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詐欺師  作者: 仮名
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5.詐欺師とログアウト

【eスポーツ1日目】

 弟を担任する医者とは前々から知り合いだ。というか、ご近所さんだった。俺がガキの頃、たまに遊んでくれた一回り年上の兄さんだ。


 性格は悪くはない。だが、善くもない。

 小動物たちを何匹も何匹も解剖して、解剖した臓物を山のように積んで遊んでいたのを目撃したことがある。頭のネジがどこか外れているんじゃねーのか? と戦慄したもんだ。


 その延長線で人の体をさばける外科医になったと本人の口から聞いたし、そんな奴が腕の良い医者として評判っつーな。

 ひたむきに何かに打ち込むやつは才能を発揮するってか?


 そんな医者からメールで送られたモニタリングの詳細を読み上げていく。予想通り、そこにはこんな一文が表示されている。


「eスポーツモニターには、被験者一人につきまして、その保護者、並びに親族の方も含めて1名だけの同伴参加が可能です」


 ルールは簡単。あくまでもeスポーツであるため、ゲーム内での敗北(デス)=ログアウトとなる。ゲームオーバーにならなきゃいい。

 んで、被験者が意識不明で初期ログインに成功しなくても、期間中のどこかでログイン出来るようになる可能性も考慮して、同伴となる保護者モニターのログイン継続は自由意志だ。


 敗北(デス)したらログアウトか。

 ログアウトしたくないとか、即ログアウトさせられたとかの連中が喚いて荒れそうだな……。


 そうしてeスポーツ開催日。俺は弟の病室を訪れた。

 弟の部屋にはログイン用のテレビが設置されている。


 まるで金属製ゲートのようなテレビの電源を点ける。ゲートは左右にスライドして開き、この中に歪曲空間を構築。

 どこまでも無限に続く白い空間。足を踏み込めば液体に入っているようなそこはびっくりハウスよろしく上下左右の平衡感覚が混乱する。


「こういうのするの初めてなんだけどさ、これで異常無し……なんだよな? レトロゲームしかしたことねえんだよなー」


 テレビの中から振り返ると、病室への出入口がすぐそこにある。どこまで歪曲空間の奥へ走ろうとも、振り返れば出入口はやはりすぐそこにある。

 なにこれ。どこのマラソンマシーン? コンベアーの上でも走らされてんのか?


 出入口からこっちを覗き込む担当医が語る。

 短髪で高い身長。スマートだが男らしい骨格。昔から変わらない風貌。実はどこぞの御曹司らしいが詮索したこともない。


「その異常があるのかないのかを確かめるために、最終モニタリングをしてもらうんだよ。この部屋での動きが直接ゲーム内での動きにリンクする、っていうのが従来のコントローラーシステムだったんだけど、今回のは以前教えた植物人間だった前例の患者と同じ特別仕様でね。体を動かさずベッドに寝ているだけでも、脳波や細胞の僅かな反応がゲーム内のどこまで作用するのかというのもこちらでチェックすることになっている」


「既に性能を実証されたゲーム機を、また俺たちで検証する意味は何なんすかね」

「当時はネットワーク空間に繋げていなかったのさ。今回のは量産型で、大多数の植物人間や身障者がログインすることになるから話が違うんだ」


 なるほど。クローズドβテストを終えて、今度はオープンβテストか。


「疑問なんですけど、あー、これっすね」

「どうしたんだい?」

「これって、テレビゲートが閉じてしまったらどうなるんすか? ぶっちゃけ、この空間に閉じ込められたらヤバくね? 食料とか酸素とかトイレとか」


「ゲートが閉じるほどにエネルギー不足で必ず歪曲空間は収縮する。中にあった物体は全て外へ押し出されるよ。風船が空気で膨らみ縮むのと似たような原理だ。このゲートは車を運転するよりもはるかに安全さ。どこぞのSFチックなデスゲームなんてことも起こりえないから安心してくれ」

「ふーん。俺のログイン用テレビもあるんすか?」

「保護者たちの分は院内の特設ルームにあるよ。行ってみようか」


 特設ルームに案内される。

 特設ルーム内には三十台のテレビが用意されている。


「5×6……テレビ三十台か。大所帯だなぁ」

「述べ三万人越えの参加予定だからね」


「すげ。よく国がこんなの認めたもんだ」

「技術が確立すれば世界が変わる1大事業だからねー。ほら、噂をすれば他の保護者も見えられたようだよ。ログインするなら、これから保護者同士も病院やゲーム内で顔を会わせることになるだろう」


 ふと入り口に目を向ける。そこからは見るからに屈強な男が入ってきた。

 短髪。体躯は大柄。鍛え上げた筋肉を持っているのが服の上からでも分かる。

 こいつ――eスポーツ日本代表選手の桐生一馬じゃねえか!


