研究記録ファイル202201dd-72 第五世代装甲服の独自開発
宇は、義足をつけることになった。
家族には出張中の交通事故で、という説明をした。
左腕に杖を装着して、ぎこちなく歩くようになった。
それでも、持ち前のにこやかさは失わなかった。
堅剛は着甲することを辞めた。
理由は、二人の娘に心配かけるようなことはできない、というものだった。
誰も非難はしなかった。
ある種、まっとうな理由として受け止められた。
遊は、一八式の運用者として、引き続き展示訓練に参加する意志を示した。
それが、国のためになるならという考え方だった。
輝巳も、着甲を続けることにした。
理由は堅剛と同じ、二人の子供のためだった。
平社員の身分だけでは、子供達の将来を担えなかった。
信世も着甲訓練の支援を続けた。
小隊長役は安全でもあり、予備自衛官という立場も踏まえての選択だった。
五人、友人であることには変わりなかった。
ただ、行き方に違いができることになった。
展示訓練自体は充実することになった。
皐月が一八式の百パーセントの出力を発揮できるようになっただけでなく、明理も二十パーセントながら一八式に対応できるようになり、一八式の対応者が一気に増えた。
皐月は時々呼ばれて、アメリカのマサチューセッツにあるセイラム基地に展示訓練に出るようになった。
アメリカでもようやく二人、第三世代型装甲服の顕現者が現れ、ASー03として制式化された。
対馬襲来撃退から年の明けた二〇二二年の一月、いつものように第三週末に座間駐屯地を訪れた輝巳と遊を待っていたのは、信世だけではなかった。
防衛装備庁の陸上装備研究所、着甲時強化現象研究室の係長、武多が会議室にいた。
武多が口を開く。「なんだかご無沙汰してますね」
輝巳も驚いた。「ご無沙汰ですね、武多さんじゃないですか。
どうしたんです今日は?」
「はい、尾形さんと春日さん、お二人にご相談がありまして」
輝巳が腰掛けながら「はい」と返事する。
遊も改めて「なんでしょう」と答える。
武多は、にこやかに話を進める。「先日の対馬撃退はお疲れ様でした。
あのときの戦闘記録を何度か確認していたのですが、お二人とも、一八式の出力を超えていました。
敵性徹攻兵に斬りかかった時の速度が、春日さんで秒速三十八メートル、尾形さんは秒速四十四メートルでした。
第四世代型装甲服の速度は秒速三三・三メートル。
これに対して第五世代型装甲服の速度は秒速五十メートルが予言されています。
お二人は既に第五世代型装甲服の出力を発揮しつつあるのです。
アデル・ヴォルフ機関からの情報はありませんが、我が国独自での、第五世代型装甲服の開発にご協力いただけませんか?」
遊は興味深く目を見開いて聞いていたが、輝巳は間抜けにも口を開けて聞いてしまっていた。
輝巳はそのまま無防備にたずねてしまう。「ほえー、第五世代型、ですか?
この年になって新型開発の支援ですか?
そんなことあるんだー」
遊は落ち着いてたずねる。「新型は、出力向上だけですか?」
武多は、ピアスだらけの顔を緩ませて語る。「いえ、もう少し検討を深めたら試したいことがあるんです。
まだ、内緒ですけどね」
そういうと、武多は、会議室の大型モニターに第五世代型装甲服のイメージを投影する。「これが第五世代型の外観です。
どうです、一八式と比べてずいぶんスマートでしょう?」
顔は相変わらずカメラだらけとガスマスクだが、身なりは大分現実的なものに見える。
輝巳は感心してみせる。「これだと、アスリートの方とか、レンジャーの方は着甲して動けそうですね?」
武多は、笑って返す。「動けはするでしょうね。
苦行にしかならないとは思いますが」
武多が続ける。「そうそう、背面のノズルの形状ですが、一八式も含めて、このように改めるようにしました」
武多が映した映像では、八角形のボックスが当てられているように見える。
「第五世代型では、十六分間の光条推進が予言されています。
これを使って、上下左右、三次元的に機動することが求められてくると思い、形状を変更することにしました。
また、胸や腰の位置にも、足裏と同じカバー付きのノズルを配置します。
これで空中で後方に飛び退く動作なども可能になります」
武多は、ピアスだらけの顔を自慢げにほころばす。「とにかく、お二人には今後、この第五世代試作型を着甲していただいて、訓練に参加いただきます」
矢臼別演習場では、〇六式の道照と七生、一八式の明理と皐月、そして第五世代試作型の輝巳と遊が、それぞれ飛んだり跳ねたりを繰り返すことになった。
道照が遊に話しかけてくる。「遊さん達の装甲服は、やっぱり身軽そうです」
遊はふわふわと空中を浮かびながら返事する。「そうだね、上下に動いたり」そういって上下に機動する。「前後に動いたり」そういって前後に機動する。「一八式も同じ仕様になったけど、動き方は変わってくるね」
