研究記録ファイル202804dd-06 徹攻兵の生まれの偏り
季節は、そのただ中に身を置くもの達にとってはあっという間に過ぎていった。
二〇二四年、先に〇六式の慣熟を終えたのは七生だった。
七生には一八式を超えて第五世代試作型への対応の期待が、所属する海上自衛隊側から寄せられていた。
二〇二五年、七生に続けて、道照が〇六式の慣熟を終えると、突き放すように明理も一八式の慣熟を終えた。
二〇二六年初春、輝巳が第五世代試作型の慣熟を終えると、二六式装甲服として制式化された。
二〇二七年になると、遊も二六式装甲服の力を余すことなく発揮し、皐月が二六式に二十パーセントながら対応、明理も二六式に十パーセントながら対応、七生が一八式に七十パーセント対応、道照が一八式に五十パーセント対応するなど、世代が、確実に上がっていった。
武多の発案で、二六式からは装甲服に個別の色を認めることにした。
輝巳は黒鉄色、いわゆるガンメタリックを選んだ。また、フェイスマスクのこめかみの部分、ちょうつがいの位置から斜め後ろに生える短い角を左右に設けた。
遊は、絵心のある道照とも相談した上で、オフホワイトに赤いラインを入れた、いわゆる、試験機模様を入れた。
二六式はガスマスク部分が廃止されたこともあり、関係者の目には、完全に新時代の徹攻兵の姿として映った。
徹攻兵の情報自体は、アメリカを中心に動画を増やし、各国とも第三世代型による高圧砲の砲撃訓練の様子を発表した。
それは、地上最強の主力戦車や、その主力戦車に対抗しうる攻撃型ヘリコプターを無効化するものであり、肉薄することでそれらに対抗しうる携帯型ロケットランチャーも無意味にする、新時代の兵力だった。
各国とも、戦闘機のパイロットの素性以上に顕現者の身元は固く伏せられていた。
また、徹攻兵の正確な数も伏せられていた。
世界の軍事アナリストは、アメリカが最も多くの徹攻兵を保有していると分析していたが、実際にはドイツの約二百五十人を筆頭に、自衛隊が二百十、ゼライヒ女王国が百八十、アメリカが百二十、オーストラリアが百十という状況だった。
ゼライヒ女王国とオーストラリアが徹攻兵を保有していること自体伏せられており、それぞれ、主力の全数がフランスとイギリスに派遣されていた。
そして、二〇二八年三月、防衛装備庁の陸上装備研究所、着甲時強化現象研究室、課長の武多が会議室で輝巳を待ち構えていた。
輝巳は翌月五十五歳になろうとしていたため、さすがに用心深さを身につけていた。「お久しぶりです武多さん。
今度はどんな無茶をおっさんにやらせるつもりなんです?」
武多は、少ししわの増えたピアス顔をほころばせながらいった。「お、用心深くなりましたね、尾形さん」
「そりゃあまあ、今にして思えば水中だ毒ガスだ光条砲の脆化試験だラインメタルの直撃だ対艦ミサイルの爆撃だが懐かしいくらいですが、こんどは、どんな突拍子もない能力を試すんです」
武多は、ほころばせた顔を一度引き締めて、そして語り出す。「尾形さん、気を悪くしないで聞いて欲しいんですが、これまで、徹攻兵の歴史は都築さんを小隊長とする都築小隊の皆さんで築き上げもらっていました。
奇しくも、都築さんの同級生である皆さんには、他の徹攻兵にはまねできない、新たな道を切り開く役割を担っていただきました。
今でこそ、山中さんや根本さんは離れてしまいましたが、不思議だったんです。
どうしてあなた達にはその役割が担えて、他の子達はその後を続いていくだけだったんだろう、と」
輝巳は、話しが見えないなと思いつつも、武多の表情に押されてまじめに耳を傾ける。
武多は続ける。「そもそも、誕生日の法則自体、謎ではあるんですけれども、その謎の多い顕現者の中でも都築小隊には有意な偏りがある。
もしかすると、顕現者の才能はお互いに呼び寄せ合う、引き合うなにかがあるのではないかと考えていたんです。
少しでも、徹攻兵を充実させ、徹攻兵の数を維持し、この国の国家としての繁栄を維持するためにどうやったら徹攻兵を発掘できるのだろう、と。
当然、自衛隊内でも誕生日の法則に合う者には、積極的に着甲試験を受けてもらいましたが、顕現者の身の回りにも、まだ見ぬ顕現者が眠っているのではないかと」
武多は、ここで一つ区切る。
輝巳は、不思議なものを見る目で武多の話にうなずいてみせる。
武多がさらに続けてきたのは、衝撃的な話しだった。「本当に、気を悪くしないで聞いて欲しいんですが、尾形さんの二人のお子さん、颯太君と詩央ちゃん、二人とも徹攻兵の生まれですね」
「えっ?」輝巳は大声を上げて驚いた。
武多の話はまだ続く。「そして本当に気を悪くしないで欲しいんですが、颯太君の周りには徹攻兵の生まれが多い。
馬原司之介君、的場寿利阿ちゃん、大久保快王君、これらの子達に適性があるんじゃないかと、考えているんです」
輝巳は、その名前を聞いてめまいがしそうになり天井を見上げた。
三人とも、知っているというレベルではない。
何しろ妻が育児支援センターで見つけてきた、颯太の最初の友達で、一歳の頃から、輝巳自身その子らの成長を見守ってきた近所の子たちばかりだった。
「うそでしょ?」
「間違いないです。
徹攻兵の生まれです。
労基法第五十六条で、満十五歳に達した日以後の最初の三月三十一日が終了しない児童を労働者として使用してはならない、と決まっていまして、実はずっと待っていたんです。
来月以降、一月に十五歳なった詩央ちゃんも含めて、特務予備自衛官制度を活用して書類上の手続きを整えることができます。
彼らの着甲試験に、保護者としてご協力いただけませんか?」
