7.詐欺師とログイン
【eスポーツ7日目】
愛と別れたあと、宮川に奢るという約束だったので宮川と合流する。
行ったのは焼き肉亭バビロン。俺たちの行きつけの高級焼き肉店だ。
早速喰いながら話す。
「キョウヤー。なんでまだスカウトマンなんてやってんの? やめときなよ。ここはウチのシマだとか、スカウトすんじゃねーとかでしゃばるヤクザが混じってくると、クソ面倒臭くなるだけじゃん。アイツらキチガイ過ぎてマジ嫌いなんだけど。特に東大出身のガリ勉くんがヤクザデビューして突然ふんぞり返ってるのとか超絶気持ち悪くね?」
「はは。お前ほんとにヤクザ嫌いだなー」
「一生裏スロットだけ経営して、裏世界やってる気でいろっつーの」
「俺らだって似たようなもんじゃん。暴力は振ってないが日銭稼いでるあたり中途半端」
「ヤクザじゃねーもん。ってゆーか、キョウヤさー……じー」
「な、なんだよ」
「eスポーツ……ラストファンタジーの参加者名簿に名前あるのにプレイしてないだろ?」
「なんで分かるんだ?」
「総ログイン時間と配信動画URLが公式の参加者リストに載ってるんだよ。あ、特上ホルモン追加ね」
「そうか……」
「どうして参加しないんだよ」
「弟がログインしてなかったんだ。つまり、事故からずっと意識がないんだよ」
「それでか。あ、特上ロースも追加ね」
「なんつーか、希望っつーの? 誠也と再会できると考えることに、そういうのを過剰に期待しちまってたんだ。誠也が意識が無いなら、eスポーツとかプレイする意味がねえ。それだけさ」
「特上カルビも追加していい?」
「まだ注文した肉すら来てねえだろ。ぜんぶ食べてから頼め」
「でもさー、キョウヤ金集めに精を出してっけど、それならeスポーツで実力見せつけて注目集めた方がいいんじゃない? プロゲーマーって数十億単位で稼いでるやつも居るぞ」
プロゲーマーよりも注目を浴びるプレイをしろってか。
「それってゲームの才能が世界トップクラスなやつの話だろ。そんで、今のゲームはリアルの運動能力や知力が大きく反映するものが多くなってっから、eスポーツに溢れ始めたアスリートや軍人を出し抜いて注目集めるとか無理ゲーだわ」
「確かに、リアル人生の経験値が低い引きこもりプロゲーマーはほぼ淘汰されてちゃってるけど、ラストファンタジーは引きこもりの経験値しかなくても上を目指せるようになってるよ」
「それって才能がない雑魚でも勝てるってことか?」
「そ。ラストファンタジーはね、敗北せず生き残ったやつの富、地位、名声、実績を競って順位を決めるゲームなんだよ」
そういや俺、ラストファンタジーのことを何も知らねえな。
「この順位争いは誰にでもチャンスが与えられてるんだよ。商いを持って巨万の富を築くもよし。軍事力を持って覇を唱えて地位を奪うもよし。ダンジョンや未開の地へ冒険に出て名声を轟かせるもよし。クエストをこなして功績を積むもよし。争いのない平凡とした生活を送って、交遊関係を広げて知名度をあげた名士になるもよし。驚くような生活用スキルの組み合わせや時短方法を編み出し実績を積む開発者になり文明に貢献度を捧げるもよし。娯楽を提供してもよし。絵を描いて認められるもよし。多才であっても、不器用な特化型であってもメリットは多い」
「って言われてもなぁ」
会計を済ませる。
店を出るとき宮川は言う。
「キョウヤさ、弟君が意識戻るまで詐欺師するっつってっけど、あと50年意識が戻らなかったらどうすんの? 50年の間に一度もミスせず牢屋行きにはならないし、ジジイになってもその時代に付いていけてて詐欺師やれてる、なんて保証はどこにもないよ」
「……わかってるよ」