 ここに来ただけで、部屋全体に物凄え圧力がのしかかる……!

 本当に人間か?


「先生」

「ん?」

「この人って引退したばかりの元eスポーツ選手ですよね」

「そうだよ。桐生さんのこと知ってるんだね」

「ゲーム会場はともかく、ここは病院だ。ここにはeスポーツ関係者やマスコミは入り込まない約束じゃなかったんすか?」

「彼は君と同じで、モニターに参加される患者さんの保護者だよ」

「あ、そうなんすか。それは失礼」


 桐生は医者にぺこりとお辞儀をしたあと、獰猛な獣のような眼光を俺へ刺す。桐生が俺へ喋り掛けてきた。


「さっき先生と話していたようだが、俺の自己紹介が必要か?」

「え? あ、一応」

「では、親の離婚で名字が変わって、桐生だ。よろしく……お願いします」

「り、離婚? キョウヤです。よろしくお願いしまーす」


 離婚の話とか聞いてねえのに勝手に語ってきた……!


 続くようにして別の保護者たちも入ってくる。そこには隣のマンションのおばさんも居た。そういや、主人が入院とか保険とかの話してたな。


 今からここで保護者説明会とやらがある。医者が重要そうな点を念入りに話し――日を改めた翌日のこと。いよいよeスポーツが開催される。


 特設ルームに設けられたアリーナ中継用のテレビモニターでアリーナの様子を伺う。アリーナには各国の代表である数十名の出場者たちがステージへ入場し意気込みを語っている。


 見るからに戦闘のプロが立ち並ぶ。その間に有名なレーサーやブリーダーにアーティスト、ノーベルなんたら賞を取ったというじいさんまで参加している。アスリートもアイドルもそこに同席していた。


 アチコチの人間が集まる理由は、今回のゲームには色んな要素が含まれているからだ。

 司会がロシア代表の美女にマイクを向けると、その美女は日本語で言う。


「キリュウ、カズマ、居ナイ。悲シイ」


 これを中継で観ていた、隣のマンションのおばさんが桐生に肘をつく。


「ほらほらぁ、一馬ちゃん! モテモテねぇ! 元一馬ちゃんファンとして、おばさん妬けちゃう!」


 おいおい、おばさん! どう見ても戦うために生きているような男に対して肘ツンツンとか、怖いもの知らずだな!

 桐生は真顔で答える。


「フローリア=カルビス……。奴は俺のストーカーだ。俺のことが好きすぎて、何度か命を狙ってきたことがある悪鬼羅刹であり、コマンドサンボの達人だ」


 おそロシア。おそロシア過ぎる。

 おばさんは困った風な笑顔で答える。


「あらあら! フローリアちゃんには困ったものねぇ! おばさんの大切な一馬ちゃんを狙うだなんて!」

「全くだ」


 お前らのノリの軽さもおそロシア過ぎる。

 桐生に聞いてみた。


「なあ、桐生……さん」

「どうした。キョウちゃん。畏まらず俺のことは気軽に、まっちゃんと呼んでほしいものだ」

「ま、まっちゃん?」


 意外にお茶目か?

 まっちゃん、っつーのは、一馬の馬から取ったまっちゃんだろう。


「じゃあ、まっ……ちゃん? 俺さ、ゲーム全然したことなくてさ。ゲームに慣れるコツとか、現実とは違い見落としガチなものがあるなら教えてくれねーかな」

「ふむ。今回のゲームで言うならば、フレンドリーファイヤには気を付けろ、といったところか」

「フレンドリーファイヤっつーのは?」

「味方から攻撃されることだ。例えば、ストレスが溜まりに溜まってしまっている情緒不安定な被験者、あるいはその世話などで似たような心情になっている同伴者などは、仲間のふりをして簡単に暴走する可能性が高い。つまり、ゲームをしているのではなく、精神不安定な者たちとコミュニケーションツールを共有しているという自覚を失ってはならないということだ」