そして降りて続ける。「ただ、俺も輝巳も、出力がなかなか規定に達しないんだよ。
〇六式の時と違って、ひらめきが降りてこない感じがする」と呟いた。
道照が続けてたずねてくる。「〇六式の時とは、何が違うんでしょう?」
遊が、うーん、と考え込む中、それを耳にした輝巳が答える。「俺は最初の子の妊活中だったし、遊君は今みたいに塾講師じゃなくて研究者だった。
二人とも、徹攻兵以外の日常も未来に向かっていたかな」
それを聞いて遊が受ける。「でも、いまでもこうして一八式、第四世代型装甲服の規定を超えるだけの力が自分にあることに驚いてはいるよ。
今でも、現状に満足せずになんとかしようとはしてるんだな、って」
それを聞いて道照は、なるほど、と感心してみせる。
輝巳も遊も伸び悩みを見せる中ではあったものの、第五世代試作型の、それも二十年来の顕現者の動作が見られる機会として、参加者を変えて展示訓練は毎月繰り返された。
尖閣強襲と対馬撃退の二つの実践動画の影響もあり、自衛隊内の顕現者の総数自体を八十人ほどに、〇六式に対応できる顕現者の数も四十人ほどに増やしていた。
そんななか、二〇二二年の七月四日、日本時間の七月五日にアメリカは、小銃弾の効かない新世代の兵士の姿として、ASー01と、機関銃弾も無効化する進化した兵士の姿としてASー02の姿を動画で公開した。
むろん、ドイツ、イギリス、フランスと、アメリカの管轄国である日本、イギリスの連邦構成国であるオーストラリア、そして歴史的にドイツとのつながりが深いものの、こと徹攻兵に関してはフランスと協調国の立場を取るゼライヒ女王国の各国と示し合わせてのことではあった。
中国のような、潜在的に徹攻兵を保持しうる国に対する牽制の意味を込めていた。
一つにはアメリカ国内での顕現者の数が百人を超えたこと、ASー03に対応できる顕現者の数も二十人を超えたこともあった。
動画を公開することは、徹攻兵を拡散することにもつながりかねない、という意見もあったが、誕生日の法則も含めて各国とも顕現者の発掘には苦労しており、情報の少ない国に対しては十分驚異として受け止められるだろうという目論見もあった。
そしてこれに続くこと八月二十四日に、ドイツ軍、イギリス軍、フランス軍が一斉に、自国陸軍所属の徹攻兵の活動を動画で展示して見せた。
ドイツ軍は独自のAWシリーズだったが、イギリス軍とフランス軍はアメリカと同じASシリーズの紹介で、これにより北大西洋条約機構が歩兵の新時代を築く姿勢を世界に誇示して見せた。
イギリス軍所属の徹攻兵がオーストラリア人であること、フランス軍所属の徹攻兵がゼライヒ女王国民であることは、関係国の固い機密事項だった。
ドイツはこの段階で、あくまでAWー01の展示にとどめ、ASー02相当の徹攻兵は研究中であるという姿勢を示した。
それがドイツの、連合国の旧敵国としてのたしなみでもあった。
諸外国の中には、二十一世紀になっても欧州優位の時代は続くと割り切る向きもあった。
陸自の第五世代試作型の情報は、アメリカとドイツには共有をしていたが、ドイツからはなんの反応もなかった。
なにも反応が無いこと自体、ドイツも既に第五世代型の開発に入っていることを如実に物語っていた。
ただ、輝巳も遊も、なかなか予言されている出力に達しないことから、展示訓練のモニターには武多が参加することも増えた。
これまでは、飛んだり跳ねたりを見せるだけだったが、武多が組んだ動作の訓練をすることも増えた。
特に光条推進を使ったアクロバティックな動きについては、空中から始まる動作として、体操選手の様な動きを求められた。
これについては明理も皐月も同様で、特に皐月は、最初のうちは着地をするたびにふらついていた。
着甲していると表情はわからないが、明らかに目を回しているんだろうな、と思うと、輝巳はなんだかほほえましい気分になった。
二〇二二年の十月、あの対馬撃退から一年を迎えようとしていたその日、輝巳と遊は、第五世代試作型の新試験の相談を受けることになった。
武多は、相変わらずのピアス顔で、なんてことはない、という雰囲気でさらっと言ってのけた。「毒ガス耐性の試験がしたいんですよ。
ご協力いただけますか?」
輝巳がたずねる。「毒ガス、ですか?」
武多は笑顔で返してくる。「はい、毒ガス、です」
輝巳がもう一度たずねる。「えーっと、毒ガスって混ぜるな危険的な?」
武多はまたもなんてことはない、という顔つきで答える。「いえいえ、最終的にはもっと本格的なサリンとかマスタードガスなどを試したいんです」
輝巳は食い下がる。「正気ですか?」
武多はすこし残念そうに笑う。「〇六式で二時間、一八式では二時間半の連続走行が可能ですよね。それもトップスピードのままで。
しかも息も切らさず。
そこで思ったんです、徹攻兵はある程度無呼吸で稼働できるのではないかと。