「うそでしょ?」と衝撃をうけた輝巳を信世が気遣う。
「同じように子を持つ親として、私は勧めないわね」
遊もむずかしい顔をする。「無理することじゃない」
輝巳は顔を下ろして武多に向き合うと、困ったような愛想笑いをしてしまう。
武多は、まじめな顔を崩さず輝巳にたずねる。「尾形さん自身、徹攻兵であることをご家族には?」
輝巳は愛想笑いのまま答える。「伏せてます。
話してません。
あくまで、月次のシステムメンテナンスの出張だと言い続けています」
「そうですか。
五年前の総火演以来、自衛隊にも多くの徹攻兵志願者が応募してきました。
颯太君とか、徹攻兵に興味を持ったりしていませんか?」
「してますね。
特に颯太と快王はアホほど仲が良くて、未だに夜な夜なオンラインゲームをしているんですが、最近は徹攻兵風のキャラクターも増えてきたでしょ。
気に入って使っているくらいだし乗ってくるんじゃないかな。
司之はどうだろう、寿利阿ちゃんは就職したって聞いてるから仕事の都合が付くかなあ、なにより」
一旦輝巳が話しを区切ると、武多が確認してくる。「なにより?」
「なにより、うちの娘が絶賛反抗期中で、俺に口聞いてくんないんですよね」
武多が笑う。「うちの娘もそうでした。
わかります」
遊が割り込む。「輝巳、お前さんがどう考えてるかはお前さん自身の問題だけど、子供達を徹攻兵に巻き込むのは、俺は反対だよ」
輝巳がたずねる。「どうしてさ」
遊の目は座っている。「宇のこともある。
若い命を危険に曝すことはない」
輝巳は目を伏せる。「うん、親としてはちょっと考えるよ。
たださ、おれも、この年まで平社員やっていると思って今の職場にしがみついてきたわけじゃない。
遊君も塾講師やるためにインスブルックにまで留学して研究者やってたわけじゃない。
この先、五十年働かされる彼らが、今から特殊技能を身につけておくなら、けっして、悪いことではないのかな。
と」
信世も、渋い顔をする。「特殊すぎる特殊技能よ。
自衛隊で大型車両の免許を取るのとは違うのよ?」
輝巳は、弱々しく信世を見つめる。「わかってる。
ただ、武多さんのいうように、どうして俺たちって徹攻兵の能力を開拓し続けてるんだろう、って思ってた。
それが仮に、星々の巡り合わせに選ばれたんだとしたら、まずはうちの子達からだけでも、着甲試験を受けさせてもいいのかな、と思う」
そういうと輝巳は、ふーっ、と長いため息をつく。「武多さん、ちょっと妻をどうやって説得するか、考えさせてください」
武多は、満面の笑顔を作る。「俺で良ければ、いつでも説得にお邪魔しますよ」
輝巳はそれを聞いて苦笑いする。「いやー、武多さんのファッションだと、ちゃらく見えちゃうから、大隊長殿とかにお願いしたいなあ」
それを聞いて同席していた第一着甲兵科群、第一九〇着甲科大隊の大隊長、二等陸佐色川は唇を引き締めて笑顔を作ると「自分で良ければ、いつでもお供しますよ」と答えた。
三月の展示訓練は沖縄の海で行われた。
三十七歳になる海士長の佐藤満が着甲試験を受けて早々に〇六式の七十パーセントの出力に達しており、また、三十三歳の三等海曹高橋優子が〇六式の八十パーセントの出力に達しており、一八式の七十パーセントの出力に至った七生と合わせて、水中時無呼吸稼働の可能な二六式への早期の対応が期待されていた。
明理と皐月に対しても、水中時無呼吸稼働の試験が行われた。
皐月は試験前、海に対してはいい思いがないと語っていたが、全通甲板をもつ護衛艦からみる、よく晴れた沖縄の海を見つめて、いつか落ち着いたら、パートナーと私的に来たいと呟いた。
いるかの群れに出会えたことも大きかった。
明理で一分半、皐月で三分少しの稼働時間ではあったが、光条推進を使うことで海深百メートルの海ぐらいまでは難なくたどり着けた。
示された材質、形状のサンプルを探す試験もこなし、超音波による反響定位の感覚は七生だけではなく、満や優子にも伝えられた。
満も優子も、海底の様子や空中に浮かぶ船底のイメージなどをおもしろく捕らえ、二六式へのあこがれを強くした。
ラインメタルに関しては、甲板上での砲撃による甲板への影響が調査された。
相変わらず不思議なことではあったが、結果としては、甲板への損傷は考慮する必用がないほど小さいものとして評価された。
ミサイル攻撃を想定した摸擬弾による試験では、満も優子も外しはしたものの、七生は目標を捕らえて見せた。
ミサイルの飽和攻撃を受けた場合にはいかんともしがたいが、高速で飛翔する小さな的に命中させる技量は捨てがたく、海自独自で、携行式の二十ミリ六砲身ガトリング砲を開発することも検討された。
訓練は計画通り順調に進んだ。
ただ、訓練の合間に輝巳が考え込む様子が散見された。
甲板上で一人、島に沈む夕日を眺めながら、何事かに思いをふける徹攻兵の様子は、絵になった。
月が明けて四月のはじめの土曜日。
輝巳は、東武東上線のみずほ台駅の改札で色川を出迎えた。
色川は、皐月と二人で現れた。
輝巳は駅から歩ける距離の狭い三階建ての戸建てに二人を案内した。
妻の莉央と、颯太には、客が来るので相手にするために時間を空けておくように伝えていた。
輝巳自身、詩央に対してはどう接しようか悩んで居たが、皐月が付いてきたことで、詩央も交えて話すことに決めた。
狭い家の二階に設けられたダイニング。
さほど広くないテーブルに体格のいい色川と皐月を座らせると、椅子が足りなくなってしまい輝巳は颯太に「颯太、椅子を下ろしてきてくれる」と声をかけた。
そして颯太に「詩央も呼んできてくれるかな」と頼んだ。
