2章
施設に着いた、スイを始めとする大勢の捕らえられたストリートチルドレン達は、まず一斉にプールのようなシャワー室に連れていかれた。そして白い防護服の大人達に全身を洗われた。着ていた服は返してもらえなかったが、代わりに新しい服を与えられた。
こざっぱりした身なりになると、次に身長や体重を始め、様々な検査を受けさせられた。聴覚、視覚、嗅覚の検査に加え、血液も採取された。
一通り終わると、スイ達は5人ずつ鉄格子付の部屋に入れられた。まるで囚人だ。スイはネルとライラ、その他の同じ廃墟で暮らしていた子供達の身を案じながら、知らない4人の子供達とともに壁にもたれて座り込んだ。誰も何も会話しようとはしなかった。
しばらくして、部屋の扉が開いた。そこには2人の白衣を着た若い女性が立っていた。
「そこのあなた」
女性の1人がスイに声をかけた。
「私?」
「そうよ。出ていらっしゃい」
スイは黙って立ち上がり、部屋の外に出た。
「私はユリア。こちらはフェイ。あなたの名前は?」
「スイ」
「ではスイ、まずこれを返すわね」
フェイがスイに手渡したのは、施設に着いてシャワー室に連れて行かれた時、服と一緒に没収されてしまった、スイの父のバイオリンケースだった。
「あなたのバイオリン、ケースにK.Asanagiと書いてあったわ。あなたのお知り合い?」
「フェイ、私の父さんを知ってるの?」
「いいえ、でもバイオリンの持ち主はあなたのお父さんなのね。それじゃあなたのお名前は日本風に言うとアサナギ・スイっていうのかしら」
「アサナギ・ケイ…」
スイはバイオリンケースを抱きしめた。
「フェイ、スイ、そろそろ」
ユリアが会話を断ち切った。
「そうね。移動しながらお話ししましょう」
廊下を歩きながら、フェイは再度話し始めた。
「ここはネオ・ムセイオンと言って、様々な研究をしています。ここでの研究はすべて、人類の平和と生き残りのために行っています。過去のあらゆる分野の研究データや資料が集められ、保管されています。そして研究データのうち、有用性のあるものは世界中のコロニーに公表する代わりに、政府からは一切の干渉を受けないことを約束されている場所となっています」
この時のスイにはフェイの話は難しすぎて、よく理解ができなかった。
「スイに今からやってもらいたいのは、ある実験のテストです」
3人はエレベーターにのり、1階から地下47階へ移動した。
「実験というのは、私たちが今行っている、かつて人類が生活していた地上の現状を調査するアバターの操作をしてもらうことなのだけど、なぜかあなたの年代の子供たちしか動かせない代物なのよね。その原因を少しでも知りたくて」
エレベーターを降りると、スイはロッカールームに案内された。
「バイオリンはそこのロッカーにしまっておいていいわよ」
スイは来ていた服から、ウェットスーツのような体にぴったりする服を着させられた。
「今回のテストがうまくいけば、またあなたに何度か実験に参加してもらうことになると思うわ。その時は一人で着てね」
かなり動きづらい格好だったが、スイは別室へ案内された。
「まず、ここに座って」
スイが指定された場所、まるで酸素カプセルのようなケースに腰を掛けると、ユリアはスイにVRカメラのような機械を装着させた。
「実験が成功すれば、あなたはこのカメラからアバターの目を通して外の世界を見ることができるわよ」
スイはカプセルの中に入り仰向けに横になるよう促され、それに従った。
「それでは、2体目の実験を始めます」
ユリアがそう言うと、カプセルの蓋が静かに閉じた。スイはカプセルの中に閉じ込められた。