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Fairy tale  作者: 水月華
7/15

act.7




 花音がクロスレイドにやってきてから、今日でちょうど一週間が経つ。

 最初は戸惑っていた城内の生活にも、少しずつ慣れ始めていた。月女神の巫女候補という肩書きがあるにせよ、正式に巫女だと認められたわけではないため、現在は客人と同様の扱いとなっている。そのため、花音に仕事などが与えられることはなかった。

 かといって、暇かと問われれば実はそうでもない。ルディアスが先日教育係をつけてくれたためだ。

 教育係として花音の前に現れたのは、リューレという背の高い男性。さらさらの銀髪に紫色の瞳をしており、顔立ちは整っている。物腰はやわらかく、容姿と相まって王子様を連想させるような人だった。

 彼は研究者で頭の回転が速く、話も丁寧でわかりやすい。研究者としての立場も上位なのだが、困ったことに彼にはひとつだけ欠点があった。一度仕事を始めると他のことが眼に入らないかのように没頭するが、彼はそこに至るまでが長い。そう、いわゆるサボリ癖があるのである。

 しかし、どういうわけか花音の教育係という仕事は一度もサボることがなく、彼の性格を知る者は皆首を傾げているという。そのため、花音はルディアスだけでなく彼にも気に入られたのではないかとの噂が流れているらしかった。


「リューレ、終わったよー」


 文字の書き取りを終えた花音がソファーに座るリューレの名前を呼ぶ。

 花音が机に向かってから、約三十分。文字を教わるのはこれで五回目のため、今回リューレは終わるまで待機という形になっていた。


「ん?どれどれ?」


 リューレはソファーから立ち上がると、花音の傍へと移動し手元を覗き込む。

 書き取りが終了したことを確認すると、リューレはその紙を手に取りざっと眺めた。


「……うん、いいね。もう少し練習すればもっとよくなると思うよ。がんばったね」


 にっこりと微笑み、リューレは花音の頭を優しく撫でた。

 花音はくすぐったそうに目を細めると、すぐにリューレの手を頭の上からどかす。それを見たリューレは残念そうな表情で手を引っ込めた。


「もう少し撫でさせてほしかったな」

「だって、こうしないと気が済むまで撫でてるじゃない。それにちょっと恥ずかしいし」

「そうだね、最初は黒髪なんて見たことがなかったから触ってみたんだけど。今は触り心地が良くてつい、ね」

「触り心地……」


 花音は自分の髪を一房摘み、軽く首を傾げた。

 特別な手入れなどしていないはずなのだが、リューレは自分の髪に触れるのが心地良いと言う。日本人ならば珍しくもない黒髪は、この世界では非常に貴重なもの。しかし、触り心地に関しては当てはまらないのではないだろうか。


(アリアとか侍女さん達の髪も触らせてもらったけど、みんなさらさらだったしね。ていうか、見た感じリューレのほうが触り心地良さそうなんだけどな)


 そんなことを考えてながらリューレの髪をじっと見つめていると、彼は花音の視線に気付き悪戯っぽく笑った。


「触ってみる?」

「へ?」

「僕の髪を触りたいのかなって。花音ならいいよ」

「え、本当にいいの?」


 そう口にすると、リューレはくすりと笑って花音の傍らで片膝をついた。

 俯きがちに目を伏せるリューレはやはり美形だと思う。その彼が髪を触らせてくれるというのだ。役得といえば役得である。


(でも、ちょっとためらっちゃうよね……女の人ならまだしも、男の人だし。でも、せっかく触らせてくれるって言ってるし無碍にはできないよね)


 花音は考えるようにしばらく手を彷徨わせたものの、リューレの言葉に甘えることにし、意を決して少しずつリューレの髪に手を伸ばす。しかし、伸ばされた手は何も触れることができなかった。


「……え?」

「俺の所有物に色目を使うとは、いい度胸だなリューレ」


 リューレに向かって伸ばしたはずの手は、いつの間にか部屋に入ってきていたルディアスによってとらえられていた。きょとんとした表情でつかまれた手を見れば、ルディアスはやや不機嫌そうに眉をひそめ、次いでリューレを見下ろした。

 リューレはルディアスを振り仰ぎ、困ったような表情で立ち上がった。


「困りましたね。彼女に色目を使ったつもりはないのですが」

「どうだか。いいか、こいつは俺の所有物だ。勝手に触れるな」

「……ちょっと何言ってんの!?私はあんたの所有物じゃないから!」


 尊大な物言いをするルディアスにむっとし、花音は勢い良く手を振りほどく。ルディアスはその扱いにも既に慣れたのか、何も言わずに笑みを浮かべる。しかし、そんな二人の様子を初めて目の当たりにしたリューレだけは驚きの表情をみせていた。


