表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fairy tale  作者: 水月華
6/15

act.6




「まったく、お前は何を考えているんだ!よりにもよって陛下の部屋で一夜を明かすなど……!」

「だーかーらー、不可抗力なんだってばー!」


 朝食後から延々と続くキルスの説教。

 侍女の誤解が解けたと思ったら、今度は話を聞きつけたキルスが激怒して花音の部屋にやってきたのである。その場にいた者曰く、彼は青くなったり赤くなったりせわしない状態だったらしい。

 それはともかく、現在の状況は花音にとって迷惑以外の何物でもなかった。

 ちなみに、元凶はこの場におらず遅めの朝食を満喫しているようだ。なんとも腹立たしい。


「文句ならあいつに言ってよ!私はどっちかっていうと被害者なんだから!」

「言えるならば当の昔に言っている!だからこそ腹立たしいのだ!」

「思いっきり八つ当たりじゃん!」


 何故自分がこれほどまでに責められなければならない。

 王とその護衛という上下関係があるにせよ、ルディアスへの文句を自分にぶつけられるのは筋違いというものだろう。

 しかし、誤解が早いうちに解けたのは本当によかったと思う。噂に尾ひれなどつけられてはたまったものではない。


「――そういえば、あんたルディアスの傍にいなくてもいいの?護衛なんでしょ?」


 キルスを見ていて思い出したことを口にすると、彼はぴたりと動きを止め、大きくため息をついた。


「もちろん普段は食事にも同行している。お前の騒動のせいでできなかっただけだ」

「じゃあ今からでも行けばいいんじゃないの?」

「……それもできるなら当にしている。だが今日は食事が済んだらすぐに会議が入っているからな」

「会議には出席しないの?」

「――私は立ち入ることはできない。立場上出席は許されていないのだ」


 浮かない表情のキルスに、花音はただ首を傾げることしかできない。

 しかし、立場の相違が大きな影響を及ぼしているのだということには、薄々ではあるが気づいていた。





「では、税収の内訳を読み上げます」


 同時刻、城の会議室。

 部屋の中心にある木製の大きな円形テーブルを囲み、十数名の男達が会議を続けていた。

 一段高く作られた上座に備え付けられた椅子には、ルディアスが片肘をついて座っている。その表情はなんともつまらなそうだ。

 会議の大半は元老院と呼ばれる男達によって進行される。壮年から老齢の者までさまざまであるが、皆一様に身分は高い。国の中枢の担うため、優秀な人物を選出した結果だという。確かに彼らは優秀ではあるのだが、頭の固い連中が揃ってしまったことが難点だろう。

 元老院の一人が手元の書類を淡々と読み上げている。ルディアスは元老院全員に目を配りながらも、それにじっと耳を傾けていた。


「――以上です。今月は少々多いようですので、アリエスへの援助へまわしたいと思うのですがよろしいでしょうか」


 アリエスとは、王都から北へ進んだ場所にある小さな村である。豊かな自然に囲まれたのどかな村であるが、先日そこで土砂崩れが起きた。長雨のせいで地盤が緩んでいたらしく、被害は大きい。その復興支援へ資金をまわしたいというのだろう。


