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徹攻兵「アデル・ヴォルフ」  作者: 888-878こと
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戦闘記録ファイル203303dd-46 侵攻戦線

 重苦しい会議の雰囲気をぶちこわすように輝巳が「これさ、俺たちのやることじゃなくない?」と呆れ声を出すのを聞いて色川は、十二年前の尖閣強襲の会議を思い出していた。

 あの時も、この会議室で行くべきか行かざるべきかを議論していた。

 あの時と全く違うのは、実行力として使える圧倒的な徹攻兵の数と質。

 そしてあの時と全く同じなのは、日本の徹攻兵の最高能力を握る鍵が都築小隊の数名だという事実だった。


 二〇二八年九月の南沙強襲では、わずか十名の日本側徹攻兵による攻撃で、四十名を超える中国側徹攻兵を全滅させ完璧な勝利を収めた。

 国際紛争の島をASEANプラスアメリカ、イギリス、フランス、日本の国際機関の管轄に置くことによって、一定のバランスを取ることができた。

 何より、フィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイ、台湾、中国と多様なプレイヤーが陣取り合戦をする複雑な南沙諸島において、その、どの島嶼も領有を主張しない日本が軍事的存在感をありありと維持して駐留する姿は中立且つ絶対的な安定感として存在し、それが故に各国は、全く独善的な自国の主張を国際協議の場で展開することができ、つまりは本音で落としどころを探り合うことができた。

 ファイアリー・クロス基地は二十一世紀のいいところまで、アメリカを中心とした国際管理下に置き、周辺海域、島嶼の安定状況を見て元のベトナムに帰属を返還させつつ、駐留兵力の変換をしてゆくのが一つの現実解として見られていた。


 徹攻兵という戦力は、国際社会において本当に特殊な能力として評価されていた。

 何しろ、技術に国境は無いはずなのに、着甲時強化現象はそれが発動する国が限られているという事実が特殊すぎた。

 国際的に公になっているアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本の各国は、毎年の武力展示で、第三世代型までの徹攻兵力の維持を誇示していたが、国際連合の安全保障理事会、常任理事国五大国のロシアと中国が持たない力ということで、むしろ国際紛争の場に持ち込むことがはばかられる兵力にもなりつつあった。

 それだけにファイアリー・クロス基地はある種、徹攻兵達の国際的なオアシスともなっていた。

 特に第一世代型に対応したばかりの徹攻兵や、第二世代型に留まる徹攻兵にとっては、自分の対応する世代を第三世代に上げることのできる実戦の場として大いに重宝されることになった。

 中国人民解放軍海軍の艦艇が近海を航行する様や、時に実際に砲口を向け合うことも繰り返され、現実の緊張感は顕現者の心を研ぎ澄ますなにかがあった。

 第三世代型に慣熟すると、高圧砲であるラインメタルを実際に単独試射できることも、貴重な初体験の場として大きかった。

 徹攻兵最先端国の一つであるドイツも、その効果を無視しきれず、アメリカの小隊枠を一つ負担する形で、一小隊を送り込んできていた。


 色川は、ファイアリー・クロス基地の徹攻兵大隊指揮官としての駐留を二年で終え、二〇三一年には座間に戻ってきていた。自衛隊の徹攻兵保有数は三百名を超え、その黎明期から支えてきた指揮官として全国の各基地を飛び回る多忙な日々を過ごしていた。

 明理は防衛大学校卒業生としての幹部候補としての道と、数少ない三一式の対応徹攻兵としての二つの役割をこなしていた。また、戦後数少ない実際の戦闘経験のある兵士としての視点から、用兵に関する各種の報告書をとりまとめ、訓練計画に助言する立場もになっていた。

 皐月は、同じく数少ない三一式対応徹攻兵として後続の訓練を補助する傍ら、複数の小隊をとりまとめる中隊長としての役割を想定した訓練も計画し、実施し、同じ中隊長を育てる役割をこなしていた。

 道照は、二六式への対応を九十パーセントまで上げており、主に西日本のファイアリー・クロス基地帰りの徹攻兵への展示訓練をする傍ら、小隊規模で単一目標に向かって集中砲火を集める模擬訓練の指導に当たっていた。

 七生は二六式への対応を慣熟し、海上自衛隊による海中での動作を想定した独自の装甲服の開発支援に当たっていた。

 装甲服自体は開発コストが低いため、七生の慣熟度合いに合わせて数次の改良が加えられ、第五世代型二九式海中型装甲服として制式化されていた。

 十六分間と短時間ながら海中を時速十七ノット超の速度で移動し、海深一千メートルまで潜水できる能力は、季節による海中の温度変化や塩分濃度などの調査などに重宝され、日本近海の海中情報の更新に寄与した。

 ただ、残念なことに海自の第五世代型対応者が七生だけのため、後続の育成に手を焼いていた。

 二小は、すこし気楽な立場だった。

 父の世代と同じ特務予備自衛官という民間人に近い立ち位置での訓練参加ということもあり、色川に目をかけられていたこともあってのびのびと訓練していた。

 颯太が二十パーセントながら、快王が十パーセントながら最新式の三一式に対応していることもあり、都築小隊に変わる新たな新世代開発チームとして将来の発展を期待されていた。