なので実は水中稼働試験もしてみたいんです。
で、その連想で、もしかして、もしかすると毒ガスもいけるんじゃないかと」
あっけにとられる輝巳と違い、遊はなるほどとうなずく姿勢を見せる。
武多が続ける。「あ、ちなみにマスタードガスは遅効性で、二、三日後に皮膚のただれが出たり、一週間過ぎてから白血球の減少が起きたりするので、足の長い試験になります」
輝巳は、少し実感が無くて「ほえー、勉強になりますねー」と答えてしまう。
そしてすかさず。「遊君、頑張ってね、応援してるよ」と続ける。
遊は笑いながら「ふざくんな、お前さんもやるんだよ」と答える。
そして武多も笑う。「決まりですね、よろしくお願いします」
試験は、水中時稼働試験から行われることになった。
まずはキャンプ座間内にあるフィットネスセンターの屋内プールを夜間借りて行われた。
装備は、貧弱なものだった。
そもそも、重装甲の兵士を水に浸けるという発想自体、武多ぐらいしか思いつかないことなので、一度だけ試して、武多の気が満足したら終わろう、という程度の出だしだった。
そのため、第五世代試作型をそのまま着甲して、ヘルメット部分だけ単純化したものが用意されていた。
カメラ部分も単純な装甲で構成されていて、横に二本のスリットが入っているだけだった。
マスク部分は本当にただの装甲が一枚はめられているだけで、いつもなら下あごを覆うはずの膜も無かった。
武多はそれでもご満悦で「どうです、ずいぶん見た目がスタイリッシュでしょ?」と言ってのけた。
輝巳は眼を細めていった。「目の部分が懐かしいですね。九八式も最初はこうだった」
遊もしみじみと眺める。「あの頃はまだ俺たちも二十代だったもんな」
輝巳が続ける。「それよりも俺は水中用紙おむつに、大人サイズがあることの方が驚いたよ」
遊が答える。「俺は水中用紙おむつ自体が驚いたけどな」
輝巳が受ける。「遊君ところは子供いないからな」
水遊びは、どこか童心に返らせる。
武多から指示が入る。「二人ともおぼれたら俺の首が飛んじゃうんで、まずは大きく息を吸って、しゃがむところからやって見て下さい」
「わかりました」「はーい」と返事をすると、二人、足からプールに入り、大きく息を吸って水中に潜る。
渡された防水仕様のストップウォッチでタイミングを計る。
すると、一分経っても二分経っても苦しくならない。
少し、息苦しさを感じたところで遊が先に頭を上げる。
潜水時間は四分二十八秒を記録した。
それでも、輝巳は浮かんでこない。
遊が「輝巳、大丈夫か?」と聞くと、水の中で輝巳が親指を上げる。
輝巳も少し息苦しさを感じたところで頭を上げた。
「ぷはー」
輝巳の潜水時間は十分五十二秒を記録した。
武多は、眼鏡の奥の目を細める。
「四十九のおっさんの肺活量では説明できませんね。
良かった、これで予算をぶんどれます。
ちなみに、潜水したまま泳いでみることはできますか?」
輝巳が「やって見ます」と返事をして、大きく息を吸うと今一度水に潜る。
バタ足だけで腕は使わなかったが、二十五秒ほどで二十五メートルプールを往復してきた。
そして一度顔を上げる。「どうでした、続けます?」
武多は笑顔を絶やさず、「息苦しくなったら、その場で顔を上げてくれるという条件で、やって見て下さい」と依頼する。
輝巳の隣のレーンで遊も試してみる。
結局遊は四分半、輝巳も十一分近くを泳ぎ切って見せた。
武多がその結果をみて、すこし浮かない顔をするので、遊がたずねる。「なにか、問題でも?」
武多ははにかむと、「いえ、期待通りの成果なんですが、こうなるとどうなんでしょう。
徹攻兵は酸素を使わないで運動してるんですかねえ、どういう原理なんだろうなあ?」と首をかしげてみせる。
そして「すくなくとも春日さんで約三十パーセント、尾形さんで約七十パーセントとすると、おそらく慣熟した時は十六分程度の無呼吸稼働が可能になると思われます。
で、続けてのお願いなんですがいいですか?」
水に浸かったままの輝巳と遊が返事をする「なんです?」「いいですよ」
武多は両手を合わせて頼み込んでくる。「水中で、光条推進を使ってみて欲しいんです」
二人とも、なるほど、と頷いてみせる。
既に、光条推進自体は、輝巳で十三分半、遊は十分半程度の出力時間を維持していた。
二人、水に潜ると背面と足底から光条を出す。
水中でも、輝巳はもやを吹き出しているような黒で、遊は紫の光りを放っていた。
ただ、気体を噴出しているのではなく、水圧を上げているようで余計な気泡は出さなかった。
二人とも光条推進の時間は十分だったが、水中時無呼吸稼働の時間限界が先に来てしまい、そこで止まって顔を上げた。
それでも、輝巳は最後のターンは九秒ほどで二十五メートルプールを往復して見せた。
今度も、終わって見せたところで武多がむずかしい顔をしている。
