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Fairy tale  作者: 水月華
9/15

act.9



 馬を走らせ続けること約半刻。三人は王都よりやや離れた位置にある森の中に足を踏み入れていた。

 道は多少でこぼこしているものの、通行に支障がない程度に整備されている。どうやら一本道のようで、迷う心配もなさそうだ。

 馬が足を進めるたびに起こる規則正しい揺れの中、花音はルディアスにもたれかかったままの体勢で周囲をぐるりと見渡した。 

 木漏れ日がそこかしこに降り注ぎ、木々の揺れる音や小鳥の鳴き声が時折聞こえてくる。花音は新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 よく考えれば、城外に出たのはこれが初めてだ。勝手に城を出てはならないというルディアスの言いつけもあるが、自分自身新しい環境に順応するだけで精一杯だったことも大きい。

 花音は黒髪を隠すためにと途中で渡された薄いベールを被り直し、わずかに目を伏せた。


(城の生活には慣れたけど、外の世界のことはリューレに教えてもらった知識だけなんだよねぇ……今すぐじゃなくてもいいから出かけてみたいなー)


 ぼんやりとそう考えたところで、ルディアスがおもむろに手綱を引き馬を停止させた。

 到着したのかと思い視線を巡らせるも、今までと同じ景色が広がっているだけで、神殿らしき建物は見当たらない。休憩でもするつもりなのだろうか。


「おい、小娘」


 声のしたほうに顔を向ければ、キルスが花音とルディアスの乗る馬の横に立っていた。キルスは花音の左足側に立ち、こちらを見上げている。キルスの乗っていた馬は、いつの間にか傍らの木に繋がれていた。


「到着だ。手を貸してやるから早く降りろ」

「え、だってまだ森の中じゃん。神殿もないし本当にここであってるの?」

「見ていればわかる。いいから黙って手を貸せ」

「はぁい」


 花音はそう言うと、体を捻ってキルスのいる方向に上半身を向けた。ルディアスはそれに合わせて花音の腰に回していた腕を外す。キルスは花音の体の脇に手を差し入れると、自然な動作で抱き上げて地面に降ろした。その手つきは、言葉とは裏腹にどこか気遣うようなものだった。

 花音に続いて、ルディアスが馬から飛び降りる。ルディアスは馬をキルスに任せ、すぐ近くにあった大木に歩み寄って行く。花音は慌ててルディアスに駆け寄り、大木を見上げた。

 その大木は周囲の木々よりも大きく立派に見えるが、どこか神聖な雰囲気を漂わせているようにも思える。花音は少しだけ不安になり、大木に触れようとしているルディアスに声をかけた。


「ね、ねえ!その木に何か用事でもあるの?」


 花音の問いに、ルディアスは薄く笑う。

 

「見ていろ」


 それだけ言うと、ルディアスは大木に触れ何事かを呟いた。

 瞬間、大木が燐光を放ち始めた。目を見開く花音の目の前で、光に覆われた大木は徐々に縮みはじめ、その姿を変えていく。光が消えた後、眼前に現れたのは大木ではなく、大理石でできた台座だった。

 その台座はちょうど花音の胸のあたりまであり、表面には文字が刻まれていた。見たことのない文字列ばかりで花音には読めなかったが、ルディアス曰く、その文字は古代文字なのだそうだ。


「何がどうなっているのやら……ねえルディアス、説明してよ」

「リース神殿はクロスレイドに現存する神殿の中で最古の神殿にあたる。この神殿には他にはない貴重なものが多いからな。これは昔の人間が作った、神殿を守るための仕掛けだ」

「へえ、そうなんだ。確かにこんな仕掛け絶対に気付かないよね。驚いたよ」

「ま、手が込んでいるとは思うがな」


 言いながら、ルディアスは無造作に片手を台座の上にかざした。

 一拍の間をおいて、足元に大きな魔方陣が浮かび上った。紫色の光が、五芒星を中心にして複雑な紋様を描いている。


「うわっ!何これ!」


 驚いて後ずさる花音の背中を、遅れてやってきたキルスが軽く押し返す。


「ただの魔方陣だ。いちいち驚くな」

「だ、だってキルス(あんた)と違って見るのも初めてなんだよ!?驚くのも無理はないでしょ!」

「お前、怖いのか?」


 ルディアスの揶揄を含んだ台詞に、花音はむっとして頬を膨らませた。


「怖いわけないじゃん!失礼な!」

「くくっ、どうだかな。――さて、そろそろ跳ぶぞ」


 そう宣言し、ルディアスはもう一度手を台座の上にかざした。


「え、ちょ、待って、跳ぶって――」


 花音の慌てたような声は、そこで唐突に途切れた。

 ざあ、と一陣の風が森の中を吹き抜けていく。しかし三人がそれを肌で感じることはなく、ひときわ目を引く大木が風にそよぐだけだった。



 瞬きひとつの間に、景色ががらりと変わっていた。

 先程まで眼前に広がっていた風景とはまったく異なり、今視界を覆い尽くしているのは日の光を浴びて悠然と佇む白亜の神殿。長い年月が経過しているためなのだろうか、外壁などに多少の老朽化が見られる。しかし、その外観は未だ美しく保たれているようだった。