 寿利阿は一般曹候補生として入隊し、一士から士長へと昇進し、それに伴って二小の面々も士長扱いとなっていた。

 詩央の戦場を見抜く目は本人の知らないところで伝説になっていた。

 南沙強襲の際、二小のモニターを操作して、混乱する戦場の中の弱点を、的確にメインモニターに映し出し小隊員に指示を出す様は、アメリカ海軍の空母打撃群にも共有されており、光条が敵兵を落とすたびに兵士達の歓声が上がっていたことが語りぐさになっていた。

 そして輝巳と遊は三一式のその脅威の防御力を生かして、実際の光条武器や光条砲の的役として、より実戦を想定した訓練を体験できる相手として自衛隊所属の徹攻兵全体の質を上げる立ち位置で、また、三一式の慣熟者という一つの権威として一目置かれる存在になっていた。

 日本の徹攻兵の最高戦力の日常の姿が、しょぼくれた平社員とくたびれた塾講師というのもまた、あるいみ気の利いた皮肉だった。

 

 それぞれの徹攻兵がそれぞれの道を歩き、長かった都築小隊の道のりも、終わりを迎えようとし、徹攻兵関係者の間から花道の噂が持ち上がるようになった二〇三三年の三月、その相談は外務省から持ち込まれた。

 人は三人集まれば派閥ができるという。

 それが国ともなれば一つにまとまるのはむずかしく、さらに大国となればただまとめるだけで意思のない人形のような存在の方が君臨するにふさわしい人物像と評されることすら有るほど困難になる。

 中華人民共和国は、中国共産党が一党独裁体制を敷き、その共産党に所属する中国人民解放軍がその支配力の裏付けになっていた。

 中国人民解放軍は大きく五つの戦区に分かれており、この戦区間でも経済力など様々な競争、駆け引きがあった。

 近年、その戦区間の軍事バランスを崩す事象が発生していた。

 徹攻兵の存在である。

 たとえば、宇宙飛行士や戦闘機のパイロットのように、本人の努力だけではたどり着けない、能力と努力と巡り合わせの高次元での組み合わせが到達できる道というものがある。

 誰にでもなれるものではないが、新しく生まれてきた赤ん坊の誰しもその可能性を秘めている。

 そういう性質のものであった。

 徹攻兵は違った。

 そもそも、用兵側にはふざけた要件といえた。

 六十四の定数で区切られた一定の誕生日の生まれでなければ発動せず、当人の思想信条にも左右される。

 なにより、特定の民族特性により発動する能力など、なんというか、人の世に有っていいはずがなかった。

 しかし、着甲時強化現象の発動要件はそうなっているのだ。

 そして中国国内では、ウイグルとチベットという特殊な地域に偏っていた。

 この地域自体、中国としては触れたくもない目をつぶりたい地域だったが、そこから特殊な超能力が産出するとなると話も違ってきた。

 そのため「中国共産党にとって」優秀な人物をあてて徹底的な管理の下に取り組んできた。

 この野望は一度は結実しそうになったのだが、二〇二八年の紛争で、軍事的脅威としては十分押さえ込めると計算していた日本の手によって叩きのめされてしまった。

 これで潰えることになれば、さまざまな思惑はあれど一定の平衡という平和が訪れることになるはずだった。

 しかし人の口は、一度味わった果実の味を忘れることはできない。

 ウイグルとチベットを抱える西部戦区で、中央政権の思惑とは独自に徹攻兵育成の取り組みが継続されていた。

 いかな徹攻兵といえど戦いとは数である。

 少数であるうちは一つの研究として目をつぶっていることもできたが、年次が経つにつれ、数を増し、質も上げてきているという情報が上がってくると話が違ってきた。

 中央政府としては南沙の悪夢をよみがえらせられる徹攻兵ではなく、これまで通りの冷戦構造を維持する核戦力を交渉力として活用したく、争乱の元になりかねない徹攻兵はいっそ処分してしまいたかった。

 しかし西部戦区はのらりくらりと交渉をかわし、その間にも徹攻兵力を増強しているという情報が上がってきた。

 これに過敏に反応してきたのが、わずかながら西部戦区と国境を接するロシアで、中国国内の徹攻兵の無力化行動を取る場合、主に兵站などの領域での協力の用意がある、と非公式ながら情報を漏らし始めていた。


