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徹攻兵「アデル・ヴォルフ」  作者: 888-878こと
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研究記録ファイル199xmmdd-43 民族特性

 AWー02の制式化に成功したドイツは、AWー01を含めた顕現者の総数を六十七に伸ばしていた。

 部隊編成は、クリスタルを応用した意識疎通が十名を超えられないことや、戦車小隊の部隊編成も参考にされた。

 二名で一班、二班四名に小隊長を加えた五名で一小隊、三小隊十五名に中隊長を加えた十六名で一中隊、三中隊四十八名に大隊長と副官を加えた五十名で一個大隊を編成した。

 実際の運用の想定では、徹攻兵のみでの構成だけではなく、通常の歩兵と組み合わせた編成も考案された。

 いずれにしてもドイツは、自国の徹攻兵の体制が整うにつれて、他国の情報を求めるようになった。


 技術に国境はない。

 自国では徹底した情報統制を取っていたが、これだけ規模が大きくなると統制にほころびも出てくる。

 それは他国も同じはずだが、他国から全く徹攻兵のうわさに類する情報すら漏れてこないのは不気味ですら合った。

 手始めに、国際情報市場に、小銃弾を全く寄せ付けない防弾着の開発に成功した国があるらしい、という情報を流した。

 いわゆる、防弾ベストは銃弾を無効化するわけではなく、貫通を防ぐもので、命中部位の下部は打撲傷や骨折、悪い時には内臓破裂を伴う。

 これまでの防弾着はあくまで、致命傷を回避する防具だが、噂の新開発の防弾着はこれまでの防弾着とは全く違う、小銃弾を完全に無効化するものらしい、という情報を流した。

 しかし返ってくる情報は、ドイツが怪しい、ドイツが何か企てている、またドイツが新素材を開発した、というものばかりで、ようやく一件だけ、そんなもの日本人にだって作れないよははは、という反応があったばかりだ。

 とにかく、自国の情報が漏れかかっていることが分かっただけでも成果だとは言えた。


 つぎに行ったのはアメリカ、中国、インドなどの人口大国で顕現者の誕生日特性を使った調査だった。

 誕生日の法則は、もはやドイツ国内の顕現者特定には外せない特徴で、特に、各国の軍関係者を中心に慎重に身辺調査が行われた。

 軍関係者を対象にするだけに、調査は慎重に進められたが、これといった行動上の共通事項は見いだせず、共同訓練などに取り組まれている様子もなく、結果は空振りに終わった。

 他にも、様々な方法で情報の収集に当たったが、結果は伴わなかった。

 情報の収集に一定の効果が無いことが評価されると、ドイツは他国の情報を求めて、逆に情報を開示する方針に舵を切った。

 最小限の開示相手として、効率を求めてアメリカを、旧連邦諸国を持つという人材の豊富さを求めてイギリスを、後回しにすると何かとやっかいだという友好関係を見据えてフランスを、最初に選んで開示した。

 三カ国の駐在武官を招いた秘密の招待会でドイツは、AWー01の跳躍力、走破力、防御力を披露して見せた。

 特に防御力については、実際に駐在武官に実弾入りの小銃を渡して試験させた。

 実弾の直撃を受けても塗装すら剥がれない謎の防御力に招待客達は、驚愕の色を隠せなかった。

 恐怖したと言ってもいい。

 また、欧州の混乱が始まる、と。

 ドイツ側の高官は賢明だった。

 徹攻兵の理論は未だ解明できず、ただ現象として確認できていること。

 適正者の確保に苦難していること。

 戦場の常識を覆してしまう徹攻兵の数の確保は「我々」主要先進国が先行しなければ、世界の軍事的緊張を損なうこと。

 「着甲時強化現象が確認された今こそ、我々の緊密な協力が不可欠なのです。ご協力を切ににお願いしたい」

 と情報の開示を募った。

 情報収集という当初の目的は完全に失敗に終わった。

 質問は受けるばかりで、各国から何の情報も得られなかった。

 しかしドイツには、負ける立場を維持しなければならないというわきまえがあった。


 顕現者の発掘のためには、徹攻兵による実演が有効だった。

 アメリカ、イギリス、フランスの各国から再三実演の要請を受けることで、ドイツの研究者、軍関係者には、自国だけが発見した特異な能力という認識が生まれた。

 しかし、技術に国境は無い。

 必ず、他国にも顕現者は現れるはずで、それをつかむことで着甲時強化現象の謎をまたひとつ解明できると考えていた。

 各国とも要望の熱量は強く、国際連合の旧敵国として、負け続けることを義務づけられた国家として、むしろドイツの研究者、軍関係者の中にも焦りにも似た緊張がはぐくまれつつあった。

