研究記録ファイル199xmmdd-19 クリスタルの共有による部隊としての意思疎通
スヴェン・クラネルト、リーゼル・ヘルトリング、コンラート・ミュラーの三人は、世間一般に対するとらえ方でも意見が一致することが多かった。
三人とも、世間からは付き合いづらい者と見られていたが、三人が穏やかに語り合う様は、眺めているだけでも心を落ち着かせるものがあった。平たくいえば、三人は仲良しだった。
年長者のスヴェンの発案で、揃いのアクセサリーを付けようということになった。
気の利いた店で、一つの原石からアクセサリーを作るところがあり、スヴェンとコンラートはペンダントをリーゼルはピアスを作り身につけていた。
着甲時に三人が、そのまま身に帯びていたことで、その能力は発見された。
装甲服のヘルメット部分には、モータースポーツで使われるヘルメットと同じ内装が施されていた。
さらに、耳の部分にはヘッドフォンが組み込まれ、口元にはマイクが組み込まれていた。モバイルフォンの技術を応用した通信機が外装に施され、後頭部には長時間の連続稼働を考慮して大型のバッテリーが複数搭載されていた。
その日は市街戦を想定した訓練が行われた。
建物の一階屋上に陣取る敵性勢力に対し、三人が散開し、三方向から同時に飛び上がり、一斉に攻撃するという作戦だった。
通信基地局を兼ねる指揮車を中継して、三人が相互に言葉を交わすだけでなく、指揮官役の研究員とも会話し、お互いの位置、飛び上がるタイミングを計る段取りだった。
訓練開始直後に指揮車の通信基地局機能が停止し、スヴェン、リーゼル、コンラートのそれぞれの通信機能が働かなくなった。
コンラートが話す。「スヴェン、聞こえるか?」
スヴェンが答える。「こちらスヴェン、問題なく聞こえるが」
リーゼルが割り込む。「さっきから指揮車と連絡が取れないけど?」
スヴェンが通信する。「指揮車、こちらスヴェン、応答願います」
無音が続く。
ペイント弾を仕込んだ小銃を両手に持ち、装甲服を着込んだコンラートが通信する。「どうする、訓練を一時中止するか?」
スヴェンは、同じ装備のまま、市街戦を想定した訓練所の建物の外周を慎重に歩を進めながら通信する。「指揮車、こちらスヴェン、応答願います」そして続ける「ダメだな、しかし我々の通信ができているということは、指揮車の通信機能は生きている。
おそらく、指揮車のマイクが故障でもしたのだろう。レコーダーで記録されていると思うし続けよう」
「了解」
「了解」
とリーゼルとコンラートが返してくる。
スヴェンは律儀に「指揮車、こちらスヴェン。訓練を続行する。記録、願います」と断りを入れる。
スヴェンとの研究で、装甲服はずいぶん洗練されており、スヴェンが最初に着た甲冑のように、いちいちの動作で金属音が鳴り響くことはない。
とはいえ、鈍重に作られており、むしろ顕現者の着甲時の能力の高さから、通常の人間には過大なほど分厚い鋼板で覆われており普通に動けば、すぐに金属の干渉しあう音が鳴り響く。
よく晴れた日、欧州の低い太陽がじりじりと照りつける。
装甲服を着甲していると、不思議と暑さ寒さを感じない。
が、太陽が照りつける感覚はある。
静けさの訓練場の中、決められた時間内にそれぞれ決められた散開地点に到達する必用がある。
時間を守ろうとすれば音が鳴るし、音を押さえようとすれば時間に間に合わなくなる。
スヴェンもリーゼルもコンラートも、まさに、この動作の訓練だ、と意識する。
最初に予定地点に着いたのはコンラート。
周りを見渡して、ここだよな、と訓練開始時の打ち合わせを思い出す。
「こちらコンラート。目標地点に到達した」
スヴェンが返す。「了解」
リーゼルも返す。「了解、ねえコンラート?」
「何か」
「いま、背中にしている建物の、向かいの建物の右隅に、飲み物の空き缶が捨ててある?」
「あるね、どうして分かったんだい」