三階から、詩央の「やだ」という声が響いてきたが、颯太の説得で、詩央はふてくされた顔で降りてくると、不満そうに色川と皐月に頭を下げて見せた。
輝巳が話し始める。「家族全員を集めて、お客さんを呼んだのはこれから、凄く大事な話があるからなんだ。
まず、最初に、三人とも誓約書にサインして欲しい」
詩央が怒る。「はあ、さっさと話し済ませてよ」
颯太がたしなめる。「詩央、お父さんが大事な話だっていってるだろ。
それにお客さんの前だぞ」
詩央の怒りは収まらない。「私には関係ない」
輝巳は、大人しく話しをする。「関係ないか決めるためにも、まずは二人の話を聞いて欲しい。
お二人は今日は、座間の駐屯地から来てもらっている。
朝霞じゃない、わざわざ座間から来てもらっていることに意味がある」
皐月が持参した鞄から誓約書を出すと、莉央が進んで署名する。「詩央、お父さんがお客さんを連れてくることなんて滅多に無いんだから。
ちゃんと聞きましょう」
詩央は母親に諭されながらも誓約書の内容に目を通す。「国際的な機密事項であることを理解し、今回開示を受けた機密事項については何人にも口外しないことを誓約します。
って期限が書いてないじゃない、一生黙っていろってこと?」
輝巳が諭す。「詩央、もうお前も高校生になる。
採用されればバイトもできる。
今回、この特別な状況がなければ、お父さんだって自衛隊とおつきあいがあることを家族にいうつもりはなかった。
なにより、これから話す話しを外に漏らせば、お父さんは暗殺されるかも知れない」
詩央は鼻で笑う。「ばっかみたい、アニメの見過ぎじゃないの」
輝巳は辛抱強く静かに語る。「本当のことなんだ。
きちんと聞いて欲しくて、今回は色川さんと相原さんに来てもらった。
そろそろ、一つくらい一生の秘密を管理できる歳だと思っている」
颯太が署名をして詩央に促す。「まずはお父さんの話しを聞こうぜ」
詩央が無言で署名すると、皐月が「ありがとうございます」といって三枚の誓約書をとりまとめ、鞄にしまう。
そして鞄からノートパソコンを取り出すと輝巳に「電源お借りできますか」とたずねてくる。
コンセントを案内すると準備を整える。
色川が話し始める。「これからお話しする内容は、日本だけではなくアメリカ、ドイツとの国際的な機密情報です。
従ってこれが漏れると即座に国際問題となります。
私達としてもしたくはありませんが、必用な場合、今頂いた誓約書を基に刑事罰を科していただく可能性もありますので、本当に、お友達とかにお話しするのだけはご容赦ください」
莉央と颯太はうなずいたが、詩央は黙って聞いているだけだった。
輝巳が口を開く。「もう一回いうけど、ほんとにこのことを外に話されると、お父さんは殺されるかも知れない。
自衛隊員は、家族にも任務を開かせない人がいるのは知っているかな。
たとえば戦闘機のパイロットは自分が戦闘機乗りだと口にしてはならない。
数億円かけて育成したパイロットを殺すだけで、数百億する戦闘機はただのがらくたになる。
日本を攻撃したいなら弱点を突けばいい」
詩央が口を挟む。「それがお父さんとなんの関係があるわけ。
なにも無いじゃない」
輝巳は穏やかさを崩さない。「詩央、お父さん毎月出張に出ているだろ。
あれ、実は自衛隊の訓練に参加していたんだ。
いま、お前の通っている塾代も、颯太の大学の費用だって、自衛隊の訓練への協力費用でまかなってきていたんだよ」
これには、詩央よりも颯太が驚く。「うそ、お父さんパイロットだったの?」
輝巳は苦笑いする。「そんなかわいいものじゃないんだよ。
皐月ちゃん、総火演の映像、出してもらえる」
皐月はノートパソコンに収めた、富士総合火力演習での徹攻兵の映像を映す。
〇六式をまとった徹攻兵が小銃弾、機関銃弾をはじくところ、そして主力戦車に並んで、単独でラインメタルを放つところを映す。
輝巳が続ける。「颯太には何度か説明したことがあるけれども、戦場を最終的に収めるのは歩兵で、歩兵の主力武器は小銃だ。
いま、世界各国でこの小銃を無効化し大砲も撃てる徹攻兵、という新しい戦力が開発されている。
ここまでは知っているかな?」
颯太はうなずき「ゲームでも最近、徹攻兵モードとか出てきてるし」と答えるが、詩央は無言のままだ。
輝巳がさらに続ける。「ここまでは公開されている情報で、機密でもなんでもない。
ただ、ここからが機密になるんだけれども、こちらにいる色川大隊長と相原二曹は徹攻兵なんだ」
颯太は、目をまん丸くして二人を見つめる。詩央は不満そうに二人を眺める。
色川も皐月も、静かにうなずく。その様子を確かめて輝巳が続ける。「徹攻兵の鎧のことを装甲服っていうんだけれども、装甲服を着ていないお二人は、包丁の一本もあれば簡単に殺せちゃう。
だからお二人が徹攻兵であることは絶対に誰にも話してはいけない。
そしてお父さんは三十年間、徹攻兵達の教官役をやってきたんだ」
それを聞いて、颯太は理解出来なくなる。「え、どういうこと?」
詩央も話しの行方を見失う。
色川が颯太の質問を受け取る。「簡単に申し上げますと、日本最強の徹攻兵が尾形さんだということです。
これが他国に知られたら、尾形さんの命が危ないということになります」
詩央はそれを聞いて口に手を当てる。
颯太はまじまじと父親を見つめる。
莉央は目の前の飲み物で軽く口を潤す。
輝巳が語る。「お父さん、お前達を養っていくために必死だったんだ。
何しろ、学がないからね。
だから徹攻兵もやってきた。
お前達には、せめて大学は出してあげたいと思っている」
そして横を振り向くと莉央に語りかける。「そして、ここからが莉央さんにも相談なんだけれども、実は徹攻兵は誰にでもなれるわけではないんだ。
