128―優しき勝者
“勝者は悦に浸り、敗者は苦汁を舐めさせられる。”
勝負事において、それは至極自然なことだとばかり思っていた。
幼き時分より、丈夫さと腕っぷしに自信があった我輩は、己の武がどれほどのものなのか確かめずにはいられず、各地を放浪する旅に出た。
様々な者と拳で渡り合った。
人間、森精人に岩削人・・・そして幻想大厄災を運よく生き残った魔獣や痩鬼種といった種族とも。
数多くの勝負を重ねながら、我輩は勝利をもぎ取っていった。
幼少の頃より、先の考えを捨てることができず、敗北が怖かったからだ。
やがて勝ち進める内に、我輩は慢心するようになった。
“我輩は強い。誰も勝てやしない。”
吸血鬼と人間との間に戦争が勃発しても、我輩は軍に加わろうとはせず、勝利のための放浪に突き進んだ。
一族が危機に陥っているのに、我輩はただ、己の勝利にこだわるばかりだった。
何故なら、その日々に幸福を見出していたからだ。
今にして思えば、あの頃の我輩は、とても愚かだった。
一族存亡よりも、己の悦にふけてばかりだったのだから・・・。
そのような日々の中で出会ったのだ。
我輩の愚かしい慢心を打ち砕いてくれた、あの方に・・・。
◇◇◇
「あなたが軍に入らず、各地を転々として様々な種族と戦っている吸血鬼・・・ですか・・・?」
あの日我輩は、己の拳を鍛えるために、森の樹々を殴り折っていた。
我輩の手で樹々が倒され、すっかり見晴らしが良くなったところに、その方は現れた。
後に仲間となる、アウレルとリリーナを連れて・・・。
「ミラお姉様!やっぱり帰りましょうよ~!!」
リリーナが口にした名で、我輩はピンときた。
「ミラ・・・。なるほど。貴様が吸血鬼の間で救世主としてもてはやされている女か?」
「そんな大層なモノじゃありませんよ。私はただ、大切な仲間を一人でも多く救うために頑張っているだけです。」
強大な力を持ち、絶大な支持を得ているのに関わらず、謙遜するその態度に、我輩は少しばかりの怒りを覚えた。
「それで・・・かの救世主様が我輩に何用だ?まさか、仲間にでも引き入れにしたのではあるまいな?」
「ええ、そうよ。」
皮肉で言った問いかけに、何の迷いもなくそう言ったことに、我輩は驚きを隠せなかった。
「なっ、何故だ!?」
「何故って・・・決まっているじゃないですか。仲間を救うには、悔しいけど私一人では力不足なの。味方は一人でも多い方が心強い・・・。だから私は、あなたの力を借りて一緒に戦いたい。それ以外に、理由なんか要りますか?」
真っ直ぐな目をして、そう告げる同族の少女に、我輩は困惑した。
どうやら彼女は、本気で我輩を頼りにしてくれている。
しかしながら我輩は、「これはいい機会だ。」と思った。
「分かった。貴様とともに戦おう。」
「ほっ、本当ですか!?」
申し出を了承したことにミラは大層喜んだ。
「しかし・・・条件がある。」
「条件?」
「我輩と一対一で戦い、貴様が勝利すれば、仲間に加わろう。」
我輩の提示した条件に、お付きのリリーナとアウレルは憤った。
「あっ、アンタ・・・!!いつまでも図に乗っていると、タダじゃすまないわよ!?」
「リリーナの言う通りだ。あんまり僕達を怒らせないでくれるかなぁ?」
「いいわ。それで。」
条件を受け入れたことに、リリーナとアウレルの怒りは一気に引っ込み、愕然とした。
「みっ、ミラお姉様!!ばっ、馬鹿なこと言うのは止めて下さい!!」
「そうですよ!こんな血気盛んで、戦うことしか能のない者なんか放っておきましょう!!」
「私が勝てば、この人は仲間になってくれる。ならそうするしかないわ。」
「でっ、ですが・・・!これはあまりにも・・・!!」
「ミラお姉様にもしものことがあったら・・・私・・・!!!」
悔しさをにじませる従者達を、ミラは優しく抱きしめた。
「リリー、アウレル。心配してくれてありがとう。でも大丈夫。私は負けたりなんかしないわ。」
ミラに優しく諭されて、2人もようやく彼女の意見に同意した。
「従者の説得は済ませたか?救世主殿?」
「ええ。ではまず、そちらからどうぞ?」
先手を譲られた途端、我輩は興奮で堪らなくなった。
吸血鬼から救世主と崇められる者に、我輩の武芸を試すことができる。
我輩は爪で手の平を引き裂き、傷口から滴る血で鎚を顕現させた。
そして腕に渾身の力を込め、大きく振り上げた。
「救血の乙女ミラ!!貴様の力量、このローランドが見極めさせてもらおうぞッッッ!!!」