「eスポーツね、弟君に関係なく一回やってみなよ。公式が流すプレイ動画見て応援してるからさ。なんなら、個人動画の録画配信とかするなら編集とか時間ないだろうから俺がやってあげっから」
「あー、分かったよ。分かった分かった。宮川的にはゲームに参加するのがオススメなんだな?」
「もち」
「なら、デスするまでログインしてみるから、そんなに俺の将来心配すんなって。同じ底辺だろ」
「へへ! ドが付くほど底辺な? まあキョウヤならそう言ってくれると思ったよ! eスポーツ選手ひとりでもポコッと倒せば話題になるぜ!」
「ポコッと返り討ちにされるの間違いだろ」
少しだけ経過情報を教えてもらった。
初回ログインボーナスで手に入る全体通信機というチャットアイテムがある。これを使えばゲーム内の全プレイヤーだけでなく、全NPCにまで自分の今現在の映像と音声を届けることができる。
目立ちたい奴らが最初に全体通信機を使い、「勝つのは俺だ」などと優勝宣言をしたことを皮切りに、モニターたちまで「体が動かせる世界にありがとう」とかの感謝の言葉を綴り始めたという。おまけに、何人かの経営者のおっさんが自社の宣伝をするとかのネタにまで走った例もある。
全体通信機はかなりの頻度で使われた。だが、これは初回ログインボーナス以外で手に入れているやつはまだ居ないらしく、目立ちたい自己紹介なんかで使っていいものではない貴重なアイテムだとか。
何かあったときの通信機になるし、一応確保しておこう。
そうして。
その日、俺は病院の特設ルームへ足を運ぶ。ここで寝泊まりしても良いらしいが、今来た俺以外に寝泊まりしている奴は居ない。
テレビゲートは2つが稼働している。人のことは言えねえが夜中にログインとはご苦労なことだ。
大会期間中の1ヶ月+メンテナンス期間も含めて約二ヶ月くらいは貸し切るつもりらしいアリーナ会場。そこではラストファタンジーだけでなく他のゲームタイトルのeスポーツが同時開催されているため、客席は連日満席なんだとか。
電源が点けっぱなしな、アリーナを映す薄型ワイドテレビ。アリーナの中が確認できる。
アリーナに居る、ラストファタンジーのeスポーツプレイヤー……つまりプロの現在ログイン人数は10人。
夜中だからな。昼間は毎時間60人以上はプロがログインしている。
各国のチームは作戦として朝、昼、夜、夜中でメンバーを少しずつ分けたんだろう。
仲間のログイン時間を分けた方が有利になる。或いは分けなければ不利になることが起こったと見るべきだ。
プロフェッショナルたちが考えた作戦。そういうのも丸ごと叩き伏せてこそ目立てる。目立てば俺の人生も少し変わるってか。
あーっと。プレイ時間はログイン一回につき5時間までで、必ず8時間ログアウトしなきゃならないんだったな。
俺用のテレビゲートに入る。
今度は弟のためだけじゃなく、俺自身のために。
――俺自身のためのゲームって、なんだろうな。だって、ゲームだぞ? 素人がやるゲームだぞ? それで何かが変わるのか? わかんねえな。わかんねえよ。俺は究極のバカだから。一攫千金。成り上がり。甘い考えに浸って、それで充足感を得られるのかと言えば全く得られない。ほんと、何やってんだろうか俺は。こんなことで世界が変わるのか? 俺の世界は変わるのか? どう変わりたいのかすらも分かってねえのに――
ただの詐欺師。プライドもなく惰性に任せて人を騙し、金を巻き上げるゴミ。ゲームもほとんどしたことがないこのクソゴミがどこまで通用するもんか。
裁きを受けることはあっても、栄華を手に入れようなんてさ。夢を見るにもほどがあるよなー。
呼吸を整えて、目を瞑り詠唱する。
「……ログイン」
eスポーツで活躍なんて夢のまた夢だが。