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徹攻兵「アデル・ヴォルフ」  作者: 888-878こと
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状況記録ファイル203xmmdd-64 新世代

 皐月は、長引いた海外派遣から戻ると、マンションの玄関のチャイムを鳴らした。

 そもそも、海外渡航とはいえ、私物を持ち込める環境ではなく、駐屯地と自宅を行き来するだけのいつもの荷物しか持ち合わせていなかった。

 だから、自分から鍵を開けて入れば良かった。

 それでも。

 「おかえり」とにこやかに迎え入れてくれたのは同い年の同居している女性。

 彼女に、扉を開けて欲しくてチャイムを鳴らしてしまった。

 「どうしたの、荷物も多くないみたいだけど?」

 明るい髪を、半分三つ編みにしたその女性が迎え入れてくれるのに合わせて玄関に入る。

 「ただいま」そういってほほえむ。

 「どうか、した」相手の女性が、皐月の瞳をのぞき込んでくる。

 やっぱり、この人には隠しきれない。

 一筋だけ、涙がこぼれる。

 「一人だけなんだけど、戦死者が出たわ」

 相手の女性も、目線を落とす。「そうなんだ」

 皐月は、靴も脱がずに続けてしまう。「今の任務に就いた時から、ずっとお世話になっていた教官だったの。

 何度も一緒に訓練もしたわ。

 強くて。

 勇敢で。

 やさしくて。

 なんで、あの人が」

 上がりがまちの分身長差が出てしまう相手の女性が、そっと皐月の頭を包み込んでくれる。「大事な、人だったんだね」

 皐月は玄関に立ったまま、相手のシャツを握り込んで泣いてしまう。

 「あなたより大事な人なんていないわ」

 それでも、泣きたい、気分だった。

 玄関に飾られた、遅咲きのイザベラの花の香りが、二人を包み込んだ

 

 輝巳の遺骨は、自衛隊の医官によって検屍が行われ、国内でも通用する死亡証明が作成され、あり合わせの木箱に収められて颯太と供に帰宅することとなった。

 座間についた颯太を出迎えた詩央は、小さな箱に収められた父親の姿を見て、目をつぶって涙をこらえた。

 そして「お帰りなさい」と木箱をなでた。

 帰りの電車の中でも、颯太は、一体母になんといえばいいか答えがまとまらなかった。

 快王も司之介も、颯太と詩央にかける言葉がなかった。

 やがて家に着いた颯太は、詩央に玄関の扉を開けさせると、「ただいま」と告げた。

 莉央が降りてくる。「あれ、お父さんは?」

 颯太は、木箱を少し上に上げて答えた。「お父さんは、戦死しました」

 莉央はそれを聞き、壁に手をつくと座り込んでしまう。「それは」

 「お父さんの、遺骨です」

 莉央はすぐに、「颯太と詩央には怪我はないの」と聞いてくる。

 颯太は「俺たちには、怪我はない」と答える。

 詩央はもう一杯一杯だった。「お母さん、ごめんなさい」というのがやっとで、声を上げながら泣いた。

 莉央は立ちあがると、優しく詩央の頭をなでる。

 「あなた達に怪我がなければ、お父さんも心配なんかしていないと思う。

 お葬式を、あげてあげないとね」と、優しく微笑んで子供達をねぎらった。


 月日は、あっという間に経っていく。

 モンゴル、カザフスタンの両国には目立った手間をかけずに撤収できた。

 国境紛争でロシアは、戦闘終了直前の両軍の撤収期に戦闘車両を進めて、国境線を変える癖があった。

 しかし今回はアメリカの後ろ盾も持った自衛隊の徹攻兵がそれを監視し許さなかった。

 これで、地図を変えることなく自衛隊は、中国国内の徹攻兵という潜在的期脅威を低減させることに成功した。

 わずか五年で、五十を超える徹攻兵を準備し、第四世代型はおろか第五世代型まで揃えてくる育成力は脅威ではあった。

 そこで常任理事国五大国の中では、そもそも徹攻兵力の扱いについての新協約についての協議が始まった。

 いくつかの対物兵器が対人兵器として過剰な殺傷力を示すとして、たとえ戦争行為であっても対人兵器としての使用を禁止するべきという取り決めがなされているのと同様に、徹攻兵力も国際間の紛争解決に用いるべきではないという趣旨での協議が始まりつつあった。