輝巳がたずねる。「どうしました?」
武多は額にこぶしを当てながら答える。「いや、いまから陸自内に、海自に予算を出させろ、という勢力が出てくるのと、海自側は、陸自の徹攻兵だろ、という勢力が出てくるのがありありと目に浮かびまして、どうしたものかと」
輝巳も遊も「あー」と声を合わせる。
一緒に居た信世も、斜め上を見上げながらむずかしい顔をしている。
すると武多が、表情を緩ませていってのける。「まあ、お二人の慣熟がいつになるかもわからないですしね、気長に行きましょう」
十一月十二日、ドイツ連邦軍の創設記念日に合わせて、ドイツ陸軍はAWー02の安定稼働に成功した、と一二・七ミリ機関銃弾を受ける徹攻兵の姿を公開した。
事情を知らない諸外国は、さすがドイツはすぐに追いついてくる、と評したが、むしろ最先端を行っているのがドイツだった。
そして、そのドイツの斜め上の独自路線をひた走っているのが日本だった。
輝巳と遊の月次の訓練は、半年ほど後輩達への展示訓練が続いた。
〇六式に対応できる顕現者が増えたことで、輝巳と遊が、〇五式の対応者への展示訓練を行うことはなくなった。
むしろ、明理と皐月に続く一八式への対応者を育成することが期待されていたが、こればかりは輝巳にも遊にも、そして一八式の候補生たる〇六式の対応者達にもいかんともしがたいものがあった。
十二月、雪の積もる矢臼別演習場で、輝巳と遊は光条武器の闘技訓練をしていた。
相変わらず、遊が輝巳をもてあそぶが、攻め込むと回り込まれる状態の繰り返しだった。
二人とも半ばスポーツ感覚で、そのギリギリの攻防を、時に文字通り火花を放ちながら繰り返していた。
一休み入れた時、居合わせた皐月が珍しく輝巳に声をかけてきた。「輝巳、さん、お手合わせ願えませんか?」
輝巳が驚いて答える。「え、俺。
遊君じゃなくていいの?」
皐月の答えは「輝巳さんがいいんです」だった。
輝巳は内心、すげえ、勘違いさせるいい方すげえ、と思ったが、そこは口に出さず「じゃ、ちょっとやって見ようか」と精一杯強がった。
二人とも素人の剣技だった。
お互いが、お互いの誘いに釣られることも多く、遊と違って刀を大きく開くことも多かった。
その分、見た目は派手に見えた。
そして、輝巳と皐月に共通していたのは、攻める時よりも、受ける時の回り込みの早さだった。
輝巳も、最初は第五世代試作型と一八式の出力差も鑑みて、手加減をする気の持ちようだった。
しかし、だんだんとそれが失礼なことに思えてきた。
皐月の刀を右に払い飛ばし、向かって右、皐月の左の脇腹を狙ってコンパクトに横に払おうとしたはずが、皐月の刀が素早く回り込んできていて届かない。
逆に輝巳の刀が右上に跳ね返されて、右の脇腹を突かれてくるが、それはむしろ右斜め前に体を進めて、左側にかわす。
皐月の体が輝巳の左側をすり抜けていこうとする。
すきあり。
半ば皐月の背中を狙うように振り下ろした輝巳の刀は、皐月が大きく振りかぶった刀で背中を守り届かない。
そのまま皐月が左に刀を下ろしてくるのでつばぜり合いになり火花が飛ぶ。
とにかく、二人の動きが大きく、見世物としては派手なのだが、お互い掠るようなチャンスはあっても、刀に吹き付けた蛍光塗料で相手の装甲を汚せない。
三十分ほど続けたところで信世から「二人ともちょっと一息入れて」と声がかかる。
二人とも、体力的ではなく精神的に息が切れている。
輝巳が、フロントマスクを上げて真冬の北の大地の冷気を吸い込む。
遊が、皐月に歩み寄り、肩に手をかける。「立派だね、うん。
何があった?」
皐月が息を整えながら答える。「以前、宇さんや堅剛さんがいた時、遊さんと輝巳さんが一時間切り結んだじゃないですか」
「うん」
「お告げが、私にも来ました。
いけない、って思ってそちらに刀を動かすと、攻撃が来るんです」
それを聞いて輝巳が笑う。「すげえな、来たか」
皐月が受ける。「来ました」マスク越しだが、声が弾んで聞こえる。
輝巳が、ちょっとうつむき加減にたずねる。「あのさ、笑わないんで欲しいんだけど、お告げの神様、脚八本ない?」
明理が、割ってはいる「スレイプニル、ですか?」
明理が指摘してきたのは、北欧神話に現れる八本脚の軍馬だった。
輝巳は、照れ隠しにフロントマスクを下ろす。「いやその、もっと不確かな感じの印象なんだよね。
我ながら、なにいってるんだろうね」
皐月が口を出す。「あの」
一度、言葉を選んでから告げる。「良くわからないのですが、目が沢山有って、髭が八本あるような?」
そして続ける。「なんというか、冒涜的な、いえ、全然整理できてませんね」
そういうと、皐月は胸の前にこぶしを当てる。
輝巳は頷いてみせる。「いや、いわんとすることはわかる。
なんだか良くわからないけど、多分同じものがイメージに残っていると思う。
