1.5話 菱花湛露の釦
これは、私がまだソフィーと出会う前の話。そして、忘れられない出会いの話。
〜1日目〜
その時私は一人称が僕だった。つまりまだ女の子の身体には慣れていなかったのだ。プラスで異世界に飛ばされたばかりで分からないことだらけ、この状況をどうにかしたいと思ったものの相談出来る相手もいないしゲーム機はあるくせにスマホが無い世界なもんでネットに頼ることも出来なかった(一応ゲーム機からアクセスできるブラウザを使おうとしてみたが無理だった)。私は、こんなときどうすればいいのだろうとスマホしか頼りがない現代人の無力さに絶望した。
そのあとよくよく考えたら図書館という手があったことに気づきリサに聞いたところ、城の近くに大きい図書館があることが分かったのでそこに行ってみることにした。
着いた、デカい! 東京ドーム何個分だ?
図書館というより美術館のようなその建物は、思っていた以上に大きかった。誇大妄想なのかも知れないけど、そこには全てがあるように思えた。
私は、本当に全てがあるのではないかとワクワクしながら中に入っていった。
入った、広い! 横に本がずらーっと並び、4階層になっていて迷ってしまいそうだった。私は検索機(検索機はあるんだ)を使って、いい具合に私が求めてる条件が当てはまっている『初めての異世界転生 〜この世界について〜』という本を見つけたのでそれがある場所まで移動することにした。
迷った。まさかこんなにすぐに迷うとは。ここどの位置なんだ? 同じような景色が続くからどこがどこだか分かんねー。さてはアイツ、迷わせるためにここを勧めたんじゃ……なんて思ったりした。
何はともあれとりあえず進もう、右行って左行って前進んで左曲がって後ろ下がって左進んで前進して……ここには本、そこにも本、本本本、どこなんだここ。と、そんな感じで私はバカみたいに迷っていた。そしてある時、寄りかかろうとした壁がすり抜けた。私はホントにびっくりした、マリオ64かよって。すり抜けた先に何があったかって言ったら、そこにはなんとまっくらな道があった。あの検索機で調べた場所はもっと普通なところだったので、そこを通る必要は全くと言っていいほど無かった。だがしかし好奇心というのは恐ろしいもので、そのまま私は進んでいってしまった。
進んだ先は本棚がある円形の部屋があった。でも何故か真ん中には噴水があって、床は全て布団で被われていた。流石に私でも公共物の布団に土足で踏み込むことはないので、ぽかーんとしながら立っていた。すると何かが布団の上をコロコロと転がってきた。
「あなた誰ぇ?」
コロコロと転がってきたそいつは、眠そうな声で話しかけてきた。コロコロ転がってきたこの子はゴロゴロしてたらしい。
「僕の名前はルリア=シエスターです」
「ルリアちゃんはこんなところに何しに来たのぉ?」
「迷ってたらこんなとこについちゃいました」
「そっかぁ〜。この図書館広いもんねぇ」
「それであなたは一体何者なんですか?」
彼女は紫色の髪を掻きながら「うーん」と唸ってからこう言った。
「何者ってゆーかぁ、多分ルリアちゃんが聞きたいのは、ぼくがここで何しているのか、だよねぇ。わかるよぉ。ぼくはねここに住んでるんだよぉ」
「え、住んでるって……ちゃんと許可とかとってるんですか!」
「許可ってゆーかぁ、ぼくがこの図書館を作ったから、ぼくはこの図書館をどうとでもできる権利を持ってるんだよねぇ」
「作った!? この大きさの図書館を!?」
「いやいや、建設したのは僕じゃないけど、この図書館の所有権とかそういうのは全部ぼくがもってるんだよぉ」
なんか思っていた以上にすごい人だった。
「この部屋はねぇ、この図書館の核みたいな感じの所なんだよぉ」
「核、ですか?」
なんか長い話しそーだなとか思ったけど、私はその話を聞くことにした。
「そう、核。この部屋はぁ、普通の本が置かれてるわけじゃないんだぁ。しかも本じゃない」
「本じゃないってどういうことですか?」
「本なんだけど文字じゃなくてデータが入ってるんだよぉ。この世界で起こったこと全ての」
「全てって、それじゃあなんで僕のことは知らなかったんですか」