 ドイツ、ゼライヒ女王国、オーストラリア、そして日本には新たな役割が与えられようとしていた。

 大国間の話し合いは、静かに、冷厳に、そして密かに進められていた。


 年が明けて新しい年度を迎えようとしていた三月、色川(いろかわ)大輔(だいすけ)には一佐に昇進と供に新しい任地が与えられた。

 中隊規模ながら、連隊長格の一佐が当てられる対馬警備隊隊長の任務である。

 十三年前になろうとしている対馬来寇から、国境の島、やまねこ部隊にも、非公式ながら二個小隊の徹攻兵が配備されることとなった。

 徹攻兵では、後方の司令室で全体を指揮する小隊長よりも、前線で戦闘を判断する分隊長の力量が重視される。

 対馬警備隊の徹攻兵の分隊長には、二六式への慣熟を済ませた鷲見(すみ)道照(みちあき)が含まれていた。

 道照には南沙で〇六式の慣熟を終えた後続の徹攻兵達に対して、戦闘車両の入り込みにくい森林の山岳部で、小銃を中心に、時にはラインメタルを垂直に構えたまま移動して、敵勢力を制圧する模擬訓練の指導が与えられた。


 海上自衛隊では、小安(こやす)七生(なつき)だけでなく佐藤(みつる)が三十パーセントながら、高橋優子(ゆうこ)が二十パーセントながら第五世代型に対応するようになり、二九式海中型装甲服での海中調査の手を増やすことになった。

 優子にはわずか三分余りの潜水時間しかなくとも、時速十七ノットで推進すれば、一分で海深五百メートルを超える深さまで潜ることができる。

 季節による海水温や塩分濃度を計ることで、水温躍層と呼ばれる超音波の届かない領域を測定できる。

 通常型潜水艦の隠密行動には欠かせない重要な軍事情報で、三人は広い海域で調査にかり出されると供に、続く第五世代対応型の徹攻兵の育成も期待されていた。


 穂村(ほむら)明理(あかり)には色川に変わる座間の徹攻兵大隊の大隊長になるべく、二佐への昇進の声も上がっていたのだが、産休に入ることになった。

 結婚自体は数年前に済ませていたのだが、ようやく、子宝に恵まれることになった。

 明理自身、ながく日本の徹攻兵の教導役を担っていたこともあり、多くの祝福につつまれることになった。

 徹攻兵大隊の大隊長には別のものが当てられつつ、訓練計画そのものには三一式に対応している相原(あいはら)皐月(さつき)が大いに関わることになった。


 都築(つづき)信世(のぶよ)春日(かすが)(ゆう)は装甲服を脱ぐことにした。

 本人達の希望もあって、静かに、特務予備自衛官としての役割を終えることになった。

 それでも、数十年にわたる徹攻兵育成の功績は大きく、本人達を慕う声もあり、座間駐屯地には信世と遊宛ての年賀状の送り先事務処理が加わった。

 集められた年賀状は、座間駐屯地から信世と遊に届けられた。

 信世は不動産鑑定士に戻り、遊は塾講師に戻った。

 もちろん受講生の誰一人、日本最強の徹攻兵の講義を受けていることを知るものはいなかった。


 そして月次の展示訓練。

 世界の政治の中で徹攻兵のあり方が変わろうとしていても、数百万という予算で準備できる徹攻兵は、調達コストが数億に達する他の主力戦闘兵器と比較しても余りに強く、費用対効果も高く、その育成は常に急務であった。

 輝巳や遊、宇や堅剛が示した道は、一朝事ある時、徹攻兵を有効に活用することで、国難を速やかに打開できるというもので、この国の平和を影ながら支える力として、常に求められ続けるものだった。

 幸いなことにこの国には、新しい世代の徹攻兵が育っていた。

 中でも二小こと詩央(しお)小隊は、少ない出力割合ながら全員が最新の三一式に対応しており、次代の徹攻兵達を率いる存在としてきら星のごとく輝いていた。

 相変わらず、徹攻兵の訓練は夜間の矢臼別演習場で行われていたが、陸自、海自を問わず、展示訓練に参加させることで、世代更新の取り組みを続けていた。

 颯太(はやた)は、かつて父親が親友とやっていたように、矢臼別演習場の上空を飛ぶCー2から、快王(かいおう)と供にコンテナをほうり下ろすと、背中の光条推進の出力を確認する。

 支援要員から声がかかる。「それでは、尾形さん、大久保さんの順で降下、お願いします」

 「了解しました。

 尾形、降下開始します」

 純白に塗装され、額の真ん中に短い板状の角を一本つけた颯太の着込む三一式装甲服が、宵闇の矢臼別演習場に飛び降りた。

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