そもそも、お告げの神様っていいかた自体、神頼みで不確かなものなんだけど、それに命預けるわけにはいかないけどさ、徹攻兵自体、よく分かんない力だし、もし、他の人でお告げをイメージ出来た人がでてきたら教えて欲しいな」
明理は、腕を胸の前に重ねて首をかしげてしまう。
自分には、そんなイメージ浮かんだことあっただろうか、と。
信世がネットを検索して割り込んでくる。「取りあえず髭が八本だとドジョウってことになるわね」
遊が笑う。「ドジョウをイメージして刀を振るのか」
輝巳が大まじめに否定する。「いや、その、もっと嫌悪感、ううん罪悪感のある感じ」
皐月も輝巳に同調する。「およそ尊敬するにはおよばない感じですね、あれ」
信世が苦笑する。「茶化すつもりじゃなかったのよ。
ドジョウは忘れて。
でも、八本脚、八本髭の何かをイメージするっていうヒントは、今後展示訓練を受ける方々にも、伝えていくようにするわ」
二〇二三年の四月、誕生日を過ぎた輝巳は五十才を迎えていた。
長男の颯太は受験生の歳を迎えていた。
何かと、教育費用のかかる歳になっても、輝巳は平社員のままだった。
そして、遊と七生と武多と、海自の護衛艦に乗って沖縄の海上にいた。
武多が言う。「天気いーですねー」
輝巳が答える。「そうですね。
家族旅行で来られたら良かったんですけどね」
武多が受ける。「そこは、申し訳ないですね。
なにしろ、国際機密ですから」
今回渡された装甲服は、脚先にひれが付いているのと、先端が直径十五センチほどのドームになった角がヘルメットに付いていた。
この角は額からちょうど真ん前に延びており、フロントマスクは固定されていた。
ドームは超音波の発信と受信の機能を備え、受信した音波は骨伝導で聴覚に届くようになっている。
防水仕様になっているのはそこまでで、相変わらず視覚部分は横長の二本のスリットになっていて、鼻と口は一枚の板で覆われているだけだった。
武多が今一度説明する。「ブリーフィングでもいいましたけど、今回の試験は大きく三つ、減圧症の影響の有無と深度の記録、そして反響定位の有無です。
特に深度については輝巳さん、一キロ潜れたら素敵なんですけど」
輝巳はそれを聞いて苦笑いしかできない。「俺、金槌なんですよね。
海でおぼれたこともあるくらいだし」
武多は、余裕の笑みを絶やさない。「大丈夫、その水の抵抗を考慮していない装甲服でも、光条推進で一〇・八ノットを記録してるんです。
分速約三百三十メートルです。
五分潜って、五分で帰って来てくれれば、尾形さんの無呼吸稼働時間は十一分ありますから、十分おつりが来ます」
輝巳は食い下がる。「その五分ってのはどうやってわかればいいんです」
武多が答える。「春日さんか小安海曹に意識通信してもらいましょう。
一八式でも、この艦から三十二キロ以内なら意識通信できるんです。
一キロ潜るくらい余裕ですよ」
そして武多が続ける。「むしろ減圧症の影響ですよね、怖いのは。
素潜りはスキューバダイビングと違って減圧症の影響をほとんど受けないとされていますが、素潜りで何十メートルも潜る人は居ませんからね。
今回はそのための再圧室も用意しましたけど」
そこで武多は一度言葉を句切ると、満面の笑みでこういってのけた「まあでも、きっと徹攻兵は耐えるんじゃないかと思っています」
武多の説明が一通り終わると、信世から声がかかる。「輝巳、遊、今回は七生君の出力向上へのきっかけも期待されてるから、いつもより小まめに意識通信お願いね。
二人からもらった内容は、私が音声にして記録するから」
遊と輝巳が「了解」「りょーかい」と返事する。
まずは宮城島からさほど離れていない、海深百メートル程度の海で試験を始める。
艦からは二本のロープが下ろされている。
潜っていない間はそのロープにつかまって体を支える。
武多が艦の上から拡声器で伝えてくる。「前もいいましたけど、二人におぼれられたら、俺の首、飛んじゃうんで、まずは海水慣れして下さい。
最初は、反響定位、いわゆる超音波視覚の試験から開始します。
ロープにつかまったまま、海水に潜って、下を向いて左耳の位置のスイッチを押して下さい。
海底の様子がわかれば成功です。
まず、尾形さんからお願いします」
輝巳も「りょーかい」と返事はするものの、海底の様子ってなんだよ、と思っていた。
ただ、徹攻兵の取り組み自体最初から、どーすりゃいいのと思えることを、やって見て、と乞われて、何となくできてきた実績がある。
取りあえず、海に潜る。
下を向くって、この角を下に向けることだよね、と思いながら体を傾ける。
右手でロープを持ったまま、左手でボタンを押す。
すると、東に向かって緩やかな下り坂になっている雰囲気が、何となく伝わってくる。
一部、影を感じたのは魚群だろうか。
一旦、海面上に顔を出し、口頭で報告する。「海底面のかすかな傾斜を感知。
魚群の影と思われる姿も感知」
意識通信の内容を信世が読み上げて、それを無線で武多が聞く。