「データは記録されてるんだろうけど、ぼくは記録してる部屋を管理してるだけでぇ、別にぃ、内容全部知ってるーって訳じゃないんだよぉ。あと僕っ子は結構痛いから辞めといたほうがいいぜぇ」
「それはあなたもですよね」
「ありゃバレてたかぁ」
「バレるとかバレないとかそういう問題なんですか……」
このとき、私は結構グサッと来てたのでそのあとすぐに僕って言わなくなったんだけどね。
「それじゃあせっかくだし見てみようかなぁ、ルリアちゃんについて」
「えっちょっやめてくださいプライバシーは僕にもありますよ!!」
「なんてのはじょーだん♪」
言っていい冗談と悪い冗談があるだろって。
「それで話は戻すけど、実はぼく、この部屋に閉じ込められてるんだよねぇ」
「マジですか」
「大マジよぉ。閉じ込められてるってゆーか出られないって感じだけど」
「なんでそんなことに?」
「ぼくはねぇ、昔かなりすごいことをしてたんだけど、いろいろあって全部めんどくさくなっちゃったんだよね。めんどくさくなって仕事とか全部放棄しちゃったときに『ここで一生過ごしとけニート!』って投げ込まれちゃったんだよぉ」
「そ、それは大変でしたね……」
反応に困った。
「うーん。今日はもう疲れたから明日また話さない?」
勝手な人だなーって思ったけど、思い返してみれば私も結構勝手ですねー。
「あの、その前に聞きたいことがあるんですけど」
「ん〜? なぁにぃ?」
「僕、『初めての異世界転生 〜この世界について〜』って本を探してるんですけどどこにあるか知ってますか?」
彼女は普段はジト目な赤紫色の目を見開かせながら私の事を見ていた。──今思えばこの時から彼女は私に興味を持ち始めたのかもしれない。てか持ち始めてた。
「う〜〜ん。今のぼくには分からないなぁ。明日のぼくに聞いといてぇ〜」
「明日でも今日でも同じですよね!?」
「同じじゃないよぉ。じゃあ、おやすみぃ〜」
彼女は完全に寝てしまっていたので、私は諦めて帰ることにした。
* * *
〜2日目〜
私は次の日も図書館へ向かった。その日は目的の本以外でも何か参考に出来るものがあるんじゃないかと思い、適当に歩き回っていた。
『ピュエラ王国の歴史と文化』『すぐ分かる! 初心者でもカンタンビギナー魔導書 回復・補助編』『少女の為の月経対策』などなど色々読んでたら夕方になっていた。流石に私も嘘だろって思ったけど本当に現実らしく、急いであの部屋に向かった。が、私が行った頃にはあの子はぐっすり眠ってしまっていたのですぐ家に帰ることになった。
──そういえば今日だけでも4分の1ぐらいは何がどこにあるのか確認したってのに私が求めてる本は無かったな……いやまぁ、25%なんてまだまだ全然だしな、残りの75%にあるんだろ。
〜3日目〜
「も〜、なんで昨日は来てくれなかったのぉ?」
「ちょっと色々調べてたんですよ」
「まぁ生理が来たときどうすればいいか分かんなかったら困るもんねぇ」
「し、知ってるんじゃないですか!!」
「データ見れるからねぇ、プライバシーとかそういうのはないんだよぉ」
そのとき思いっきり殴ってやろうかと思ったのは言うまでもない。もっとも、私は物理攻撃がょゎょゎだからあんまり意味ないだろうけど。
「それでぇ、昨日のぼくには会えなかったけどどうするぅ?」
「茶化さないで私に本の場所を教えてください」
「そうだなぁ。どうしよっかなぁ。すぐに教えちゃってもおもしろくないよねぇ」
「ここまで引っ張ったんだから早く教えてくださいよー」
「たしかにねぇ、じゃあ教えてあげようかなぁ」
彼女はゆっくり歩いてから噴水の縁に座った。
「その前にぃ、ぼくのことを知ってほしいかなぁ。ぼくの名前は『ボタン=ナトリ』、好きな食べ物はうどんで身長は164cmで誕生日は4月27日!」
「昨日じゃないですか!!!」
「だから言ったじゃん〜、同じじゃないってぇ」
「普通に誕生日だって言ってくれればすぐにここに来たのに」
「昨日今日で知り合った人の誕生日なのにぃ?」
