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徹攻兵「アデル・ヴォルフ」  作者: 888-878こと
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訓練記録ファイル202901dd-38 戦場の風と世代の更新

 輝巳が、莉央さんに平謝りだった出張から四ヶ月、年も明けて一月の第三週末、座間駐屯地の会議室では、テレビ会議方式でファイアリー・クロス基地との意見交換から始まった。

 輝巳達の意に反して色川はそんなに日焼けしていなかった。「ここはもはや徹攻兵の国際拠点です。

 徹攻兵は専用宿舎を出る時はプロレスラーのようなマスクをすることになっているんですよ」

 駐留する徹攻兵の総数は五十名余り。

 工兵や歩兵も多く、それらの要員の対応をする軍属も多く駐留している。

 総数では中国人捕虜の一万名と同等の規模になる一つの町としての機能を持つことになる。

 当然、どういう情報がどこから流れ出るかも計りきれず、徹攻兵の素性は極秘扱いになっている。

 色川が笑いながら話す。「国籍と階級は襟章などで通じるのですが、名前は偽名を使っています。私はローランド、穂村一尉はカトレア、相原一曹はエリカと名乗ってますよ」


 結局武器庫はほとんど無傷で接収することとなった。

 信管付きの爆発物も多数残されており、米軍側は爆破破壊を主張したが、自衛隊の工兵科が全て取り除けると主張し、クレイジーだといわれながらやってのけた。

 これにより、防弾設備のある大型の倉庫をそのまま接収することに成功した。

 海上空港としての通信設備も大型化、強化された。

 一時的に電源設備が破壊されたのは残念だったが、電源設備、浄水設備などは真っ先に整備された。

 将来的な構想として、フィリピンのパラワン島から海底ケーブルを引き、基礎電源とネットワーク回線を引くことも計画されていた。

 ネットワーク回線といっても、いわゆるインターネットではなく、軍の規制の敷かれたもので、SNSなどは制限されたものになるが、一部映像コンテンツやニュースサイトなど、駐留者の福利厚生も向上させることができると考えられた。

 日米を中心にフィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイからも工兵や資材の協力があり、ASEANの共同拠点としての形が整いつつあった。

 ファイアリー・クロス礁はもともと、ベトナムが領有権を主張していたところ、一九八八年の海戦で中国が領有権を主張するに至った経緯があり、国際的な帰属が早速、交渉の議題に上がった。

 地理的にもフィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイの中間にあり、各国の思惑がひしめいた。

 この点でも領有権を主張しない日本の自衛隊が中心となって警備に当たっているのは好感された。 

 島の北東部と南西部には地対艦ミサイル、地対空ミサイルが配備されているだけではなく、常時三小隊十二名の徹攻兵が、基地の各所を警備しており、その姿は、最新鋭、最先端の軍備として、畏敬の念を持って扱われた。

 構成は、自衛隊所属の徹攻兵が二十名、アメリカ所属の徹攻兵が十二名、イギリス所属ことオーストラリア出身の徹攻兵八名、フランス所属ことゼライヒ女王国出身の徹攻兵が八名の合計四十八名に、日本側選出の大隊長、アメリカ側選出の副官を合わせた五十名が常時駐留していた。

 これまではアメリカ海軍が、航行の自由作戦と称してファイアリー・クロス礁の近海を航行していたが、これからは中国人民解放軍海軍の駆逐艦が、ファイアリー・クロス基地の近海を航行することとなった。

 色川が顔をほころばせながらいう。「この会話は国際通信で、ASEAN各国と内容が共有されています。

 そのため、いえることといえないことがありますがひとつおもしろいことがありまして」

 輝巳が前のめりになってたずねる。「なんです大隊長」

 「ここで歩哨を三週間もこなすと、第三世代まで装甲服の世代を上げられるんですよ、各国の権限者達が」

 これには遊が驚いた「皆さん、ラインメタルを撃てるようになるってことですか?」

 「そうです。

 やはり現実の国際紛争の風に触れるというのは百の訓練に勝るものがあるのかも知れません。

 これにはアメリカもイギリスもフランスも喜んでいまして、比較的短期間のローテーションで顕現者を送り込んできています。

 そこにいる佐藤海士長と高橋三等海曹もここで〇六式の慣熟を終えました」 

 輝巳も驚きを隠さない。「九八式とか〇五式は入門編で、本格的な徹攻兵はラインメタルを単独運用できる〇六式から、ということになるわけですね。

 あ、うーん。

 ここで色川さんにいうことではないですが、個人的には世界地図が変わるのは徹攻兵起因じゃないといいなあ、とは思います」

 色川は頼もしくうなずく。「むろん、私も同じ思いです。

 中国の今後の動きには注意が必要ですが、まだ見ぬ徹攻兵保有国が現れた場合にも、パクスアメリカーナを軸とした秩序が維持されるよう、そして日本国土の防衛のために自衛隊は全力を尽くします」