 ドイツは、中央アジアのさらに東に手を伸ばす取り組みには応じない姿勢を示した。

 軍事的にはあくまで、国連安保理五大国の支援国であるという態度を維持することが、かの国のたしなみだった。

 イギリスとフランスは、そもそもが実体として傭兵部隊であり、数を揃えることができなかった。

 また、折角維持している数をいたずらに減らしかねない冒険的な取り組みには乗れなかった。

 アメリカは質の面で難しさを抱えていた。

 数こそ自国内で着実に増やしつつあったが、第四世代の壁は厚く、ほんの数人の教導役を抱えるばかりだった。

 対する中国人民解放軍西部軍区の徹攻兵力は五年前の南沙防衛と同程度とされていた。


 自衛隊には数も質も揃っていた。

 第六世代型装甲服の慣熟者は輝巳と遊の二名。

 第六世代型装甲服の対応者は明理と皐月、颯太と快王の四名。

 第五世代型装甲服の対応者は道照と七生、司之介と寿利阿の四名。

 第四世代型装甲服の対応者は満と優子をはじめとした総勢二十五名。

 このほかに第三世代型装甲服の慣熟者は二百五十名を超える。

 公表されていないだけで、まさに化け物のような軍団を抱えているのが、自衛隊の徹攻兵力の姿だった。

 統合幕僚監部、陸上幕僚監部が色川や明理のような実戦経験者の意見を元に立案した作戦は、こうだった。

 一小隊を四名の徹攻兵で構成し、三小隊十二名を一中隊としてまとめ、四中隊四十八名を徹攻兵大隊として運用する。

 このほかに輸送科、通信科、施設科などを動員し連隊規模で行動する。

 ロシア、アメリカと連携し、ロシア連邦のアルタイ共和国と中華人民共和国新疆ウイグル自治区の国境に徹攻兵を進めることを西部軍区に通告する。

 中国共産党本部より西部軍区に徹攻兵力を持って撃退に当たるように司令させる。

 決戦の地は中ロ国境の山岳地帯、渓谷の中の盆地状にひらけた一帯に敵性徹攻兵力を引き出し殲滅する。

 国際的には中ロ国境紛争とし、アメリカの仲裁により解決をした体裁を取る。

 自衛隊は、アメリカ軍との連携の元、国際平和維持活動の一環として、短期間駐留していた体を取る。


 作戦自体は、自衛隊に所属する徹攻兵力だけで実施可能ではあった。

 ただ、色川と明理としては都築小隊、詩央小隊も動かしたく、全員を呼び出した形で作戦概要の説明があった。

 その一通りの説明を聞いた直後の輝巳の言いぐさが、「これさ、俺たちのやることじゃなくない?」というものだった。

 その言葉に素早く反応したのは信世でも遊でもなく颯太だった。「お父さんはなんでそう思うのさ?」

 輝巳は、颯太の言葉には弱い。「うーんと、ぐだぐだいいたくはないんだが、二つあって、一つは、お父さんの考えでは徹攻兵は国土防衛のために使われるべき力で他国間の紛争解決なんて知ったこっちゃないってこと」