「昨日今日でも知り合いは知り合いです。私は知り合いの誕生日を忘れてお祝い出来なかったことが何回かあったので少し敏感になってるってのもあると思いますけど……」
「うーん。それは覚えといた方が良かったんじゃないかなぁ。あと一人称僕じゃなくて私にしたんだねぇ」
そこは本筋と関係ないだろって思ったけど、やっぱり否定は出来なかった。
「というかナトリってめっちゃ和風な名前ですね」
「ナトリウムを知らないのぉ? って言いたいところだけど、『和風』はこの世界だとあまり一般的に使われてないから気をつけてねぇ」
「え、この世界?」
「うん。きみがいた世界とこの世界だと全然違うでしょ?」
そのとき、私は一瞬フリーズした。
「あんな名前の本要求して来たのはるり、きみだけだよぉ」
「る、るり?」
「ルリアだと長いからるり」
一文字しか変わってねぇじゃんとは考えたけど、そんなこと言ってる余裕は無かった。
「……それであの本はねぇ、ぼくが作ったんだ。いつからか他の世界からこっちに意識だけ連れてこられた子がいるってことに気づいてね。ぼくならこの子たちのサポートが出来るだろうなぁって思ってたんだけどこっちに来た子たちみーんなこの世界に色んな文化を伝えたりするだけで冒険に出ることは疎か、わざわざ図書館に寄ろうとすらしなかったんだ。ぼくは悩みに悩んでいたんだよぉ。でも今、始まろうとしてるんだぁ、この世界をめんどくさいことにしちゃったぼくの罪滅ぼしがねぇ」
「えーーっと、どういうことですか?」
「うーん。世界を救うスタートラインに立ったみたいな感じかなぁ」
「良かったぁ悪いことではないんですね」
「罪滅ぼしって言いながら悪いことするなんて意味の分からないことはしないよ」
かなり重要そうなことを言ってきたから頭が追いつかなかった記憶。
「あとなんで名前が日本人みたいな感じなのかも答えとかなきゃねぇ。ぼくは日本が好きでねぇ、たまに行ってるんだぁ。だからそういう名前にしたんだぁ」
「行ってる??? それで私が日本に帰るとか出来たりします???」
「特殊な魔力が要るからあと170年ぐらいは行けないよぉ。それにぃ、あんまり未練とかそういうのは持っとかない方がいいよぉ。そういうのが仇になることもあるだろうから」
「残念です……」
実際1章終了時点で私は薄情ながら日本への未練を捨ててしまった。捨てきったって訳じゃあないけど、なんかこっちの方が楽しいし、そもそも死んだ身だし幽霊みたいに未練を持つってのも不気味な話だし。
「170年って……何百年生きてるんですか?」
「今回はちょっと魔力が溜まるのが時間かかるけどいい時は20年もあればいけたから思ってるよりは生きてないよぉ」
「そ、そうなんですか?」
「あとねぇ、女性に年齢聞かない方がいいっていうのは常識だよぉ?」
「はい!! すみません!!!」
私は土下座していた。布団が気持ちよかった。
「分かればいいのだよぉ。あと、るりも今は女の子なんだからねぇ?」
「確かにそうでしたね──ってあれ? もしかして私が元々男だったってことも知ってるってことですか?」
「だーいせーかい! さっきぼく、『生理が来たときどうすればいいか分かんなかったら困るもんねぇ』って言ったじゃーん! そこで違和感に気づかなかった時点でがんばりましょうのスタンプだぞぉー!」
がんばりましょうのスタンプて。
「勢いで無かったことになってるっぽいですけど本ってどこにあるんですか?」
「ごまかせてなかったかぁ、仕方ない教えてあげよう」
ボタンは着てるパジャマの胸元から本を出した(パジャマ別に関係ないな)。
「はい」
「はい。じゃないですよどんなとこにしまってるんですか」
「見てのとーりだよぉ」
「そういう質問じゃなくて、なんでそこにしまってたのかって聞きたかったんですよ」
「見つけられないとこに隠したかったんだよぉ」
そのとき私は、残り75%から探し出そうとする前でよかったなと思ったのであった。
そのあとルリアは図書館で借りた本を部屋で読み「もしかしたら、この本借りるんじゃなくて分野ごとに本借りればよかったんじゃないか」ってなったみたいです。
余談ですが、あの図書館の名前は『国営圕ヒストワールド』っていいます。