我輩はミラの頭に、鎚を叩き込んだ。
だがその一撃は・・・止められた。
ミラの・・・指一本によって・・・。
「なっ・・・!?」
人差し指だけで、我が渾身の一撃が止められたことに、我輩は愕然とした。
「では今度は・・・私の番です。」
そう言ってミラは、我輩の胸にそっと手を当てた。
その瞬間に襲ったのは、全身の骨が砕けたと思うほどの凄まじい激痛。
今まで味わったことのない痛みに、我輩はその場にうずくまり、立つことができなかった。
「ぐっ・・・!!ゴホォ・・・。」
「どうやら、私の勝ちみたいですね。」
ミラが勝利を見届けて、従者の2人が彼女の許に駆け付けた。
「ミラ(お姉)様ッッッ!!!」」
「2人とも、心配かけてごめんさない。見ての通り、私は大丈夫だから。」
「すごいですね!!あんな屈強な大男を、触れただけで倒してみせるなんて・・・。それでこそ、私の愛しのミラお姉様です!!!♡♡♡」
「僕は少しヒヤッとしました。だけど、何事もなくて良かったです。」
2人とも口々に、ミラの無事を喜んだが、ミラは2人に「少し2人だけで話したいから先に行って。」と伝えた。
うずくまる我輩の許に、ミラはゆっくり歩み寄って来た。
我輩は痛みで・・・だけどそれ以上に悔しさで顔を上げられなかった。
我輩の、今まで培ってきた武芸は・・・ミラにまるで歯が立たなかった。
我輩が戦いに明け暮れたあの日々は、全くの無駄だったのか?
これが・・・敗者が味わう苦汁か・・・?
ミラは今から、勝利の悦びに満ちた顔で、我輩を見下ろしてくる。
そんなの・・・耐えられない・・・!!
「あなた。」
ミラの足が、我輩のすぐそばまで迫ってきた。
ああ・・・これで、己が無力だったと思い知らされる。
もうどうでもよい・・・。
好きなだけ嘲るがいい・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「思っていたよりよっぽど強いのね。」
「え・・・?」
全く予想だにしない一言を言われ、驚いていると、ミラはしゃがみ込み、先程我輩の一撃を受け止めた人差し指を見せてきた。
「ほら。物理攻撃が無効のはずなのに、私の爪にヒビが入っているでしょ?」
見るとミラの人差し指の爪に一筋の亀裂が走っていた。
「痛みを堪えるのに必死だったわ。リリーにこれがバレると、あなたにすごく怒っちゃうから。」
あのミラが、痛みを必死に堪えていた?
「私にこの傷を付けたくらいだから、相当な鍛錬を重ねてきたのね。あなたの血の滲む日々の重さ・・・身を以って思い知ったわ。あなたの強さは・・・本物よ。」
我輩の渾身の一撃は、確かにミラに痛手を与えていた。
我輩の鍛練は・・・決して無駄ではなかった。
「立てなくさせて本当にごめんなさい!!でも、改めてお願いします。どうか・・・私達と一緒に戦って下さいッッッ!!!」
しゃがみ込んだミラは、土下座のような姿勢で我輩に謝罪し、再び我輩に仲間になるよう頼み込んできた。
敗北したにも関わらず称賛され、あまつさえ詫びまで入れられたことは生まれて初めてだった。
この時、我輩の長年の慢心と価値観は崩れ去り、その代わりに芽生えたものがある。
それは・・・今目の前の吸血鬼の少女に対する、絶対たる信頼と忠義の心である。
「分かった。いや・・・分かり申した!!我輩が磨き上げた武術の腕、全てをあなた様のためにお使いしましょうぞッッッ!!!」
「フフッ。そこまでかしこまらなくても大丈夫よ。そういえば、まだあなたの名前、聞いてなかったわね。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「ローランドです!!どうかお見知りおきを!ミラ様ッッッ!!!」
ミラ様は今一度くすっと笑うと、動けなくなった我輩を治癒魔能で治し、我輩の手を取って、立たせてくれた。
◇◇◇
森の中でミラ様と鍔迫り合いを重ねながら、我輩はミラ様と初めて会った日に想いを馳せらせた。
ミラ様・・・。
あなた様と出会ったあの日のことは、我輩の生涯で最も幸せな瞬間でした。
そして今、我輩はこうして、あなた様と五分の戦いを繰り広げている。
いつか・・・今度は存分に手合わせしたいと願っていたことが、今日こうして叶った。
ああ、ミラ様・・・。
我輩はこうして、あなた様に遅れを取ることがないほど、強くなりましたぞッッッ!!!