 輝巳が苦笑いする。「長かった私や遊君の支援も、終わりがみえてきましたかね?」

 色川が困った表情を作る。「いやそのー、ここではいえないので詳しくは武多さんと相談して欲しいのですが、お二人にはまだお願いすることがありまして」

 輝巳と遊が裏返った声で返事をする「はい?」「え?」

 そして二人とも国際通信であることを思い出す。「わかりました」「ここまでにしましょう」

 二人、口を揃えて「ご武運を」というと通信を切る。

 これまでは会議といえば明理も皐月も、道照も七生もいたので、輝巳、遊、信世と満、優子、数人の士官、そして武多という組み合わせが少し寂しくもある。

 しかし、武多はお構いなしに上機嫌で話し始める。「いやー、お二人とも危うく我が国の国家機密を国際回線にのせちゃうとこでしたねー」

 輝巳は苦笑いする。「もうね、俺わかっちゃった」

 遊もあきれ顔を作る。「俺だってわかったよ」

 武多が嬉しそうに受ける。「わかっちゃいましたか。

 二人とも跳躍高度が百六十メートルを超えていたんですよ。

 第六世代型、取り組んじゃいましょう」

 そういって武多が大型テレビに映し出した第六世代型装甲服のデザインは、これまでスマートと称されてきた二六式をさらにスリムにしたものだった。

 輝巳が感心しながら呟く。「もう、型式名称アールエックスなんとかにした方が」

 そこまでで遊がこづいてくる「止めろ。

 そもそもお前の名前はテンパっていない」

 輝巳が苦笑いする「輝いちゃってるからな」

 遊が、輝巳の冗談をぶった切るように話しを切り替える。「二六式の時も同じようなことを聞いたと思うのですが、第六世代型は出力向上だけですか?」

 武多が困ったような顔を作る。「わからないんですよ、まだ。

 第一世代型は脅威の防御力と運動能力、第二世代型は光条武器の発動、第三世代型は光条推進を可能とし、第四世代型は光条砲の運用、第五世代型で水中稼働、とまあ、世代を上げるごとに何らかの追加能力を発揮してきました。

 でも、さすがにもうなんかとんでもない能力なんて無いと思うんですよ。

 そもそも前回の作戦で第四世代型ですら高度一万メートルから放りだして死なないし、もう、いいんじゃないかと」

 遊も苦笑いする。「そうですね、超人ぶりもここまで来たら極まった感がありますよね」

 武多が呟くようにいった。「ただなあ、もし、第七世代型があるとすると、太ももと二の腕の装甲がなくなっちゃうんですよね。

 そんなことって有るのかなあ」

 信世がそれを受ける。「一九九八年の制式化から三十年経っても、謎は謎のままに取り組んでいくのが徹攻兵のあり方なんですかね」

 四人、一瞬、遠い昔に思いを馳せる。

 武多が思い出したように口を開く。「ところで各国、第四世代への更新には手を焼いているみたいです」

 輝巳が口答えする。「いや、それはおかしい。

 うちの子達軽々到達しましたよ」

 武多が諭すようにいう。「輝巳さん、輝巳さんの子というか、いいづらいことですが、実戦で敵性徹攻兵を無力化した徹攻兵の子、ということが大きいようなんですよ」

 輝巳は、それを聞いて黙ってしまう。

 代わりに、遊が口を開く。「確かに、俺たちは〇五式から〇六式には武多さんの計算の元にデザインされてから、アデル・ヴォルフ機関に逆に照会する方式で制式化に成功しましたが、一八式の制式化までは十二年の歳月を費やしました。

 それが二六式の切っ掛けは対馬撃退の二〇二一年ですし、今回も南沙解放を受けてのことといえます。

 切っ掛けを、敵性徹攻兵の撃退に求めるのは因果関係の一つとして関連づける考え方も頭ごなしに否定はしません。

 でも、相手側もずいぶん光条砲を撃ってきました。

 第四世代だけで三十名はいたんじゃなかったかな」

 遊は一度言葉を句切って、選ぶように慎重にいう。「武多さんに悪意があるなんて思いませんが、やっぱりその、人殺しの子が人殺し向きって聞こえちゃいますよね」

 信世が「遊、そういういいかたは無いんじゃない」とたしなめる。

 武多も、珍しく困ったように言葉を選ぶ。「そこはいささか、申し訳なかったと思います。

 ただその、いいかたなんでとらえ方まで強要するわけではありませんが、防人(さきもり)の子は防人。

 もののふの子はもののふととらえていただけたら私としてもありがたいです」

 輝巳が口を開く。「その、なんていうか。

 任務としてそれなりに取り組んできたこと、そしてその結果人の命を奪ったことを否定するつもりはありません。

 その、

 人は活きるために、他の生物の命を、一番活きの良い状態の命を頂いています。

 だから子供達には常々、食事が一番大事、と説いてきました。

 そういう導き方も、彼らには影響を与えてきたのかも知れません。

 ただその、武多さんも無根拠に語る人じゃない。

 なにかありました」

 武多は、一息ついて話し始める。「尾形さんにそういっていただけると助かります。

 嫌な話しがまだ続くんですが、今回、お二方は捕虜を一人作ってくださいました」

 その一言で輝巳が驚く。「嘘でしょ?