「花音、君はすごいんだね」

「へ?」

「……いや、なんでもないよ。それより陛下。何故こちらに?」


 何故すごいのかがわからず首を傾げる花音の頭を、リューレは苦笑しながらゆっくりと撫でる。そして、ルディアスに向き直った。

 ルディアスはリューレの行動に再度眉をひそめるも、先に用事を片付けることにしたようだ。


「今の行動の処遇は後回しだ。一昨日お前に預けた書類のことで話がある」

「書類、ですか?あれは明日神殿のウィゼス様のもとへお届けするつもりでしたが……」


 リューレがそう言うと、ルディアスは「そのことなんだが」と腕組みをした。


「気が変わった。ウィゼスのところへは俺が行く」

「陛下が?」

「書類の内容を見たならわかるだろう?それが月女神伝承に関する内容だと」


 自分には関係なさそうだとぼんやりとペンを弄んでいた花音だったが、月女神という単語が聞こえた途端、手を止めて二人の会話に耳を傾ける。

 月女神伝承に関する内容とは、どういうことだろうか。


「承知しております。月女神伝承についてお詳しいのはウィゼス様ですからね」

「ああ。お前も知っての通り、花音は月女神の巫女候補だ」


 ルディアスがちらりと花音を見る。つられてリューレも花音を見れば、花音はこちらを向いて不思議そうな表情をしていた。

 リューレはそんな花音に笑いかけた後、ルディアスに向き直った。


「ええ、だからこそ僕は彼女の教育係に任命されたのですから」

「字も書けないようじゃ話にならんからな。最低限の知識がなければたとえ本物だとしても使えない」


 字を読むことは最初からできるようだがな、とルディアスはそこでいったん言葉を切り、ごそごそと懐を探り始めた。ややあって取り出されたのは、紫色の小さな球体。花音からすればただのガラス玉にしか見えないそれは彼らにとって重要な意味を持つものらしい。隣でリューレが息を呑む音がした。


「それは……まさか、魔粒子?」

「まりゅうし?」


 聞き覚えの無い単語に花音が首を傾げると、その言葉を拾ったリューレが簡単に説明を加えてくれた。

 魔粒子とは、魔力を凝縮し固めたもので、高位の魔術師のみが生成できるものである。主に戦闘時に用いられ、地面に叩きつけるなどして割ると魔力が暴発し、魔力をもたない者でも簡単に魔法を使用できるのだという。しかし、非常に危険性が高いため、一般人はその存在を知らない。いわゆる国家機密のようなものである。


「ちょっと待ってよ、じゃあなんでそんな危険なものがここにあるの!?」


 そんなもの持ってこないでよ、と花音は椅子から立ち上がりルディアスから距離をとる。

 ルディアスはそんな花音に「馬鹿か」と一瞥をくれると、魔粒子を手の平にのせリューレの前に差し出した。


「これは今朝俺のところに届けられたものだ。俺宛の手紙と共にな。……魔粒子の用途がひとつだけでないことは、お前も知っているだろう」


 そう言うや否や、ルディアスは魔粒子に向かって何事かを呟いた。

 その呟きに呼応するように、魔粒子は光を放ちながらその姿を変えていく。やがて光が収束したのち、ルディアスの手の平にあったものは魔粒子ではなく、別のものだった。


「……ペンダント?」


 リューレの呟きを受け、花音はそろそろとルディアスに近づいていく。

 それは、三日月を模したペンダントだった。


「かわいい……じゃなくて!なんで魔粒子がペンダントになっちゃうのよ!?」


 魔法が当たり前に存在することは教わったし、日常生活に魔法が取り入れられていることも知っている。一週間の間、帯剣した騎士やらメイドやらを何度見たかわからない。


(それでもさ、目の前で魔法使われるのにまだ慣れないんだよ!)


 そんな花音の心中を知らないルディアスは、やれやれとばかりにため息をついた。


「お前、話を聞いていなかったのか?」

「ちゃんと全部聞いてたよ!物騒なものだって言うからかまえてたのに、ペンダントになっちゃったし」

「……魔力に関するモノを封じる入れ物。魔粒子を用いるとは……なるほど、あの方も考えられたものだ」


 状況を理解したのか、リューレは苦笑し肩をすくめる。

 花音は理解していないのが自分だけだということを知り、焦ったように二人を見比べた。


「えっ!?私だけ置いてきぼり!?全然わかんないんだけど!」

「少しは考えろ、馬鹿。俺にこんな 魔粒子(モノ)を送るのは国家機密を知る一部の者しかいないだろうが」


 花音はルディアスの言いようにむっとしたが、確かにその通りなため反論はしなかった。

 ルディアスとリューレの話からわかったことといえば、魔粒子のことと、相手は味方であるということ。そして、その用途が一般的でないということだった。


「送るモノ――そうだな、できれば魔力がこめられたものがいい。それを自身の魔力で包み込み、魔粒子とする。魔粒子の使用方法は破壊することだが、このように中にモノが入っている場合、魔力の暴発とともにそれは吹き飛ぶ」

「中身を取り出すためには、先程の陛下のようにある呪文をとなえなければならないんだよ。表立った抗争がない現在(いま)、ペンダント――しかも“月”のペンダントなんかを魔粒子に入れて送ってくる人なんて、僕の知る限りひとりだけ」

「えっ、リューレも知ってる人なの!?」

「当然だよ。これを送ってきたのは――ウィゼス様なんだから」


 よくよく話を聞くと、ウィゼスという人物は老齢の男性で、神殿の神官長の任に就いており、月女神伝承に詳しいのだという。彼は月女神の巫女候補が現れたという報告を受け、一度花音に会ってみたいという内容の手紙を送ってきたそうだ。月のペンダントは、ウィゼスの気遣いなのだとか。


(気遣い、か……嬉しいけど、見ず知らずの私になんでこんなのくれるんだろ。候補、だからかな)


 花音はルディアスからペンダントを受け取り、早速それを首にかけた。

 一週間、よくわからないまま毎日を過ごしてきた。月女神の巫女候補としては何もしていないし、もちろん自分が本当に月女神の巫女なのかもわからない。


(でも)


 ウィゼスに会うことで、何かが変わる――そんな気がした。

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