 誕生日の法則はかなり早い段階から伝えてはいたが、各国とも顕現者を見いだすことが出来ない焦りから、誕生日の法則から外れた候補者の前での実演の要請を受けることもしばしばだった。

 ドイツは協力の姿勢を崩さなかった。

 時間が経てば経つほど、与えるもの、受けるもの、双方に疑いの気持ちが芽生え始めた。

 こうまで他国に権限者が現れないと、もしかして、ではあったが、ドイツ民族に固有の能力なのではと疑い始める研究者も出始めた。

 一方で各国からは、まだドイツが何か隠しているのではないかと疑いの目をかけられるようになった。

 あるとき、出張中のドイツ人研究者が、アメリカ軍の施設内で除外リストを目撃してしまった。

 ドイツ人の研究者はたずねた「この候補者たちは確かに誕生日の法則から選ばれたようですが、どうして除外されているのです?」

 アメリカ人の研究者はこともなげに答えた「この一覧は保留地出身のネイティブ・アメリカンの兵士達なのですよ」

 郷土愛が強く、西部開拓時代にはアメリカ軍の中から反乱者も出したネイティブ・アメリカンは今なお偏見の目に晒されており、着甲時強化現象の候補者としては後回しにされていた。

 ドイツ人の研究者はアメリカ人の研究者の了承の元にリストを持ち帰り、ドイツ高官からアメリカ高官に話しを通すことで、日陰者のネイティブ・アメリカンの候補者達の前での実演を取り付けた。

 実演には、たまたま日程のあったスヴェンがあたった。

 AWー01を身につけたスヴェンは、「私も、日陰者だったものさ」と呟くと、優しい瞳で十メートルほど飛び上がって見せた。

 スヴェンの跳躍を見た最初の候補者は、着甲して三メートルほど飛び上がって見せた。

 アメリカ軍の関係者から雄叫びにも似た歓喜の声が上がる。

 驚きは一人に留まらなかった。

 二十人ほど集められた候補者の中から、最終的に八人の顕現者がアメリカ国内に誕生した。

 喜びは瞬く間に困惑へと変わった。

 これまで、一千人を超える候補者の中から一人も現れなかった顕現者が、わずか二十人の母集団の中から八人も発見された。

 これは、返ってやっかいなことになった。

 多人種、多民族国家でもあるアメリカは複雑な人権問題を抱えている。

 その中でネイティブ・アメリカンと呼ばれるグループに焦点を当てなければならないのは、出来れば避けて通りたい道であった。

 アメリカ高官の一人は呟いた。「なぜ、彼らに日が当たったのだ」

 徹攻兵の魅力に抗えなかったアメリカ連邦政府は、時に、ドイツ政府からの協力要請、という建前を使いながら、慎重に民族問題の間を縫っていった。

 一口にネイティブ・アメリカンといっても根源は一つではない。

 欧州人が襲来する以前からその地に先住していた民族の総称である。

 アメリカ本土だけでも数百の部族からなり、実際、最初の八人の中には民族の歴史的にも全く関連性のない者もいた。

 共通項としてみられたのは、ハーフ以上の血の濃さであること、アメリカ開拓史においてかつて悪魔のようにののしられるほどの抗争を繰り広げた部族の出身であること、そして本人か直接の親が保留地出身で新しい教えの教化につきあうことはあっても部族の伝統を思いやる姿勢が強いこと、などが上げられた。

 同じ先住民でも、アラスカやハワイの先住民出身者からは、顕現者は現れなかった。

 そもそも絶対数も少なかった。

 ドイツ側からの、謎は謎のまま取り組んでいくのが徹攻兵への取り組みです、という言葉もあり、アメリカ軍はネイティブ・アメリカンと称されるグループから、ぽつり、ぽつりと顕現者を発掘していった。


 先を越された格好のイギリスとフランスも、後ろ暗い歴史に関しては負けていなかった。


 イギリスはオーストラリア、ニュージーランドと協力し、オーストラリア先住民出身者とマオリ出身者に候補を絞った。

 ドイツは始め、手を広げることに難色を示したが、イギリスが連邦構成国のなかから、貧困にあえぎ将来の統制に疑問の残るアフリカ系諸国を選ばず、また人口構成がアメリカとよく似たカナダも選ばず、オセアニアを選んできたことに興味を示した。