 いやその、もしかして。

 同士討ち?」

 武多が頷く。「彼の名はどうやらメフテム・アフン。

 アフン・サディクという人物の長男として生まれ、小さな一族の長をになう立場のようです。

 非常に口が堅いようですが、訓練の一つとして、歳へた、まともに動けない徹攻兵との同士討ちを繰り返したと」

 輝巳が渋い顔で目をつぶり上を向く。「嘘でしょ。

 聞かなきゃ良かった」

 遊は怒りを押し殺した仁王面を作る。「蠱毒(こどく)の術という訳ですか」

 武多が続ける。「ここは私の推察ですが、ムスリムも年長者を敬うと聞きます。

 党への忠誠心を計ると称して実施させたのではないかと。

 そのうち、成績優秀なものが出始めて強化への有効性に着目しだしたのではないかと考えています」

 輝巳が泣き出しそうな苦笑いで答える。「いやー、ここに明理ちゃん達がいなくて良かったな。

 おじさん、こんな話し聞かせらんないや」

 武多が答える。「ゆっても相原一曹ももう三十路ですからね。

 当然、この話は既に知っていますし、二小にも伝えようと思います」

 輝巳が急に割り切る。「あ、それはよろしくお願いします。

 家の子達にはよくよく現実を勉強させてやってください」

 信世が口を挟む。「輝巳あなた、明理ちゃんや皐月ちゃんと詩央ちゃんの扱い違いすぎない」

 輝巳はなんてこと無い、という風に答える。「だって詩央、こないだ十六になったんだよ。

 一昔前なら結婚もできたし、家の子はもう分別がつくと思う」

 信世が呆れる。「それにしたって扱いの差が」

 輝巳は悪びれもなく答える。「だって皐月ちゃんと明理ちゃんかわいいじゃん、家の詩央の次くらいに」

 遊が呟く。「馬鹿親」

 輝巳が答える。「よく言われる。

 ところで武多さん、ドイツは第五世代型、慣熟してるんですよね?」

 「はい」

 「ドイツはどんな工夫をしているんです?」

 武多は、何を当たり前の事をといわんばかりに答えてくる。「だってドイツですよ。

 東で不可能を可能にするのが我々なら、西で不可能を可能にするのはあの民族しかいないでしょ」

 遊が顔をほころばせて口を挟む。「理屈になってないのに説得力がぱないな」

 武多が続ける。「もう少しまじめな話しをすると、敗戦した復興国というのが何らかの要因として作用しているのではないかとも考えられています。

 その点で行くと、ゼライヒ女王国も第四世代型の慣熟を終えています」

 輝巳が感心する。「あ、そうなんですか」

 武多がさらに続ける。「あの国、王立女子士官学校があるんですが、そこでの成績優秀者がASー04の慣熟を終えてしまっていて、フランスが大喜び、で、アメリカとイギリスが苦い顔で送り込んできたんですよ。

 お二人の元に」

 輝巳と遊が面食らう。「何を?」「え?」

 武多が、お通しして、というと、二人の外国人女性が案内される。

 色白の肌にそばかす、黒い瞳、暗めの茶色の髪にソバージュをかけている長身の女性がネイティブ・アメリカン出身のサリーリ・カミック。

 百七十二センチの身長を細身の体が覆う。

 切れ長の一重の目がやや眠たげにとろんとしている。

 アジア系と紹介されればそのまま信じたかも知れない。

 もう一人、

 褐色の肌に自然な色合いの金髪がかった癖っ髪、百六十六センチの長身には不釣り合いなほど細く、今にも倒れてしまいそうなのがオーストラリア先住民出身のキエラ・ニンディリャグ・マクマホン。

 本来、人なつっこそうな丸い瞳と低い扁平がかった鼻がかわいらしいが、輝巳と遊を見る目つきは緊張しているのか、こわばっている。

 二人、敬礼してくるので、輝巳も遊も、立ち上がり返礼する。

 輝巳が困ったように苦笑いする。「ちょっと武多さん、俺、英語分かんないんだけど」

 武多は気にしない。「着甲すればインターネット音声認識と機械翻訳が使えますから、ゆっくりなら何とかなりますよ」

 遊がよどみなく自己紹介する。「ハイ。

 マイネーム イズ ユウ・ニコラウス・カスガ。 

 ジャスト コール ミー コリン。

 ナイス トゥ ミーチュー」

 それを受けてサリーリは「リリー」と、キエラはそのまま「キエラ」と呼んでくれと自己紹介をしてくる。

 皆のやり取りを見ていた輝巳は「は、は、はばないすでい」というのが精一杯で、その場の失笑を買う。

 輝巳としてはひたすらこっぱずかしい。「ぐぬぬ、それにしても武多さん、どうしてまた女の子なんです。

 おじさん相手は女の子がいいとでも」

 武多が顔を曇らせる。「いえ、ことはちょっとやっかいでして。

 まず、二人とも光条の色が灰色でかなり光らないんです。

 今回の強襲で黒色光条の有効性には各国が着目していて。

 それと、二人とも予備役で正規の軍人とは少し違います。

 さらにいうと、二人とも複数の精神疾患を持っていて、鬱病も持っているんです」

 輝巳が納得してみせる。「なるほど、光条が光らない条件は鬱病にもあると?」

 武多が答える。「確定したわけではないですが、精神疾患、特に鬱病と兵役は相性が悪い。

 そのまま正規の兵力として組み込むのはむずかしいです。

 なので事例は少ないのですが、こうして二例事例があると相関関係が考察されます。

 輝巳さんのことは病状も含めてアメリカ、ドイツには情報を上げていまして、おなじ、光条砲の使い手をそだてるなら、少しでも非発光光条の使い手がよろしかろう、ということになりまして」

