気がつけば人生は色んな愛に満ちているから
[嵐の前もやかましい ]
俺鮎川 絢也は夢を見ていた。浅い眠りの中見ていたのは次の仕事を成功させるイメージ。俺はよく仕事の次のヴィジョンを夢で見る。そして大抵はそうなる様に画策し、成功へと導く力を持っている。いや、昨日までは持っていたと言うべきか・・・。もう少しでヴィジョンの全容を見る事が出来ると思ったところを携帯の音で現実に引き戻される。
「ちっ、」
誰だ、こんな時間に電話をかけてくるのは。俺が夢でヴィジョンを見るのを知っている会社の連中は天変地異でもない限り決してかけてくる事はない。こんな時間にかけてくるのは、そう、あの女しかいない。俺の都合なんてお構い無しに全てを引っ掻き回す最悪なあの女。それは悲しいかな会社の為に結婚を決めた俺の婚約者、須賀不動産のひとり娘、須賀 晶穂。 会社の為に見ている夢を会社の為の婚約者にぶち壊されるとは、苛立つ事この上ない。まだ完全に夢から醒めた訳では無いから無理矢理ヴィジョンに潜り込もうかとも思ったが耳障りな携帯音は繋げない限り鳴り止む気配はなく俺の目を無理にでもこじ開けさせた。
「っ、クッソ!あのビッチ!他の男とよろしくやってればいいものをなんで連絡なんかしてくるんだよ!」
悪態をつきながらもハンズフリーで対応する。
「・・・はい」
物凄く不機嫌な声で対応するがあの女は気にもせずコロコロと笑いながら予期せぬ事を並べ立て始めた。
「あら、もしかして寝ていらした?フフっ、私ったら興奮してしまって時間を確認していませんでしたわ」
かなり酔っている声だ。
「晶穂さん、どうしたんですか?酔っている様だが、迎えなら佐伯に行かせましょうか?」
取り敢えず婚約者を心配している振りをするが声に怒りが滲んでしまうのを抑える事は難しい。
「もうそんな心配のふりなどいりませんわ。私にも運転手はおりますもの。それに今後は婚約者のふりも必要ありませんわよ。いえ、違うわね、フフフフッ、たった今あなたとの婚約を解消しますわ。これからは私の事よりご自分の事を心配なさったらいかがかしら。あっ、会社の合併の事もご心配なさらずに。あなた無しでも順調に進めて行きますわ」
何を吐かしてるこの女は?酔って頭がおかしくなっているのか?俺なしでどうやって合併話を軌道に乗せるつもりだよ。婚約解消だ?それは願ったりだがと心の中で罵倒する。その心の声が聞こえたかの様に晶穂は不敵に笑う。
「本当は明日の朝まで黙っていないといけなかったんですけれど、あまりにも嬉しすぎて祝杯をあげていましたの。そしたらなんだか可哀想なあなたの声を最後に聞いておこうかという気になりましたの・・・いえ、違いますわね、今まで私を愚弄してきたバカな男に一言言ってやりたくなったのだわ。よくも今まで私を蔑んで中身のない女の様に扱ってくれたわね。世の中全てあなたの思い通りにはいかなくてよ。私を見くびっていた時点であなたの負け、これからは須賀不動産の女社長としてあなたの、いいえ元あなたの会社を傘下に治めてグローバル化を計り会社を大きくしていきますわ。では呉々も泣いて縋ったりなさらない事を祈りますわ。いっそ死ねばいいのよ!サヨウナラ」
最後は恐ろしい言葉を吐いて通話が切れた。なんだ?どう言う事だ?俺が寝ぼけてるのか?あの女が寝ぼけてるのか?うちの会社が傘下に入る?いや、逆だろう、結婚して須賀不動産を傘下にする約束だ。だが、婚約解消だと言ったか?あの女ふざけやがって、そんな権限あいつには無い・・・だが、あの口ぶり、ただの尻軽馬鹿女だと思っていたのは少し間違っていたようだ。確か明日の朝まで黙ってないとって言ってたか、やっぱり女はお喋りだな、そしてやっぱりあいつは尻軽馬鹿女だ。苦笑し、晶穂を罵倒しながら携帯を取る。そして佐伯に電話をした。佐伯は俺の秘書兼運転手兼相談役兼弟の親友。
「はい」
いつもの事だがワンコール鳴るか鳴らないかで佐伯が出る。
「俺だ」
「社長、珍しい、こんな時間にどうかなさいましたか?」
「どうもこうもない、晶穂が変だ」
「須賀様が?」
「何やらきな臭い、こんな時間に俺との婚約を解消して須賀不動産の社長に就くと言ってきた」
「・・・」
「佐伯、聞いてるか」
「申し訳ありません、ですが・・・その話・・・まさかとは思いますが・・・」
「何か心当たりがあるのか」
俺の質問に珍しく言葉を詰まらせ考え込んでいるようだったが、
「少し探りを入れますのでお待ちください。念の為、社長個人の海外にある財産で動かせるものは今すぐニューヨーク辺りに新規の口座を作って動かしてください」
「なんだと!」
常に冷静な佐伯が少し焦りを滲ませた声で告げる。
「内乱が起きるのかも知れません」