「わかった、許可する。資金援助だけでなく救援部隊の手配もしておこう」


 ルディアスがそう言うと、男は「ありがとうございます」と軽く礼をした。


「これで今日の議題はすべて終わりだな?」

「ええ。ですが、陛下に少々お聞きしたいことがございます」


 先程と違う壮年の男が口を開いた。ルディアスは怪訝そうに彼に視線を向ける。


「……なんだ?」

「昨日現れた少女のことです。我々は詳細な説明を受けておりませんが……彼女は真に月女神の巫女なのでしょうか」


 それは元老院という立場でなくても気になっていたことだ。

 突然現れた伝承通りの外見を持つ少女は、本当に月女神ロクティアが遣わした人物なのだろうかと。

 元老院全員の視線がルディアスに集まる。ルディアスはほんの少し沈黙を保った後、ついと口端を上げた。


「そうだな……月女神の巫女の可能性は高い。だが、確固たる証拠はない。よって候補として城に滞在させることにした」

「で、ではもしも彼女が本物だとしたら……」

「我が国は安泰ですな!」

「――しかし、彼女が偽者だとしたら陛下はどうなされるおつもりか」


 憶測が飛び交う中で、一番老齢の男が静かにルディアスへ質問を投げかけた。


「巫女でないなら彼女はただの娘も同じ。城へ滞在させておく理由はございませぬ」


 ルディアスはわずかに目を細めた。

 この男は、花音が月女神の巫女でないなら追い出すべきだと言っているのだろう。もしくは相応の対処をすべきだと。


「確かに証拠がない限り本物とはいえないだろうな。その点あいつは今無力な娘にすぎない」

「でしたら――」

「ではお前は巫女の可能性がある娘を泳がせておけとでもいうのか?」


 ルディアスが続く言葉を遮り問うと、老齢の男は答えられず押し黙る。

 それに軽く笑い、ルディアスは椅子からゆっくりと立ち上がった。


「何にせよ、あいつはこのまま城に滞在させる。本物でもそうでなくてもだ。いいな、これは決定だ。零月王の名において」


 王命を前に、男達はただ頭を下げるしかない。

 ルディアスはその光景を眺めた後、身を翻して会議室を後にした。





「労え」


 突然部屋の扉を開けて入ってきた一国の主は、花音を視界に入れると同時にそう言った。


「……は?」


 ソファーの上でくつろいでいた花音が呆気にとられているにも関わらず、ルディアスは遠慮なしに部屋の中を進み、あいた椅子に腰を下ろす。


「労え、と言ってるんだ。俺は会議で疲れた」

「そんなの知らないわよ。あんたのせいで私は大変な目にあったんだからね。誤解は受けるし、キルスからは怒鳴られるし」

「国王と一時でも噂になったんだ。むしろ光栄に思うべきだろ」

「誰がそんなこと」


 花音はそれだけ言うと、ぷいと顔を背け傍らに置いてある本を手に取り読み始めた。ルディアスを追い出すつもりはないものの、労えという彼の言葉は無視することにしたらしい。

 ルディアスは何も言わず花音の手元の本に目を向けた。昨夜自分が渡した月女神の巫女に関する書物に間違いないだろう。だが、ルディアスはひとつ疑問に思うことがあった。


「お前、文字は読めるのか?」


 ルディアスの言葉に、花音は顔を上げ困ったような表情をした。


「読めるみたい。というより、わかるって言ったほうが正しいかも」

「どういうことだ?」

「うーん、なんて言えばいいんだろ……文字はわかんないんだけど、その意味が頭に入ってくるっていうか。だから、一応本は読めるんだけど字は書けないんだよね」

「書けない、か……」


 花音の説明を聞いて、ルディアスは椅子の背もたれから身を起こすと何やら考え事をし始める。それに首を傾げる花音だったが、ルディアスが何も言わないため、放っておくことにした。

 しかし、読書を再開させたのも束の間、ルディアスが花音の名前を読んだ。

 訝しげにそちらを見やると、何かを思いついたような瞳と視線がかち合った。正直、嫌な予感しかしない。


「……何?」

「お前、巫女と確定するまでどうせ暇だろ?だったら字を覚えろ。明日から教育係をつけてやる」

「教育係!?いや、字は覚えなきゃいけないからありがたいんだけど、なにもそんな大げさなものつけなくても」

「字だけでなく、お前に最低限の知識をつけさせるためだ。会話が成立しているところからみると言語は問題なさそうだが、字が読めるだけでは暮らせないだろう」

「……確かにそうかも」


 花音は合点がいったように頷いた。

 クロスレイドという異世界の国に来てしまった以上、その場所の文化に馴染んでおかなければさまざまな面で支障をきたすことだろう。この世界では、何も知らない赤子同然。知らなければならないことは山ほどある。

 郷に入っては郷に従え、だ。


「しばらくここでお世話になるわけだから、ちゃんとこの世界のこと勉強しないといけないよね」


 誰に言うでもなくそう呟く花音に、ルディアスはわずかに口端を上げた。


「ふん、殊勝だな。俺への態度もそうであればいいんだが」

「つまり敬意を払えってこと?……ルディアス様、どうかこの私にお慈悲をお与えください、とか?」

「やめろ、気持ち悪い。寒気がする」

「あんたが殊勝な態度とれっつったんでしょうが!言われなくてももうしないわよ!」


 あまりの物言いにむっとした花音がルディアスに手近にあったクッションを投げつけるも、ルディアスはそれを片手で受け止めた。それから、にやりと笑ってクッションを投げ返す。

 ふいをつかれた花音はそれを顔全体で受け止めた。クッションはすぐに床へと落ちる。

 花音はそれを無言で拾い上げると、ルディアスに不平をぶつけようと顔を上げた。


「あ、あんたね――」


 言葉は、途中で止んだ。いつの間にか、ルディアスが目の前に来ていたからだ。

 何も言わずに見下ろされ、ソファーに座る花音は居心地悪く視線を泳がせた。


「な、何。クッションぶつけたのそんなに嫌だったとか?でも今反撃」

「お前はそのままでいい」


 遮るような言葉に、花音ははっとしてルディアスを見る。

 ルディアスは小さく息を吐くと、花音の顎を右手でくいと上向かせ、妖艶に笑った。


「俺になびかない態度を気に入ったのだからな」

「ちょ、ちょっと……」

「だが、いずれ手懐けてやる。お前を手懐けるには少々骨が折れそうだが……面白そうだ。楽しみにしているんだな――花音」


 低く囁き、するりと頬を撫でる。

 一連の行動に固まっている花音に対し、ルディアスは満足そうな笑みを浮かべると、踵を返して部屋を出ていこうとする。花音がようやく我に返った頃には、扉は半分閉まりかけていた。

 それが完全に閉まりきる前に、花音は咄嗟にクッションを掴んで扉へと投げつける。


「あ、あんたなんかに手懐けられてたまるかあああ!」


 クッションは、扉に当たって静かに床へと落ちる。

 しかし、花音の叫びは去っていくルディアスの耳にしっかりと届いていた。

久々すぎる更新ですみません;

そして今回は少し長くなってしまったかもしれませんね。

ルディアスの最後の台詞は、今の段階では恋愛ではないです。

“まだ”ですけど(笑)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