 颯太は答えつつ、次の考えも引き出す。「力を持つ社会の構成員として、知ったこっちゃないっていいかたは大人じゃないと思う。

 それで、もう一つは?」

 輝巳の発言の勢いが落ちていくのを皐月はおもしろく眺めていた。

 「もう一つは、自衛隊の現有能力だけで実行可能じゃないかと、思う、こと、かな。

 十分育ったと思うんだよ、その、自衛隊の徹攻兵は」

 遊が口を開く。「それは敵性徹攻兵が第四世代型に留まっているって想像が前提になっているな」

 輝巳がいつもの調子を取り戻し、少し軽んじるかのような口調で答える。「中国が第五、第六世代に到達していると思うの?」

 遊が答える。「情報が分かりきっていない以上、最悪を想定して動くのが勝利の最低条件だ」

 輝巳がたずねる。「それは遊君のいうとおり。

 じゃあさ、遊君はこの作戦、参加するの?」

 遊が首を横に振る様を見て、明理は目を見開いてしまう。

 「うんにゃ、そういう気持ちはない。

 理由は、輝巳とほとんど同じ。

 徹攻兵は国土防衛の力だと思っているからだ」

 これに食い下がったのが快王だった。「颯太パパも春日さんも、どうして力のある大人として作戦に協力しようと思わないんですか?」

 輝巳が口を開こうとしたが、遊が口を開くのを見て輝巳は控える。

 「戦えば最悪死人が出る。

 極論すれば今回の事は中国国内の軍事バランスの問題と俺は思うんだが、その解決のために日本人の血が流れる意味があると思えないんだ」

 今度は司之介がたずねてくる。「生意気をいうようなんですけれども、軍事バランスを語ると、バランスブレイカーですよね、徹攻兵の力は。

 特にロシアと中国にとって。

 その中国、ロシア側の要請に添って徹攻兵が動くことで核による抑止力の世界に戻るのでしたら、広い意味で国際平和につながるんじゃないでしょうか?」

 輝巳も遊も一旦黙ってしまう。

 そして輝巳が口を開く。「これ以上なにかをいうと、じじいが若者に説教してるみたいになって、颯太から大人げないっていわれそうでおじさん黙っちゃいそうになるな。

 だけどさ、司之(しの)のその考え方をわかった上で、知ったこっちゃないって思うんだ。

 ここは遊君とおじさんの考えの違う所なんだけど、おじさんは日本も核兵器を持つべきだと思っている。

 でも、いろんな思惑とか、駆け引きのうまさ、へたさがあって未だに核兵器を持っていない。

 核保有国が百年前の戦争の戦勝国様ですって普段偉っそうな顔していておいて、今困ったから泣きついてきてんじゃねーよ、って。

 平たくいうと大国って奴らにむかついてやる気がしねー、って、だめだこりゃ、何をいっても子供っぽいな」

 司之介はそれを聞いてはにかむ。

 輝巳が続ける。「さっきから皐月ちゃんがずっとうっすら笑ってるんだよね」

 皐月が答える。「颯太君の前では大人しいんですね」

 輝巳が答える。「うちじゃ一番大人なのが颯太で、一番子供なのが詩央なんだよね」

 詩央が割ってはいる。「はあ、お父さんの方が子供でしょ」

 颯太がひとこと。「詩央」

 信世が口を開く。「じじいとばばあはよその国のことで自衛隊の血が流れることには反対って所なんだけど、若者達はどうなの?」

 司之介が寿利阿にたずねる。「寿利阿は参加するんでしょ?」

 「参加っていうか、私は正規の自衛官だから。

 当然、命令にしたがうだけ」

 司之介の物腰は柔らかい。「友達が作戦に参加するのにほうっておけないよ。

 僕は出るつもりですよ」

 快王も答える。「俺も」

 颯太が答える。「俺もおんなじ。

 詩央もつきあえよ」

 詩央が答える。「なんで勝手に決めるの」

 「じゃあ、寿利阿をほっとくのかよ?」

 詩央が答える。「そうはいってないでしょ。

 私もできることをやります」

 そこまで聞ききって、明理がほっと一息つく。「二小には単純な攻撃力というだけじゃなく、詩央ちゃんも頼りにしたかったのよ」

 詩央はなんのことかわからない様子で「はあ」と返事してしまう。

 そこまで聞いて、輝巳は考え込んでしまう。

色川は、その様子を見逃さない。

 が、待つ姿勢も持っている。

 輝巳が落ちつき無く、遊や信世の顔を確かめる。

 皐月が薄く笑う。

 信世が嘆息する。「親の引率は必要ないのよ」

 輝巳が慌てて口答えする。「わかってるよ」

 色川が差し込む。「いかがでしょう。

 都築小隊は、尾形さん、春日さんの二名だけの分隊として編成し、遊軍として布陣に組み込まない運用も考えられると思うのですが」

 遊が呆れたように答える。「多分、俺が断っても輝巳は行くんだろ。

 その、二名編成の特務分隊に出ましょうかね」


 大枠が決まったことで、細かい作戦計画が練られる。

 中国とロシアの国境にはモンゴルとカザフスタンの国境も迫っており、なにもない山岳地帯でしかない。

 十二小隊四十八名の徹攻兵と特務分隊の二名を含めた五十名の徹攻兵を放り出すように配置すれば事が済むわけではない。

 ロシア側が軍備を動かす必用があり、それに中国側が呼応するしきたりが必要となる。

 当然、国境付近にロシア側、中国側が軍備を動かすとなればモンゴル側とカザフスタン側も布陣を構えることとなる。

 不幸な事故や、事故に見せかけた工作が元で、単純な中ロの国境紛争が多数の国々を巻き込む戦乱の端緒となることも、歴史の中では繰り返されてきた展開ではある。

 作戦目標は中華人民共和国国内の徹攻兵力の無力化の一点。

 作戦の前後を通じて、各国の国境線は動いてはならない。

 この条件を満たし、双方百名におよぶ徹攻兵が散開して戦闘できる地形となると、モンゴルよりの中ロ国境付近に盆地状の地形が一箇所あり、そこを作戦の目的地としてアメリカの支援を受けながら、中国、ロシア、モンゴル、カザフスタンと慎重な水面下の交渉が必要となる。