 結果としては謎を深めることになった。

 入植者との抗争を生き延び保護政策を受けたマオリと、駆除する対象として狩られたオーストラリア先住民の歴史はよく似ていた。

 どちらも絶滅寸前まで追い込まれ、混血を重ねながら人口を回復してきた。

 ほんのわずかな差ではあったが、マオリの文化はニュージーランド国民のシンボルとして受け入れられ、ラグビーのナショナルチームがマオリ特有のハカの舞を披露するまでになったのに対し、オーストラリア先住民の文化は奪われ、破壊され、失われ、それっぽい雰囲気だけが観光地の郷土資料として土産物の賑やかしに利用されるばかりだった。

 ドイツ、イギリスの協力のもと、顕現者の才は、保護政策の対象としてのオーストラリア先住民の地位に甘んじず、自らの祖先に思いを馳せつつ、国軍に身を投じることで己を見いだそうとする若者に、花咲いた。

 ネイティブ・アメリカンの顕現者の特徴は、むしろマオリの方に適正があるかとも推察されたが、マオリ出身者に能力は顕現しなかった。


 フランスはレユニオンを選んできた。

 一五〇七年にポルトガル人が発見した南インド洋の無人島で、植民によるフランスの海外領土だった。

 フランスが直接手を伸ばせる海外領土としては一番人口が多いことが選定の理由だったが結果は空振りに終わった。

 徹攻兵を得られなかったフランスは、徹攻兵をドイツ国軍に組み込むのではなく、NATO配下で作戦行動を取ることもある欧州合同軍に組み込むべきだと主張してきた。

 欧州合同軍はフランス・アルザス地方のストラスブールに駐留している。

 ドイツは、やんわりと、しかしはっきりとこれを断った。


 ドイツ民族、ネイティブ・アメリカンとオーストラリア先住民に共通し、レユニオンの民に足りないものは何かの考察が進められた。

 各国の顕現者の身体的特徴、生理学的特徴は徹底的に調べられたが、学術的に意味のある共通事項は見いだせなかった。

 血筋、も検討されたが、そもそもオーストラリア先住民は混血が繰り返されていたし、ドイツ民族だってイギリス、フランスを含めた欧州諸国民と血のつながりが無いわけでもない。

 そこで顕現者の行動特性に目が向けられた。

 真っ先に上げられた共通特性としては、郷土愛が強いことがあった。

 生まれ育った共同体に愛着を持ち、自らの根源に思いを馳せる傾向は共通してみられた。

 ドイツ民族、ネイティブ・アメリカンとオーストラリア先住民に有って、レユニオンの民に無いもの、それは有史以前の歴史だった。

 とはいえ、愛国心があって、自分の歴史に興味がある若者なら、各国の軍隊にありふれていた。

 もう少し、何か手がかりはないかと模索する中でたどり着いたのが、神を盲信しない姿勢だった。

 かといって否定するわけでもない。

 聖書の悪魔は正義を語る。

 有史以来、人は残酷なことをする時ほど正義を背負って実施してきた。

 全肯定は全否定につながり、正義は人の判断を狂わせる。

 その意味で、権限者達は正義と距離をあけることのできる者達だった。


 取り組みは次の一手を考える段階に来ていた。

 特に、自国に徹攻兵を直接持たないフランスの焦りは強かった。

 フランスは、アメリカ、イギリス、ドイツに徹底した情報統制を求めた。

 さらに、特に要注意すべき国や地域として、複雑な人権問題を抱えながら一個の独立した経済圏として成り立とうとしている中国、二度の大戦の禍根から紛争問題を抱えるバルカン半島、アラビア半島、朝鮮半島の各地域、民族支配と国境線の混乱が貧困に拍車をかけ一度紛争に火がつくと鎮火が難しいアフリカ大陸、近年も紛争と混乱が絶えない中近東地域の各国には、徹攻兵の存在すら知られてはならないと主張してきた。

 一方AWー02という隠し球を持っているドイツは、顕現者の特性を理論化することができれば、自国内での顕現者の教化に道筋がつき、情報を共有した各国の中でも一歩先んじた地位を維持できると考えていた。