 信世がねぎらう。「無理することじゃないんだからね」

 遊も気を使う。「嫌なことは断るんだぞ」

 輝巳が答える。「ここではそれができてるからね、薬を飲んで普通に過ごせているよ。

 仕事でもそれができればもっと莉央さんに楽させてあげられたんだけどな」

 輝巳が一旦区切って武多に向き合う。「それにしても、黒じゃないんですね」

 武多が皮肉に笑う。「黒はね、尾形さん背負ってるものが多すぎです。

 生まれも太閤の手相だし、育ちもヤンキーというより勤労少年だし、脳腫瘍は摘出してるし、よく普通にサラリーマンとして家庭を維持しているな、というくらいですから」

 輝巳は、ああ、とだけうなずいた。


 簡単な自己紹介も終え、食事とシャワーとトイレを済ませると、矢臼別演習場に向かうべく、着甲の準備が進む。

 既に輝巳と遊の体格はのど仏からくるぶしの細かい位置までメーカーに知られていて、第六世代型装甲服の準備がされている。

 仮装備でもあるので色はオリーブドラブのまま、輝巳のフェイスマスクには角もついていない。

 武多が聞いてくる。「色はどうしますか?」

 輝巳が答える。「俺はまた、ガンメタリック一色でお願いします。

 角も、一セットで」

 「春日さんは?」

 遊はに身まとった第六世代型装甲服を眺めながら考える。「うーん、前と同じ試験機カラーがいいんですが、すじの入れ方は道照さんとも相談してから決めます」

 着甲室から出てきたリリーとキエラはASー03を着甲していても細かった。

 特にキエラは、首回りや太もも、二の腕といった元から装甲の薄い部分が細く、まるでバランスが悪そうに見えた。

 矢臼別演習場に向かうCー2の中で、二人の身の上については武多から説明があった。


 リリーは、九歳の時母が離婚し、叔父の元に転がり込んだ。十歳の時から十二歳までの間、叔父からレイプされていた。

 十三歳の時自ら妊娠に気がつき、叔父の持っていた拳銃で叔父の頭を撃ち抜いた。

 本人は自殺を望んだが、母と弟たちが生きることと、中絶させることを選ばせた。

 犯行時十三歳ということで、少年を保護する州法に守られ、重い刑事罰を科されることはなかったが、矯正施設の中で人より遅い年齢でハイスクールの卒業証書を手にした。

 矯正施設に通う時期から、たびたび、鬱病に悩まされてきた。

 朝、ベッドから起き上がってこられない。

 起き上がれても、座り続けることすらできない。

 ただ、横になってどうしようどうしようと不安が募るばかりで一日が終わる。

 そんな状態を薬で散らしてきた。

 就職はうまくいかなかった。

 職業訓練施設に通うのにも精神的な負担を抱えた上での苦行だった。

 そもそも、居留地出身のネイティブ・アメリカンというだけで、まともな仕事に就けるはずもなかった。

 軍役に志願入隊していた弟が、研究員から「この誕生日に当てはまる知人がいたら知らせて欲しい」というリストの中にリリーの誕生日を見つけ、報告したことで着甲試験を受けることになった。