「おー、やっぱりわかるんですか。
凄いな五世代型は。
次は春日さん、反響定位の感覚の確認と、ついでに、その感覚を意識通信できるかも試してもらえますか?」
遊が返事する。「了解です」
そして潜る。
輝巳がしばらく待っていると、さっき感じたイメージと同じ印象が飛んできた。
遊が上がってくる。「こちら春日。
海底面の傾斜を確認。
イメージは届きましたでしょうか?」
信世が返事する。「届いたわよ。
なんていうか、学校のグラウンド、的な?」
遊が返す。「まさにそんな感じ。
届くんだ。
改めてなんなんだろうな、この力」
信世が武多に報告する。
武多は、横の七生にも話しかける。
いくつか七生と言葉を交わして、また、拡声器を構えてくる。「それでは、今度は艦底の形をつかめるか確認して下さい。
今度も、尾形さんからお願いします。
あ、意識通信もおねがいしますね」
輝巳は、今度はロープの端まで降りると、上を向いて左耳の位置のスイッチを押す。
すると、船底の形だけ伝わり、他は空洞のイメージが伝わってくる。
イメージを共有すると海面に上がる。「反響定位の感覚により、船底の形状を確認するも海面部分が抜けた状態を確認」
これも信世から武多につたわり、武多が七生に確認をする。
続いて、遊が試験する。
輝巳が七生に聞く。「七生さん、どう。
見える?」
七生が答える。「見えますよ。
こう、空間にぽっかり船底の形だけが浮かんでいる様子が」
輝巳がさらにたずねる。「七生さんは海自さんだからね。自分でやって見たいでしょ?」
七生が答える。「はい。
正直、ちょっと歯がゆいですね。
でも、凄い新鮮な体験です。
ありがとうございます」
こうして、海底の様子と艦の位置を認識できることが確認されると、いよいよ、海中に潜る試験が始まる。
武多から拡声器で案内がある。「ここは海深百メートルほどなんで、可能であれば、海底を触って戻ってきてもらえますか?」
そして、二人とも潜ってみる。
三十メートルも潜れば、太陽光はほとんど届かない。
遊がソナーのスイッチを押すと、輝巳も海底の様子をつかんだ。
なるほど、水中ではライトの変わりが音波になるわけだ。
二人とも、小まめに視覚情報を信世や七生と共有しつつ、一分ほどで戻ってきた。
武多が拡声器で声をかける。「肌のかゆみや、めまいとかはありませんか?」
二人とも、指でOKサインを作る。
武多が続ける。「とにかく、無理をするための試験ではありませんので、海中でも異変を感じたり、なにか違和感があったらすぐに戻ってきて下さい。
次は、宝探しをお願いします」
そういうと武多は、左手に金属片を持つ。
金属片はT字型で、手のひらにちょうど余るぐらいの大きさをしていた。「これにソナーを打って下さい。
このサンプルはアルミ製です。
実はこの海域に、鉄製とアルミ製の同型の金属片をそれぞれ二つずつ散布しています。
アルミ製の方を探して、拾ってきて下さい」
「了解」「りょーかい」
そして、二人潜る。
お互い、あっという間に海底近くまで潜り、ソナーのボタンを何となく交互に押す。
輝巳は、一つ見つけたが、なんというか、武多の示したサンプルとは色というか明るみというかが異なり、多分鉄製だな、と思いつつ拾う。
遊が、要領良く見つけると海面に戻っていく。
輝巳は、少し範囲を変えて照らしてみる。
あった。
光条推進で駆け寄ると、艦底目がけて折り返す。
そのまま、空中に飛び上がり甲板に降り立つ。「こっち。
こっちがアルミ製です」
武多がほほえむ。「当たりです」
そして拡声器で遊に声をかける。「春日さんも一度揚がってきて下さい」
武多は、今一度二人に確認する。「肌のかゆみや、めまいとかはありませんか」
輝巳と遊が返事する。「ありません」「感じません」
武多は、少しばかり考えると「では、艦を琉球海溝に向けてもらいます」と伝えてきた。
沖縄本島の東側の沖合、約八十キロほど進んだところには、琉球海溝と呼ばれる四千から五千メートルにもおよぶ深さの海域が南北に広がっている。
そこで、小刻みに時間を区切りながら潜っては浮上してを繰り返す。
遊は、時間の関係もあって、推定深度七百メートルほどでテストを終えた。
テストを終えると装甲服を外し、アンダーアーマーも外して裸になる。
肌に赤い斑点などが浮かんでこないか、むくみなどは発生しないかなど、医官の観察の元で過ごすことになる。
輝巳は無呼吸の時間に余裕はあったが、およそ一千メートル潜ったところで、急に全身に圧を感じた。
折り返して海面に浮上すると、甲板まで飛び上がり武多に報告する。
武多はしばらく考えると「その圧の感覚をもう一度確認してきて、ついでに意識通信もしてもらえますか?」と依頼してくる。
輝巳は「りょーかいです」と答えると改めて海面に飛び込む。
やはり、光条推進で海底に向かって進み、三分ほどしたところで圧を感じ、その肌感覚を送ると引き返す。