 ロシア側の支援の元、ロシア国内の領空を利用できるとはいえ、五十名の徹攻兵とその装備を戦場まで輸送しなければならない。

 また、徹攻兵にはクリスタルを使った意識通信ができるとはいえ、一つの原石から分割したクリスタルで通信できるのは十名が限度である。 

 小隊長を含めた五名と、中隊長、大隊長、そして統合連携役に割り当てると限界に来てしまう。

 このため、小隊間の統合的な連携には、通常の電波を使った通信が欠かせない。

 これらの通信を可能にするためには通信科の設備が必要となるし、それらの設備を敷設するために施設科の協力が必要となる。

 こういった人員が高緯度地方の山岳部で活動するためには、寒冷地対策が施された装備類を輸送する必用があり、輸送科の輸送力が全てのかなめといっても過言ではない。

 戦闘自体は戦闘単位同士の直接対決によるものであり一日もあれば決着するであろう。

 しかしその準備には数週間を要し、そして撤退にも同期間を要する。

 そこまでを整えてようやく布陣を検討できる。


 二小は戦場の中央に配置する部隊として、高世代型中心のいつもの編成を維持する。

 それ以外の小隊は、高世代型対応者を軸に現場に置き、低世代型対応者で数を整える。

 具体的には明理と皐月は離し、明理の小隊は明理を軸に一八式対応者二名、〇六式対応者一名の四名編成とする。

 この要領で、明理小隊、皐月小隊、道照小隊、七生小隊、満小隊、優子小隊などに分散させる。

 南沙の戦闘で、徹攻兵の戦いは小隊単位の集団による単一目標への首狩りゲームと見えている。 

 現場から遠く離れた小隊長が四人の構成員のモニターから標的を選び、そこに向かって弾幕を集中させればよい。

 一つ一つを丁寧に運ぶことで、被害を最小限に、効果を最大限にし、戦場を限定し、何事もなかったかのように跡形もなく立ち去ることができる。

 この構成自体は輝巳と遊、信世も納得のいくところで、あらかじめ、各々の小隊の構成員で集中攻撃の訓練も取ることで、十分達成可能な内容と思われた。


 四月、統合幕僚監部、陸上幕僚監部が米軍とも調整してまとめられた作戦が外務省、財務省に伝えられ、それぞれの省庁を通じた調整が始まる。

 五月、外務省に籍を移した防衛省の職員が、ロシア陸軍の立ち会いの下、作戦目標地点の測量を行う。

 測量したデータは一旦ロシア陸軍に預け、ロシア外務省を通じて外務省経由で防衛省が受け取る。

 六月、測量データを元に現地設営計画、輸送計画が立案され、外務相籍の防衛省職員よりロシア側に照会し合意形成を計る。

 また、ロシア外務省を通じてモンゴル、カザフスタンの両国に設営計画や想定日程が情報提供される。

 同時に、必用な資材の調達と確保が開始される。

 七月、まず国内での計画が実施される。

 揚陸艦、輸送機を使った資材の輸送が始まる。

 月日は、あっという間に過ぎ去る。

 この間、全国の徹攻兵達の間では、南沙駐留、国土防衛のための再配置が整えられ、残る要員で、各々、実戦を想定した小隊が組まれ、弾幕戦を想定した調整訓練が行われる。

 輝巳と遊も、光条膜を使った標的役を何度も引き受けた。


 八月上旬、出撃および撤退の本拠地となる駐屯地がロシア国内に設営されると、アメリカ、中国、モンゴル、カザフスタンの各国に通達がされる。

 八月十一日木曜日、普段社会人を果たしている特務予備自衛官が続々と現地入りする。

 現地で活動する徹攻兵の最高指揮官である穂村明理三等陸佐と敬礼し合う。

 八月十二日金曜日、各員、着甲しての最終試験と通信状態の確認、地形、布陣、戦闘要領に関する最終確認が行われる。

 一八式以上の徹攻兵は、南沙強襲の時と同様、背面のスラスターボックスから左右に延びるバーをつけ、右に二門、左に二門の合計四門の八尺砲を懸架する。

 〇六式の徹攻兵は四門のラインメタルを持参し、現地で一門ずつ射撃する。

 全員、背中の中央には各々の取り回しの良い長さの光条武器を予備としてかまえる。

 小隊番号は最右翼から一番、二番と振り、七生小隊は第四小隊、道照小隊は第五小隊、詩央小隊は第六小隊、明理小隊は第七小隊、皐月小隊は第八小隊、満小隊は第九小隊、優子小隊は第十小隊を名乗る。

 全小隊とも、座間駐屯地指揮所に詰める中隊長、そして大隊長の色川とも胸のクリスタルを共有し、更には統合連携役として、信世、詩央とも胸のクリスタルを共有、最後の一個は現場の総連絡役として明理に託している。

 中隊長を持たない都築分隊は四つクリスタルが余るため、詩央小隊の颯太、快王、司之介、寿利阿と共有している。

 輝巳は改めて自分の背中の装備を振り返り、遊に軽口を叩いた。「遊君、これさ、敵さんに放熱板と間違えられないかな?」

 遊はしれっと答える。「そもそも、漏斗の形をしてないから飛ばないぞ」

 全員、雪の残る山中を想定し明灰色の塗装で望む中、オフホワイトに赤の試験機模様を入れた遊と、黒鉄色で彩られた輝巳の装甲服が浮いている。

 その晩、設営地の寝袋の中で輝巳は、狼の遠吠えを聞いた気がした。

 八月十三日土曜日、先勝、現地時間午前八時に中国ロシア間の国境十キロ手前を出発した五十名の徹攻兵は、散歩感覚で雪の残る山中を移動し、現地時間午前九時に中ロ国境線上の山岳の稜線左右四キロ余りに展開する。