 アメリカは、ネイティブ・アメリカンという自国内の神経質な民族問題から離れて、より広範な範囲から顕現者を効率良く見つけ出す方法に筋道を着けたいと思っていた。

 イギリスは、連邦構成国家に徹攻兵を見いだしたことで、まさにフランスが上げた地域に投入し、混乱からの介入を計ることで今世紀も連邦構成国家を増やせるのではないかともくろんでいた。


 次の調査対象を関係各国の手の届く範囲にとどめるか、それともまだ見ぬ他国に求めるか、それを検討するためにも、決め手となる手がかりが欲しかった。

 各国の代表が集まり協議を重ねた。

 優秀な人材を揃えたが結論を出せずにいた。

 ドイツの研究者は言った。「もう少し、なにかこう、顕現者同士の確実なつながりを見いだせませんかね?」

 アメリカの軍人はうなった。「こうも情報が多いと、返って何が近しいかを見失いそうですな」

 イギリスの官僚は窮した。「ドイツにあって我々には無いもの、ネイティブ・アメリカンにあってアメリカ国民に無いもの、オーストラリア先住民にあってマオリに無いもの、何だろうねえ?」

 そこに、遅れてきたフランスの政治家が椅子に座りながら挨拶をしてきた。「やあやあみなさん、敗北者連合の次の一手はどうなりますかな?」

 フランスの政治家は同時に三方向から「それだ」と指さされ、さすがにたじろいてしまう。「どうされたんです皆さん?」

 先の大戦で、枢軸国の中核を担ったドイツは次々裏切られ最後は一カ国で欧州と対峙することになった。

 ネイティブ・アメリカンは本来の郷土を追われ、特定の保留地に追いやられた。

 オーストラリア先住民は狩り殺されて滅びを垣間見た。

 その誰もが、失地を回復出来ずにいた。

 手痛い負けを喫し、集団の中で負け続けた存在を強いられる。

 形は違えど、ドイツとネイティブ・アメリカンとオーストラリア先住民に有って、他に無いものはこの、惨めな立場ではないかと考えられた。

 各国の顕現者は、特に最初の顕現者は、昇進が極端に遅かった。

 思想特性や、周囲の利用の仕方に難があると評価され、古参兵でありながら年下の上官を持つことが共通する特徴の一つと言えた。

 仕事ぶりはまじめそのもので、昇進も含めた自らの向上への熱意を諦めた者では無かった。

 これもまた、顕現者の特性ではないかと考えられた。

 「ふむ、一言で言うと、不当な負けを強いられている者、ということですかな」とはフランスの政治家からの言葉だった。

 当事国であるドイツからも、人権問題をかかえるアメリカからも、盟主としての君臨を今なお続けるイギリスからも出にくい言葉であった。

 その考えを受けて、ドイツの研究者は次の研究対象として、ドイツと同じくドイツ語を使いドイツ民族で構成されるも第二次世界大戦当時はドイツに併合されていただけとして戦後敗戦国としての扱いを免れた隣国オーストリアを押した。

 イギリスの官僚は、フィンランドとソビエト連邦に挟まれ、当時フィンランドと供に枢軸国側に立脚し、フィンランド降伏後も徹底抗戦を続け、やがてソ連との休戦にいたるもドイツ降伏までドイツに弓引かなかった唯一の国ゼライヒ女王国を押した。

 アメリカの軍人は、大戦を最後まで戦い抜いた結果全世界から宣戦布告を受けた日本を押した。

 関係各国には、できる限り北大西洋条約機構加盟国の中で収めたいという意思があった。

 しかし各国とも思惑が混ざり合い、選んだ結果は異なるものであった。

 フランスの政治家は最初その点を指摘したが、オーストリアに顕現者が現れず、ゼライヒに顕現者が現れれば顕現者の法則は心理的なものと整理され、その場合、今一度心理的な取り組みから自国内に顕現者を見いだせる道が見つかるかも知れないと考えた。