 結果は良好でASー01の慣熟も早かった。

 ただ、鬱病の既往歴が留意され、軍の、規則正しい訓練に同行できないとして正式な採用は見送られた。

 それでも、なんとか基礎訓練だけはやり遂げ、予備役として登録することができた。

 着甲するまでは、予定通りの時間に現れないなど担当者の手を煩わせたが、着甲している間は良く動いた。

 ASー02の慣熟を終えるのも、ASー03の訓練に入るのも、他の顕現者より早く、徹攻兵としての期待は高かった。

 おっとりとはしていたが、着甲している時は鬱の症状も小康状態に入り、時に、きびきびと指示に従って見せた。

 そのことで少しは自信を取り戻したり、着甲訓練が終わるとだめ人間に戻ったりの繰り返しで不安定な日々を過ごしていた。

 あるとき、一般歩兵による対徹攻兵訓練の標的役としてペイント弾を渡された。

 訓練の指導役からは「少し成績が良くて浮き足立っている連中だから、ヘッドショットを中心にして目を冷まさせて欲しい」と依頼された時、リリーの二人目の人格が出てきた。

 訓練の指導役から「安全ではあるが、ゴーグルはできるだけ避けてくれ。マスクもだ。ヘルメットの、できれば同じ箇所に二発ずつ当てて小隊を全滅させて欲しい。

 ああ、アルファチームとブラボーチームのペイント弾は、できるだけ避けてもらえるかな」と伝えられた時、リリーはいつもの「Yes」ではなく「Yep」で答えた。

 リリーの鬱病を理解している指導役は、その砕けたいいかたに、調子が上がってきたかな、くらいにしか思わなかった。

 大きく腕を振り回すしぐさや、大股で歩く姿は、いつもの彼女と違ったのだが、それも、一対十の摸擬戦の前の意気込みの一つとしてしか捕らえられなかった。

 訓練が開始されたとたん、その差は顕著に表れた。

 普段のリリーは、慎重に歩を進め、その優れた感覚で目標の位置を一つ一つを頭の中に収めながら、一つ、また一つと確実に仕留めていくタイプだった。

 その日のリリーは違った。

 雄叫びと装甲音を鳴り響かせて目標のチームが潜む部屋に突進すると、ドアを蹴破り、姿勢を低く飛び込みながら右に左に、合計十発の弾で五人のヘルメットを汚してみせる。

 アルファチームの全員が、負けたことを理解するより素早く床を蹴るとそのまま窓から踊り出す。

 一度外に出て地面を蹴ると、ブラボーチームの潜む二階の小屋に飛び込み、その姿勢のまま、右に左に十発でヘッドショットをこなす。

 リリーは床に転がり込んでから立ち上がり「俺の任務は終わったかい」と聞いてくる。

 指導役はほんの一瞬の出来事に戸惑い「ああ、その、終わったことは終わったんだが」と言葉を濁すとリリーは「アイ マスト ビー ゴーイン」と答えてきた。

 指導役が「どこに行くんだい?」と聞くと、リリーは急に肩を落とし、がっかりしたため息をついて立ちすくんだ。「申し訳ないんですが、二人きりで話す時間をください」といってきた。

 リリーは、指導役に、自分の犯罪歴を知っているかを確認してから話し始めた。

 リリーの中にはどうやらもう一人人格がいること。

 彼の名前はジム。

 男性で、リリーよりずっと判断が速い。

 ジムにはリリーとして生活している自覚は無いが、リリーはジムの目を通じて、ジムが何を考え、何をしているのかを知っていること。

 そして「私の最初の犯行は、彼がやったんです」と泣いた。

 アメリカ陸軍もリリーの扱いには悩んだが、貴重な徹攻兵であることから、慎重にカウンセリングを進めた。

 結果としてヘッドショットという命令に反応して彼が現れること、彼自身、判断が速く思い切りがいいが、決して無謀ではなく、命令を理解してそれに従う理性も持ち合わせていること、ヘッドショットを伴う任務が終わると彼は去り、リリーが戻ってくることが理解され、予備役としての立場を維持することになった。


