102―亡き想い人からの忠告
朝を迎えた宿屋のレストラン。
あたしの周りには他の宿泊客が座っていて、みんなそれぞれ、一緒に来ている人と朝食を食べている。
ある席では年配の夫婦が同じサラダセットを食べていて、またある席では商人パーティと思われる4人の男性達が、仕事前にスタミナを摂るために揃って骨付きステーキを頬張っていた。
そんな彼等を余所に、あたしは一人で、簡単なモーニングを食べていた。
トーストに乗ったバターは程よく溶けかけていて、サクッとかじる度にパンとバターの味が口いっぱいに広がった。
セットドリンクのコーヒーには砂糖が少し入っていて、苦みに混じって甘い風味がして、眠気覚ましにはちょうど良かった。
自分にとって、このひと時はまさに『最高の朝の時間』と呼べるものだった。
だけど優雅なひと時を過ごす内に、あることに気付いた。
どうしてあたし一人だけなんだ?
あたしは本来、みんなと一緒に旅をしていたはずなのに、なんでたった一人っきりで朝ごはんを食べてるんだ?
この状況を不可解に思ってると、あたしのテーブルに誰かが近づいてくるのを感じた。
「よろしければ相席よろしいですか?」
あたしが顔を上げて、その声の主の人物の顔を見た瞬間、驚いて声を出すことが出来なかった。
と同時に、今自分が置かれているこの状況を理解するに至ったのだった。
「かっ、カリアード、君・・・。」
「お久しぶりです。ミラ様。」
カリアード君はあたしの返事を待たずして、あたしの向かい側に座った。
「これは夢、なのね・・・。」
「ええ。ですがこの俺はミラ様の作り出した幻影などではなく、正真正銘本物の、カリアードです。」
「本物?てっきりあたしは、カリアード君の魂は王都にあるもんだと思ってたけど・・・。だから出発の時に、“行ってきます”って挨拶したのに。」
「俺の魂は今もミラ様の中にありますよ。約束したじゃありませんか?“どこまでもともにいる”と。」
あの夜、あたしがカリアード君の血を吸った時、彼の魂・・・心は、確かにあたしの中に移った。
それを確信できて、とても嬉しかったとともに、とてつもない罪悪感が一気に襲ってきた。
だってあたしが・・・彼を・・・殺したんだから・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「それで・・・どうしてあたしの夢に出てきたの?」
俯きながら小さな声で質問すると、カリアード君の穏やかな表情が一気に険しくなった。
「いいですかミラ様?あなた方に危機が迫っております。」
「危機?危機ってどんな?」
「今夜のディーブスにおける痩鬼種の襲撃事件、ミラ様のご推察通り、奴らは何かを探しに、この街にやってきたのです。」
「ご推察って、どうしてそんなことが分かんのさ?まさかカリアード君・・・!あたしの頭ん中覗いたぁ!?」
「・・・・・・・。申し訳ございません・・・。自分でも気付かぬ内に、勝手に流れ込んできて、しまいまして・・・。」
マジかぁ~・・・!!
こんなんじゃプライバシーもへったくれもないじゃんかよぉ~!!
まぁでも・・・本人にもどうにもなんないんじゃ仕方ない・・・。
とにかく今は、カリアード君の話を聞こうとするか。
「おっ、オホン!そっ、それで、カリアード君は、連中が何探してたんか何か検討ついてんの?」
「おそらくですが・・・ミラ様が今懐に入れている物が目当てかと思います。」
カリアード君に言われて、あたしは懐から小箱を出して、中身を手に持った。
「魂喰い華の、耳飾り・・・。」
「はい。それが奴らが、手に入れたかったもの・・・。」
「前にコレを見た痩鬼種が、また手に入れるために必死になって探してたってこと?」
「いえ。その可能性は低いと思われます。」
「何でさ?」
「俺もその耳飾りの伝承については聞き及んでおります。ですが、今夜の痩鬼種の反応は魅入られてるとは違った・・・何か別物の様相を見せていました。言うなれば・・・頼まれた物をやっと見つけた表情・・・とでもいうのでしょうか?」
「どういうこと?」
「これも俺の憶測なのですが連中・・・誰かに命じられてそれを探していたのではないでしょうか?」
「誰かって?」
「分かりません。ですがどうしても不安なのです。その耳飾りを巡って、何か、恐ろしい出来事が起こりつつあって、今夜の痩鬼種の襲撃はその一端なのではないかと・・・。」
「恐ろしい、出来事・・・。」
「ともかくこの先行かれる時は、努々どうか、お気をつけ下さい。お仲間の皆様にも、“警戒を怠るな”と。」
「・・・・・・・。よく心配してくれるよね。あたしがカリアード君のこと、殺したクセに・・・。」
「自分の恋人を心配することがそんなにおかしいことなんですかッッッ!!!」
テーブルを思いっきり叩いて、カリアード君は顔を真っ赤にしてあたしに詰め寄ってきた。
「あたしの頭ン中だけど、一瞬みんなこっち見てきたじゃんか・・・。」
「あっ・・・。すっ、すいません・・・。」
カリアード君は落ち着きを取り戻して、まるで引っ込むようにイスに座った。
「とっ、とにかく・・・!お伝えすることはお伝えしましたから、俺はこれで失礼します!!」
カリアード君はイスから立ち上がって、霧がかかってるように先が見えないレストランの出口まで歩いて行った。
「カリアード君!」
「はい?」
「・・・・・・・。ありがとね。あたしのこと、彼女って認めてくれて・・・。」
「いっ、いえ・・・。そんな・・・。」
カリアード君は、今度はまた違った意味で顔を真っ赤にして、俯いた。
「ねぇ、今度はまたいつ会えるかな?」
「分かりません。すいません。会いたい時に会うことができなくて・・・。」
「いいよ、別に。デートのセッティングは、そっちに任せるわ!!」
「・・・・・・・。はい!!」
その瞬間、出口を隠していた霧が、レストラン全体に広がっていき、周りは一気にホワイトアウトした。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「ん・・・。」
目を覚ますと、馬小屋の窓から朝日が差し込んでいて、寝ているあたしの周りには昨夜手懐けた4頭の禍犬種達がくっついてスヤスヤ寝ていた。
「さて・・・どうしたものか・・・。」
あたしは懐から耳飾りを取り出すと、それを眺めながらパーティのリーダーとして今後どのような方針で旅を進めるか悩んだ。




