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徹攻兵「アデル・ヴォルフ」  作者: 888-878こと
9/22

研究記録ファイル200xmmdd-95 小隊長役の死に伴う小隊の全滅

 その日、レーベッカ・シュトライヒは不幸だったが、それに劣らぬ不幸に仲間を巻き込むとは思っていなかった。


 その日は木曜日だった。

 マテーウス・レーマーは、AWー02の慣熟訓練のための訓練計画を研究員と協議しているところだった。

 ウルズラ・ディースブルクは、他の女性顕現者の着甲を補助している最中だった。

 イザーク・マルテンシュタインは非番を取り、自らの誕生日パーティの準備を家族としているところだった。

 ミヒャエル・タイヒミュラーは、休憩がてら研究所の外の売店に小物を買いに向かっていた。

 そしてレーベッカは、自分のデスクがあるオフィスとは少し離れた建物に書類の届け物があり、勤務先の庁舎を出て、交差点で信号を待っているところだった。

 三月に入ったばかりで春を感じるにはまだ早すぎる、しかし抜けるような青空が広がる雲の白い日だった。

 レーベッカはコートの襟を立て、白い息を吐きながら、細長い雲を見上げ、次の着甲訓練日に思いを馳せていた。

 その、雲を見上げる仕草がなければ、不幸とそれに連鎖する不幸の連続を避けられたかも知れない。


 一台の自動車が、交差点を曲がりきれず、加速しながら砲弾のようにレーベッカに直進してくる。

 猛進するエンジン音に違和感を感じたレーベッカが、視線を下げた時既に自動車とは三メートルしか離れていなかった。

 驚いたレーベッカは書類を抱えていた手を挙げる。

 無防備になったレーベッカの腹部に自動車の頭が突っ込むと、そのまま歩道裏の建物の壁に飛び込んでいく。

 後頭部を強打したレーベッカは意識を失う。

 同じく強打した心臓が止まる。

 突然の不幸に襲われたレーベッカは苦しむことなく即死した。

 自動車の運転手も絶命していた。

 原因は運転者の高齢による突発性の脳梗塞によるものだった。

 痙攣した足が突っ張りアクセルを踏み抜いていた。


 マテーウスは協議の最中、突然、腹部を中心に多数の貫通する穴が開き、小さなうなり声と供に絶命した。

 ウルズラは他の女性顕現者の腰の着甲を補助するためにややかがんだ姿勢を取っていた。

 その姿勢のままウルズラは突然、右肘と左膝を中心に多数の貫通する穴が開き、右前腕と左足が服の中でちぎれると、無言のまま女性顕現者の足下に頭を埋める姿勢で絶命した。

 イザークは家族みんなで取り分けるつもりの大皿にのったパスタをダイニングテーブルに運んでいるところだった。

 イザークは突然、パスタののった大皿を床に落とすと、左上から頭半分を欠けるように失いまた、左肩から右腰に向けて多数の貫通する穴が開き、前に倒れて絶命した。

 ミヒャエルは鼻歌を歌いながら袋菓子をいくつか抱え、自分のデスクに向けて廊下を歩いているところだった。

 ミヒャエルは突然、左腹部をほとんど失うような大穴が開き、体をくの字型に大きく傾けながら左側の壁に倒れ込み、小さく吐血すると絶命した。


 マテーウスと一緒に丸形の会議テーブルを囲んでいた臨席者は、マテーウスが机に倒れ込んだのを見て、彼が急な体調不良に見舞われたのかと心配し、マテーウスの名前を何度か呼んだ。

 彼が返事をしないことを心配し、肩を揺すっていいものか戸惑いながら手をさしのべた時、彼のシャツの背中が陥没し、鮮やかな赤に縁取られるのを見てとり、ようやくただ事ではないと気がついた。