 ちょうど稜線の中央が内側に引き込み、左右が両翼をせり出した鶴翼の陣形を取る。

 稜線上が国境線上、武装した状態でここを超えれば越境となり、中国側からどのような攻撃を受けてもおかしくない。

 万年雪に覆われた雪原の盆地を挟んで反対側の稜線に、敵性徹攻兵十八名が姿を見せる。

 明理が数える。「敵性徹攻兵、対向側の稜線上に出現。

 数は、一、二、

 十八と推定。

 装甲の形状から、第四世代型と推定。

 距離、およそ二千七百メートル。

 高圧砲と思われるものを所持し砲口をこちらに向けている模様。

 総員、警戒」

 相手側の稜線の方がやや低く、雪原の中央にはわずかばかりの下りの段差もある。

 平坦というわけではないが、複雑な地形でもない。

 単純な砲撃戦が予想される。

 ただ、八尺砲の短距離有効射程が千九百二十メートルと、現在の距離はやや遠い。

 一方、ラインメタルの徹攻兵は通常目標なら三キロでも十分当てられる。

 静止目標なら二十五キロでも当てられる。

 できれば、相手側からの国境線に向けた砲撃があり、呼応する形での侵入を取りたい。

 明理が告げる。「総員、砲口を敵性徹攻兵に構え」

 輝巳と遊は、明理達第七小隊や、颯太達第六小隊の後ろに控えて、様子を見守る。

 中国側から通常回線で通信が入る。「貴国の行為は国境侵犯に当たる。

 速やかに退去されたし。

 さもなくば攻撃を開始する」

 稜線上四キロ余りにわたって四十八名の徹攻兵が砲門を構える姿は壮観ですらある。

 中国側から再び、通常回線で通信が入る。「繰り返す。

 速やかに退去されたし。

 これは最終警告に当たる。

 退去なき場合、攻撃を開始する」

 全員、構えを崩さない。

 ちょうど一分が経過したところで、相手の火砲が開く。

 明理が声を上げる。「回避」

 色川が通達する。「全軍、進撃開始」

 相手方の砲撃を避けながら慎重に進む。

 八尺砲の有効射程に向けて八百メートルほど距離を詰める必用があるが、鈍足の〇六式でも三十秒余りで駆け抜けられる程度の距離でしかない。

 第六詩央小隊を除けば、全ての小隊に〇六式が組み込まれており、右端の第一、第二小隊と、左端、モンゴルよりの第十一、第十二小隊は、一八式二名、〇六式二名で構成されている。