ある法則に基づいて、なれる可能性のある人と、そもそもなれない人に分けられる。
今回、自衛隊の調査で、颯太と詩央、二人供に適性の可能性が出てきたんだ。
二人の意思次第ではあるんだけど、試験、受けさせてもいいかな?」
莉央はむずかしい顔をする。「これまで輝巳が黙って頑張ってくれていたことには感謝するけど、子供達を危険に巻き込むのは違うかな」
輝巳は慌てて説明をする。
皐月はその様をみて、輝巳さん、奥様にはこういう表情を作るのね、と眺めていた。
「危険はないよ。
そこは何人もの徹攻兵を育ててきた俺や他のインストラクターが付いているからいきなり危険はない。
詩央については、ここにいる相原さんも協力してくれるし、とにかく、安全は保証する」
これには、色川も皐月も大きくうなずく。
輝巳は慌てるような顔で続ける。「試験を受けたからって、必ず徹攻兵になれるわけではないし、徹攻兵になれたとして、必ず自衛隊に就職しなければならないわけではない。
ただ、徹攻兵のなり手はほんとに少ないんだ。
ほんとに、人手不足だから大事に扱われるし。
それに、試験に受かって、月次の訓練に出るようなことがあれば、小額だけど手当も出る。
変なバイトに手を染めるより、保護者である俺の関係先で取り組む方が健全なんじゃないかな?」
そして最後に、申し訳なさそうに呟く。「二人の学資の、少しでも足しになればっておもっているよ」
そこまで聞いて、莉央がむずかしい顔をしているなか、颯太ははっきりと言い切った。「俺はその試験、受けてみたいな。
学費のことは小学生の頃からお父さんにいわれてきたし、自分の力を試してみたい」
莉央が答える。「颯太自身が受けてみたいのなら、受けてみるだけはいいんじゃないかな。
お母さん、賛成はしないけど」
輝巳は、きついなー、と思いつつも、一つ関門を突破した気分になる。
詩央はどう判断するだろう、と待っていると沈黙がその場をよぎる。
すると皐月が口を開いた。「尾形さん、少し詩央さんと二人でお話しさせてもらえませんか」
輝巳は、皐月から名字で呼ばれることが久しぶりすぎて驚いたが、莉央の手前気を使ってくれているのだな、と理解した。「詩央さえ良ければ、お願いします」
詩央は「私は、話すこと無いです」と答えたが、颯太が「詩央、お客さんに対して失礼だぞ」と助け船を出す。
皐月が「詩央ちゃん、ちょっとでいいから、お部屋で話しできないかしら」
輝巳は、皐月の愛想笑いを初めて見て、珍しいものを見た気になった。
颯太が詩央に顎を振る。
詩央が「わかりました」とうなずき、二人で三階の、詩央の私室に上がっていく。
一番反発していた詩央が皐月と上がってしまうと、色川が出されたお茶を「いただきます」といって口にする。
そして、続ける。「奥様には急な話で、さぞかし驚かれたことと思います。
ただ、ご主人には我々は、本当に長い間お世話になってきています。
そのため、危険性についても十分把握できています。
最初の試験はごく単純なものなんです。
装甲服と呼ばれる装甲を身につけて、動けるかどうかを試すだけなんです。
もし、それで動けないようでしたら、それを持って試験は終了し、ご家族は送り届けます」
莉央は今一度、目の前に並べた色川と皐月の名刺を眺めながらたずねる。「危険なことはさせないんですね?」
色川は一度口を引き結んでからほほえむ。「させません。
というか、尾形さんとのこれまでの研究で、どこまでが安全で、どこからが危険かは全て明らかになっています。
全く安全な試験だとご理解ください」
輝巳も、小さく肩をすぼめながら莉央に説明する。「そもそも、危険なことなら詩央にまで声をかけないよ」
そして、天井の向こう、一つ上の階に目線を走らせる。「さて、相原さんは詩央に何を話しているのかな、と」
莉央が「相原さんとは長いの?」と聞いてくる。
輝巳は気まずさを隠せない。「相原さんだけじゃなくて、女性の徹攻兵も何人もいるよ。
それに相原さん結婚してるし」
ふーん、と莉央がお茶をすする。
まもなく、二人が階段を下りてくる足音が響く。
先に入室してきたのは皐月、そして詩央が続く。
詩央が色川に向かって答える。「一週間、考えさせてもらいます。
そして相原さんにお返事します」
それだけいうと「失礼します」と自室に戻ってしまう。
輝巳が「大隊長、済みません」と頭を下げると、「十代の女の子はむずかしいって聞きますから」と慰めを返される。
輝巳が続けて色川にたずねる。「大隊長の所はお子さんは」
色川が答える。「男の子が二人です」
輝巳が「いいなあ、頼もしい。
うちも男の子二人が良かったなあ」と答えてしまうとすかさず皐月が「そういう言葉が、お嬢さんとの距離をあけさせてしまうのかもしれませんよ」と静かに放ち、そして「あ、奥様の前で差し出がましいまねをしました。
すみません」と頭を下げる。
莉央と皐月が微笑みあうのをみて、輝巳と色川は気まずさを募らせる。
色川が切り出す。「さて、それでは我々はそろそろ失礼させていただきます。
あの、大変恐縮ですが本当に、今回の話しはくれぐれも口外されないようお願いします。
ご家族の、安全のためにもお願いします」
そういって色川は深々と頭を下げ、それに合わせるように皐月も頭を下げる。
二人を送り出すと輝巳は莉央に「ふう、疲れちゃった、ちょっと横になっていいかな?」と告げ、寝室に向かってしまう。
鬱の毒は、輝巳の心をむしばみ続けている。
颯太は少し寂しそうに、莉央は割り切った顔で一家の主の背中を見送る。
基地からの交通機関に電車を選んだのは、不慮の事故が一番少ないと判断したからだった。