 慌てて会議室の電話機を取るとオフィスに連絡し救急車の手配を依頼した。


 ウルズラに着甲を手伝ってもらっていた女性顕現者は、ウルズラが突然足下に顔を埋めたので彼女が発作的に眠り込んでしまったのかと思った。

 ウルズラの名前を何度か呼ぶうちに右腕と左足の部分が鮮やかな赤に彩られていくのをみて、これはただ事ではないと気がついた。

 しかし足下から腰まで着甲中であり、着甲時強化現象が発動しておらず、ウルズラの体調をおもんぱかってかがむのにも一苦労する状態だった。

 「誰か、誰かいませんか?」と大声を張り上げる。

 するとおり悪く室外から男性が大声で「どうしました」と声をかけてくる。

 着甲室とはつまり女性用更衣室でもあり、異性が不用意に入り込んでは警察沙汰になる。

 「急病人です。急いで救急車を呼んでください」そう叫ぶと「わかりました」という大声が響いてくる。

 取りあえず重い足を何とか引きずり後ずさると、ウルズラの頭部が靴に当たる部分の装甲から床へとずれ落ちる。

 それを見て女性顕現者は急いで腰の装甲から外しにかかった。


 イザークの家族は突如襲われた悲劇を理解出来ず、一同、無言になってしまった。

 最初に声を上げたのはイザークの老いた母親で、半ば叫ぶように息子の名前を呼んだ。

 次ぎに動き出したのはイザークの老いた父親で、慌てて震える手で携帯電話を取り出すと、なんとか救急車を呼んだ。

 イザークの妻は盛りつけ中の料理を放り出すと、イザークの元に駆け寄った。

 そして変わり果てた夫の頭部を直視してしまい、こみ上げてくるものを押さえきれずにトイレに向かってしまう。

 母親がイザークに駆け寄る。

 父親は電話で「とにかく救急車を、早く、早く」と伝えるので精一杯だった。


 ミヒャエルの右後ろを歩いていた同僚は、不用意に現代芸術の世界に迷い込んでしまった錯覚を覚えた。

 前を歩くミヒャエルの体が左に大きく折れ曲がるのを直視して、自分の平衡感覚が乱れめまいを起こしているのかと混乱した。

 そしてミヒャエルが頭突きをするように左の壁に頭を付けながら前に倒れ込むのを見て、とっさに「ミヒャエル、平気かい?」とたずねてしまう。

 しばらく次の動きに移りかねて呆然と立ちすくんでしまう。

 何歩か進んでかがみ込み、今一度「ミヒャエル、平気かい?」とたずねたところで、彼のシャツの左側が鮮やかな赤に染まるのを見て大変な事故が起こったことは理解したが、あまりのことに次に自分が何をすべきかを見失い、取りあえず逃げ出したくなった。


 同時期に突如五人もの顕現者を失い、研究員達は狼狽えた。

 遺体は全て、軍管轄の病院で引き取り詳細な調査に取り組んだ。

 まず最初に整理されたのは、五人の関係性だった。

 マテーウス、ウルズラ、イザーク、ミヒャエルの四人は、レーベッカを小隊長とする小隊を構成する要員だった。

 五人の中で、不幸ながらも世間的にあり得る死を迎えたのはレーベッカのみで、他の四人の死に様は根拠が無いように思われた。

 全員、遺体の損壊状況は酷かったが、レーベッカを除く四人は、関係者の証言で、日常生活の中で突然、理由もなく体の一部を失い、また突然意識を失い亡くなったことが分かった。

 レーベッカを除く四人の遺体の損壊部位を調べる中で、研究員の一人が、呟いた。「この傷、銃創に似てますね」

 銃弾が人体を貫通する場合、射入口は小さく丸く、射出口は大きくいびつになる。

 そのように評価すると、大きな損壊を被っているイザークとミヒャエルの遺体は、爆発物による損壊にも評価できた。

 研究員達は各員の訓練記録を振り返った。

 さすがに、部位までは特定できなかったものの、四人とも実弾や実際の手榴弾を使った訓練に従事した記録を確認することができた。

 イザークに関しては、頭部付近にて手榴弾の爆発を被るものの装甲には塗面も含めて損傷を認めず、という記録まで残されていた。

 そうしてみると、イザークの遺体は、左上から頭半分を欠けるように失いまた、左肩から右腰に向けて多数の貫通する穴が開き、もし着甲時強化現象が発動していない状態で手榴弾の直撃を受けていたら、まさにそのような損傷を受けていただろうと思われる損壊の仕方だった。

 なんで。

 というのが、研究員達の偽らざる思いだった。

 小隊の一員であったレーベッカの死をきっかけに、小隊の構成員だった四人について、過去にまでさかのぼり着甲時強化現象による効果が無かったことにされたと考えれば、原因と結果の因果を関係づけられるようにも考えられたが、何を持って何物がそれを記録し、あるいは記憶し、そしていかなる力でそれを再現せしめたのか、そも、はたしてこれだけ時間の開いた、実弾による訓練と、日常の中で突然起きた肉体の損傷を結びつけるのは、論理的にあまりに強引すぎるではないか、とも考えられた。