 相手方の稜線が中央を張り出した形になっており、半月の弧を描く鶴翼の形をそのまま集約したい。

 明理が声を上げる。「慌てるな。

 集中して砲撃を回避し、陣形を維持したまま距離を詰める」

 全員、左右を意識しながら距離を詰める。

 後ろから眺めている輝巳が遊に呟く。「相手側、必死さがないね」

 遊が答える。「距離が詰まったら、光条砲に切り替えてくるのかもしれん」

 輝巳は、自分が動かないのが落ち着かない。「むずかゆいね」

 遊が答える。「だな」

 座間の指揮所で各員のモニターを確認していた詩央が声を発する。「明理さん、全員、距離千九百」

 明理が声を上げる。「総員、跳躍」

 色川が通達する。「撃ち方、開始」

 それを待っていたかのように、自衛隊側徹攻兵の後ろの雪原から、一斉に敵性徹攻兵が姿を現した。

 輝巳が声を上げる「後ろ」

 遊も声を上げる「避けろ」

 敵性徹攻兵達は、飛び上がった標的の姿に色とりどりの光条を撃ち込む。

 明理が声を上げる。「回避」

 詩央も声を上げる。「総員、回避。

 回避して」そして勘のいい徹攻兵が振り返るモニター画面を大急ぎで数える。

 混乱し、とにかくでたらめに自衛隊側徹攻兵が飛び交う中、詩央の声が飛ぶ。「新たな敵性徹攻兵は総数二十五と推定」

 そういう間にも司之介が意識を飛ばし、颯太、快王、寿利阿の白、青、赤の光条が一人の徹攻兵を亡き者にする。

 しかし、正面の十八名の敵性徹攻兵も光条砲に切り替えてくる。

 何を避けていいのかわからない〇六式の徹攻兵の中には、直撃を受けるものも出てくる。

 第四世代型の光条砲の威力は三十二センチ、装甲服に対しては四分の一の八センチになるが、そんな大きな穴を装甲に空けた経験のあるものなどおらず、緊張は極度に上がる。

 詩央の声が飛ぶ。「新たな敵性徹攻兵は、いずれも第四世代型相当と推定。

 総数二十四、あ、二十三」

 第六詩央小隊が、また一人徹攻兵を落とす。

 半月の弧を描いていた一線の陣形は跡形もなく分断されてしまっている。

 何より〇六式の徹攻兵の動揺が大きい。

 世代一つ分の違いはそのまま勝敗の違いにつながる。

 敵も〇六式を中心に砲撃を集中してくる。

 明理が先に気がつく。「総員、白兵戦の用意。

 光条武器を構えて」

 伏兵として背後に現れた敵性徹攻兵は、距離の近さを更に詰め、光条武器で接近戦を挑んでくる。

 輝巳が呟く。「古くさい手を」

 遊が苦々しく答える。「驕りがあったことにはかわりはない」

 明理の声が飛ぶ。「落ち着いて。

 落ちついてとにかく回避。

 この時間をしのぎます」

 詩央が声をかける。「皆さん、数はこちらが上です。

 二対一で対処に当たって下さい」

 この一言で嫌な空気が一枚薄まる。

 とはいえ、相手の刀には気迫がこもり、対向する稜線上からは、光条砲の援護射撃も続く。

 第六詩央小隊も、乱戦の中では同士討ちを警戒して安易に射撃できない。

 皐月が一人切り落とす。「明理ちゃん、詩央小隊を両翼に回すのは」 

 明理がうなずく。「なるほど。

 颯太、寿利阿、右翼の一番、二番小隊の援護へ。

 快王、司之介、左翼の十一番、十二番小隊の援護へ回って」

 眺めながら聞いていた輝巳が小声で呟く。「遠いだろ」

 遊がはっきり答える。「いや、ありだろ」

 輝巳が答える。「そっか」

 詩央が声を上げる。「快王、司之介、十一番、十二番小隊の各員は、モンゴル側国境に近づかないように」

 快王が呟く。「発注厳しい」

 司之介も声を上げる。「こき使ってくれるね」

 敵の刃、敵の砲撃に加えて、モンゴル側国境も気にしなければならない、十一番、十二番小隊の面々は、とにかく応戦と回避で手一杯になる。

 詩央小隊がばらけるのを見計らったかのように、敵性徹攻兵側の稜線と戦線の間から、雪に隠れていた伏兵が更に現れる。

 遊が声を上げる。「明理ちゃん、新手」

 輝巳がスコープで数える。「八人。

 装甲がスマート。

 第五世代型の可能性」

 数が少なくとも距離が近い。二対一で近接戦闘していても、背後から撃たれれば十六センチの大穴が開く。

 これは怖い。

 明理が叫ぶ。「総員、新たな伏兵に厳重注意。

 絶対に当たらないで」

 稜線上の十八名と合わせて二十六名の敵性徹攻兵による砲撃は、光った瞬間に当たるようなもので、そちらに集中していないと回避もできない。

 しかし砲撃に意識を取られていては目の前の刃がこちらを切り裂いてくる。

 当初想定していた作戦は既に破綻し、首狩りゲームのはずがただただもみ合いに変わってくる。

 色川が声を上げる。「穂村三佐、体制の立て直しを」

 「了解。

 総員、国境線側に体制を入れ替えて」

 しかし、敵の近接戦闘も、挟撃の意識を持って国境線側にまわる。

 誰しも、射撃を集中する訓練を重ねてきたが、当たれば一撃で死ぬ近接戦闘への取り組みが薄かったことに思いを馳せる。

 輝巳が呟く。「これ、練習されてたね。

 ここで」

 場は、なんとか持ちこたえている。

 しかし、特に連続十秒程度しか光条推進の効かない〇六式を中心に、動きの鈍さが見えはじめる。

 まだ、被害者は出ていないが、何人かまた、装甲の脆化を受けたものが出る。

 輝巳が背中の光条武器に手を回しながら呟く。「とにかく、あの真ん中の第五世代型に好きにさせちゃいけないな」

 輝巳の光条武器は長すぎて、二本に分割されている。

 柄をねじ込み一本にすると、ロックナットでハードに固定する。

 前後に刃のついた四メートルを超える長刀を構える。「色川さん、信世、遊君、俺、出るわ」

 輝巳は、水平に飛び込むようにジャンプすると、光条推進を使って二キロの距離を一気に詰める。

 黒い流星が、雪原の上に投下される。「待たせたな、ひよっこども」

 そして砲撃戦の構えだった敵性第五世代型を一人、なぎ払う。

 突然飛び込んできた黒い徹攻兵に驚きつつも、砲口を向けた敵性第五世代型に、天空から二本の紫光条が突き刺さる。

 上空には、輝巳の後から飛び上がってきた試験機模様の徹攻兵。「友軍の脱出まで、我ら特務分隊が戦線を維持する。

 者ども、引け」

 輝巳は、ダッシュと光条推進で、とにかく中間の第五世代型の間を飛び回り、何でもいいから光条砲の砲口を落とすことを選ぶ。

 丈さえ詰めれば飛距離は出ない。「遊君、ここは俺に任せて、近接戦の敵の脆化を」

 遊に稜線上の十八名の敵性徹攻兵が何名か、砲火を集中させる。

 遊は空中を舞うように避ける。「色川さん、撤退命令を」

 色川が戸惑う。「しかし」

 輝巳が目の前の敵の刃を払い、その勢いのまま長刀を後ろに伸ばして背後の刀をはじく。

 そして呟く。「しんがりは強兵に任せて。

 心を、鬼に」

 小刻みに空を舞う遊が十八名の一人を落とす。「俺は嫌なんだよ。

 こんな地に自衛官が骨を埋めるのは」

 色川が決断する。「穂村三佐、全軍を率いて国境線上に撤退を開始せよ」

 明理が反論する。「ですが、それでは二人を置き去りに」

 色川が厳命する。「兵数の維持が最優先だ。

 撤退を指揮せよ」

 明理がうなずく。「了解しました。

 各員、撃破ではなく回避を最優先に行動して下さい。

 そして国境線上に移動、体制を立て直します」

 六名の第五世代型の光条砲を、何らか切り裂いた輝巳が飛び上がる。「遊君、こっちぶっ壊す」

 そういうと輝巳は左手に近接武器を持ったまま、十七名に減った敵側稜線上の敵性徹攻兵の手元の光条砲、そして足下に予備として備えられた光条砲に向かって、背中の光条砲を乱打する。