基地に戻る道中、不意に皐月が微笑んだのを色川は見逃さなかった。「ん、どうした?」
皐月は、床に目線を落とすと、はあ、と一つため息をついてから、色川に答えた。「あんな弱々しい輝巳さん、始めて見ました」
そして、もう一度微笑んだ。
色川は、この子には俺の私生活は知られないようにしよう、と大まじめに考えた。
一週間後、輝巳は颯太にたずねた。
颯太は「詩央は決めたみたいだよ」と答えてきた。
「どっちさ?」
「行くってさ」
「なる」
それだけ確認すると、輝巳は寝室に引きこもった。
その次の週末は、第三週末に会社から座間駐屯地に直行しない珍しい週末だった。
詩央は、お父さんとは一緒に行動したくない、と皐月を迎えに来させていた。
早めに迎えに来てくれた皐月に詩央を託して先に出かけさせると、少し時間をおいてから輝巳は颯太を連れて出かけることにした。
「莉央さん、結婚記念日に子供二人も連れ出してごめんね」
莉央はため息と作り笑顔を絶やさない。「颯太も興味あるみたいだし、こうして親離れしていくのね」
輝巳は痛々しく笑う。「ほんとごめん。
試験次第では、帰りは明日になるかも。
二人とも学校もあるから、夕方前には家に戻れるように帰してもらうよ。
ほんとごめん」
ただただ、頼りなくそういうと、颯太と二人、駅へと向かう。
男同士、道中特に語り合うこともない。
なんとか、颯太が大学に通い始めたことで、輝巳の気持ちとしては、子育ての大きな山を超えたと思っている。
後は、詩央が大学に受かれば、長い子育ても終わりだなー、とか、いやいやそもそも俺はなんにもして無くて、ほとんど莉央さんにお任せだったよな、とか考えて勝手に落ち込んだりしている。
颯太は放っておけば動画を見ている。
何を見ているのかとチラ見すると、徹攻兵の動画を漁っていた。
ふいー、もうちょっとでいくらでも本物見せるから、誰が見てるかわからない電車の中で見なくてもいいんじゃねーのー。
とも思うが、止めるのも不自然なので好きにさせる。
はてさて、うちの子達は本当に武多さんの思惑通り顕現してくれるかね、と、小田急線の車窓を眺める風景が、ビルがちな都会から山がちな田舎に移ろうのを眺めていた。
輝巳が颯太を連れて座間駐屯地に到着すると、いつもの会議室には色川だけではなく、武多も信世も遊も明理も皐月もいた。
隅の方には先に着いていた詩央も座っていた。
「ふいー、俺にとっては勢揃いだな。
詩央のために明理ちゃんもついてくれるの?」
明理が愛想良く笑う。「私がお役に立てるのであれば」
そして輝巳が詩央に話しかける。「詩央、皆さんにご挨拶はしたのか」
詩央は返事をしない。
会議室に嫌な空気が流れる。
輝巳が声を強めていう。「詩央、返事をしなさい」
それでも詩央は返事をしない。
輝巳が怒気を込めていう。「詩央、皆さんに挨拶もできないなら帰りなさい」
武多が割ってはいる。「まあまあ、尾形さん、詩央ちゃんはしっかり者でしたよ」
そこに颯太の呆れ声がまざる。「お父さんも詩央も大人になりなよ」
輝巳は、床を一旦見つめると、明理と皐月に向かって話しかける。「詩央の保護者として、娘のことをお任せします。
試験がうまくいかなかったら、もう一度注意事項を伝えて、一人で帰らせてください」
明理と皐月が「お任せください」「わかりました」と返事をしてくれる。
それを見ていて颯太が「お父さん、大人になりきれてないよ」と突っ込んでくる。
「悪かったよ。
とにかく、お前の相手はお父さんと、そちらにいる春日さんだ。
ちょっと紹介するぞ。
まず、先日もうちに来てくれたあちらの方が徹攻兵の大隊長の色川二佐。
色川二佐は総合的に徹攻兵の管理をしている。
そしてあちらにかけているのが防衛装備庁の武多課長。
武多さんは徹攻兵の開発の責任者に当たる。
そして、都築信世さんと春日遊さんはお父さんの中学時代からの友達で、二人とも徹攻兵。
あー、徹攻兵はアルファワンとかブラボーツーとか煩わしい呼び方しないで、下の名前で呼び合ってる。
お父さん達がそうだったからね、自然とそうなった。
で、あちらが穂村明理一尉と、先日来てくれた相原皐月二曹。
他にも大勢いるけど、最低限この人達は覚えておいて」
颯太が、礼儀正しく頭を下げて「よろしくお願いします」と返事をする。
武多から、試験の流れの説明がある。「まずは、第一世代型装甲服の展示訓練です。
お父さん達が実際に装甲服を着て動いてみせるのでその印象をよく目に焼き付けてください。
実際、これまでの顕現者、あ、顕現者っていうのは徹攻兵の能力を持った人のことです。
で、その顕現者達も、先輩の動作するところをみて自分たちの能力を引き出した人が大勢います。
それを見て颯太君自身、詩央ちゃん自身が着甲した上で動作出来るか確認します。
動けなければ、そこで試験終了。
解散です。
動けたら、次ぎに出力試験をします。
まあ、その場でジャンプするだけなんですけど、細かくは動けたら説明しますね。
で、出力試験が終わったら意思の確認です。
徹攻兵として近い将来訓練に参加してくれるなら、特務予備自衛官として契約してもらいます。
その上で座学があります。
徹攻兵の情報はほんの一握りしか公開されていませんからね。
でも、徹攻兵やるからには知っておかないといけないこともいくつかありますのでその当たりを講義させてもらいます」
武多がひとこと区切る。「まずはここまで。
お二人からご質問はありますか?」
颯太が、恐る恐る手を挙げる。「はい。
何を質問していいかもわからないくらいなので、初めてもらってもいいでしょうか」