通知内容は信世が音声でまとめ、武多は七生と意見交換をする。
輝巳の試験も終わり装甲服を脱いで裸になると、医官の診断を受けた。
二人とも減圧症の症状は一切出ることは無かった。
沖縄の海での試験を、武多はこう締めくくった。「水深一千メートルから水中を十ノット超のスピードで推進し、そのまま空中を時速数百キロで飛行する物体なんて、この世に存在しないはずなんですけれどもね」
それから二ヶ月後の六月、信世も五十代の大台を越してしまった第三週末に、矢臼別演習場には機密性の良いプレハブが五棟ほど、それぞれ百メートルの間隔を空けて建てられていた。
カメラだらけの目元に、ガスマスク部分を廃止して一枚の金属板で鼻と口を覆うよう形成されたヘルメットを着けて輝巳がたずねる。「いよいよ、毒ガスの試験ですか?」
座間キャンプで武多が答える。「いよいよ、ですね。
何度も繰り返しますが、二人の身に万一があると、俺の首が飛んじゃうんですよ。
なのでわずかにでも異変を感じたら、即、壁をぶち抜いて外に飛び出して下さい」
武多が続ける。「ちなみに、耐酸性、耐アルカリ性、耐溶剤性の腐食試験は、二十年前に既に第一世代型でドイツが試験済みなんです。
ほんとにあの民族のやることはきっちりしています。
それぞれ、高濃度の溶液を使って数時間経過しても汚損すらありませんでした。
また、チェーンメイル部分、つまりアンダーアーマー部分についても、着甲時に侵食による皮膚へのダメージもありませんでした。
なので今回の試験、高濃度のガスによる腐食は余り心配していません。
また、四肢や腹部、背部、頭皮など装甲に覆われている部分についての影響も余り心配していません。
ポイントになるのは呼吸器、血液系、目、鼻、のどなどの粘膜系への影響です。
耐久試験に成るので、それぞれ異変がなければ最低でも一時間ずつの試験をしたいと思っています」
ここで武多は一旦区切ると、大まじめにいった。「お二人にはトランプを用意したのでカードゲームしていて欲しいんです」
輝巳と遊は気が抜ける。「マジすか?」「ボードゲームとかはダメなんですか?」
武多が笑いながら答える。「将棋とか囲碁も考えたんですけど、長考されると、死んだかと勘違いしかねないので」
輝巳と遊が理解する。「ああ」「なるほど」
武多が締めくくる。「万一に備えて、穂村二尉と相原三曹に待機してもらいます。
また、完全防備の医官と酸素室も準備してあります。
とにかく少しでも異変があったら飛び出すこと、これを忘れずに始めてください」
輝巳は、室外に設けられた発電機を起動させる。
室内には簡易照明の他、通信機とカメラが設置されており、フロントマスクを上げたままの二人の顔色もうかがえるようになっている。
信世が告げてくる。「現在、ヒトキューマルフタ、これより塩素ガスの耐久試験を行います」
輝巳と遊は、大まじめな顔でポーカーを始める。
が、十五分もすると輝巳は飽きてしまう。
「なあ、遊君?」
「なんだ」
「飽きたんだけど」
「俺もだ。
でも、多分、外で待機してる明理ちゃん達の方が退屈だと思うぞ」
すかさず、明理が答えてくる「問題ありません。長時間の作戦行動への対応も訓練されています」
伝わらないが、皐月も無言でうなずく。
「ふいー」と輝巳がため息をついてカードを投げると、武多が「取りあえず止まっちゃうのだけは勘弁してくださいね」と注文してくる。
輝巳は「話ししてれば、トランプして無くてもいいですよね?」とたずねる。
武多は「いいですー。その代わり、話してない時も相づちは小まめにお願いします」と返してくる。
輝巳が続ける。「わかりましたー。
さて、と。
明理ちゃんと皐月ちゃん。
ちょっとじいさんにつきあってくんない?」
遊は、武多を心配させないようにトランプをきっている。
明理と皐月が答える「なんでしょう?」「はあ」
「ほんとはアルコールでも飲みながら、明理ちゃんに聞いてみたかったことなんだけどさ、昇進、順調?」
輝巳がそうたずねるのを聞いて、遊が吹き出す。「お前、正気か?」
輝巳は笑って続ける。「遊君、その突っ込みはいま武多さんの心臓に悪い。
で、明理ちゃんはどんな感じ?」
明理は落ち着いて答える。「そのご質問には、どのような意味があるんでしょうか?」
輝巳が返事する。「意味なんて、そんなに深くはないよ。
ていうか逆に聞かれちゃうと、おじさんの長い繰り言が始まるんだけどさ、まあ、聞き役よりは語り役の方がいいのか。
ぶっちゃけ明理ちゃんみたいな存在は、普段の俺にとっては雲の上の存在なんだよね。
自衛隊で言ったらなに、士長からせめて三曹に上がりたいって思っていたら、一士に下げられた、そんなおじさんだからさ。
だから、まずはどんなものかと思って」
