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1章

とある地下コロニーの中にある、ダウンタウンから更に外れた区画、そこは街の住民達からは「ごみ捨て場」と呼ばれていた。

ぼろぼろの服をまとい、泥だらけの足で駆け回り、汚れた身なりをした少女スイは、このごみ捨て場で生きるストリートチルドレンの一人だった。

ある日スイは、ごみ捨て場のそばのアパートメントの裏で、 少しでも空腹を充たそうと廃棄物置き場を漁ってみたが、残念ながら彼女の胃袋の足しになりそうなものは何も見つからなかった。

こうなったら仕方ない。彼女はアパートメントの裏口からこっそり中へ入り、1つずつドアに耳を寄せ、中から音がしないか確認し、鍵がかかっていなかった部屋へ侵入した。

ここの住人は眠っているらしい。部屋の中は廊下以外は真っ暗で、静まりかえっていた。スイはこっそり台所に侵入し、カウンターの上に置いてある林檎を掴むと、急いで台所の窓から部屋を飛び出した。

人がいる所を避け、盗んだ林檎をかじりながら、彼女が根城としているごみ捨て場に戻ると、そこで目の当たりにしたのは、彼女と同じ様な子供達を捕まえて保護施設へ収容する、白い防護服を着た集団による一斉取り締まりだった。

次々と見知った顔の子供達が何人も、顔も見えない大人達に捕まれ、トラックの中に放り込まれていく。スイは突然の恐怖で思わず叫び出しそうな口を抑え、粗大ゴミの陰に隠れた。早くここから逃げなくちゃ。

「スイ」

呼び掛けられて振り向くと、そこには彼女と同じ、ごみ捨て場で生活しているネルが手招きしていた。

「ネル」

「スイ、ここはもうダメだ。急ごう」

「でも私、持って行かなきゃいけないものがある」

「置いて行きなよ」

「だめ、父さんと母さんを探す手掛かりだから置いて行けない。私は大丈夫。私の部屋まであいつらに見つからずに行って戻ってこれるから」

「わかった。ポート65で待ってるよ」

「うん、ありがとう」

スイはネルと別れると、大人達の目から隠れながら、スイ同様、多くのストリートチルドレン達が隠れ家にしていた廃墟にたどり着いた。既に中にいた子供達はすべて捕まえられてしまった後だったのか、誰もおらず、音は外からしか聞こえて来なかった。

スイが自分の部屋にしていたのは、1階の奥の部屋だった。部屋に入ると、会った事のない男の子が一人、スイが寝床にしていた破れた毛布と段ボールの山の上に座っていた。男の子は、スイが危険を承知でここまで取りに来たもの、黒いバイオリンケースを持っていた。

「ねえ、あんた誰?それ私のなの。返して」

「お姉ちゃん。この中、見たことある?」

「ない。私、急いでるの。早く返して」

男の子はスイの前でバイオリンケースを開けた。

「ちょっと止めてよ!」

スイが男の子を止めようと近づくと、男の子はバイオリンケースから一枚の紙を取り出した。

「お姉ちゃん、僕達はここにいるから、必ず会いに来て。きっとだよ」

見知らぬ男の子は紙をまたバイオリンケースの中に入れると、急に姿が見えなくなってしまった。まるで煙が空気と入り混じって消えて行くように。

突然のことで、一瞬呆気にとられたスイだったが、 ぐずぐずしていられない。バイオリンケースを施錠すると、背中に背負い、住み慣れた部屋を後にした。

ポートとは、街から運ばれてくる廃棄物が積み降ろされる場所の名称である。ポートは全部で158箇所あり、65番目は鉄道によって運びこまれる廃棄場所の一つだった。

スイがポート65に着くと、ちょうどネルが大勢の大人達に腕を掴まれ、収容されようとしていた。

ネルを始め、その場にいた何人かの大人達もスイの存在に気がついた。スイを捕まえようと、2人の大人達が駆け寄ってきた。とっさに逃げるスイ。だかあっという間に捕らえられてしまった。

「捕まえたぞ!」

手錠をはめられ、ネルと一緒にトラックの後ろに乗せられたスイ。ただ項垂れるしかなかった。

「ネル、ごめんなさい…」

「仕方ないよ。一緒に地獄まで行ってあげるわ」

スイは手錠をした両手で、背負ったバイオリンケースのベルトを握りしめた。自分のせいだ。自分がバイオリンを取りに行ったばかりに、他の皆も一緒に捕まってしまった。

うつむいた顔が、エンジン音とともにガクンと揺れた。トラックが動き出したらしい。

「それ、スイのパパがスイに持っててって渡したものなんでしょ」

スイの隣に小さく座っていたライラが言った。

「そうよ」

「もしかしたらスイのパパとママを探してくれるかもしれないよね。無くさなくて良かったね」

「ライラありがとう。ごめんね、皆」

家畜のようにケージに入れられた子供達は、手錠をしていなかったが、ケージの中はぎゅうぎゅうだった。スイのようにケージには入れられず、手錠をした子供達も大勢いたが、ケージとケージの間にスペースを見つけて、何とか腰を下ろすしかなかった。中は埃と垢と汗の臭いで蒸し返していた。

子供達が皆疲労でうつらうつらしかけていた所、トラックは停まった。どうやら目的地に着いたらしい。


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