それを聞いて武多がピアスだらけの顔をほころばす。「そうだね。
始めようか」
明理も皐月も九八式を着甲するのはいつぶりなのか忘れるほど前のことだった。
当然だ、今や第五世代型の二六式の展示訓練をするべく、出力向上に取り組んでいるのだから。
たとえ輝巳の家族といえど、顕現者としての能力を発揮できるかわからない以上、必要以上の情報を与えることは避けたい。
そのための九八式なのだが、輝巳と遊に取ってはよっぽど遠い記憶だった。
サイズも、着甲試験用の汎用サイズで、細かいところが微妙に合わなかったりする。
そして、空振りだった時のためにとキャンプ座間内の林の中で展示訓練するのも久方ぶりだった。
輝巳がいった。「かさばるね」
遊がいった。「かさばるね」
明理がいった。「かさばりますね」
皐月がいった。「はあ」
颯太と詩央にはなんのことかはわからなかったが、取りあえず林に出た。
輝巳が、二人並んでいる颯太の方に向かって話しかける。「凄く単純な話しなんだけれどもさ、今お父さん達が着ている装甲服、凄い重そうだろ?」
颯太がうなずく。
詩央は黙って聞いている。
「いま、こうしてお父さん達が動けていること自体、普通じゃないってわかるかな?」
颯太は改めて気がついたように目を開く。「ああ、そうか」
「でだ、徹攻兵のすごさは防御能力だけじゃなくて、運動能力の向上にもあるんだ。
この第一世代型装甲服でも、十メートル飛び上がることができる。
まあ、この樹の高さくらい余裕ってことなんだ。
いくぞ」
そういって輝巳が飛び上がる。
続いて遊が、明理が、皐月が飛び上がってみせる。
輝巳が続ける。「最低限の展示訓練はここまでだ。
これを見て二人が一メートルでも飛び上がれたら徹攻兵の能力あり、だし、そもそも歩けなければ、能力無し、だ。
さて、と。
試しに、着てみようか」
着甲のさい、颯太が一番抵抗感を示したのが紙おむつだった。
「うそでしょ?」
輝巳が笑う。「うそじゃねえ。
お父さんも遊君も着けてる。
そもそも装甲服なんて簡単に脱げるもんじゃないんだから万一のために着けるの」
颯太は受け取ると「ちょっと二人ともあっち向いててよ」と思春期特有の恥じらいを見せる。
そして続ける。「俺はいいけどさー、詩央に怒られても知らないよ?」
輝巳は笑う。「そんなの俺だって知らないよ。
どうせ俺がなにやっても、あの子は怒ってばかりじゃないか」
案の定、着甲室を出てきた詩央は不機嫌だった。
輝巳は特に触れなかった。
サイズ合わせの関係で、遊が着ていた装甲服を颯太が、明理が着ていた装甲服を詩央が着た。
二人とも、普通に歩けたことで武多を喜ばせた。
武多がたずねる「二人ともどう。
体が軽くない?」
颯太が少し弾んだ声でいう「軽いですね。
これ、どういう仕組みなんです?」
武多が答える。「ぶっちゃけ、仕組みなんてないよ。
颯太君も詩央ちゃんも、星々に選ばれたってだけさ」
颯太は、良くわからなくて愛想笑いをしてしまう。
改めて、輝巳、皐月と颯太、詩央が着甲したままで林の中に入る。
輝巳がまた、颯太の方を中心に案内する。「二人とも、アンダーアーマーを顎の所まで上げてから、フロントマスクを下ろして。
そしたら顎の所の金具を止めて。
画像は見える?」
颯太が答える。「見えるよ。
こうなってるんだ」
輝巳が確認する。「詩央は。
ちゃんと返事して」
返事が無い。
皐月が「詩央ちゃん、画像見える?」とたずねると「見えます」と返してくる。
輝巳が続ける。「二人とも装甲服を着て普通に歩けている時点で徹攻兵としての能力はあるってことになる。
普通ならこんな重量物身につけて歩けるわけないからね。
で、続いて最低限の出力試験をするんだけど、さっきお父さん達がやったみたいにジャンプして欲しい。
力をかける必用は無いんだけど、できるだけ高く飛ぶことを意識してやってもらえる?
まずは、颯太から」
そういわれた颯太は、腰を落とすと一気に飛び上がる。
「え?」何人かが颯太と同じ声を上げた。
颯太は飛び上がりすぎた。
木々の高さをはるかに超え、颯太の視界にはキャンプ座間に併設されたゴルフ場を超えて雲のかかる丹沢の山並みが見える。
そして勢いが消えると自由落下が始まる。
「わっ、うわわっ」
空中でバランスを崩し、腰から落ちてくる。
墜落する前に、輝巳が飛び出して受け止め、そのまま尻餅の要領で着地する。
「だっこするのは何年ぶりだろうな」
颯太は「ごめん」と呟く。
輝巳が信世にたずねる。「信世、颯太は何メートルとんだ?」
信世が答える。「機械が故障したと思いたいわね。
七十五メートル以上飛んだのよ。
一八式の九割の出力相当ね」
色川が呟く。「親子鷹って徹攻兵にもあるんだな」
輝巳は颯太を立たせると「次は詩央の番だな。
皐月ちゃん、お願いできますか?」
皐月は少し意地悪を返す。「できますか、なんていいかた、珍しいですね」
輝巳はさらっと答えてみせる。「妻に安全を託されていますので」
皐月は「承知しました」と答えると、「じゃあ、詩央ちゃん、詩央ちゃんのタイミングで飛んでみて」と詩央に試験を促す。
詩央も颯太ほどではないが大きく飛んで見せた。
そして落ちてきたところを皐月に支えられた。
皐月が「お疲れ様」と声をかけると、詩央は「ありがとうございます」と返事をする。
輝巳が信世にたずねる。「信世、詩央はどれくらい?」
信世が呆れて笑う。「ほぼ、四十メートル。
〇六式の慣熟間近って状況ね」
武多が、小躍りするように近くのパソコンに向かいキーボードを叩く。「僕と契約して、徹攻兵になってよ、ってことかな」
そういって特務予備自衛官に必用な手続き書類の印刷にいそしむ。