「なんかね、あなたが位置を確認したいっていう気持ちと供に、あなたの視界が送られてきた気がしたのよ」
スヴェンが割り込む。「やっぱり。俺もなんか感じていたんだが、なんだこれは」
リーゼルが続ける。「ちょっと試してみたいわ。
コンラート、どこか別の方を向いてまたその、なんていうか、気持ちを送ってもらえる?」
コンラートは建物を背にしたまま、左を向く。十字路を超えた並びに、靴屋の壊れた看板が見える。「なんだろう、こうかな?」
リーゼルが答える。「あっ、来た」
スヴェンも答える。「来たね。今度は俺からいいかな。
いま、立っている通りの向こうに、靴屋の看板があるだろう?」
コンラートは困惑する。「おいおい、俺の見てるものが何でもお見通しって分けかい」そういいながら足下を向く。「いま、何を見てるか分かるかい」
スヴェンから答える。「わからないな」
リーゼルも少し時間をかけて答える。「うーん、分からないわね」
コンラートはそこで「じゃあ、これは?」と足下を確かめたい気持ちを伝えようとする。
スヴェン、リーゼル二人揃って答える。「足下」
コンラートははにかみながら答える。「凄いなこれは。こんな便利なことはない。
部隊運用をする上で、連携を密にすることができる。
なあ、逆に、君たちから送ってもらうことはできるのかな?」
スヴェンは困惑する。「いや、どうだろう」
リーゼルも戸惑う。「コンラートは、どうやって送ってくれたの?」
コンラートも改めて問われると答えに窮する。「いやその、なんていうのかな。
ものを見て、確かめたいんだけど? って心の中でたずねた感じなんだが」
それを聞いて、スヴェンもリーゼルも試してみる。「こうかな?」「こう?」
コンラートが返事する。「あ、来たね。
スヴェンは右側に壁があって、次の十字路を右に曲がろうとしている。
リーゼルは背中に壁を背負って、空を見上げている」
スヴェンとリーゼルが答える。「当たりだ」「正解」
こうして三人は、お互い決められた目標地点に到達すると、スヴェンのかけ声に合わせて垂直に跳躍し、最高地点で目標に向かってペイント弾を二発ずつ発射し、降下しながら目標への着弾を確認。
その後速やかに予定集結地点に集合すると、報告のため指揮車に合流した。
そのときになって三人は初めて、指揮車が通信機能を喪失し、三人とも電波通信が途絶していたことを知った。
三人は、会話が問題なく成立していたこと。それだけでなく、確認の意思を飛ばせば、視界のイメージも送れた事を報告した。
研究員は色めきだった。
防御力の観点で採用できないでいる、航空機の世界では試用が進められているヘッドマウントディスプレイの世界が、十分な機材なしに実現できることは、戦場で散開して活動する歩兵部隊の運用上、夢のような情報連絡体系だった。
すぐに、様々な検討が開始された。
連絡範囲に関しては、実質上電波が到達可能な範囲であれば、会話も視覚送受信も可能であることが分かった。
中継設備を介せば、距離を伸ばすこともできた。
その際、途中の機器が故障していても問題なかったが、少なくとも設計上は正確に連携しあえるよう設定されている必用があった。
電波が途切れがちな範囲になると、連絡もうまくいったりうまくいかなかったりと不安定になった。
機器が故障していても連絡できることから、電波を利用した通信とは考えにくかったが、効果範囲の影響から、電波が何らかの形で介在していることが予想された。
結局は良くわからなかったのだが、そもそも着甲時強化現象の研究は理由の良くわからない事象を、なにがどこまでできるのかの判断を見極め、将来の運用に希望を繋げる取り組みだった。
音声についても検討が繰り返された。マイクやヘッドセットの機能を排除しても会話は成立したが安定しなかった。ここでも、機器の故障は大きく影響しなかったが、機器が、正しく通信機能と接続していることで会話の安定につながった。