 しかし「日本は遠すぎますし、なによりスパイ活動防止法も整備されていないなど信頼するには足りぬ相手ではありませんかな」と難色を示した。

 これに対してアメリカの軍人の用意した答えはこうだった。「東京のほど近くにキャンプ座間というアメリカ軍と日本軍の共同の基地があります。

 これは極東有事の際にはアメリカ陸軍の総合司令部をになう組織です。

 この、キャンプ座間を中心にアメリカ陸軍の監視の下、徹攻兵の取り組みにあたらせます。

 こと国際問題となると、注意深く扱うものなのですよ、日本という国は」

 代表団の間だけでなく、各国とも持ち帰った上での紛糾はあったが、顕現者の特定にいたる最後の一手として三カ国への情報開示が決まった。


 東の守りこと、オーストリアでの調査は、失敗に終わった。

 スヴェンによく似た、戦前の体制を肯定的に評価するような被験者も候補に入れたが、能力は顕現しなかった。

 湖の国こと、ゼライヒでは、比較的早期に顕現者が現れ、その後も着実に顕現者を増やしつつあった。

 東ヨーロッパへの天然ガス供給を一手に受けるロシアへのくさびになると考え、イギリスはゼライヒへの協力の姿勢を示すと供に、フランスも支援の姿勢を崩さなかった。


 日本での顕現者発掘には紆余曲折があった。

 年明けに情報の開示を受けた防衛省は、陸上、海上、航空の区別無く候補者の選定に当たった。

 ただでさえ誕生日の法則で六十四分の一に絞られるところ、アメリカ側からは厳しい性格特性も課せられた。

 自衛隊の中にもいろいろな考えを持つものがいる。

 比較的、左よりの考えを持つとされる人間は、早々に候補者から外された。

 日本では、左よりには過激な行動が強く、それは正義に偏る思想特性に基づくと判断された。

 さりながら、愛郷心につながる右よりの考え方となると、自衛隊内にはこれまた熱心なものも多く、返って候補者としては不的確と見なされた。

 防衛省の中には米陸軍の過干渉に不満の声も上がったが、ともかくも極秘情報に基づく新兵力の開発研究の魅力には抗えず、なんとか候補者を集めて米陸軍によるASー01の着甲試験の実施にこぎ着けた。

 しかし苦慮して選定した五十名の候補者から顕現者の特定には至らなかった。

 米軍からは英仏両政府の目もあり、そう多くは実施出来ないことを告げられていた。

 予備自衛官である都築(つづき)厳一(げんいち)を候補に加えたのは、キャンプ座間からほど近い位置に両親と経営する不動産事務所を構えている予備自衛官であること、郷土愛も見られるが予備自衛官に留まっていることにバランス感覚も見られると目されたことなどがあった。

 数少ない機会の中で、できるだけ多様なパターンの中から適正者を見いだしたいという思惑の中で、キャンプ座間から手軽に手を伸ばせる範囲に居た、という要素も大きかった。

 結果としては当たりで、改めて選ばれた五十名の候補者の中で唯一、都築予備陸三曹だけが、約四メートルの跳躍を見せ、日本の顕現者の嚆矢となった。

 彼に続く顕現者の発掘には、都築が資料の一環として顕現者の誕生日一覧の開示を受けたことが奏功した。

 都築は、一覧の中に、中学時代からの友人の誕生日を四つも見つけた。

 都築は、同席していた防衛装備庁の陸上装備研究所、普通科装備研究課、外来技術研究係、研究企画官の武多(たけだ)賢人(けんと)にこういった。「私の友人が四名もこの中に居ます」

 都築と同年代の武多は、横長の眼鏡の中の切れ長の瞳を細めながら「へえ」と笑った。

 「私を含めた五人とも、中学時代から考え方が近いというか、世の中への見方は相通ずるものがありました。

 私自身、予備自衛官に至ったのも友人からの影響は否定できません」

 武多は、都築から話を引き出そうとする。「着甲時強化現象の発現には、一定の性格特性が上げられているから、都築さんに適正があった以上、その四人にも試験を受けてもらいたいね」

 都築は残念そうに眉間を狭める。「ただ、残念ながら四人とも予備自衛官ですら有りません」

 米軍の手前、係のほとんどのものが、それは致し方ない、と発言する中、オフの日には顔中にピアスを着けたファッションを嗜む型破りな研究員の武多は違った。「書類の上での身分を整えることは不可能なことじゃない。ですよね、係長?