 これまで、着甲時強化現象は特殊で、なぜ、に答えられないものの素晴らしい効果が発揮されるものと肯定的に評価されてきた。

 しかしこの局面に来て研究員達は手痛い因果律を突きつけられた気がした。

 取り急ぎ冷静さを取り戻して考えた時に、小隊の一構成員の死が契機となり、小隊が全滅するのは軍事的に見た時にあまりに損害が大きすぎると評価された。

 これでは、戦線を維持することはできない。

 徹攻兵は、もし本当の戦線に投入されたとしたら、単純な戦闘力においては、わずか五人の一個小隊で、歩兵百人を超えることもある一個中隊と存分に渡り合えるとも期待されてきた。

 その攻撃力、戦線維持力が突然すべて失われる恐れがあるとすれば、歩兵小隊と対峙させるのもためらわれると思われた。

 研究員達は恐慌におちいる気持ちを抑えて、過去の記録を当たった。

 まず、今回の被害者達はいずれも、小隊の意思疎通に欠かせないペンダントを着用していない状態で事故に遭った。

 これにより、クリスタルを用いた意思疎通と小隊全滅事故には関係性が無いと整理された。

 つぎに、各員の組成記録を整理した。

 五人とも繰り返される研究の中で何度か小隊の組み替えを経験しており、今回の五人と一度でも小隊を組んだことのある顕現者は、二十人を超えることが分かった。

 ただ、最後の訓練でレーベッカを小隊長とする小隊を組成していた。

 これにより、直近の小隊組成が事故の影響範囲と推定された。

 また、二年前の記録として、小隊長ではなく、小隊の構成員だった顕現者が、趣味の登山にいそしむ中で、不幸な滑落事故に遭い死亡している例が確認された。

 この顕現者の死亡時にさかのぼって、当時の小隊の構成員を調べたが、現在に至るまで健康に顕現者として研究訓練に従事していることが明らかになった。

 これにより事例は少ないものの、小隊全滅事故には、小隊の構成員の死は影響が無く、小隊長の死が契機になると推定された。


 AWー02には損傷を与えられない一二・七ミリ機関銃弾も、AWー01の装甲は砕く。

 ましてや砲兵による迫撃砲弾や戦車の主砲弾に対しては、AWー02の装甲でも耐えられないとされている。

 戦場で不意に襲い来るそれらの攻撃をかわして小隊長の安全を絶対的に守る方法、それは小隊長を戦線に投入しないことが効果的と考案された。

 電波さえ届けば、いや、理論上有効な電波の届く範囲であれば実態として電波が飛ばなくとも、小隊員の行動は小隊長に共有することができ、小隊長の指示は小隊の各員に同時に共有することができる。

 通信科の支援は絶対的に必要となるものの、通信状況さえ確保すれば、小隊長は戦線から遠く離れたドイツ本国に置いていても何ら問題ないといえた。

 徹攻兵としての戦力が一人分欠け、五人分の戦力が四人分に縮退するとしても、突然の攻撃で全滅する危険性に比べれば、戦線の維持には十分過ぎる能力といえた。

 この考察は徹攻兵の運用を考える上できわめて重要な要素になり得るとして、組成の経緯、事故の経緯と合わせてこの時点で徹攻兵の運用に関わる主要国、アメリカ、イギリス、フランスと、イギリスを飛び越してオーストラリア、アメリカを飛び越して日本の自衛隊、そしてゼライヒ女王国の各国に緊急伝として伝えられた。

 報告書は、日常生活においても事故死に結びつく業務に当たる者は小隊長として不適格とされたし、と結ばれていた。


 ドイツの研究者達を大いに悩ませ、精神的に苦しませたもう一つの事象については最後まで触れられることはなかった。

 レーベッカ以外の四人の遺体の損壊状況を調べていた研究員達の誰もが目にしていた事象、それは、遺体の損壊箇所の断面の肉組織が、もともと筋組織であったかどうかを問わず、蝟集するヒルの尻尾の群れのように形取られ、そしてゆっくりとながら確実にうごめき合っている事実だった。

 研究員の一人は、ただでさえ不気味さを伴う遺体の一部を持ち上げながらたずねた。「これ、どうして動いているんでしょうね?」

 問われた研究員は、こみ上げてくる不快感をこらえながら答えた。「不愉快すぎる事象だが、軍事的には全くどうでもいい事象だな。

 もし、遺族がこの状況までつぶさに観察していたとしたら、あまりに気の毒としかいいようがないが」

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