 そこまで聞いて、遊はげんなりしていた。「重ってー」

 輝巳は苦笑いするしかなかった。「武多さん、キエラの話しはも少し軽いんだろうね」

 武多が困った声を出す。「それがですね」


 キエラの両親は肌が白かった。

 キエラの二人の兄も白い肌で生まれてきた。

 そのため、黒い肌のキエラは残念な驚きの中で生まれてきた。

 父親は母親の浮気を疑いもしたが、かいがいしく二人の兄を育てる妻の献身を思い直し気を落ち着かせることにした。

 女の子を欲しがった夫婦は、人工授精として、調整した精子を子宮内に挿入する施術も受けたこともあった。

 そのため精子の取り違えも疑ったが病院側の方が冷静だった。

 二人の遺伝子と生まれてきたキエラの遺伝子を比較し、間違いなく二人の子で有ることを証明して見せた。

 いわゆる隔世遺伝だった。

 二人とも、確かに血筋にオーストラリア先住民の家族はいたし、親族には褐色の肌の従兄弟もいた。

 遠縁には、オーストラリア先住民生活保護制度を受けているものもいたが、両親自身は市民として普通に労働しており名字もイギリス風のマクマホンを名乗っていた。

 父も母も戸惑いもしたが、科学的に自分たちの子で有ることが証明されると、オーストラロイド特有のくりくりとした目のかわいい娘を愛おしく抱き上げた。

 健やかに生きて欲しいという願いを込めて、現地の言葉で「生きる」を意味するキエラを名付けた。

 しかし、キエラの精神生活は過酷だった。

 やはり、二人の兄の肌が白いのに、妹のキエラだけ肌が黒いことは、同級生になじられた。

 面と向かって、父親が違うのだろう、といわれたこともあった。

 髪が金髪なのもの嘲笑の的になった。

 髪だけ兄に似せようとしたんだとからかわれた。

 キエラは母に泣いてせがんだ、髪を黒く染めたいと。

 母は優しくキエラの髪をなでた。

 あなたの髪は、あなたのご先祖様から受け継いだ大事な髪なのよ。

 私はあなたという女の子に巡り会えて幸せだし、あなた自身もあなたのことを好きになってあげて。

 そう、説いた。

 しかし、子供達のいじめは続いた。

 あるとき、浜辺で遊んでいる時にワニが出た。

 オーストラリア先住民の中には、ワニが祖先である伝説を持つ部族もいた。

 その知識のあった少年がキエラをけしかけた。

 ほら、お前のご先祖様だ挨拶しろよ、と。

 キエラは恐ろしく身震いしたが押し出されてしまった。

 飛び出してきたワニがキエラの右足を咬み込んだ。

 そして水中に後ずさりする。

 子供達が蜘蛛の子を散らすようにわっと飛び退く中、何人かの子供は灰色のもやがキエラの体をつつむのを見た。

 「いやだー」と叫んだキエラはワニの口を上下に引き裂いた。

 後には、右足をワニの牙でぼろぼろにされて水際で泣きじゃくるキエラと、口を引き裂かれて頭を失ったワニの死体が残っていた。

 子供達は大人達を呼び、大人達は救急車を呼びキエラは病院に運ばれた。

 幸い、脚の機能に後遺症は残らなかったが、美しいはずの女の子の脚に、一生消えない傷跡が残った。

 中学生に上がる頃、生理を迎え、それが新しい命をはぐくむ切っ掛けであることを知識として覚えた頃から、気持ちをふさぐことが増えた。

 母親と父親、そして穏やかな二人の兄がどのように説いても、自分は食事を取ってはいけないんだと思い込むようになった。

 体は痩せ、肌は荒れ、生理は止まった。

 時折、過食衝動に襲われ急に食べ物を口にすることがあったが、胃が受け付けずその後吐いた。

 体は痩せ、みすぼらしくなったが、生理が止まったことはキエラの不安を、少し和らげた。

 高校は通信課程で卒業した。

 職業訓練所にも通ったが続かなかった。

 切っ掛けは、リリーと同じ流れだった。

 陸軍に所属していた兄が、オーストラリア先住民の血を引くことを口にしていたことから、とある誕生日リストを見せられた。

 そこに、キエラの誕生日を見つけ、キエラを陸軍施設に連れて行った。

 キエラのやせ細った体を見た研究員は、大きくためらいもしたが、陸軍に所属する兄と供にキエラに、新兵力の開発をイギリス本国と取り組んでいることと、一度だけ装甲服を着てみて欲しいと告げた。

 顕現者の展示訓練を見た兄妹は驚いた。

 そして妹は、初めての着甲で十メートル飛び上げて見せた。

 そのまましっかり着地したキエラは、しばらく呆然としていた。

 心配した兄が近づくと、フェイスマスクを上げたキエラは泣いていた。

 「お兄ちゃん。

 私でも世の中の役に立つのかな?」

 兄も泣いた。「俺よりつえーよ。立派だよ」

 キエラの鬱も簡単には治らなかった。

 最低限の座学と、何度かの挑戦で訓練に取り組むことに成功し、予備役の資格を得た。

 鬱は、完全に治ったとはいいきれなかったが、いくつかの薬を試す中で、すこし落ち着きを取り戻すことができた。

 なにより、着甲している時のキエラは、よく指示に従った。

 着甲している時の方が、食事も安定してとれた。

 そのため、イギリス陸軍に呼ばれ、ファイアリー・クロス基地を経験し、ASー03の慣熟を終えた。


 遊はすこし涙ぐんでいた。輝巳ははっきり泣いていた。

 武多が続ける。「キエラは、自分の意思でオーストラリア先住民の名字を名乗ることにしたそうです。

 ニンディリャグは、母方の祖父だったかな、の名字だそうです」


 輝巳はフェイスマスクを上げると目をぬぐい、笑顔を作ってリリーとキエラに向かう。「遊君、俺が鬱病持ちだってこの子等に伝えてあげて」

 「ヒー イズ オルソー デプレスド」

 リリーはおっとりとした目つきで、キエラは人なつっこい目つきで微笑んだ。

 折角伝えたのに武多が水を差す。「あ、それもう伝えてます」

 「なんだよ」

 「だって親しんでもらえそうでしょ、彼女たちに」

 輝巳が笑う。「まあ、そのつもりで伝えてもらったんですけどね」


 Cー2が矢臼別演習場の降下予定ポイントに近づく。

 いつも通り輝巳と遊でコンテナを下ろす。

 降下訓練は怖くなくなる方が怖いという。

 高度もさほど高くないため輝巳と遊には落下傘は用意されていない。

 それでも、機内で一度光条推進をふかし、体がきちんと浮上することを確認してから輝巳、遊の順に飛び降りる。

 満と優子は単独で降下できるが、リリーとキエラはタンデム降下のため、輝巳と遊が地上で出迎える。

 全員揃うと輝巳が武多にたずねる。「さてと、今日は何をさせるんです?