明理は、なるほどとうなずいてから答えを選ぶ。「正直なところ私は二尉に昇進したのが早すぎたくらいなので、同期生がようやく追いついてきているところです」
輝巳は遠慮無くたずねる。「我ながら話しがへたくそなのだけはわかってはいるんだけど、徹攻兵としては皐月ちゃんに先を行かれている訳じゃない。
そこんとこどうなの。
焦りとかはある?」
遊が吹き出す。「お前さん、へたくそにもほどがあるぞ」
輝巳は笑う。「それはわかってるさ。
でも、こんな風にしか聞けないんだ。
で、明理ちゃん、どう?」
明理も苦笑する。「本当に、お酒でも飲みながら個人的に聞かれた方が、まだ救われます」
そして皐月の方を一度振り向き、また、正面を向く。「答えないといけませんか?」
「ひとこと答えてくれたら、後はおじさんが語るからさ」
明理は、上を見上げる。「徹攻兵としては、ふがいないと思います。
自分に、いいきかせていますね、道は一つではない、って。
信世さんみたいに、〇五式のままでも、小隊長役はやれますし。
ですが、この歳で、この階級で、一八式を運用できているのも貴重な体験です。
その現実を背負っていきたいと思います」
輝巳が「なるほど」と答えると、明理がつづける。「あ、ただ、一つだけ、輝巳さんの言っていた、お告げ、は感じてみたいですね」
それには、遊が答える。「それは俺も思う。
お告げを感じることができたら、輝巳の装甲を汚せるんじゃないかって。
しかし、皐月ちゃんの動きも見てると、お告げって防御面に効果があるみたいだし、今と変わらないのかも知れない」
皐月が入り込む。「明理ちゃんには気遣いの足りない発言になるかも知れませんが、遊さんのいうように攻めるひらめきではない気がします」
遊が話しを受ける。「徹攻兵の力は、本質的に守りの力なんだという気がする。
意識通信も、領土とか、母語の届く範囲とかの制限があるし、外向きの力ではなさそうという勘がする」
輝巳が割り込む。「話の腰をぶった切るんだけど、俺さ、長いこと鬱病煩ってるんだけど、展示訓練のあとの週明けの落ち込みが酷いんだよね。
夢から覚めて現実を突きつけられる感じで。
明理ちゃんみたいな人はどうなんだろう。
そういう感覚はあったりする?」
「うーん、夜勤明けで疲れたなー、って感じかしら。
あ、すみません」
「あ、いや、言葉遣いはそんな気にしないで。
そっかー、やっぱりそうなんだよなー、できのいい人はそもそも落ち込まないんだろうなあ」
明理は、輝巳さんにもこれからまだ、といおうとしてやめてしまう。
なんて答えていいかわからない。
沈黙が通り過ぎると、武多が「尾形さん、お願いだからなんかしてて」と笑う。
遊はずっとカードを切っている。
輝巳は、あーすみません、と返してから、遊にたずねる。「ポーカー、再開する?」
「やろうか」
こうしてカードで遊び、飽きては明理や皐月と語らい、塩素ガスが終わると、硫化水素、青酸ガスこと塩化シアン、サリン、マスタードガスと試験を重ねていく。
時間をもてあました輝巳の興味は、あちこちに飛ぶ。
ファッションのことを聞くと、明理はフリルの付いたもの、レースの付いたものが好みだという。
皐月は、基本的にシンプルなもの、襟の付いたものを選びがちだという。
私生活をたずねると、明理は自衛官とはつきあいたくないといいきり、皐月はパートナーが看護師をしていて、出張や夜勤にも理解があると答えてくる。
輝巳は「何年も訓練は一緒にしてるけど、こういうこと話すのは初めてだね。
新鮮だな」と笑う。
試験の方の結論としては、第五世代試作型においては、高い耐毒ガス性能があり、ガスマスク部分は廃止することが可能と結論づけられた。
武多は試験の結果もさることながら、「お金の掛けかけたに限度はありますが、パーソナルカラーとかパーソナルデザインとか有ってもいいと思うんですよね。
披露する場は無いんですけど」とそちらの方で喜んだ。
この試験の後、程なくして明理は一八式での出力を二十パーセントから七十パーセントに上げ、関係者の関心を引いた。
二〇二三年の八月、自衛隊は陸上自衛隊の富士総合火力演習で第一世代型徹攻兵と第二世代型徹攻兵を展示して見せた。
九八式と〇五式という制式名称は敢えて使わなかった。
徹攻兵というキーワード自体、インターネットで急激に上位にあがり、陸自には徹攻兵の希望者による適性に関する問い合わせが相次いだ。
むろん、機密事項として回答はされなかった。
東アジアだけではなく、中近東といわれる中央アジア、西アジアの諸国やアフリカ諸国からも、展示訓練の照会があったが、全て平等に断った。
同じ八月に自衛隊は、第五世代試作型における水中時無呼吸稼働試験及び対毒ガス耐性試験の結果をアメリカとドイツに共有した。
ドイツは高い関心を示し、レポートにない詳細な情報を求めてきた。
そして翌九月に、アデル・ヴォルフ機関より新兵器の情報がもたらされた。
それが、「光条砲」である。