 一、二、三、四、敵の砲撃があがってくる。

 前に、左に、下に、右に避ける。

 五、六、七、八、撃ちきった外側の光条砲を捨て、次の光条砲を構える。

 遊も輝巳の動きに合わせ、二体の敵徹攻兵を落とし、数を十五名に減らす。

 そこまで見とどけると後ろを輝巳に任せ、撤退にもたつく徹攻兵達の援護射撃に移る。

 気を使うのはモンゴル側国境に近い、十一番、十二番小隊。

 快王と司之介の援護もあり、身内は国境線側に回り込み、敵性徹攻兵は遊に背中を見せている。

 当たりさえすればよい、と撃ち込むと、敵性徹攻兵の背中のスラスターパック部分が脆性崩壊し、推力を失って機動が落ちる。

 こうなると敵性徹攻兵は脚で動きを稼ぐしかない。

 これでいい。

 時折、下から攻撃が来るが、輝巳の対処が続いている。

 遊は前後左右、空中で小刻みにフットワークを見せながら右手側から左手側へと、同士討ちにならないよう、落ちついて敵の脚、すなわちスラスターパックを狙う。

 輝巳は、三一式のスラスターの能力を出し惜しみなく活用し、とにかく遊をまともに狙わせないように動きながら、自分も、まともに狙うことにこだわらず光条砲を撃ち込む。

 既に二本目も撃ち終わり、右手に近接武器を持ち替えて左手で光条砲を撃ち込む。

 何人かは、体に当ててやった相手もいるが、とにかく静止目標である、足下の代備品を壊せればよい。

 十五名に減った敵の援護射撃がなくなれば、見方は安全に国境線上に戻れる。

 足下の第五世代型の動きが気になるが、まずは遊の邪魔をさせないための仕事が欠かせない。

 四本目を撃ちきろうとして輝巳は、颯太の影を追ってしまう。

 いるか。

 いた、無事だ。

 そして、四本目を撃ちきろうと視線を目標に戻した時、足下の第五世代型敵性徹攻兵が、雪中に収めていた新たな光条砲を取り出して輝巳を狙う。

 遊は気がつくが輝巳は狙う方に意識が向かってしまっている。「輝巳っ」

 遊の叫びと同時に輝巳が避ける。

 しかし緑、黄色、赤の光条が、揃って輝巳の左脇腹に集中する。

 うぬっ、と輝巳が空中でうめく。

 遊が最後の二本、第一小隊を相手にする敵性徹攻兵の背中に紫光条を当てると、輝巳と遊、二人、地上に降りる。

 遊のカメラを通じて輝巳の背中がモニターに映る。

 黒い装甲の脇腹が欠け、その向こうに白い雪原が見える。

 座間の指揮所で誰もが息をのむ。

 輝巳が声を上げる「明理、状況知らせ」

 遊が背中の光条武器を抜く。

 明理が答える。「第一小隊、間もなく撤退完了。

 国境線上で我々は、今一度砲撃戦の構え。

 敵性徹攻兵は撤退し、そちらに集中してゆきます」

 乱戦中に皐月が更に二名を切り裂き、数を二十名に減じた敵性徹攻兵達は、自国国境内に残る輝巳と遊に集まってくる。

 敵稜線上からも、十五名に減じた敵性徹攻兵の十二名が、手持ちの火器を失い駆け下りてくる。

 色とりどりの近接武器が、前から後ろから輝巳と遊に襲いかかる。

 更には一瞬の隙を狙って砲撃の構えを見せるものも現れる。

 輝巳は前と左から来る柳葉刀を左に払う。

 その勢いで、右に延びた後ろの刃で右に突きを入れ左右に振り回す。

 とにかく輝巳の得物が長く、敵も懐に入り込めない。

 「遊君、引いてくれ」

 「馬鹿いうな」

 輝巳が正面に突きを入れる。「時間が無い」

 背中側から三本の突きが入るのを飛び跳ねて避け光条武器を杖代わりにてんぽを変えて地面に立つ。「〇五年に封印された文書」

 遊はあくまで間合いを取り、敵の攻撃の先の先を取って払い避ける。

 色川が声を上げる「尾形さん、それは無しだ」

 輝巳は背後に突きを入れる。「遊君」

 輝巳はそのまま、黒く染まった両長刀を左右に一周ぐるりと回す。「俺たち」

 輝巳は国境線上に向かって大きく突進して隙を作る。「親友だろ?」

 遊は輝巳の作った退路に向かって大きく左右に大太刀を振るうと全速力で戦場を去る。

 輝巳が友の背中を見送った一瞬を逃さず、青い柳葉刀が輝巳の右足を切り払う。

 輝巳もそれに気がついてはいたが、動きが一瞬遅れる。「メフテーム」そう叫ぶと思い切り踏み込み、青い柳葉刀の徹攻兵の胴体を左から右に両断する。

 敵の徹攻兵の攻撃は止まない。

 既に輝巳は背中のスラスターの勢いだけで立っている。

 とにかく、敵を集めたい。

 遊を追うように延びた敵性徹攻兵に向かい、こちらに振り向かせる。

 左に払う、右後ろに突く、右上に払い上げて飛び込んできた敵性徹攻兵の腹を突く、そのまま小さく飛び上がり足下の攻撃をよける、そして左後ろに刃をのばし、隙をうかがって集まってきた敵性徹攻兵を牽制する。

 輝巳はそれらをすべて片足でこなす。

 遊が明理に指示を出す。「明理、全員に撃たせるな。

 そして全員、稜線の下に頭を下げろ」

 颯太がスコープモードで父親の影を追う。

 詩央がその画像をメインモニターに映し出す。

 色川が声を上げる「総員、爆風が来ると思え。

 稜線の下に待避。

 待避せよ」

 輝巳が十メートルほど飛び上がる。

 それを追うように八人の敵性徹攻兵が飛び上がってくる。

 輝巳は空中で両長刀を乱舞させ、これをいなす。

 一本の橙色の光条が輝巳の装甲をかすめ、頭部の装甲が脆化し左目が現れる。

 輝巳は逆に周囲を見回して、敵性徹攻兵のほとんどを目の届く範囲にとどめたことを視認する。「颯太、詩央、お母さんにも伝えてくれ。

 お父さん、心から」

 輝巳は胸の装甲を引きはがすとアンダーアーマーの上から胸のクリスタルをつかみこむ。

 「愛してる」

 そして輝巳はクリスタルを握りつぶした。

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