遊がたずねてくる。「すげーな。
で、どうする?」
輝巳が答える。「どうもこうも、これ以上ここで試験できないし、着替えさせよう」
遊が答える「そうだな」
輝巳は皐月と、事態を見守ってくれていた明理に声をかける。「明理ちゃん、皐月ちゃん、ありがとう。
詩央の着替え、よろしくお願いします」
特務予備自衛官制度を武多に説明させている間に、輝巳は色川の許可を取り莉央に連絡を入れる。
「うん、二人とも合格というか、成績が良くてさ、色川さんも大喜びなんだ。
うん、それで、ほんとに申し訳ないんだけど、二人の意思は確認するけれども、自衛隊と仮契約することになるんだ。
うん、契約社員的な、でも、義務は無いけど、訓練に参加すると手当がもらえる資格みたいなもの。
その手続きとか説明とかで時間がかかって、今日は三人とも帰れないかも知れない。
ほんと、申し訳ない。
うん、また、連絡します。
ほんと、ごめんね」
ふー、莉央さんに頭を下げたり、詩央のご様子うかがったり、気が休まらないな。
電話が終わると、手の空いた遊が話しかけてくる。「すげーな、お前さんとこの子たち。
満さんとか優子さんを超えてきてるんだもんな」
輝巳が答える。「あー、そうなるのか。
おれは武多さんの目利きの方がこえーと思うよ。
この分だと、他の子達も化けてでてくるかもしれん」
颯太も詩央も特務予備自衛官制度の二等陸士として登録することにした。
十九歳を超えていた颯太は成人としてその意思が認められた。
詩央に関しては親権者の同意が求められたが、輝巳に断る理由もなかった。
あまり、遅くまでの説明は、詩央の年齢にも問題があるとして、初日の土曜日は特務予備自衛官制度の説明について費やされた。
夜の間に、輝巳と武多たちで話し合いが行われた。
とにかく、輝巳が喋ると詩央がまじめに聞かないとなり、輝巳ががっくりうなだれる。
説明役は詩央がよくなついているということで皐月に任せることにした。
皐月は「私、ですか」とすこし意外そうだった。
輝巳が頭を下げる。「うちに来てくれた時も説得してくれたじゃん。
多分、皐月ちゃんのいうことはちゃんと聞くと思うのでお願いします」
皐月は、目線を床に落とすと、はあ、と息を吐き、頷いてみせる。
役割が決まったところで話すべき内容が改めて確認される。
まずは機密保持。
徹攻兵の基本能力は、アメリカ、ドイツを中心とした国際機密でもあり、たとえ家族でも話してはならないこと。
また、自身が自衛隊に関与していることを話したとしても、徹攻兵であることは他人に絶対に口外してはならないこと。
他の徹攻兵の素性も明かしてはならない機密事項であること。
漏洩した場合、有期刑もあり得るなど履歴書に傷がつきその後の人生に大きな悪影響があること。
更には、家族を含めた心身上の危険もあり得ること。
次ぎに基本能力。
徹攻兵は確かに強固な防御力を誇るが、その力は無限ではないこと。
ある程度以上の攻撃を受けると、脆化といって、金属の装甲が硝子のように割れること。
脆化した装甲の箇所に追撃を受ければ致命傷となること。
打撃には強いがねんざまで防ぐわけでもなく、日常的な柔軟運動が推奨されること。
主に筋力面として評価される力と持久力に関して驚異的な向上が見られること。
重力方向に対して、反重力ともとれる作用の軽減があり地面、床面を痛めない特徴があること。
光条、と呼称する力が発揮され、推進力と攻撃力に応用されること。
そして知覚。
同じ原石から割出した鉱石を身につけた徹攻兵同士はお互いの視覚を任意に共有でき、会話も可能になること。
視覚、聴覚、嗅覚が向上し、視界の外からの攻撃にも対処できるようになること。
弾さえ届けば、数キロ先から数十キロ先の目標も感覚だけで正確に狙撃できるようになること。
どれも、徹攻兵としては当たり前の事だったが、一から説明するとなると時間が必用だった。
輝巳が、「莉央さんの手前、明日は余り遅くなれないんだよね」というので、皐月の講義は日曜日の朝九時から始まった。
一通りの説明が済むと、皐月が最後にこう締めくくった。「国防の機密を知った以上、お二人はもう既に社会の一員です。
これからはその自覚を持って行動してください。
お父様が長年、そうしてこられたように、です」
こうなると次ぎに課題になるのが、快王、司之介、寿利阿の適性試験だった。
自衛隊の任務は仮にもお仕事。
身内を巻き込むだけでも、慎重にことを運ぶ必用のある国際機密ということもあり、輝巳は丁寧に颯太と相談を重ねた。
結論としては一人ひとり、順々に声をかけていくよう段階を経ることにした。
三人とも、十九歳を超えて成人しているのが救いだった。
最初に、声をかけたのは快王だった。
颯太と一番仲が良く、家も近所で、輝巳も頻繁にすれ違うなど言葉を交わす機会が多かった。
呼び出した場所はみずほ台の駅にほど近い、わき水の絶えない栗谷津公園だった。
まだ、颯太も快王も二、三歳の頃、遊びに連れてきていたこともある公園だった。
颯太も快王も司之介も寿利阿もよちよちとした歩き方であの辺で遊んでいたな、と思い出す。
しかし、息子の呼び出しに応じて来てくれたのは、立派な青年然と成長した姿だった。
輝巳は言葉を選びながら話した。
何しろ十九歳という年齢は、近所の知り合い宅のお子さんという見方と成人という見方の緊張の見極めを強いられる年頃でもあった。
輝巳は、輝巳自身が副業として自衛隊の訓練に参加していること、
颯太も、父親の輝巳のすすめで自衛隊の訓練に参加するようになったこと、
大学時代のボランティア活動の一環として、就活に使える話題の一つとして参加してみることを勧めたいこと、
