけど全力で叩きのめす。乙女の永友、“忠愛の花・リリーナ”の名の下に!!」
「“忠愛の花・リリーナ”・・・。フッ、クククッ・・・アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
そいつは私の名前を聞いた途端、上を見上げて大笑いした。
「ってことは・・・あなたがあのミラの腹心の一人ってことぉ!?これは願ったり叶ったりな状況だよぉ!!あなたを殺せば、私は黎明の開手に入れるどころか、他の推薦者達と大きく差を広げられる・・・!!私、ツイてないどころか・・・本当に運がいいわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「言ってる事はワケ分かんないけど、つまりアンタは、私を殺せばウハウハな状況になれるってことね。いいわ。殺せるものなら殺してみなさい。」
「言われなくてもそうするよ!!この森に張った結界の霧・・・全部あなたを殺すために使わせてもらう!!地級第一位・幻惑の黄泉!!」
女が持っていた杖を地面に突き立てると、今まで森全体を覆っていた霧がここに集約したかのように、一気に濃くなった。
「さぁ~。自分の愛する家族と、殺し合ってみせてよ。できるものならね♪」
霧の向こうから、無表情で武器を持った私の家族の偽物が襲い掛かってきた。
「ふぅ~・・・。血操師・剣錬成。」
息を整えて指先を爪で傷つけた私は、流れ出る血で剣を作って、襲い掛かってくる家族の偽物をまとめて両断した。
「ほらほら~!どんどん来ちゃうよ~?あなたの大切な家族が、あなたを殺しに♪」
「地級第三位・大地の鳴動。」
私が杖をドン!と突き立てるとともに、周囲に振動が走り、再び襲ってきた家族の偽物は粉々に砕け散った。
それからも私は、襲い来る偽物の家族を、魔能で次々と倒していった。
剣で斬り伏せ、炎で燃やし尽くし、風で吹き飛ばし・・・。
そんな私を見て、魔能士の女の顔に、次第に焦りの色が見え始めた。
「どうして?どうしてそんな簡単に殺せるの?あなたの死に別れた家族なんだよ?その人達・・・。」
「どうしてかって?私の家族が、私を殺そうとするはずないもの。こんなの、ただのよくできた泥人形よ。」
「こっ、こんなの・・・在り得ない・・・!!偽物であっても、自分の家族をこんな簡単に・・・あなた・・・どうしてそんなに強くいられるの!?」
「強くなかったら、ミラお姉様の隣なんて、任せられるはずないでしょ?」
やがて霧の濃さが段々薄まってきて、現れてくる偽物の家族も少なくなってきた。
「なんか、そっちはもうエネルギー切れが近づいてきてるみたいだけど?このまま降参っていうなら、私も特別に許してあげてもいいけど?」
私が降伏を促すと、女は折れそうなほど杖を握り締め、怒りで真っ赤になった顔をプルプル震わせた。
「誰が・・・降参なんてするか!!私はペリヴ・ドルド・ヴェードラグ!死会の楽獄の主にして、黎明の開手の新たな一員に選ばれる大魔能士!!お前なんかには・・・絶対に負けないッッッ!!!」
死会の楽獄の主、ペリヴはそう宣言した後、持っていた杖を私に向けてきた。
「お前には、家族を失ったあの日の中で・・・存分に苦しんでもらうよ!!天級第五位・絶望景の追憶ッッッ!!!」
杖の先から黒い球体が出現し、私は・・・その中に飲み込まれた。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
遠くから誰かの悲鳴が聞こえる。
それに、周りがなんだか熱い・・・。
「え?何で・・・?」
近くにあった鏡で自分のことを見てみると、私は・・・子どもの姿に戻っており、顔は返り血に染まっていた。
まさか、私・・・あの日・・・。
家族を失ったあの夜にいるんだ!!
私は家の玄関で座り込んでおり、向こうの部屋ではお父さんとお母さんが血を流して事切れていた。
「お願い・・・!!せめて・・・妹だけは・・・!!」
ハッと傍を見ると、刺し傷を負ったお姉ちゃんが私を殺そうとする兵士に必死にすがっていた。
「コイツ!家畜のクセに妹を庇って・・・!!しつこいんだよ!!」
「だったらもうみんなで刺し殺しちまおうぜ!!」
「賛成!俺右胸な!?」
「なら俺はみぞおち!!」
兵士達は、仲間にすがりつくお姉ちゃんを引っぺがし、仰向けにさせると寄ってたかって刺しまくった。
「あっ・・・!ああっ・・・!!ゴボッ・・・!!」
「見ろよコイツ!!まるでビックリ人形みてぇに刺す度に血を吐きまくってるぜ!!」
「なんか俺、楽しくなってきた!!オラァ!オラァ!もっと血を吐いてみせやがれ!!」
人間の兵士達に刺し続けられたお姉ちゃんは、「ヒュー・・・ヒュー・・・」とか細い息を吐くだけになり、とうとう抵抗する力を失って腕をパタンと倒した。
私はそれを・・・ただ黙って見てるしか、なかった・・・。
「おっ、お姉・・・ちゃん・・・?」
「やっと静かになったぜ。これでようやく、残った最後の一匹を殺せるぜ。」
お姉ちゃんを刺した兵士の一人が、剣を抜いて私に迫ってきた。
”もうダメだ・・・。”
そう思った瞬間、家に誰かが飛び込んできて、家に押し入った兵士達を剣で皆殺しにした。
その吸血鬼は、プラチナブロンドの髪色をした、とても綺麗な人だった。
「助けに来たわ!!もう安心して!」
その人は私を抱きしめると、恐怖で固まる私を、懸命に励まし続けた。
「おっ、お姉ちゃん・・・!!」
私は、私を助けた人を・・・ミラお姉様を振りほどくと、横たわるお姉ちゃんの傍まで走った。
それは、あの日の私が取らなかった行動だった。
あの時、お姉ちゃんは微笑みながら私に向かって何かを言っていた気がする。
だけど私は、それを聞き取ることができなかった。
だから私は・・・それを確かめたかった。
「りっ、リリー・・ナ・・・。」
「何!?お姉ちゃん!!」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「いつまでも・・・大好きだよ・・・。」
微笑みながらそう言うと、お姉ちゃんは静かに息を引き取った。
やっぱりそうだ・・・。
お姉ちゃんは、私を最期まで、想っていたんだ・・・。
私を守ることができて、本当に、嬉しかったんだ・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「私も、ずっと、大好きだよ・・・お姉ちゃん・・・。」
安らかな顔をして眠るお姉ちゃんの頭に自分の頭をくっつけながら、私は優しく、そう告げるのだった。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
パリンッッッ!!!
「なっ!?」
球体の天井が割れて、私は勢いよく外に飛び出した。
「なっ、何でお前・・・外に、出ることが・・・でき・・・」
「あんなんで私の心がへし折れると思った!?私はそんなにヤワな心なんか持ってないわ!!お姉ちゃんとの絆を・・・救血の乙女・ミラの親愛なる妹分の力を・・・舐めるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
地面に向かう重力に任せて、私は、驚愕するペリヴの脳天を、杖で思いっきり殴った。
白目を剥いて倒れるペリヴを、私は何も言わず、けれどとてもスカッとした気持ちで見下した。