 わざわざお客さんも来てるんだし、ただの飛んだり跳ねたりじゃないんでしょ」

 武多が嬉しそうに笑う。「ほんと、お察しが良くて助かります。

 尾形さん、今回は的になってもらえます?」

 輝巳の声が裏返る「はい?」

 「尾形さんで第六世代型の四十パーセント、春日さんで第六世代型の二十パーセントの出力です。

 防御力は出力とは比例しませんが、安全をみて尾形さんにお願いしたいんです。

 APFSDSを真正面から受けてもらえますか?」

 輝巳が納得する。「あー、なるほど。

 擬似的に同士討ちを作って、世代向上が図れるか試してみると」

 武多が答える。「そうです。二六式でもAPFSDSでは脆化が起きませんでした。

 とはいえ肩がぶつかったぐらいの痛みがありましたよね?」

 「はい、こー、雑踏でわざとぶつけられたくらいの不快感というか」

 「第六世代型ではどの程度の痛みが感じられるのかは記録したいんです」

 「あー、なるほどー」

 遊がたずねてくる。「ところで四人とも、ラインメタルの試射経験はあるんですか?」

 それには信世が答えてくる。「ファイアリー・クロス基地での第三世代型慣熟訓練の締めくくりは、ラインメタルの単独試射で終わるのよ。

 あそこの飛行場、三キロ有ってちょうどいいからね」

 輝巳がこぼす。「痛いのやだなー。

 ちゃっちゃとこなすか」

 遊を含めた五人をコンテナの所に残して輝巳は二キロほど離れた位置に移動する。

 「武多さん、信世、試射役は俺が指定していい」

 武多が答える。「いいですよー」

 「じゃー最初は遊君から。

 左肩、狙ってもらえる?」

 「了解」

 夜間の矢臼別演習場とはいえわずか二キロほどの距離。

 第六世代型の遊には外すはずもない距離。

 轟音と供に飛び出したAPFSDS弾は輝巳の肩の装甲に当たると、弾体だけがわだかまるように変形し、そのまま下に落下した。

 武多が聞いてくる。「どうです」

 輝巳が答える。「うーん、なんていうか、ドツキ漫才。

 ちょっと突っ込み強すぎへん、って感じですかね。

 多分、集中砲火浴びても、ちょ、ちょま、ちょ、って感じですごせると思います」

 武多が答える。「敵に回したくはないですね」

 輝巳がたずねる。「光条砲の影響はどうなんでしょうね?」

 「あ、それは最後に春日さんから尾形さんに撃ち込んでもらう予定です」

 「まじか、とことんやな役だな、今日は。

 じゃーつぎは優子さん」

 優子が指名されて驚く。「僕からですか?」

 輝巳が答える。「お客さんをもてなす前に練習したいしさ、女の子からの方が痛くないかなって」

 優子が答える「輝巳さんだけですよ、女の子って呼んでくれるの」

 「まー、こっちはひひじじいなんだけどね。

 狙いははずれてもいいけど、右胸のスラスター部分を狙ってくれる」

 優子がラインメタルを構える。「撃ちます」

 轟音、着弾。

 胸と腰のスラスターの裏には光条推進のためのクリスタルがはめ込んである。

 しかし、弾体こそ歪むものの胸のスラスターにも歪みはない。

 輝巳は、武多に言われる前に三次元機動を試し、機能の上でも異常がないことを確認する。

 「優子さん」

 「はい」

 「女の子からでも痛いものは痛かったよ」

 「ごめんなさい」

 「いやいや、謝れってことじゃなくて報告ね。

 武多さん、光条推進には異常を感じられず、です。

 次ぎ、満さんお願いします」

 「へーい」

 輝巳が後ろを向く「あ、背中からスラスターボックスの噴射口を狙ってもらえますか。

 そうだな、右側でお願いします」

 「はいはい」

 これも、異常なく終わる。

 ここで武多が割ってはいる。「佐藤さん、高橋さん、跳躍高度の確認をお願いします」

 二人とも、跳躍してみせるが〇六式の四十メートルを超えない。

 武多が、二人の行動記録を表示するモニターを眺めながら呟く。「そう簡単にはいかないか」

 満が答える。「なんか、すんません」

 武多が恐縮する。「いえいえ、誰のせいとかではなく、一つ一つが検証ですから」

 輝巳が、トランスレイター、と声を上げ、翻訳機能を呼び出す。「キエラさん準備はいいですか?」

 キエラの声の後に、翻訳音声が届く。「私は準備できています」

 輝巳が指定する。「私の右の肩を狙ってください」

 キエラの翻訳音声が届く。「かしこまりました」

 轟音、着弾。

 そして弾体が落ちるのまでが一連の流れ。

 輝巳がたずねる。「あなたの気分はいかがですか?」

 キエラの翻訳音声が届く。「ありがとうございます」

 びみょーに会話がかみ合っているような合っていないような空気が流れるが、輝巳は気にしないことにする。

 そして遊にたずねる。「遊君、リリーにはどこを狙いたいか聞いてもらえる?」

 遊がリリーにたずね、リリーは「一番耐えやすいところはどこでしょうか?」とたずねてくる。

 遊が輝巳に「お前さんが一番我慢できるのはどこかね、ってさ」とたずね、輝巳は少し考え「腹にしようか」と答える。

 一番的として広く、多少外しても頭を狙わなくて済むところ、と考えた。

 リリーが構えるのが感じ取れる。

 閃光を見てから腹筋に力を入れる。

 着弾、そして弾体が落ちる。

 「武多さん、お腹は気持ち気をつけた方がいいと思う、この痛みだと。

 あとこれ、股間にヒットすると、あうう、ってなるとおもう」

 武多が笑う。「そのまま英訳して報告させてもらいますよ」

 そして武多が続ける。「リリー キエラ キャン ユー ジャンプ ハイ?」

 モニターを見ていた武多が「あっ」と声を上げる。「リリー キャン ユー ジャンプ ワンモア?」

 そしてリリーがジャンプしてみせると続いてキエラに「キエラ キャン ユー ジャンプ ワンモア?」と声をかける。

 リリーもキエラも、自分のジャンプ高度はわかる。

 武多が輝巳に声をかける。「尾形さん、今日は徹底的にやられちゃってもらえますか?」

 「まじすか?」

