1―始まり
『吸血鬼』
血色のない肌、ルビーのように紅い瞳、上顎に鋭い牙を持ったモンスター。
彼等は日が沈むと、棲み処である墓や洞窟から這い出て人の生き血を求めて街を彷徨い、獲物を捕らえるとその首筋に噛み付き、恍惚に満ちた表情で全身の血液を全て吸い出してしまう。
そして彼等に血を吸い尽くされた者は、死した後で彼等と同類に変わり果て、同じように新たな犠牲者を得るために、暗黒の世界へと繰り出すのだ。
今やファンタジー世界においては知らぬ者はいないであろう、最もポピュラーで、最も恐れられ、そして最も愛されている、人の形をした、鬼。
彼等は多くの物語で、夜な夜な食糧を啜り、人間に仇なす化け物、天敵として描写されてきた。
しかし、これから語られる『物語』の中の世界では、吸血鬼は人間の天敵ではなく、むしろ人間が吸血鬼の天敵として猛威を振るった。
その世界でも、吸血鬼は人間をはじめとする多くの生き物の血を吸い尽くす存在だった。
唯一異なる点で言えば、彼等は他の生物と同じように番いが交わって生まれ、他の生物を吸血鬼にする力を持ち合わせていなかったことくらいだ。
ところが、それ故に、吸血鬼の血液には膨大な魔力エネルギーが込められていることが人間の国家によって判明した。
結果、吸血鬼の血液が『万病を打ち消す妙薬』、『不老不死をもたらす奇跡の水』として富裕層から重宝されはじめ、数え切れないほどの吸血鬼が殺され、血を抜き取られ、彼等は瞬く間に絶滅の危機に瀕してしまった。
吸血鬼のレジスタンスを束ねる者たちの誰もが思った。
「我らには、もう生きる未来がない。」と。
彼等の命運は、風前の灯火だった。
だがその時、『奇跡』が起こった。
吸血鬼たちの許に、救世主が現れたのだ。
彼女は人間の騎士を圧倒する剣技、魔術師を蹂躙する魔力を以って暗黒の時代に喘ぐ一族を解放するための戦いに身を投じた。
プラチナブロンドの髪をなびかせながら、人間の軍を悉く蹂躙するその様は、共に戦う仲間にとって夜空に輝く月よりも美しく見えただろう。
吸血鬼の誰もが、彼女が自分たちを救ってくれると信じただろう。
しかし、無念にもそうはならなかった。
それは彼女の性分によるものだった。
誰よりも強かった彼女は、それと同じくらい誰よりも慈悲深かったのだ。
そのせいで、共に戦う仲間が目の前で殺される光景に次第に耐えられなくなってしまったのだ。
いつしか彼女は軍を率いずに、たった一人で戦場へ赴いた。
単騎になったとはいえ、彼女は吸血鬼最強の戦士。
その尋常ならざる力は伊達ではなく、彼女はたった一人で戦場を屠った敵の鮮血で染め上げた。
だが、彼女の僅かな隙を突いて、人間軍の戦力の要であった凄腕の騎士と魔術師たちが総力を以って彼女を討伐しにかかった。
彼女は奮闘虚しく、敗北した。
敵を率いていた騎士は、虫の息となった彼女に告げた。
「仲間に慈悲をかけ一人で挑んだのが、貴様の敗因だ。」と。
彼女ひどく後悔した。
自分がもっと仲間を頼っていれば・・・
戦場で彼等を守りながら、力を合わせて共に勝利を手に入れようとしていれば・・・
自分が一人で全てを背負い込もうとした結果、自分は無惨にもここで死に、一族を守ることが叶わなくなる。
悔しい、悔しい、悔しい!!
嫌だ、嫌だ、嫌だ!!
彼女はここで死ぬ恐怖と一族を解放することが叶わなくなることへの拒絶を胸に抱きながら自らの意識をゆっくり手放していった。
そして彼女は死した後に、果たせられない運命を託すこととなる。
異界の地で、彼女と同じように無念を持ったまま死んでいった、一人の少女に。
◇◇◇
あれ、ここは・・・
ああ、そっか・・・
死んだんだ、あたし。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
まさかあんなトコで死ぬなんて!!
ああ、もうッ!
あたし、まだまだやりたいコト、いっぱいあったんだけどなぁ・・・
やっぱここって、いわゆる向こう側の世界ってヤツ、なのかも・・・
暗くて、なんかめっちゃ霧立ち込めてるし。
でも妙に周りの景色がハッキリ見えるな。
ん?
あっちの方から誰か歩いてくる・・・
ちょうど良かった。
今すんごく未練タラタラでムシャクシャしてるからグチ聞いてもらお。
もしかしたら、あの世で最初にお友達になってくれるかもしれないし!
あれ?
チョット、マッテ・・・
あれって、あたし!?
でもなんか、変。
髪白髪だし、目赤いし、口からちょろって出てんのって、きっ、牙!?
え、ウソ!!
あれってもしかして、アニメとかでよく見る、きゅ、吸血鬼!?
やめて!!
あたしの血なんか美味しくないよ!!
ああでも、ファミレス巡ってパフェいっぱい食べてるからちょっと甘いかも・・・
いやいや何関心してんのあたし!?
お願いだから襲わないで!!
もうとっくに死んでるから多分ノーダメだろうけど、それでも痛いのヤだからやめてぇぇぇぇぇぇ!!
「ああ。やっと、見つけました。」
え・・・?
「あなたがそうなのですね。」
なっ、何が・・・?
「お願いします!死せる私に代わって滅びゆく一族をどうかお救い下さい!!」
なっ、何言ってんの?
このドッペルゲンガー吸血鬼・・・