 都築さん自身、米軍のASー01の十メートルには到達していないものの、都築さんのお陰で、米軍抜きでもデモンストレーションできるようになったわけだ。

 書類上の手続きを惜しんで試してみない方が、むしろ損失と言えるんじゃないかな。ですよね、係長?」

 そういわれた係長は苦々しい表情を崩さずに話しを受ける。「まだ、米軍の支援抜きにはデモはできない。

 米軍の手前、肩書きは重要だよ」

 武多は涼しげな顔でそれを受ける。「新設された、特務予備自衛官制度を活用しましょう。

 こういう時のためでもありますよね、あの制度」

 都築が割り込む。「少し、日程調整には時間を必用とするかも知れませんが、私からの案内であればきっと、試験には応じてくれると思います。

 訓練体験などは、機会が無くて参加したことはありませんが、国防のためといえば、そうですね、訓練を受けていない一般市民との作業連携時の検証のため、という名目でも関心を引くことができると思います」

 武多がほほえむ。「決まりだね。ですよね、係長?」

 係長は長いため息をつくと「まずは武多君自身が起案してみて」と返してきた。

 こうした経緯もあり、都築の友人である尾形輝巳、春日遊、山中宇、根本堅剛の四名が集められたのはお盆休みを利用してのタイミングだった。

 人目を嫌いつつも場所もなく、キャンプ座間内の林の中で米軍関係者監視のもとに行われた着甲試験で、都築が四メートルの跳躍を見せると、宇と堅剛が供に七メートル、遊が八メートル、輝巳が九メートル超の跳躍を見せ、自衛隊関係者を大いに喜ばせると供に、米軍関係者の強い関心を引き寄せた。

 都築予備陸三曹をはじめとする五名の顕現者の協力により、一九九八年初冬までに自衛隊の装甲服の規格はまとめられ、国際機密情報の扱いの元、九八式装甲服として制式採用され、また、彼らによる着甲訓練の展示により、自衛隊は顕現者を一歩、また一歩と増やしていくことになった。


 日本の自衛隊の成果は、アメリカ陸軍より国防総省に報告が上がり、ドイツ、イギリス、フランスの知るところとなった。

 報告には五人の身体的特徴の他、アメリカ陸軍関係者の直接のインタビューによる彼らの性格特性、思想特性についての情報も含まれていた。

 これで、一定限の目安が整理された。

 能力の顕現には、

 有史以前からの伝統を持ち、その伝統に裏付けられた愛郷心を持つこと。

 正義を旨とするも、そこに偏りすぎない迷いにも似た、常に考え続ける姿勢を持つこと。

 周囲からの評価はどうあれ、少なくとも主観的には不当な評価の元、負けを強いられた関係性の継続を求められていること。

 ゼライヒやオーストラリア先住民の人口数から、少なくとも六十万人以上の母数を持つ集団構成であること。

 などが条件として整理された。

 ヨーロッパには最終的にドイツに弓引かなかった国は無く、有っても六十万人以下の母集団に細分化され、これ以上顕現者を持つ国が現れる可能性は低いとされた。

 アフリカは要注意地域とされた。

 ただし、やはり民族の母集団となると小さいか、伝統そのものを破壊され植民による人口の増加などで伝統に基づく愛郷心に至らない地域、国がほとんどとも考えられた。

 中近東は最も慎重な情報統制が求められる地域と考えられた。

 伝統もあり、団結力もあり、人口増加の勢いも旺盛で、かつ民族間、宗派間の相違による武力闘争の絶えない地域にこそ、国際連盟に基づく治安維持の切り札として徹攻兵は活用されるべきで、混乱の中をある特定集団が覇権を取るための手段として活用されるべき力ではないとして整理された。

 東亜は、表だった国際間の紛争は少ないものの、候補となる国はあると見られた。

 タイ王国のように、枢軸国側に組するも、最終的に日本に弓引いて国際政治をすり抜けた国には顕現者は現れないだろうと予言された。

 ただ、インドネシアのように日本の敗戦後も残存する日本兵の支援を受けて独立を勝ち取ったような国には、徹攻兵が現れ、その場合地域の軍事的均衡を乱すと想定された。

 中国、インドの二つの人口大国も警戒すべき地域ではあった。

 考察の結果インドの場合、カースト制度が伝統として根付いてしまっており、負けを強いられる関係性ではなく、溶け込んだ関係性と評価されるのではないかと予言された。

 それに対して中国の場合、ウイグル、チベットと二つの大きな人権問題を抱えており、ネイティブ・アメリカンやオーストラリア先住民の例のように、この母集団から顕現者を出す可能性は極めて高く、中近東に次いで慎重な扱いが求められる国と整理された。

 「ともかくも、これ以上我々が手を広げるのではなく、この力の平和的活用を考えねばなりませんな」と報告をまとめたフランスの政治家はアメリカ、イギリス、ドイツの各国に自国の存在感を示してみせた。

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