 「取りあえず、全員四発撃ち込ませてください」

 結局、満も優子もリリーもキエラもラインメタルの弾倉が空になるまで、輝巳に撃ち込んだ。

 結果、満も優子も高度を伸ばせなかったが、リリーが五十二メートル、キエラが四十八メートルの高度を記録した。

 武多が喜ぶ。「ふー、これでアメリカにもイギリスにもお土産を持たせることができます。

 コングラチレイションズ ユー ガイズ アー ダ フォース ジェネレーション」

 キエラのマイクから涙声が聞こえる。

 遊が、キエラを抱きしめる。「ユア ブラッド イズ グレイト」

 優子がもらい泣きする。

 満はフェイスマスクを上げると残念そうに空を見上げる。「遠いなー」

 輝巳が満に声をかける「満さん、俺なんか、この年で平社員ですから」

 満はフェイスマスクを下げると「俺もそうならないように気をつけます」と答えた。

 輝巳が話しかける。「武多さん、信世、遊君、相談なんだけれどさ、すげえよけいなお節介なのはわかってるんだけど、リリーにさ、俺の顔にラインメタル撃ち込ませてみる」

 信世がいぶかしげにたずねる。「なんの意味があるの」

 「医者じゃないからわからないけど、ペイント弾じゃなくて実弾を顔に撃ち込める機会ってもう無いと思うんだ。

 でも、俺たちが南沙でやったのはまさに実弾による頭への集中砲火なわけで、リリーも、もしかしたら避けて通れない日が来るかも知れない。

 そのときに任務に忠実でいられるか、アメリカさんは知りたいんじゃないかな、って思ってさ」

 信世は「医者の領分だと思う。

 積極的にはなれないわね」と反対する。

 武多は「たしかにアメリカさんは知りたいでしょうね」と中立の立場を取る。

 遊は「正気か?」とたずねる。

 輝巳は「いや、いいだしてなんだけど、怖い」と笑う。

 遊は少し考え込み、「聞いてみる」と答える。

 そして「やるってさ」と伝えてくる。

 リリーのラインメタルの構え方が大ぶりになる。

 脚を大きく広げ腰を落ち着かせる。

 遊が号令をかける。「レディ ファイア」

 着弾、そして弾体が落ちる。

 遊がリリーに声をかける「フィニッシュ ジム」

 リリーが「アイ マスト ビー ゴーイン」と答えてくる。

 輝巳が、「ふー、目を開けてらんないよ」と笑う。

 この時はリリーになんの変化もなかったが、後年、リリーはこの時の訓練を振り返り、気持ちの中のもやもやとしたものを片付けた気分になった、と語ることがあった。


 一通り、実体弾を使った試みが終わったところで遊が語り出す。「ところでさ、さっきから俺の手の甲が紫に薄く光ってるんだけど」

 武多が声を上げる。「ちょっ、危険性から確認して下さい」

 遊が「あ、そっか」と答え、周りを探し、取りあえずしゃがんで、地面に両手の甲をつける。

 地面にはなんの変化も現れない。「なにもないですね」

 武多が考え込む。「うーん、その光り、大きくしたり明るくしたりできます?」

 遊が意識すると、わずかに広がった感じがした。「気持ち、広がりましたかね」

 皆が眺めていると、満が声を上げる。「光条ってのはなにかとクリスタルを軸にするんじゃないですかね」

 武多が驚く。「おお、そうか。

 あーでも、次回に持ち越しかなー」

 信世が割り込む。「光条武器の柄にはめ込んであるのを使ってみるのは?」

 武多が信世を指さして喜ぶ。「なるほど。

 今日の夜は皆さんさえてる。

 うーん、どうしよっかな。

 まずはリリーとキエラの試射からやりたいな」


 そこからはなにかとバタバタしていた。

 まずは八尺砲の試射のため、一キロほど離れたところに標的膜を張り、リリーとキエラに試射させた。

 ASー03を着甲したままだったが、二人とも面積こそ小さいものの光条で標的膜に穴を開けることができた。

 これで単なる運動性能の出力の面だけでなく、第四世代特有の能力である光条銃、光条砲にも対応できるという側面から、二人の第四世代型への適応が確認できた。

 また、灰色光条は確かに目立ちにくく、顕現者の適性として前向きに評価されることになった。

 一方で、同士討ち試験については、満と優子に明確な効果が無く有効性には強い疑問符がつけられることになった。

 一通りの評価が終わると、コンテナから光条武器を取り出し、発光させた方をナイフ代わりに、柄から削り出す要領で埋め込んであるクリスタルを取り外した。

 そして手の甲にクリスタルを置くと、遊があれこれ試してみた。

 取りあえず何が起こるかわからないので、皆、数メートル下がって見守った。

 発光を強くしようとしても効果は無かった。

 上に伸ばそうと念じても効果は無かった。

 面をイメージして広げようとしたところ、直径二十五センチほどの鮮やかな紫色の円盤が広がった。

 遊が呟く。「広がりましたね」

 武多も呟く。「広がりましたね」

 輝巳が、恐る恐る手の甲を、円盤の縁に近づけてみる。

 すると、円盤の大きさが変わらないまま、遊の手の甲に乗せたクリスタルごと円盤がずれた。

 輝巳の手の甲の装甲は脆化しなかった。

 輝巳が呟く。「盾」

 遊も呟く。「盾、かねえ?」

 輝巳が続ける。「遊君、クリスタルを指で押さえてくれない」

 遊が、左の甲に置いたクリスタルを右手の指で押さえる。

 輝巳は光条武器を黒いもやで覆うと、遊の広げた紫に光る円盤の縁に当ててみせる。

 すると、光条武器が先に進まない。

 輝巳がたずねる。「遊君、力入れてる?」

 「入れてない」

 「俺、ちょっと押し込んでるんだけど」

 遊が答える。「いや、ほんと軽く押さえてるだけ。

 盾、だね、これ。

 武多さん、有ったよ新能力」

 武多が苦笑いする。「有りましたねえ。

 それもアメリカとイギリス、オーストラリアの目の前で。

 秘密にしておきたかったのに」

 こうして、光条膜の研究が進められることとなった。

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