訓練に参加すればそれなりの手当は出ること、
まずは一度説明だけでも受けてもらいたいと思っていること、
とはいえ、自衛隊の活動には守秘義務もあり誓約書が必要になること、
誓約書には、もうご両親の同意は必要なく、
「おじさんは、快王自身の判断を聞かせて欲しいと思ってるんだ。
その紙、預けるから少し将来に向けてのことを考えてみてよ」と託した。
俺のやってること、メフィストフェレスとかわんねーなー、と思いもした。
それだけに一週間ほどで颯太から、快王が誓約書にサインをしたことを告げられた時にはほっとした。
快王を座間に招待しただけで、輝巳はあの赤ちゃんがこうして大人扱いする歳になったんだな、と我が子の成長を見守る感にも近いものを感じた。
訓練展示は颯太にやらせた。
快王自身、徹攻兵のことはネットで知っていて、半ば興奮気味に着甲すると、七十メートルを超える跳躍を見せた。
颯太も快王も喜んでいたが、輝巳は飛び上がった快王の高さを見て、若さの煌めきを見せつけられた気がした。
颯太の喜ぶ様が無防備で、改めて快王は颯太の特別な友達なんだな、と思った。
そして武多の読みが当たった以上、不出来な仕事以上に神経を使う交渉が、後二件残っていることも自覚した。
一徹攻兵として訓練という実務、作戦という実務に当たるだけでなく、次代の徹攻兵達を発掘する役回りが自分に巡ってきたことに驚きもした。
そして、どうしてこの役回りが、仕事で巡ってこなかったのだろうと思うと切なくなった。
司之介を誘う時も栗谷津公園に呼び出した。
身内だけで固めるよりも怪しくなかろうと、颯太だけでなく快王にも立ち会ってもらった。
誘い方は快王の時と同じ要領だった。
違ったのは、颯太だけでなく快王の口添えもあったこと。
司之介は快王よりあっさりと誓約書を受け取り、サインもしてくれた。
司之介は颯太や快王よりまじめさがやや強く、座間では、機密の扱いについて掘り下げて聞いてきた。
そういう慎重なところも、子供の頃から変わってないよな、と輝巳はほほえましく眺めていた。
司之介の跳躍は六十メートルを超えていた。
三人の十九歳が一八式に対応してきたことで、残る寿利阿にも期待がかかった。
寿利阿への声かけに当たっては詩央にも協力してもらうことにした。
これは颯太の発案でもあった。
正直、娘の反抗期くらい思春期になれば自然なものだろうと思い、輝巳から詩央に特に気を使うこともなかった。
颯太からは、お父さんが大人になるべきだ、と諭され、そんなものかと思い直しもした。
先に颯太から話しを通してもらった上で詩央の部屋に入った。
え、マジか、娘の部屋、いいにおいがする。
と、驚きもした。
詩央には、詩央も知っている快王と司之介が徹攻兵になったこと、
颯太と同い年の寿利阿ちゃんにも徹攻兵の可能性があること、
まずは寿利阿ちゃんを誘うところから手伝って欲しいことを伝えた。
詩央は不満そうに聞いていたが、「相原さんが一緒に来てくれるなら手伝う」と答えてきた。
寿利阿を呼び出したのも栗谷津公園だった。
颯太には、そのワンパターンさを笑われた。
それでも、輝巳にとって子供達の小さかった頃を思い出させてくれる忘れられない場所だった。
進学ではなく就職を選んだ寿利阿には副業としての選択肢の一つとして話しを勧めた。
寿利阿は、皐月が高卒で一般曹候補生として入隊した経歴に興味を示した。
女性自衛官教育隊が朝霞駐屯地にある地の利も前向きに受け止められた要素だった。
詩央と皐月に訓練展示を協力してもらい、着甲させた寿利阿は七十メートル近く飛び上がり、武多を喜ばせた。
武多は、相変わらずピアスだらけの顔をほころばせながら輝巳にいった。「しかし、こういう有意な塊、これからどうやって探せばいいんでしょうね?」
身長百七十八センチ、体重七十キロ、秋田の血を引く母親に似て色白で足が長く、生意気そうな一重の瞳の光りを隠そうとしない黒髪の青年が尾形颯太。
初めての着甲で一八式のほとんどの力に達し慣熟間近。
光条の色は白。
身長百五十六センチ、父親に似て日焼けしがちな肌のケアに余念が無く、どこか南方系の顔つきを思わせるやや明るみのある髪色の少女が尾形詩央。
十五歳にして〇六式の出力をほとんど引き出して見せた日本最年少の徹攻兵。
光条の色は桃色。
身長百七十一センチ、体重七十五キロ、一見大人しそうな目つきに似合わず、颯太より負けん気の強いところも見せる直毛の青年が大久保快王。
一八式の八割の力を引き出す。
光条の色は南の海を思わせる青。
身長百七十五センチ、体重七十二キロ、覇気を表に出すよりも慎重さと落ち着きをもって穏やかに微笑むのが似合う茶髪の青年が馬原司之介。
六割ながら一八式の力を引き出し潜在能力は十分高い。
光条の色は鮮やかな橙色。
身長百七十三センチと女性としては大柄なのは、ナイジェリア人である父親譲り。
褐色の肌と足の長いメリハリの利いた体型には明るい色のサブリナ・パンツが良く似合う。
縮れた髪をポニーテールにまとめているのが的場寿利阿。
女性としていきなり、一八式の七割の出力をたたき出し、明理、皐月に次ぐことを期待されている。
光条の色はピジョンブラッドを思わせる赤。
寿利阿以外の四人は特務予備自衛官制度を使っていることもあり、色川の発案で機械の習熟の早い詩央を小隊長役に編成を組むことにする。
長年、日本の徹攻兵の能力開発に携わってきた都築小隊によく似た特務予備自衛官の集まりであり、誰とも無く、特務予備着甲科第二小隊と呼ばれるようになった。
これが、通称二小の発足である。