基本的には、全員に会話が伝わったが、特に意識することで二人だけで会話することもできた。
視覚の送受信のテストに関して、表示技術が発達していなかった時期ということもあり、非常に不格好な液晶ディスプレイ付きのゴーグルが開発された。
外部には、これまた不格好なレンズが取り付けられ、ズームやワイドの表示切り替えが可能になっていた。
ディスプレイでの表示は、荒く、チカチカと眼に響く評価の悪いものだったが、それでも機器の補助があった方が、全く無い状態よりも、色、形、位置などを正確に伝えられることが分かった。
表示についても機器の故障は、視覚の送受信への影響がなかったが、ディスプレイのブラックアウトは、比較的悪影響が大きかった。
研究員の一人がいった。「映像技術も撮影技術も日々進化しています。
実際のディスプレイの採用は将来のこととし、今は防御力重点の従来型のスリットで良いのではないでしょうか」
こうして、装甲服の視覚に関する規格は決まった。
通信の検討、音声の検討、視覚の検討が進む中で平行して、どうして突然このような意識の共有ができるようになったのかの検討が繰り返された。
最初は理由が分からず通信機器を中心にあれこれ設定や規格の見直しが行われた。
そもそも、指揮車の通信基地局機能が停止したことに端を発したため、通信距離や範囲の検討と相まって、顕現者達は、何度もヘルメット部分の被り直しをさせられる退屈な時間が続いた。
きっかけはコンラートの遅刻によって訪れた。
夏の暑い日、シャワーを先に浴びたかった彼は急いで服を脱ぐ時に、何とはなしにペンダントも外し、その後ペンダントを更衣室に忘れたまま急いで着甲室に向かうと、専用の肌着やアンダーアーマーと呼ばれる鎖帷子の着用を始めた。
その日初めて、コンラートだけ意識の通信ができなくなり、これは何かあると研究員達が色めきだった。
どうやったらコンラートの意識通信を回復させられるのか、それができれば理由が判明すると本当にあれこれ試された。予定の時間を過ぎても検討は繰り返され、スヴェンもリーゼルも、当の本人であるコンラートもうんざりしてしまった。
研究員達にも疲れが見え、原因の究明はまた後日にしようということとなり解散が決まった。
スヴェンとコンラート用に設けられた男性用着甲室でガッカリしながら装甲服を剥がし、鎖帷子を脱ぎ、専用の肌着まで脱いだコンラートが「あっ、ないや」と呟いた。
研究員の一人がたずねる。「どうしたんです?」
「いや、いつも着けているペンダントが無くて、どうしたのかな、シャワーの更衣室にでもおいてきたかな」と呟いた。
スヴェンの脱衣も手伝っていた研究員達は聞き逃さなかった。
すぐに一人が更衣室に走り、脱衣籠に置かれていた紫水晶のペンダントを見つけると、通りがかりに女性用着甲室をノックする。
「もう一度、リーゼルに着甲させて下さい」
中から不満の声が多数上がったが、原因が見つかったかも知れないというと、渋々受け入れられた。
ようやく男性用着甲室にもどり、コンラートに確かめると、確かにこれだという。
スヴェンが語る。「一つの原石からペアのアクセサリーを作る店があってね。俺たちはペンダントを、リーゼルはピアスを着けているんだ」
こうして三人がもう一度着甲すると、意識通信は成功した。
研究員達の盛り上がりようといったらなかった。
また一つ、着甲時強化現象の謎を解き明かした気分だった。
次の日以降、今度はアクセサリーの形状や材質が検討された。
様々な検討の結果、単一の鉱石から分割した素材であれば、着用位置や形状は問わない事が分かった。
ただ、ある程度の大きさはあった方が良く、ヘルメットにピアスは引っかかりやすいこともあり、リーゼルもペンダントに切り替えた。
鉱石の構造も、できる限り単純な結晶構造を持つものの方が効果が高く。
産出量の問題もあり、結果的にスヴェンが最初に選んだ紫水晶やシトリンなどが良いとされた。