「なるほど。ものすげー参考になったわ」

「初心者なら分からないことが多いだろうが安心しろ。俺の目が届く範囲でならキョウちゃんをあらゆる驚異から守ろう」

「え? どゆこと? なんでそんな――」


 喋っていると、司会が出場者全員のログインを確認。宣言した。それに併せて医者が俺たちへのログインを促す。


「はーい。ゲーム始まったからゲートに入って下さいねー。ゲーム期間はeスポーツ出場者同士の戦いが決着するか、1ヶ月経過するかだからね。生活と休憩のためログインできる時間は一回で最長5時間まで。一度ログアウトしたら8時間はログイン不能ですよー」


 テレビゲートを開く。

 ゲート内に足を踏み入れる。

 弟の誠也も今頃、中に入ってんのかな。

 医者は念を押す。


「注意事項を忘れないで下さいねー。被験者とその同伴者となるペアは、ログインしたらほぼ同じ場所に立ったところからスタートします。街の各所にある広場です。ペア同士の距離は10メートルも離れてません。ですので、すぐにご自分のパートナーに状況説明やメンタルケアをお願いしますよー。どんな言葉をかければいいか分からないときは抱き締めてあげてください」


 医者はこうも付け加えた。


「ゲームの世界でも涙は流れます。むしろ、感情が機械に読み取られるので隠そうとしても涙がどんどん溢れます。もちろん、隠そうとする感情も読み取られますので、隠せる方の涙は流れません」


 感情を読み取るって、とんでもねえ技術ぶっこんでるな。

 まあそれより、被験者はチェックを重ねた上でログイン出来るだろう患者しか集めてないらしいが、本番でログイン出来ないモニターも多数出るだろうと予測されている。誠也もログイン出来ないなら出来ないで仕方ない。


 覚悟を決める。

 白い歪曲空間で目を瞑り、コードを詠唱する。


「ログ、イン」


 ゲーム開始だ。

 意識が歪曲空間の向こう側へと飛ばされていく。よく映画で見るようなワープシーンの光景に近い。


 そうして目を開けばゲーム内の街の広場に突っ立っていた。青空は爽快。アクセントを加えるように、月に類似する星がかなり近くにある。空の一割を埋めていた。


 ゲーム内空間は異質だ。幻想的でありつつ、戦艦が飛んでいるなどの近未来要素も詰まっている。でも俺たち同伴者の気持ちはそれどころじゃない。


 誠也はどこだ?

 会ったらなんて言おう。

 なんか緊張してきた!

 っつーか、もう嬉しさで既に泣きそうなんだけど俺。


 思い出が蘇ってきた。ガキの頃の思い出だ。

 まだ家族がいた。笑っていた。怒られることもあれば泣くこともあった。そこには誠也も居た。 

 長く汚れ仕事をしてきた。ヤバい連中への負債はほぼ返し終わった。なんとか食い繋いできた。それはこういう日が来るのを信じていたからだ。


 周りを見渡すと、このゲーム内空間にて。他の同伴者や被験者だろう人たちが再会を分かち合っている。喜んでいたり、かなり空気が悪かったりと多種多様な反応だ。


 再会できたのか。お前ら良かったな。

 本当によかったな。


 植物人間でもVR空間にログインできるなんて。また喋ったり触れ合えるなんて。すげー良いゲームなんだな……。


 それらを眺めながら三十分待つ。

 一時間待つ。

 まだか、誠也は。

 イベント開始のアナウンスが流れているが、気長に待つ。

 二時間待つ。

 広場に(たむろ)していたプレイヤーたちは一気に少なくなった。

 三時間が経過。

 そして、四時間が経過。


 鮮やかなオレンジ色をした夕陽が、辺りを美しい色彩に染め上げる。この美しさを誠也に見せてあげたい。

 見せてあげたかった。一緒に見たかった。


「あー、そっか」


 こんなこともあるさ。はは。そうそう。良くある話だ。大丈夫だ。辛くない。他にもログイン出来なかったやつは居る。大丈夫だ。大丈夫。


 指先で十字を切る。目の前に平面電子ウインドウによるコンソール画面が浮かぶ。

 こうして、ログイン可能時間いっぱいの強制ログアウトを待たず、詠唱した。


「ログ、アウト」

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