 よく手入れされた芝生が周囲を取り囲み、大理石でできた通路が神殿の入り口までまっすぐ伸びている。通路の両脇には、水晶玉を模した球体が乗せられた台座が等間隔に並んでいる。


「うわあ……ここがリース神殿……?」


 城よりもひとまわり小さな神殿の外観を見上げ、花音は感嘆の声を上げた。

 最古の神殿とルディアスは言っていたが、遠目からでは充分綺麗だと思う。これもあの仕掛けと、神殿を守ってきた人達の努力の賜物なのだろうか。

 そこまで考えたところで、花音ははっとする。一体何故、自分はここにいるのだろうか。


「ね、ねえ、さっきのって何!?」


 隣に立っていたルディアスの袖を引き疑問をぶつけると、彼は花音を一瞥し淡々と答えた。


「移送陣だ」

「いそうじん?」


 反芻しつつ花音が首を傾げると、ルディアスは面倒くさそうにため息をついた。


「魔方陣にはさまざまなタイプがあるが、あれは空間転移を行うためのものだ。リース神殿に入るには、あの仕掛け――つまり空間転移を行わなければならない。わかったか?」

「なるほどね。教えてくれてありがとう」

「この俺がわざわざ教えてやってるんだ、感謝するのは当たり前だろ?」

「もう、あんたは一言多い!」


 相変わらずの尊大な態度に花音が突っ込むと、ルディアスは喉の奥で低く笑う。傍らでそのやりとりを口をつぐんだまま見守っていたキルスは、花音の態度になんともいえない表情を浮かべるも、ルディアスに名前を呼ばれ居住まいを正した。


「キルス。こいつを任せたぞ」

「は。……小娘、お前は私とだ」

「え、任せたってルディアスは?」

「俺は先にウィゼス(じじい)のところに行く。お前はしっかり支度してからこい」


 ルディアスはそれだけ言うと、身を翻して神殿の中へと去っていった。

 一方の花音は事情がわからず首を傾げるばかりだ。


「支度って……何も持ってきてないんですけど」

「神官長であるウィゼス様にお会いするんだ。さっさとベールを取って服装を整えろ」

「あ、そっか。服装にも気をつけないといけないんだね。神官長ってくらいだから、この神殿で一番偉い人なんだろうし。緊張するなー」


 花音は身に着けていたベールを取り、持ち運びやすいように折り畳んで脇に抱えると、もう片方の手で軽く服の汚れを払った。キルスはそれを確認するないなや、一人でさっさと歩き出してしまう。花音は慌てた様子でそれを追った。


「ちょ、ちょっと!置いてかないでよ!歩幅とか全然違うんだからさ!」


 そう言うと、キルスは無言で歩調を緩めた。思いのほかすんなりと言う事を聞いてくれたことに拍子抜けし、花音はやや困惑気味に礼の言葉を口にした。


(てっきり、睨まれるかと思ったんだけどな。それかいつものお小言とか。キルスに良く思われてないのは確かなんだけどな……いや、わかんないけど)


 顔をつきあわせればいつも口喧嘩ばかりだったから余計にそう思う。未だに間者だと疑われているのか、それとも別の理由なのか。それでも、未だに名前で呼ばれたことがないのが現状である。

 そういえば、初日に部屋へ案内してもらったときでさえ事務的な会話しかしていなかった。


(でも、ルディアスもキルスも悪い人じゃないっていう印象は変わらない。だから、いつか必ずキルスとも仲良くなりたいな)


 ルディアスとは言わずもがな、と心の中で付け加え、花音はまっすぐ前を見た。

 神殿内に人の気配はなく、しんとした回廊に二人の足音だけが響いている。キルスによれば、今回はすべての神官が大広間に集合している“祈り”の時間を見計らっての訪問であり、花音を人目につかせないように調整した結果なのだという。よって、ウィゼスとの対面は彼の私室で行われるということだった。

 花音はキルスの後について歩きながら、ぐるりと視線を巡らせた。

 天井付近に設置されている窓からは太陽光が差し込み、大理石の床を照らしている。足元には埃ひとつなく、人の手が行き届いていることを窺わせた。

 回廊を一通り眺めたところで、キルスが足を止めたためそこで花音も立ち止まる。

 眼前には精緻な紋様が描かれた大きな扉がある。扉には羽の生えた女性のレリーフが飾られており、花音はしばしそれに目を奪われた。しかし、キルスの入室の旨を告げる淡々とした声が花音を現実に引き戻す。


(やば、ぼーっとしてた!偉い人に会うんだもの、しっかりしなくちゃ)


 背筋を伸ばす花音の前で、ゆっくりと扉が開かれる。

 室内に足を踏み入れた花音の視界に入ってきたのは、腕組みをしてこちらを見やるルディアスと――


「お会いしとうございました――月女神の巫女様」


 ローブを身に纏った白髪の老人が、花音に向かって深々と低頭する姿だった。

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